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第二百話 必殺技

 深緑の城。


 小高い山の中腹にそれは存在し、その城下には沢山の家々が軒を連ねている。

 その深緑の城である、カムーン王国の王城の一室で、慌しく侍女のメイド達が荷造りをしていた。

  

 丁寧に梱包される、煌びやかなドレスの数々。 

 豪華な木箱には、生活用具一式が納められ、もう1つの木箱には色とりどりの宝石達が収納されていた。


「あの....ティル様。もう少しお荷物を減らしていただけると....」


 その様子を、1人犬耳族の女性が冷や汗を流しながら見詰めていた。

 それは、剣聖フェイ。

 今、フェイ恐れている。

 この膨大な量の荷物を、まさか自分が持つのかと。

 空間魔法のアイテム箱は持っている。

 持ってはいるが、さすがにこの量全てを収納する事はできない。

 それでもきっと言われるだろう。

 「全部持って行く」と。


「なんじゃ?フェイ!!何か文句があると申すのか!?」


 恐る恐る進言したフェイに対し、横柄な態度で返したのは、第一王女ティル・ア・カムーン。

 犬耳族特有の三角耳と尻尾は垂れ下がり、肩を落としたフェイは、「なんでもないです」と答えた。


 王女と剣聖。

 剣士として、騎士として、高い成績を収めた人格者でなければ剣聖には成れない。

 だが、所詮は王国の家臣の1人に過ぎない。

 王国の王女には逆らえないのだ。


「ティル様。これはいかがなさいますか?」


 しずしずと、荷物の整理をしていたメイドの1人がティルに聞く。

 その手には、煌びやかな細工の掘りこまれた両手大の小箱が乗せられ、中には所謂(いわゆる)、勝負下着が入っていた。


「....持って行くのじゃ」


「わかりました」


 たったそれだけの会話。

 しかし、メイドにはわかった。

 好ましい男性が、エルヴィント帝国に居るのだと。


「フェイ!!これを全部仕舞うのじゃ!!」


「こ、この量はさすがに私1人では....」


「命令じゃ!!」


「む、無理なものは無理です....私のアイテム箱に、この量は入りません....」


 怒ってムッとするティル。

 無理難題を押し付けられたフェイは、もううな垂れるしかなかった。


「あ、あの....エルヴィント帝国でご用意できるものは、そちらで用意されてはいかがでしょうか?」


 メイドの1人が、フェイを気遣いティルに問い掛ける。

 ティルは荷物を一瞥し、仕方なしに頷いた。


「では、もう一度お荷物を整理してみます。みんな?わかったわね?」


「はい!!」


 健気なメイド達に、フェイは心で涙を流す。

 我が侭王女のお守りは、とても大変なのだから。











 今日もエルヴィント帝国の空は青天。

 ではなく、どんよりと曇っていた。

 

