第百九十七話 領民
燦々と太陽の光が降り注ぐお昼過ぎ。
エルヴィント帝国の帝都から、香月伯爵領へと続く石畳の街道を、2台の馬車が走っていた。
「.....」
職務に忠実なのか、周囲を警護する近衛騎士達は終始無言である。
御者席に座る、エルノール・ラ・フェルト公爵も、一言も発さずにボーっと空を眺めていた。
彼らは今、任務中である。
遡ること数週間前。
数十年振りに起きた戦争のドサクサで、各地で盗賊団が猛威を奮い、数ある村々で悪行を働いていた。
理由は単純。
私利私欲を貪るため。
襲われた村々では、残虐非道な行いにより、多くの死傷者を出した。
そして、彼らの本当の目的は、歳若い子供達を攫う事にあった。
子供は高値で売れる。
この世界には、奴隷という制度があるためだ。
だが、帝国も指を咥えて見ていた訳ではない。
時の皇帝アーシェラ・ル・ネージュは、情報収拾に長けた私兵を使い、見事に盗賊団のアジトを突き止め、配下の近衛騎士達に急襲させた。
その結果。
盗賊団は1人残らず壊滅し、攫われた子供達を助け出す事に成功したのだ。
しかし、誤算があった。
攫われた子供が、予想よりも多かったのだ。
そこで、身元が判明する者を村へ返し、身元不確かな者は、新興貴族である香月伯爵に対応を任せる事にした。
タイミングが良かったと言える。
香月伯爵は、丁度新しい街を開拓しており、領民を探していたのだから。
「.....」
実直で、寡黙な者が多く、誰も一言も発する事は無い。
今、エルノールと近衛騎士達が運んでいるのは、その子供達。
凄惨な光景を見たのであろう。
子供達は、終始怯えていた。
近衛騎士が近づけば、身体を震わせその身を寄せ合い、けして目を見る事はなかった。
そこで、馬車の荷台には幌を被せられ、開口部は全て塞いだ。
子供達の為に。
食事は小さな窓の開閉部から差し出し、トイレは簡易的な蓋付きの桶を馬車内に設置している。
子供達は既に約1週間、その荷馬車から1歩も出ていない。
ずっと警護している近衛騎士達。
その表情には、哀れみが色濃く出ている。
「......」
エルノールは、何も話さない。
子供達の事は、近衛騎士から報告を受けている。
醜悪で悽惨な話し。
聞くだけで、吐き気をもよおす様な。
性的な虐待ではない。
病気の心配の無い、初物は高く売れるのだ。
では、何が?
単純だ。
言う事を聞かせる為に、安易に大人が取る行動は極めて単純。
暴力だ。
言って聞かせ、従わなければ殴る。
ただそれだけ。
そして、それは非力な子供にとても効果的だ。
心的外傷を植え付けさせ、心を壊して考える事を止めさせる。
残酷な話し。
とても、酷く、悲しい、そんな話し。
それが、この世界の現実。
「はぁ.....」
エルノールは溜息を吐いた。
そして、願った。
(どうか、この子供達に幸せを.....カオルさん....お願いします.....)
