第百九十八話 白いハンカチ
入浴後、アリエル達を連れて食堂へとやってきたカオル達。
騒ぎを聞いて駆け付けたヴァルカン達は、ずっと怒っていた。
「.....カオル。弁解があるなら、聞こうか」
「おねぇちゃんは、ぜ~ったいに許さないんだからね!!」
「カオルのバカ!!ホントバカ!!」
「カオル様は、私の事なんて考えていらっしゃらないのですね....どれだけ心配したと思っているのですか....」
「ご、ご主人様...私、ずっと心配で、心臓が止まりそうでした.....」
「ご主人!!メッ!!」
叱責の言葉がとても耳に痛い。
全てはカオルが招いた事であり、弁解の余地はまったく無かった。
「ごめんなさい。反省してます」
ペコリと頭を下げるカオル。
それでもヴァルカン達の怒りは収まらず、カオルを罵り続けた。
「それくらいにしておくのじゃ。今回の事は、わらわにも責任があるからの。いったい、どこでナイフなぞを見つけたのか.....のぅ?アリエルじゃったな。このナイフはどこで手に入れたのじゃ?」
カオルを擁護するアーシェラ。
その隣で、フロリアの目は血走っていた。
「ひゃっひゃい!?そ、そそそ、そのナイフは、馬車に落ちていたものでしゅ!!」
今、この食堂にはカオル達家族と皇帝アーシェラとフロリアの2人。
そして、テーブルを挟んで、教皇のアブリル達7人が居る。
子供達は隣の部屋で、後からやってきた、エルノール公爵と魔術師筆頭アゥストリ。
それと、家令のメルと補佐のカイ、教師アナスタシアの計5人に任せている。
「馬車で拾ったじゃと?」
「そ、そうでしゅ!!皇帝陛下様!!」
ひたすら恐縮するアリエル。
それもそのはず、つい先ほどこの場に居る全員の素性を聞かされたのだ。
「う~む....」
テーブルに乗せたナイフを見詰め、アーシェラは首を捻った。
まさか、近衛騎士がそんな失態を犯すとは、到底思えないからだ。
「そんなナイフなんて、どうでもいいのにゃ。みんなもごはんを食べるのにゃ♪今日もとっても美味しいのにゃ♪」
ちょっと遅めの昼食を食べるアブリル。
もう完全に飼いネコだ。
「猊下!!そんないっぺんに食べてはいけません!!野菜も食べて下さい!!」
「イヤにゃ!!イヤにゃ!!魚が良いのにゃ!!」
繰り返される寸劇。
周りの者も見慣れたもので、視界に入れようとすらしていない。
本当に教皇なのだろうか。
「アリエルもいただくといいよ?今日の料理は、フランとアイナが作ってくれたんだ♪とっても美味しいんだよ♪」
「ひゃっひゃい!!」
家族が作った料理を、誇らしげに話すカオル。
料理を褒められたフランチェスカは笑みを浮かべ、アイナは自慢気に小さな胸を反らせた。
「.....カオル。話しをはぐらかそうとしても無駄だぞ」
「そうよ~!!おねぇちゃんは、許さないんだから~!!」
「ホントよ!!カオルのバカ!!」
「今夜は絶対に離しません。カオル様は、私と一緒に寝ていただきます」
「ずる~い!!それじゃ、おねぇちゃんも!!」
「私もだ」
「もちろん、私もね!!」
「私も、ご主人様にお情けを....」
「アイナも!!」
家族揃っての就寝が、閣議決定されました。
アブリル達が来てから、家族一緒で寝る事を禁止していたはずなのだが....
「わ、わかったから!!みんな落ち着いて!!アーシェラ様も、アブリルもいるんだから.....」
ヴァルカン達の剣幕に圧倒されるカオル。
チラリとアブリルに視線を送ると、アブリルはまったく意にも返さずに黙々と料理に噛り付いていた。
「わらわは別に気にしないがの。できれば、リアとも一緒に寝ると良いのじゃ」
しれっとフロリアをカオルの寝床に捻じ込もうとするアーシェラ。
さすがに強引過ぎではないだろうか。
「フロリア様はいけません。婚姻前に男と寝所を共にするなど、あってはならない事です」
あの『残念美人』のヴァルカンの口から、誠実な言葉が発せられた。
時折こうして剣聖らしさを垣間見せるから、カオルが好きになってしまうのだ。
実は策士か?