「ゆっくりでいいからね?」


「は、はい」


 当主のカオルに介助され、歩行訓練を開始したアナスタシア。

 ゆっくりとした足取りで、宮殿の庭を歩いていた。


「っと、あぶない」


 よろけたアナスタシアを支えるカオル。

 つい両手がアナスタシアの脇の下に入れられ、小さな胸に触れてしまう。


「ひゃっ!?」


「あ、ごめんね....」


 アナスタシアは頬を赤く染めて、潤んだ瞳でカオルを見上げる。

 カオルもちょっと恥ずかしく、上気した顔を隠す様に苦笑いを浮かべた。


 そんな初々しい2人の様子を、爪を噛んで見守る人影が。


「ぐぅ....アーニャめ....」


「カオルちゃんと、あんなに近づいて.....」


「カオルは、私のものなのに.....」


「アーニャ....殲滅対象に認定します.....」


「ご、ご主人様に胸を....」


「アイナ。おこる」


 カオルの婚約者の家族達。

 憎々しくアナスタシアを見詰め、呪詛を振り撒いていた。


「もう少し歩いてみようか?」


「は、はい....」


 慎重に歩みを進めるアナスタシア。

 カオルは手を繋ぎながら、1歩先を歩く。

 2人の顔は、とても幸せそうで、このやりとりを出来る事が嬉しいのだろう。


「どう?アーニャ。久しぶりに自分の足で歩いた感想は?」


「は、はい。とても嬉しいです.....もう歩けないと思っていたので.....」


 10年前の事故により、半身不随となっていたアナスタシアは、カオルとヴァルカン達の協力により、歩く事ができるようになった。


 それは、とても嬉しい事。


 長い年月車椅子生活を続けいていたアナスタシアは、ずっと不便な生活を余儀なくなれていた。

 四畳半程の小さな部屋で、肩身の狭い思いをして暮らしていたのはつい先日まで。

 今は、カオルの宮殿の1階に私室を用意され、そこで優雅とも言える生活を送っている。

 全てはカオルのおかげ。

 アナスタシアが製作した1着の服が、カオルとアナスタシアを繋いだのだ。


「ゆっくりね?ゆっくり....」


「は、はい」


 ゆったりとした動作で、アナスタシアを車椅子へと座らせる。

 アナスタシアと手を繋ぎ、片手は車椅子の背をしっかりと押さえる。

 介助の真髄は焦らない事。

 相手のペースに合わせ、なるべく手伝わないようにしなければいけない。


「はぁ....ありがとうございます。カオル様」


「うぅん♪ボクも、アーニャと居ると楽しいから♪」


 朗らかに笑うカオル。

 なんとも王子様らしい姿に、アナスタシアの頬が赤く染まる。

 今、2人の心は近づいている。

 それは、アナスタシアが宣言した、『カオルに自分を好きになってもらう』という事。

 ずっと狭い部屋に閉じ篭っていたアナスタシアに、色恋の駆け引きなどはわからない。

 それでも懸命に、思い付く限りのスキンシップを実行している。

 アナスタシアは、カオルが好きなのだから。


「カオル!!修練をするぞ!!」


 やっと出番が来たかとばかりに、ヴァルカンが姿を見せる。

 実はずっと見えていて、カオルは気付いていたのだが。


「そうですね。明日、グローリエルと決闘ですからね」


 ヴァルカンに答えたカオル。

 それは、つい1時間程前の話し。


 朝食を取る為に食堂へと赴いたカオルは、突然アーシェラからグローリエルとの決闘の日時を指定された。


「カオル!!決闘が決まったのじゃ!!明日の10時。場所は帝都北東にある、円形闘技場(コロセウム)じゃ!!」

 

 起き抜けの頭でボーっとしていたカオル。

 アーシェラの発言の意味がわからず、首を傾げた。


「カオル様。がんばってください....剣騎などに、負けないでください」


 カオルの両手をキュッと握り、フロリアが応援の言葉を述べる。

 そこで、ようやくカオルは理解した。

 明日、婚儀を賭けてグローリエルと決闘する事を。


「あ、明日ですか!?」


「うむ!!国賓は.....アブリルしかおらぬが、派手に頼むのじゃ!!それとリア?剣騎などと、言ってはダメよ?あなたは皇女なんですからね?」


「はい。ごめんなさい、お母様」


「わかればいいの....」


 母親口調のアーシェラ。

 アブリル達も見慣れたようで、特に何も言わなかった。


「では、カオル!!わらわは、これより城へ戻るからの!!また来るのじゃ!!」


「カオル様。寂しいですけど....身体には、気をつけてくださいね?明日、楽しみにしております」


「カオル....また来るから.....腕輪、大切にするね....」


 アーシェラとフロリアとディアーヌという、台風一家が慌しく立ち去る。

 後に残ったのは、空になった朝食のお皿。

 人形達が忙しなく働き、そのお皿を片付け始める。

 カオルはポカンと口を開けていた。


「では、カオル殿。お世話になりましたな。また改めておじゃまいたします」


「カオルさん。私の娘がご迷惑をお掛けしますが、どうぞ、よろしくお願いしますね?いつか父と.....いやはや、少々気が早かったですね....」


 アゥストリとエルノールが、啞然とするカオルと握手を交わし、急ぎ足でアーシェラ達の後を追う。

 エラノールは、カオルを義息子(むすこ)とでも思っているのだろうか?