子供達の幸せを。
新天地に居る、カオルに全てを託して。
香月伯爵領。
新しく造られた街の中を、慌しく駆け回る人間の少年の姿があった。
「くっそぉおおおおおお!!!!」
カオルの家臣である、家令補佐のカイ。
カイは今、婚約者であり家令のメルの指示で、馬車馬のごとく働かされていた。
「はぁはぁはぁ....つ、つぎ.....」
カイは今、カオルが造った倉庫から、木箱を運び出している。
中身は、教材である無数の本。
迎え入れる子供達が勉強する為にカオルが用意した物だ。
「カイ~?終わった~?」
カイの様子を見に来たメル。
カイはびっしょりと汗を掻き、息も絶え絶えにメルに告げた。
「あ、あと2往復で終わる.....」
「あっそ。早くやってね?じゃないと....わかってるわよね?」
カイを尻に敷いているメルの、力強い視線。
カイはそれだけで身体を震わし、倉庫へと大急ぎで引き返した。
「ねぇカオル....なんかメルから凄味を感じるんだけど....」
そんなカイとメルを、遠巻きで見ていたエリー。
徐々に変わりつつある幼馴染の性格に、驚いている。
「さぁ?もしかしたら、あの折檻が効いたのかもね?」
それは、先日の出来事。
カオルの婚約者であるヴァルカン達を、こともあろうにカイはいやらしい目で見てしまった。
それに怒ったメルは、カオルが用意したカイとメルの家の地下にある、多数の拷問器具を使い折檻をしたのだ。
その結果。
カイはボロボロの雑巾状態になり、丸一日動く事ができなかった。
とても酷い仕打ちを受けたのだろう。
思わずカオルが回復魔法をカイに使うくらいに。
「でも、なんか幸せそうだね?」
「そうね....放っておきましょ.....」
高みの見物を決め込んだカオルとエリーの2人。
メルは尚も、齷齪働くカイを、微笑ましく見詰めていた。
「来たな?カオル」
新しく領民となる子供達を迎えるため、領主であるカオルとその家族達は、街の入り口で街道を見ていた。
「はい。カイとメルは、ちゃんと働いてました」
「そうか....案外、良い人選だったのかもしれないな....」
「あったり前でしょ!!私の幼馴染なんだから!!」
「そうね~♪でも、これからが大変なんだから、何かあったらエリーちゃんも手伝ってあげるのよ~?」
「わかってるわよ!!」
和やかな雰囲気。
新しく領民が増える事に、気が緩んでいるのかもしれない。
「カオル様。馬車が来ました」
「お!ホントだ♪」
街道の奥から、2台の馬車と騎乗した近衛騎士の集団が見える。
間違い無く、カオルが待っていた者達だろう。
「ご主人様。皇帝陛下から伝言です....」
そこへ、メイドのフランチェスカとアイナがやってきた。
「うん?伝言?アーシェラ様は来ないの?」
「は、はい。『全てカオルに任せる』と、言付かってまいりました」
「まったく、アーシェラ様は.....」
「すなぶろ。まんきつ」
アイナの言葉通り、アーシェラやフロリア。
それにアブリル達は、カオルが海岸に用意した砂風呂を満喫していた。
それは、美容の為であり、アブリル達が来た意味でもある。
「はぁ...カオル。私は、あいつらのお守りをしてくるからな!!エリー、行くぞ!!」
「え!?私も!?」
「当たり前だ!!海岸は魔物が出るんだぞ!?聖騎士だけじゃ安心できん!!」
「わ、わかったわよ....」
ヴァルカンはエリーと連れ立って、海岸へと向かって行った。
カオルは、離れる2人の手にそっと口付けて、「いってらっしゃい!」と快く見送る。
「で、では、私とアイナも受け入れの用意をしてまいります」
「アイナ、がんばる!」
「ありがとう♪食事と、お風呂の用意をお願いね?
あと、着替えの服は、脱衣所に用意しておいたから、子供達が来たら着せてあげてくれる?サイズがわかんないから、適当に置いておいたけど....