「わ、私とカオル様は、まだ子供です!!子供同士仲良く眠る事は、けしてやましい事ではありません!!」
主観的な意見を述べるフロリア。
本当は、カオルとあんな事やこんな事をしたいのは明白だ。
「あのね、みんな....話しの主旨がおかしいと思うんだ。
というか、アーシェラ様!!子供をボクに預けるとか言って、みんなボクより年上なんて聞いてないですよ!!」
憤慨するカオル。
それもそのはず、あの子供達は、12歳のカオルよりも年上なのだ。
小さいホビットが多く、見た目はカオルと同じか年下に見えるものの、実際は13~15歳という年齢で、子供と呼んでいいのか微妙なところ。
齢40歳を越えている、ハゲメンアゥストリやエルノールならば子供と言っても問題ないだろうが、12歳のカオルが子供と呼ぶにしては無理がある。
「そ、それは、わらわも知らなかったのじゃ!!まさか成人しておる者が居るなど、わらわも知らない事なのじゃ!!わらわは無罪じゃ!!冤罪なのじゃ!!」
必死に自分を擁護するアーシェラ。
実に浅ましい。
「....まぁ、年齢の事はこの際目を瞑ります。それより、どうですか?アリエルの服、とっても可愛いでしょ?」
恐る恐る食事をしていたアリエル。
カオルに突然そう言われ、ビクっと身体を震わせた。
こんな状況で、食事の味などわかるのだろうか。
「うむ。実に可愛らしいの。あの子達も着ておったの」
「はい。これは制服です。学校に通う子は、この服を着てもらいます」
カオルが仕立てたアリエル達の服は、制服であった。
膝丈のチェックのスカートに、白いシャツ。
可愛らしい赤いリボンを首に巻き、紺色のブレザーを上着にしている。
「あ、あの....本当に、こんな上等な服をいただいて良いのでしょうか?」
萎縮するアリエル。
身に着けているスカートを持ち上げ、嬉しそうに口端に笑みを零していた。
「うん。その服は、アリエルの為にボクが作った物だからね♪みんなの服も、ボクが作ったんだよ♪」
カオルのお手製とわかり、アリエルは笑みを隠すこと無く笑った。
その姿は本当に嬉しそうで、今すぐにでも踊り出しそうだ。
「カオルのお手製....だと?」
「私達と同じ?」
「私、婚約者なのに?」
「カオル様....」
「ご主人様の手ずから作られた制服....」
「ご主人はアイナのものなのに....」
緊迫する空間。
ずっとカオルと一緒に居るヴァルカン達ですら、今日初めて服を貰ったというのに、今日来たばかりのアリエル達が、カオルから服を贈られた事に怒りを覚えた。
「えっと、みんなが着てた服は、捨てちゃっていいのかな?ご両親から贈られた物だったりしない?」
「は、はい。私達が着ていた服は、あの盗賊達に着替えさせられた物なので.....」
「それって、着ていた服は....売られちゃったって事?」
「たぶん....そうです.....」
「そっか....ごめんね。言い難いことを聞いて」
「いえ....大丈夫です...」
沈黙が訪れる。
アリエル達の境遇を、不憫に思ったのだろう。
「後で案内するけど、アリエル達が住む家に、沢山服を用意しておいたから、それを着てくれると嬉しい。
気に入らなかったらすぐに言ってね?ボクが作り直すから。
それと、いずれは、自分の服を作れる様になってもらうから、そのつもりでいて」
「は、はい。な、何から何までありがとうございます。カオル様」
「あはは♪カオルでいい....そうじゃないね。うん。これから、よろしくね。アリエル」
「はい、カオル様」
呼び方を改めなかったカオル。
アリエルは領民であり、自分は領主なのだ。
線引きは必要だろう。
近づき過ぎれば、アリエル達に害が及ぶのだ。
自分ではなく、領民達に。
「カオル様!!私にも服を作ってください!!」
「わらわも頼むのじゃ」
「私もにゃ♪」
「え、えっと....私も.....」
「私達もできたら....」
「う、うん」
「でもいいのかな?」
「言うだけならいいんじゃない?」
「そ、そうよね。そういう流れだし....」
アーシェラとフロリアが服を欲しがり、アブリルとファノメネルもそれに乗っかる。