 そんな様子に、ヴァルカン達は頭を抱えて塞ぎ込んだ。


「カオル!!がんばるにゃ!!勝ってお祝いをするのにゃ!!」


「猊下は魚が食べたいだけでしょう!?あ、また野菜を避けて....だめですよ!!」


「ファノメネルはうるさいのにゃ!!そんなに怒ってると、小皺が増えるのにゃ!!」


「こじっ!?」


 毎度おなじみの寸劇も、当然の様にスルーされる。

 聖騎士達は朝食に夢中で、まったく気にも留めていない。


 カオルの中では沸々と、胸踊る物が沸き上がっていた。


「師匠!!修練の手伝いをお願いします!!」


「わ、私とか!?」


「はい!!この中で、攻撃魔法が使えるのは師匠しかいません!!お願いします!!」


 カオルに指名されたヴァルカンは、どうしようかと悩んでいた。

 確かにカオルの言う通り、攻撃魔法を使えるのはヴァルカンしかいない。

 こんな事になるのなら、魔術師筆頭であるアゥストリに残ってもらう方が良かっただろう。


「どうしても....か?」


「はい!!師匠じゃなきゃダメなんです!!」


 真剣な眼差しでヴァルカンを見詰めるカオル。

 その瞳はとても無垢で、カオルに甘いヴァルカンには断れない。

 むしろ、最初から断るという選択肢など存在しないのだ。


「...わかった。だが、カオルが知っている通り、私の魔力量は少ないからな!!」


 吐き捨てるように言い切るヴァルカン。

 カオルは当然知っている。

 ずっと傍に居たのだから。


「ありがとうございます♪師匠大好き♪」


 ヴァルカンに飛び付き、抱き締めるカオル。

 師弟2人の仲睦まじい光景を余所に、ファノメネルは聖騎士達に小皺が無いか必死に確認してもらっていた。











 アナスタシアとメイドの2人を学校へと向かわせ、カオルとヴァルカン達は海岸へとやってきていた。


 今日から学校では、授業が開始される。

 もちろん、アナスタシアとメイドの2人だけでは心配だ。

 なにせ、香月伯爵領初の領民は、女性ばかり21人。

 それも歳若く、13~15歳。

 多感な時期に、あの凄惨な出来事に遭遇したのだ。

 心のケアも必要だろうと、カオルは家令のメルと補佐のカイにもお手伝いをお願いしてある。


 メルは問題ない。


 要領良く、頭の回転も速ければ、文官として秘書の才能を持っていた。

 カオルが渡した事務や会計の本を夜な夜な熟読し、瞬く間に才能を開花させたのは僥倖とも言える。

 カオルは、メルとの出会いを神に感謝したのは言うまでも無い。

 そして、カイはそのメルの手足として忙しなく働いている。

 日に日にやつれていくのは幸せの為か。

 それとも業務が忙しいのか。

 はたまた、領民達にいやらしい視線を送り、メルに折檻されているのか。

 それはそれでいいとカオルは思っていた。

 あの、地下に作った拷問部屋が大活躍している事は、カオルにとっても喜ばしい事。

 なぜなら、カオルはドSなのだから。


「では、行くぞカオル!!」


 海岸線である砂浜で、カオルとヴァルカンは対峙していた。

 それは、明日に行われるカオルとグローリエルの決闘のため。

 グローリエルは魔術師である。

 それも、エルヴィント帝国で誉れ高き、剣騎と成るほどの魔術師だ。

 対策は必要だろう。

 過去に1度勝っているとしても、あの時のグローリエルは、カオルの腕試しをしたに過ぎないのだから。


「お願いします!!」


 ヴァルカンは左手を掲げた。

 それはカオルが良く知る動作。

 そして、カオルが真似する動作。

 カオルは、ヴァルカンの弟子なのだから。

 

「『ファイアーボール!!』」


 すると、何も存在していなかった中空に火球が出現し、カオルに向かって一直線に飛んで行った。


 それは、ヴァルカンが使える唯一の攻撃魔法。

 火魔法の中では、火矢に次いで初級に分類されるものだが、幼い頃より練度を積み重ねてきたヴァルカンが放つ『ファイアーボール』は、中級の域に達している。


 眼前へと迫る火球を迎え撃つカオルは、ただジッと見詰めていた。

 