フランとアイナなら大丈夫だよね?」
「おねぇちゃんも手伝うから大丈夫よ~♪」
「私もです。カオル様」
「ありがとう♪みんな優しくて大好き♪」
つい嬉しくなり、婚約者の頬に口付けてしまうカオル。
カルア達は、カオルが触れた頬に手を添え、顔を歪めた。
「そ、それでは....」
「ご主人!!」
おずおずとカオルに抱き付くフランチェスカとアイナ。
アイナはしっかりとカオルの胸に顔を擦り付け、マーキングを完了していた。
「うん♪お願いね♪」
メイドの2人も立ち去り、子供達の受け入れはカオルとカルアとエルミアの3人となった。
少々心許無いが大丈夫だろう。
近くには、人形達が控えているのだから。
しばらくして、馬車の一団がカオルの前に停車した。
御者席から降りてきたエルノールは、カオルに挨拶を告げて、1枚の羊皮紙を手渡す。
「香月伯爵。こちらが、受け渡し状です」
「はい。確かに受け取りました」
「それにても、素晴らしい街ですね」
カオルの街を一瞥し、エルノールは感嘆の言葉を漏らす。
「ありがとうございます。後ほど、街を案内させましょう」
「おお!それは良いですね!!」
「ぜひごゆっくりしていってください。ですが、その前に、子供達に会わせていただけますか?」
「ええ。もちろんです」
簡単な事務的な挨拶を終え、エルノールに指示された近衛騎士が馬車の荷台を開ける。
そして、驚愕の表情で固まった。
「お、おい!!なんでナイフなんか持ってんだ!?」
うろたえる近衛騎士。
後ずさりながら馬車の荷台から降りてくると、続いて1人の女性が顔を覗かせた。
手に、1本の薄汚れたナイフを持って。
「ち、近づかないで!!」
ガクガクと震える両足。
涙を流し、身に纏っているのはボロボロの衣服。
その破れた衣服からは、多くの青痣が見えていた。
「全員下がって!!近衛騎士は、後ろを向いてください!!」
カオルは、即座に近衛騎士を遠ざけた。
なぜなら、女性の衣服は所々が裂けて、素肌を晒していたのだから。
「か、カオルさん.....」
「ボクが交渉します。エルノール様も後ろを向いてください」
力強いカオルの声に、エルノールも従った。
それが一番最適と考えたのだろう。
「こんにちは。ボクの名前はカオル。君の名前を教えてもらっていいかな?」
「そ、それ以上近づかないで!!」
「....そう。それで、名前を教えてくれないかな?」
場を掌握しようと、カオルは努めて冷静に対応した。
相手は怯えている。
事を荒立てれば、いつあの刃を振り下ろすかわからない。
「あ、アリエル.....」
「そう。それで、アリエル。君の望みは何かな?」
「み、みんなを開放して!!この子達はまだ子供なの!!」
アリエルはそう言い、カオルに馬車の中を覗かせた。
そこには、カオルとそう違わない年齢の子供達が、身を寄せ合って震えていた。
「....開放して、その後はどうする気かな?」
「そ、そんなのあなたに関係ないでしょ!!」
「うぅん。それは違うよ。君達はボクのものになったんだ」
「わ、私達は、あなたのものじゃないわ!!」
「いいや、それは違う。君達はボクが譲り受けた。だから、ボクのものだ」
なんと冷酷な事をカオルは言うのだろうか。
よりにもよってもの扱い。
カオルが嫌う奴隷商の様に。
「い、いやよ!!なんで私達が、あなたみたいな子供のものなのよ!!」
「そう決まった事だからね。それで、要求は開放だけかな?」
話しを戻すカオル。
カオルには、ある考えがある。
「そ、そうよ!!」
「それで、どこに逃げるのかな?君達に、帰る場所は無いはずだよ?」
「そ、それでも、あなたの奴隷になんてなるよりはマシよ!!」
「本当にそう思う?」
「あ、当たり前でしょ!!あなたみたいな女の子に、なんで私達が.....」
カオルを少女だと思っているアリエル。
当然だろう。
カオルの見た目は、美少女なのだから。
「そっか。それで、そのナイフで何をするつもりかな?」
1歩前へ歩みを進める。
アリエルは、当然の様に威嚇し、カオルにナイフを向けた。
「こ、来ないで!!それ以上来たら、し、死んでやるから!!」
「アリエルが死ぬ事で、ボクが何か損をすると思ってるの?」
「あ、当たり前でしょ!!わ、私がいなくなれば、あなたが払ったお金が無駄になるわ!!」
浅はかな考えだろう。
アリエルは、カオルが彼女達を奴隷として買ったと思い込んでいる。
「....アリエルが死ぬと、その子達は悲しむよ?」
「そ、そう思うなら、近づかないで!!」
「...アリエルは、その子達を守ってるんだね?」
「そ、そうよ!!この子達は、まだ子供なの!!