聖騎士達は言うに及ばず、ディアーヌはカオルを見詰め、コクコクと頷いた。
なぜか大人気のカオル服。
それもそのはず、ヴァルカン達が着ている豪華でいてエレガントな服は、誰もが欲しがる一品なのだ。
「そうですね....では、材料費だけいただきます。デザイン料はいりません。
そのかわり、宣伝をお願いします。当領地で作る服は、こんなに良い物なんだって言ってくださるだけで良いので。どうでしょうか?」
商売人カオルが登場した。
いったい、いくつの顔を持つというのだろうか。
さすがは『万能の黒巫女』と呼ばれるだけはある。
「ふむ....わかったのじゃ。そのかわり、良い物を頼むの?」
「それはもちろん♪ボクはずっと、誰かの為に服を作りたかったんです。
その夢が叶ってよかった♪」
嬉しそうなカオルに、ヴァルカン達は文句を言う事を止めた。
カオルの夢。
それは、あの両親を失った家で、一人デザインをしていた時のもの。
いつか誰かに服を着せたい。
カオルはそう思い、縫製の勉強をしていた。
「そうそう、みなさんにこれを差し上げます」
カオルはアイテム箱を呼び出し、中から白い純白のハンカチを取り出した。
それは、カオルが刺繍したもの。
「どうぞ。そこに刺繍されている花は、雪の花。当家の紋章です。それと、その下に名前を刺繍させていただきました」
まじまじとハンカチを見詰める一同。
そこには、カオルが言う通り、白銀の糸で雪の花が刺繍され、その下に黒糸で名前が入れられていた。
「ねぇカオルちゃん?おねぇちゃんの分は?」
「あ、あのカオルさん?私の分も.....」
なぜか、カルアとファノメネルの分だけ無かった。
嫌がらせかと思い、哀しげな表情を浮かべる。
「2人には、この前あげたよ?」
「え?」
「あ!そ、そういえば....」
ごそごそと懐を漁るファノメネル。
そこには、みんなと同じ白いハンカチが出てきた。
「ぜ、全然気が付きませんでした....」
「エヘヘ♪迎賓館で会った時に渡したんだよ♪」
それは、カオルがファノメネルと初めて会った時。
カルアとファノメネルが号泣し、カオルはそっと2人の手にハンカチを握らせた。
あの時からカオルは用意していたのだ。
「もう♪カオルちゃんったら♪おねぇちゃん、悲しくなっちゃったんだからね♪」
まったく悲しそうじゃないカルア。
カオルの腕に胸を押し付け、さり気無くスキンシップを謀っていた。
「ボクが住んでいた場所では、白いハンカチは贈り物として相応しくないと言われています。別れや不幸。涙を連想させる物だからです。
ですが、ボクはそうは思いません。
ハンカチはとても小さく、持っていても嵩張りません。
それに、誰もが1枚は持ち歩くでしょう?いつでもあなたの傍に居る。
そんな願いを込めて、みなさんに贈らせていただきます」
王子カオルが登場した。
大げさに両手を開き、言いよどむ事なく紳士的に話す。
アーシェラ達はそれを聞き、ハンカチを大事そうに手で包みこんだ。
嬉しかったのだろう。
カオルに、「いつでも傍に居る」と言われて。
「カオルの想い。とても嬉しく思います。アーシェラ・ル・ネージュは、皇帝ではなく1人の人間として、香月カオルに感謝します」
「カオル様。フロリア・ル・ネージュも、同じ気持ちです」
「私もにゃ!!大切にするにゃ!!」
「カオルさんのお心遣い。大変嬉しく思います」
「カオル?ありがとう。とっても嬉しい」
「わ、私達の分までご用意していただき、ありがとうございます」
「な、名前まで入れていただいて....」
「私達、ただの聖騎士なのに....」
「嬉しいです....」
「わ、私、こんなプレゼント貰った事無いよぉ....」
「もう!シャルは泣き虫なんだから!!ハンカチさっそく使うなんて!!」
「だってぇ....」
「いいのよ。これは嬉し涙なんだから....香月伯爵様が言っていたでしょ?」
「うぅ....」
カオルに感謝を告げる一同。
最後に、カオルが愛する家族達が「ありがとう」と感謝を述べて、カオルは満足気に微笑んだ。
「喜んでもらえて....ボクも嬉しいです....」