 そして、身体に着弾する寸前にヴァルカンと同じ様に左手を掲げ、次の瞬間には、カオルの周囲に『風の障壁』が展開され火球が飛び散った。


「....やはり、私のファイアーボールでは、カオルの『風の障壁』を貫けないな」


 ボソリと、ヴァルカンが呟く。

 魔法の技術は、当の昔にカオルの方が上なのだ。

 当たり前だろう。

 カオルは、風竜と土竜と契約を交わした者なのだから。


「師匠。もう一度、お願いしてもいいですか?」


「それはいいが、私は何発も撃てないぞ?」


「では、最後に全力でお願いします」


「.....わかった」


 再び構えたヴァルカン。

 カオルの言う通り、ありったけの魔力を込めて、火球を作り上げた。


「『ファイアーボール!!』」


 先ほどの何倍もの大きさの紅蓮の炎が巻き上がる。

 周囲に熱気が広がり、離れていたカルア達にも、その火球の強さがわかった。


 そして、業火がカオルを目指して放たれる。

 

 カオルは微動だにせずジッと身構え、おもむろに左手を掲げ、迫り来る火球にその身を晒す。

 すると、火球は遮られる事なくカオルに着弾し、爆散した。


「カオル!?」


 ヴァルカンは驚き叫んだ。

 カオルが、『風の障壁』を纏っていなかったのだから。


 カオルが居た場所には、轟音が鳴り響き、爆炎が舞い上がる。

 周囲の砂も弾け飛び、残火が辺りに飛び散った。


「カオルちゃん!!」


 治癒術師のカルアが、誰よりも先に走り出した。

 それに遅れてエリーとエルミアも後を追う。

 ヴァルカンは、震えながらヨロヨロとカオルに近づいた。


(カオルはなんてバカな事を...)


 ヴァルカンの背中に、嫌な汗が流れる。

 「まさか、まさか」と悲痛な叫びが、口端から漏れる。


 そんな家族の心配を余所に、カオルは粉塵の中でのんびりと考え事をしていた。


(う~ん....成功したけど、これは想像してたのと違うんだよなぁ.....困ったなぁ.....)


 今日のカオルはおかしい。

 いつもならば、家族に心配などさせない様に、こんな事などしないはずだ。

 それなのに、今日のカオルは浮き足立っていた。

 もしかしたら、グローリエルとの決闘を楽しみにしているのかもしれない。

 あの剣騎グローリエルと。

 魔術師同士の決闘を。


 何が起きているのか、さっぱりわからない状況。

 砂煙の中、カオルの姿を見付けたカルアが、力いっぱいに抱き締めた。


「カオルちゃん!!無事なの!?」


「え?ああ、うん。無事だよ?」


 カオルから返って来た言葉は、能天気なものだった。

 カルアは、そんな子供のカオルに涙を流して力強く抱いた。


「もう!!心配させて!!」


「カオルのバカ!!何考えてるのよ!!」


「心配したんですよ!!カオル様!!」


「ほぇ?」


 なぜ怒られているのか理解できないカオル。

 エリーとエルミアは、カルアと同じ様に怒り出し、口々にカオルを叱責する。

 そこへ、ようやくカオルの下へ辿り着いたヴァルカンは、カルアからカオルを奪い取り、泣きながら抱き締めた。


「....無事で....よかった」


 それしか言葉が出なかった。

 ヴァルカンは震えていた。 

 もしかしたら、自分の手でカオルを傷付けてしまったかもしれない。

 悲しさと、恐ろしさが混ざり合った感情に、どうしたらいいのかわからない。

 以前、カオルを殺す覚悟があると言ったヴァルカンだが、こんな事でカオルを失うとは思いたくなかった。

 