あんな事があって、傷付いてるの!!
だから....私が....私が守らないと.....」
大粒の涙を流すアリエル。
カオルは、そんなアリエルが健気に思えた。
「わかった。それじゃ、こうしよう。ボクは、アリエルの人質になる。
それで、ボクがこの街でその子達に何をするのか、実際に見て欲しい。
納得いかなければボクを殺せばいい。アリエルが死ぬより、ずっと建設的だ」
「カオルちゃん!!」
「カオル様!!いけません!!」
カオルの提案に、カルアとエルミアが意義を唱える。
それは当然だろう。
カオルは、自分を殺せと言っているのだから。
「.....だめかな?少なくとも、アリエルが今ここで命を絶って、その子達が悲しむ事はなくなるよ?」
魅力的な提案。
カオルの背は小さく、どこから見ても子供だ。
それに丸腰。
それならば、今のアリエルでもカオルを殺せるだろう。
アリエルは、子供達を悲しませたくない。
あんな凄惨な出来事を、この子達に思い出させたくないのだ。
「....わかったわ.....でも!!へ、変な素振りを見せたら、あなたを殺すからね!!」
「いいよ。カルア、エルミア。もう一台の馬車から、子供達を連れて来て。
エルノール様?そこの縄で、ボクの両手を縛っていただけますか?」
「カオルちゃん!!」
「カオル様!!」
カオルの心配をする2人。
カオルは「お願い」とだけ告げて、カルアとエルミアを馬車に向かわせた。
「カオルさん....あなたは.....」
悲痛な面持ちのエルノール。
カオルに言われた通り、後ろ手に縄を掛けながら、一筋の涙を流した。
「大丈夫ですから。彼女達には、知る権利があります。
ボクが、この街で彼女達に何をさせるのか。
そうそう、街の外の広場に、アーシェラ様が連れてきた宿舎があるので、そこへ近衛騎士さん達を連れて行ってあげてください」
こんな緊迫した状況下で、自分よりも他人を気遣うカオル。
エルノールは、カオルの大き過ぎる器に驚いた。
「それじゃ、案内をするから着いて来て?大丈夫。怖い事は何もしないよ?
だから、泣かないで....」
集められた小さな慎重の女の子達に、カオルは優しく語り掛ける。
後ろ手に縛られた縄をアリエルが持ち、背中にナイフを突き付けられながら。
「グスッ....アリエルお姉ちゃん.....」
「大丈夫よ....おねぇちゃんがついてるから....」
涙を浮かべる子供達に、アリエルは安心させるように言葉を紡ぐ。
その様子を、カルアとエルミアは、言い現せぬ表情で見詰めていた。
カオルは、宮殿内へとアリエル達を案内した。
後ろには、誰も着いて来ていない。
カオルがそう指示したのだから。
「ご、ご主人様!?」
「ご主人!?」
宮殿西棟の脱衣所へとやって来たカオル達。
入浴の準備をしていたフランチェスカとアイナが、カオルの姿を見て悲鳴を上げた。
「ここに居てくれてよかった。フラン、アイナ。この子達を、お風呂に入れてあげてくれる?」
カオルの普段と変わらぬ物言いに、フランチェスカとアイナは戸惑いを覚えた。
「アリエル。みんなをお風呂に入れるからね?女の子が、いつまでもそんな格好じゃいけない」
後ろのアリエルに顔だけ覗かせ、拒否させないとばかりに、言い切る。
怯えるアリエルは、言い返せずにコクンと頷いた。
「って事だから、フラン、アイナ。子供達を、浴室に案内してあげてくれる?