そこで、カオルはフラッとよろめいた。
「っ!!」
慌ててヴァルカンがカオルを抱き留める。
「....ごめんなさい、師匠。ちょっとだけ....ね....ます.....」
「ああ。安心してお休み。カオルは良く頑張った」
「エヘヘ♪師匠、だいす....き....」
カオルはそのまま目を閉じた。
思えば、戦争が終わってから、ずっとカオルは忙しかった。
夜会でヘルマン・ラ・フィン子爵に難癖を付けられ、決闘する事になったり。
自治領の開拓をする為に、ポーションを作る許可を貰いにエルフの里へ向かったり。
そこで突然、大蛇と戦闘になったり。
風の精霊王シルフに会ったり。
フムスの地下迷宮に潜ったり。
土竜王クエレブレと契約したり。
ちょっとお土産を買いに、ヤマヌイ国を訪れてみたり。
領地開拓の為に、下水道や外壁、そして宮殿や家を造ったり。
教皇アブリルや皇帝アーシェラの受け入れをしたり。
アナスタシアの足を治したり。
怯えるアリエルの人質になってみたり。
カオルは本当に奔走していた。
小さな身体で、誰にも真似できないような事を必死に頑張ってきた。
その疲れが、ついに出たのだろう。
「無茶し過ぎだぞ....カオル.....」
「そうね....でも、それがカオルちゃんの良い所ね....」
「うん....」
「寝室に運びます」
「わ、私もお手伝いします」
「アイナも!」
ヴァルカンに抱かれ、寝息を立てるカオル。
家族は、そんなカオルがとても愛おしい。
身を粉に。
心を削り。
人の為に生きるカオルは、とても美しく思えた。
「リア。やっぱり、カオルは善い子ね....」
「はい、お母様。カオル様は、とても素敵な方です」
母親の顔を覗かせるアーシェラ。
フロリアは、ヴァルカンに抱き上げられるカオルを見詰め、一筋の涙を流した。
「カオルが寝たのにゃ!!チャンスなのにゃ!!カオルの魚を奪うのにゃ!!」
「猊下!!意地汚いですよ!!お止めください!!」
「「「「「......」」」」」
ネコ娘アブリルと、保護者ファノメネル。
隣の聖騎士達の心は決まった。
必ず聖騎士を辞めて、ここで働くと。
「....アリエルだったわね?」
「ひゃっひゃい!?」
「カオルを好きになっちゃダメよ?」
「わ、わかりました....」
「....ホントにわかってるの?」
「はい.....」
こっそりアリエルに釘を刺すディアーヌ。
この時、既にアリエルはカオルを好きになっていた。
優しくて頼れるカオルを。
他人の為に、心を砕けるカオルを。
「.....」
そして、ディアーヌは気付いていた。
アリエルが、カオルに好意を寄せている事を。
なぜなら、自分もカオルが好きなのだから。
「んん....師匠.....」
「なんだ?」
「ちゅっ」
「っ!?」
眠るカオル。
ヴァルカンに抱き上げられたまま、寝惚けてその唇を奪った。
「「「ヴァ~ル~カ~ン~.....」」」
それを間近で見せ付けられた、カルア、エリー、エルミアの3人。
悪鬼となって、ヴァルカンに迫る。
「ま、まて!!今のは事故だ!!カオルがしてきたんだぞ!?」
「そんな事は知ってます!!でも、ヴァルカンなら避けられたでしょう!?おねぇちゃんは許しません!!」
「そうよ!!大体、ヴァルカンはカオルに甘いのよ!!」
「代わってください!!カオル様は、私がお運びします!!」
「まてまて!?カオルが起きるだろう!?」
「うるさ~い!!待ちなさいヴァルカ~ン!!」
「今日という今日は、決着を着けてやるわ!!」
「援護は任せてください!!」
「ま、まてエルミア!!魔弓を使うな!!...っ!?危ないだろうが!!」
言い訳すらも聞かない3人。
あっという間に廊下へと走り逃げ、追いかけっこが始まった。
フランチェスカとアイナは、こそこそとカオルの身体を奪い取り、そそくさとその場から逃げ出す。
「お姉ちゃん!」
「そうね!!」
「「チュッ!」」
ここぞとばかりに、カオルの両頬にキスする2人。
カオルの寝顔は、嬉しそうに微笑んでいた。
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