「えっと.....ごめんなさい。ちょっと、新しい魔法を試したかったんです」


 ヴァルカンに抱かれながら、カオルは謝罪をした。

 まさかこんなに家族が心配するとは思っていなかったのだから。


「あの、師匠?胸がその....顔に.....みんな見てますし.....」


 今まで散々色々やってきたくせに、カオルは恥ずかしそうに顔を赤らめた。

 気が動転しているのかもしれない。

 元々は12歳の子供なのだ。

 仕方が無いのだろう。


「いいんだ。心配させたカオルが悪い」


 ヴァルカンは、カオルから離れる気はなかった。

 「無事でよかった」

 それは、本当に心からの言葉。

 ヴァルカンは、カオルがいなければ生きていけない。

 もう、離れられないのだ。

 カルアや、エリーや、エルミアも同じ気持ちだ。

 メイドの2人もそうだ。

 みんな、カオルに依存している。


 香月カオルとは、一種の麻薬の様なものだ。


 一度触れ合うと、二度と離せなくなる。 

 繋がりが深くなればなるほど、カオルに依存し、溺れていく。

 カオルの優しさが、温かみが、可愛らしさが、触れた者の身体を、心を支配していく。 

 離れたくても離れられない。

 いや、離れたいなどと思う事すら無くなる。


 それが、香月カオル。


 とある帝国の皇女が、カオル使用のカトラリーの数々で、夜な夜な一人励んでしまうのは仕方のない事なのだ。


「そうよ!!次は、おねぇちゃんの番!!」


「わ、私も!!」


「では、最後は私がじっくり....」


 代わる代わるカオルを抱き締めるカルア達。

 カルアは優しく、エリーは恥ずかしそうに、エルミアはこっそりカオルの髪を舐めて。

 カルアが1回多いのは、気付かなかった事にしよう。


「....それで、新魔法とはなんだ?」


 カオルに贈られた、(エーデル)(ワイス)の刺繍入りのハンカチで、わざとらしく涙を拭うヴァルカン。

 カルアもしっかりハンカチを握り締めてアピールしていた。


「え?ああ、アレは『雷化(らいか)』の魔法です。前に、アルバシュタイン城で偶然使えた魔法なんですけど、自分の身体を雷にするんですよ」


 それは、ジャバウォックとの戦闘での話し。

 思わぬ苦戦を強いられたヴァルカン達。

 エリーは両の鼓膜を破られ戦意を喪失し、ヴァルカンも片耳を傷付けられさらに愛刀『イグニス』を砕かれた。

 そして、エルミアが指を切り裂く程に弓を連射し、ジャバウォックとの戦闘が均衡している最中、大部屋(ホール)の光景を目の当たりにしたカオルは、怒りで我を忘れ磨り減った魔力を全開放した。

 すると、全身が黄金色に輝き、光の速さでジャバウォックの体躯を突き破ったのだ。


 それこそまさに『雷化』。

 

 風竜王ヴイーヴルとの契約者だけが使える、唯一の魔法だ。


 首を傾げるヴァルカン達。

 カオルの説明の意味が良く理解できない。


「どういうことだ?身体を雷にする?障壁の様に、纏うのではないのか?」


「そうです。纏うのではなく変化させるんです。ちょっと魔力の消費が多くなるんですけど、使ってる間は雷と同じなので.....実際に使ってみますね?」


 ヴァルカン達から離れ、自身を『雷化』させる。

 カオルの身体が金色に輝き、周囲にパリパリと小さな雷放電現象が起きる。

 そして、カオルの左目が風竜と同じ黄色瞳に変化していた。


「これが『雷化』です。無詠唱ですし、とっても便利なんですけど、これだとボクにしか恩恵がなくて....やっぱり、みんなも守れる『風の障壁』の方が便利ですかね?」


 とんでもない事を言い出すカオル。

 おそらく、単体で見れば脅威的な強さを持っているであろう『雷化』を、とても不便な物の様に話している。


「....ちなみに聞くが、その状態だと、剣で斬っても怪我をしないのか?」


「そうですよ?エリー、レイピア貸してくれる?」


「う、うん....」


 エリーにレイピアを借りて、実際に腕を切り裂いて見せる。

 レイピアは、空気でも斬ったかのごとくカオルの身体をすり抜け、カオルの腕は何事も無かったかのように存在していた。


「....無敵だな」


「そうねぇ....」


「目まで変化するなんて....カオルが人間に思えないわ....」


「エリー....カオル様は、元々人間ではありません。可愛らしき神です」


 ヴァルカンの言う通りなのだが、エルミアはそんな風にカオルの事を思っていたのか。

 