大丈夫だから♪」
メイドの2人に、ニコリと微笑む。
眼光鋭くアリエルを睨みつけていたアイナは、納得できないながらもカオルの言い付けに従い、フランチェスカと共に子供達の服を脱がせ始めた。
「アリエル。そこのタオルで、目隠ししてくれないかな?」
「な、なんでそんなことするのよ!!」
「えっと、信じられないかもしれないけど、ボク男なんだ.....だから、目隠ししてくれる?」
「う、うそ!?」
「あはは....本当なんだ。だから、ね?」
目を瞑り、アリエルに目隠しを催促する。
アリエルは驚きながらカオルに目隠しをして、チラリとカオルの胸を見やった。
「.....本当に....男なの?」
「そうだよ?手を縛ってるから、証明できないけどね」
「そう....」
アリエルは、深く追求する事を止めて、子供達と一緒に浴室へと向かった。
そこは、誰もが驚く空間であった。
浴室だというのに、枝葉の長い観葉植物が並べられ、パッと見南国の様相。
なにより、アリエルが驚いたのは、浴槽の大きさ。
アリエル達は、全ての子供とカオルとフランチェスカ、アイナを合わせて20人弱居るにもかかわらず、まったく狭さを感じない。
それだけ、このお風呂は大きいのだ。
「アリエルお姉ちゃん....」
「おっきぃお風呂.....」
「そう....だね.....」
「お外見えるの!!」
あまりの豪華さに、ハシャギ始める小さな女の子達。
その姿からは、とてもあの凄惨な日々を過ごしたとは思えない。
「あ~...走ったらダメだからね?怪我しちゃうよ!!泳ぐのはいいけどね♪」
両手を縛られ、目隠しをされた状態のカオル。
まったく危機感を感じていなかった。
「あんた....何者なの......」
ボソリと、アリエルが言葉を漏らす。
それは、これだけの豪華な宮殿を持ち、脅されているにもかかわらず、まったく物怖じしないカオルを畏怖してのもの。
「ボクは、ここの領主だよ。それと、『あんた』じゃなくて、カオル。ねぇアリエル?」
「な、なによ!」
「みんな、とっても元気でよかったね。アリエルが守ったんだね?偉かったよ....」
カオルにはわかった。
あんな凄惨な出来事があったはずなのに、なぜ子供達は元気にお風呂で遊んでいるのか。
それは、アリエルが守ったから。
心汚い大人達から、アリエルはその身を犠牲にしていたのだろう。
切り裂かれた衣服からチラリと見えたあの打撲痕は、子供達を庇ってできた物なのだ。
「あんたに....カオルに.....そんな事言われる筋合い......ないわ.....よ.....」
アリエルは、地面に膝を突いて涙を流した。
もう限界だった。
自分だって、あの子達の様に誰かに縋り付きたかった。
でも、できなかった。
それは、自身が一番の年長者だったからだ。
生まれて15年。
アルバシュタイン公国の南東に存在していた、小さな村で産まれたアリエル。
ある日突然魔物の集団に村は襲われ、命からがら逃げ出した。
両親は、自分を逃がすために魔物に立ち向かい、その生涯を終えた。
自分は、守ってくれた両親の分も生きなければいけない。
そう思ったからこそ、人攫いの集団に掴まった時も、歯を食い縛って生き延びてきた。
子供が騒げば何度も殴られ、その度に心が砕けそうだった。
みんなは小さい。
ホビットだから。
年齢だって、アリエルと1つ2つしか違わない。
それでも、(年長者なのだから)と自分に言い聞かせ、必死に生きた。
そして、ここまで連れて来られた。
あの、日も射さない荷馬車に揺られて。
淀んだ匂いの充満する悪環境の場所から、こんな、こんな天国とも思える場所に。
「あのさ、アリエル。聞いてくれるかな?」
「な、なによ....」
カオルに気付かれない様に涙を拭い、アリエルは顔を上げた。
「ボクは、ここに居るみんなに幸せになって欲しい。だからね?
この街で、花嫁修業をしてもらおうと思ってるんだ。
数年後にはお見合いも企画してる。
好きな人と結婚して、幸せな家庭を築いてもらう」
カオルは、アリエル達に未来を見せた。
幸福な未来を。
優しい家庭を。
心から笑える時間を。
「料理や裁縫、掃除に洗濯。あとは農作業もね♪ああ、それと、服を作ってそれを売ろうと思ってる。もう、販売するお店も決まってるんだ♪」
アリエルは、ただカオルの言葉を聞いた。
おとぎ話の夢物語のような、そんな話しを。
「でねでね♪服も、もう作ってあるんだ♪後で着てもらうんだけど、とっても可愛くてね♪みんな気に入ってくれるといいなぁ~♪」
嬉しそうに話すカオル。
目を塞がれ、縄で縛られている状態という事も忘れ、カオルは楽しそうに声を弾ませている。
「あ、学校も作ったんだけど、先に住む場所を見てほしいなぁ~♪
ちょっと狭いんだけど、使い勝手はいいはずだか.......」
「....カオルは、なんなの?」
言葉が漏れる。
「えっと.....どういう意味?」
「なんで.....見ず知らずの私達に......そんなに優しく......」
アリエルは、涙を拭う事無くカオルを見詰めた。
カオルは、微笑んでいた。
「ボクも、みんなと一緒だから」
「え?」
「ボクも、お父様とお母様がいないんだ。ある日突然『亡くなった』って言われて....とっても寂しかった.....」
アリエルは感じた。
カオルは、自分と同じなのだと。
「でも、ボクは沢山の人に出会って、今は幸せなんだ。
だから、みんなにも幸せになってほしい。
でもこれって、ただの自己満足だよね.....
だから、みんなが受け入れられないなら、無理にここに住まなくていいよ。
どこか、違う場所を探してあげる。
きっとあるはずだから。みんなが幸せになれる場所が」
なんと大きな人だろう。
アリエルにはもう、言葉が出ない。
「私、ここに居たい」
そんなカオルに、小さな女の子が話し掛けた。
それに続くように、お風呂で遊んでいた子供達が集まってくる。
「あたしも....」
「わたしも!」
「私も!!」
「アリエルお姉ちゃん?ダメ?」
アリエルに、拒否などできない。
自分もここに、カオルの傍に居たいと思ってしまったのだから。
「ああ、でも、ここのお風呂はボクの家族が使うから、みんなは宿舎のお風呂を使ってね?ここと、ほとんど変わらない造りだから♪」
子供達が、お風呂を気に入ったと思ったカオル。
占領される事をちょっと恐れた。
「....アハ.......アハハ!!アハハハハ!!」
気付けば、アリエルは笑っていた。
あんなに怖かった事が、馬鹿らしく思えて。
「.....うん。ここに居よう?みんなでずっと一緒に」
「うん!!」
「やった~♪」
「ねぇねぇ競争しよ?」
「うん!いいよ!!」
お風呂を川に見立て、競う様に水泳を始める子供達。
カオルは、プールを造る事を密かに決めた。
「カオル」
「うん、なに?」
「....これから、お世話になります」
「もちろん♪色んな事を覚えて、幸せになってね?」
「....うん」
アリエル達は、この街に住む事を決めた。
カオルの造った、この街に。
幸せになるために。
「で、では、ご主人様は返していただきます!!」
「ご主人はアイナの!!」
子供達の世話をしていたフランチェスカとアイナの2人。
話しが纏まったのを確認し、あっという間にカオルを確保した。
「ちょ、ちょっと!!フラン!!む、胸をそんなに押し付けたら!!っ!!
い、息ができな.....」
「ひゃぁ!?も、申し訳ございません!!」
「アイナも!!アイナも!!」
緊張感の無い3人。
アリエルはどこかホッとし、元気に遊ぶ子供達の姿を目に焼き付けていた。
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