「ひどいよエリー....化物みたいに言わないでよ.....」


 深く心を傷付けられ、カオルは肩を落とした。

 確かに、カオルの強さは異常だ。

 たとえ、風竜や土竜と契約したからといって。


「ち、違うわよ!?そ、そう!!私もエルミアと同じ事考えてたの!!」


 言い訳を始めるエリー。

 ヴァルカン達の視線は、とても冷ややかだ。


「なぁカオル。その魔法は、誰にでも使えるのか?」


「いえ、この魔法は、風竜の契約者しか使えないそうです」


「そうか....」


 残念そうなヴァルカン。

 ヴァルカンがこんな魔法を使えるようになったら、カオルに色々いやらしい事をしそうだ。

 使えなくてよかった。

 R15指定を飛び超えてしまわなくて本当によかった。


「っと、エリー、レイピアありがと」


「う、うん」


 『雷化』を解き、エリーにレイピアを手渡す。

 なぜかエリーは、レイピアを誇らしげに見詰めていた。


「この魔法、地味だよね?」


 突然、よくわからない質問をするカオル。

 ヴァルカン達は啞然とした。


「どういう意味だ?」


「えっと、アーシェラ様が、明日の決闘は『派手に頼む』って言ってたので.....火魔法は派手なんですけど、ボクが使えるのって、雷風土の3種類しかないので.....」


「それなら、雷魔法を使えばいいだろう?光も音も迫力があるぞ?」


「でも、さっきみたいな『ファイアーボール』とか飛んで来ても、防ぐ意外方法が無いですよ?水魔法とか、同じ火魔法なら打ち消せたりしますけど....」


 カオルが考えているのは、勝敗ではない。

 演出だ。

 いかに観衆に喜んでもらうか。

 相手が気心知れたグローリエルだからか、気が緩んでいるのではないだろうか?


「カオル。お説教だな」


「そうね♪おねぇちゃんも、そう思うわ♪」


「決定ね!!」


「カオル様は、一晩中私のものです....」


 意味深なエルミアと、折檻希望のヴァルカン達。

 カオルは言い得ぬ恐怖を感じ、一歩一歩と後退り、慌てて走り出した。


「逃がさん!!」


「お、おねぇちゃんは、エルミアちゃんと先回りするわ!!」


「足の速さなら負けないわ!!」


「カルア姉様!!カオル様は、たぶん庭に逃げ込むはずです!!」


「わかった~♪」


 脅威の連携をみせるヴァルカン達。

 カオルは、逃げようと思っていた庭へも逃げれず、右往左往と逃げ惑った。


「フッフッフ....カオルきゅん....逃がさないゾ♪」


「カオル~....覚悟は、できたわよねぇ?」


 ついに追い込まれ、逃げ場を失うカオル。

 (空へ)とも思ったが、この中で『飛翔術』を使えるのは自分とヴァルカンだけだ。

 修練に付き合ってもらい、カオルのせいで魔力の枯渇したヴァルカンは、今日は飛べないだろう。

 ならば、逃げるようなそんな卑怯な真似はできない。

 だって男の子だもの。


「「つ~か~ま~え~た~....」」

 

 両脇をヴァルカンとエリーに掴まれたカオル。 

 この光景。

 以前どこかで見たことがある。

 アレは....


(囚われた宇宙人って、こんな感じだったのかなぁ.....)


 カオルは、くだらない事を思い出していた。

 ヴァルカンにはお尻を揉まれ、エリーはなぜかカオルの首筋の匂いを嗅いでいた。


「おねぇちゃんもする~♪」


「カオル様!!」


 哀れな濡れ鼠の下へ、耳の尖った肉食エルフが2名追加された。

 カオルの身体を縦横無尽に這い回る4本の触手。

 カオルはもう諦めた。

 こういう時はアレだ。

 円周率....じゃなくて....羊の数....じゃなくて....天井の染みの数....じゃなくて.....

 何を数えればいいんだ?


「.....ねぇ、みんな」


 陵辱されながらも、冷静なカオルの声。

 カオルは今、無我の境地にいるのだ。

 この世は全て諸行無常。

 さすがはカオルだ。

 12歳で悟りの境地に立とうとしている。


 少し高い子供らしい声が、暴走するヴァルカン達の耳を叩く。


「愛してる」


 たった一言。

 それだけで、ヴァルカン達の手は止まり、カオルの顔を覗き込んだ。


 そして、カオルは微笑んだ。

 愛情の篭った瞳と優しい笑顔で。


「「「「はふぅ~....」」」」


 悶絶し、バタバタと倒れるヴァルカン達。

 カオルは力を得た。

 王子様スマイルという必殺技(チカラ)を。


(みんな、本当にチョロイんだから....)


 痙攣するヴァルカン達を魔力の帯で持ち上げて、カオルは室内へと運び入れるのだった。


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