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間話 アナスタシアの決意

 今夜も美味しい夕食を終えたカオル達。

 宮殿の西棟にある露天風呂をアーシェラ達が満喫している頃、当主のカオルは宣言通りアナスタシアの部屋を訪れていた。


「....アーニャ。いい?」


「は、はい....」


 宮殿内にあるアナスタシアの自室では、とても淫靡な光景が繰り広げられていた。

 

「じゃぁ....いくよ....」


「お、お願いします....」


 アナスタシアのスカートに手を掛け、ゆっくりと持ち上げるカオル。

 長年動かしていなかったアナスタシアの足は、白く痩せ細り、筋肉もほとんど付いていなかった。


「これは...感じる?」


 太股が半分ほど露にされ、カオルは慎重に足先から触れていく。

 カオルに触られたアナスタシアは、頬を赤く上気させながら頭を振って答えた。


「じゃぁ....ここは?」


「いえ....」


「う~ん.....爪先も踵も脹脛(ふくらはぎ)も感じないか....」


「は、はい.....」


「太股は?」


「いえ」


「それじゃ、お腹は?」


「それはわかります」


「腰から上は感じるんだね?」


「は、はい.....」


 カオルがアナスタシアの部屋を訪れたのは、足を治療するためだ。

 けしてやましい事をしようとしているのではない。

 あくまで治療行為。

 扉の隙間から中を覗き込んでいるヴァルカン達家族が心配するような事を、カオルはしない。


「手も動くし、首も平気。ってことは、下半身麻痺だね....」


 辿り着いた症状。

 それは、下半身麻痺。

 腰から下の痛覚すらも感じなくなり、足など動かす事もできない。

 大変な苦労があっただろう。


「アーニャ。聞き辛い事を聞くけど、事故があった時の状況を教えてくれる?」


「はい....」


 アナスタシアは語った。


 今から10年前。

 アナスタシアが当時10歳の頃に、両親と共にカムーン王国からエルヴィント帝国へ移民するために移動していた時、乗っていた馬車が山道から滑り落ち、両足の骨を折る大怪我を負った事を。

 その事故で両親を失い、偶然通り掛った冒険者の一団に救われた事を。

 そして、帝都で暮らしていた、父方の弟である叔父のロランに世話になった事を。


「なるほど。ありがとうアーニャ。とても言い難い事を言わせてごめんね....」


「い、いえ....カオル様には、私の全てを知っていただきたいですから....」


「そっか.....ありがとう.....」


 カオルは、優しくアナスタシアを抱き締めた。

 「ありがとう」と何度もお礼を言い、今はボクがいるからと言わんばかりにきつく抱いた。


 そして、扉の外でその話しを聞いていたヴァルカン達は、アナスタシアの年齢に驚く。


「事故の時、腰を強く打った記憶はある?」


「....どう....でしょうか....あの時は、必死だったので.....」


「そうだよね。あのね、アーニャ。ちょっとベットにうつ伏せになってほしいんだ。それで、上着とスカートを肌蹴るけど....いいかな?」


 医療行為がちょっとエッチに聞こえる人は、そういう人です。


「は、はい....わかりました....」


「ごめんね」


 カオルはアナスタシアを車椅子から抱き抱え、ベットへと誘った。

 そのままうつ伏せの状態にして、宣言通り上着とスカートを肌蹴させ、腰後ろをゆっくりと触診する。


「ひゃっ!?」


「あ、ボクの手、冷たかった?」


「い、いえ....驚いただけです.....」


「クスッ♪可愛いね、アーニャは♪」


「ひゃぅ....」


 微笑ましい光景。

 ヴァルカン達は奥歯をギリギリと噛み締めながら、その光景をジッと見詰めた。


(やっぱり.....)


 カオルは即座に気が付いた。

 アナスタシアの背骨が、腰部分で曲がっている事を。

 そして、歪な骨が突き出ている事を。


「アーニャ....これ、痛い?」


 変色している皮膚を軽く押す。

 すると、アナスタシアは悲鳴を上げた。


「ひっぐっ!!い、痛いです....」


 カオルは知っている。

 この症状は頚椎損傷。

 それも、腰椎L-4の完全型に分類される、重いもの。

 脊髄を含む中枢神経系は末梢神経と違い、一度損傷すると修復や再生されることはできない。 

 現代日本。

 いや、現代医療において、これを回復させる事はできないのだ。


 だが、ここは異世界である。

 回復魔法の存在するこの世界であれば、治すことができるだろう。

 ただし、アナスタシアの怪我はこれだけではない。

 長い時間治療をされていなかったために、皮膚が変色するほどの圧迫を受けている。 

 それは、曲がった骨なのか。

 折れた骨なのか。

 それとも....異物なのか。

 カオルは、確認しなければいけない。


「アーニャ」


「な、なんでしょうか?」


「足はたぶん治せるよ」


「ほ、本当ですか!?」


「うん。だけど....」


「だけど?」


「腰を切り開いて中を見ないといけない。異物がある可能性があるんだ」


 この世界に、麻酔は無い。

 いや、探せばモルヒネなどの鎮痛作用を促す物質は存在するかもしれない。

 しかし、カオルはそれがどこにあるの知らない。

 (物知りのシルフに相談すれば.....)と一瞬カオルの頭を過ぎったものの、おそらく「霊薬『エリクシール』を使え」と言われるのが目に見えている。

 だが、霊薬は1つしかない。

 アナスタシアの為に使おうかともカオルは悩んだが、この先いつ霊薬が必要になるかわからない。

 保険は必要だろう。

 少なくとも、エルフの里で霊薬が再生産されるまでは....


「....どうする?もうしばらくすれば痛み無く治せるけど......」


 カオルは提示した。

 霊薬の存在を。


「....カオル様」


「なに?」


「やってください」


「....ものすごく痛いよ?」


「構いません。私は、カオル様のものです。カオル様の望むままにお願いします」


「ボクは、アーニャがこのまま歩けなくても良いと思ってるんだ。それに、霊薬ができればそれを使って....」


「いいえ。これから先、この足のせいでカオル様のお手を患わせる事があれば、私は今以上に自分を嫌いになります。ですから.....お願いします」


 アナスタシアは、意思をみせた。

 それは、自分のためではない。

 愛しいカオルのため。

 アナスタシアはカオルと家族になりたいのだ。

 ヴァルカン達と同じ様に、支え、支えられる関係に。

 庇護される存在ではなく、共に歩める存在に。


「....わかった。それじゃ、施術を行うから.....師匠達。手伝って下さい」


 カオルは気付いていた。

 扉の向こうで覗き見していたヴァルカン達を。


「....気付いていたのか?」


「はい。たまに、息を飲む声が聞こえていましたから」


「そう....か....それで、私達は何をすればいい?」


「師匠は、暴れない様にアーニャの両手を押さえて下さい。エルミアは足を。

 エリーは、アーニャが舌を噛まない様にこのハンカチを噛ませて。

 カルアはボクと一緒に回復魔法をお願い」


 即座に担当を決め、ヴァルカン達はそれに従った。

 アナスタシアを取り囲むカオル達家族。

 アナスタシアは、ハンカチを噛み締めながら嬉し涙を流した。


「『浄化』」

 

 室内に存在する全てに『浄化』の魔法を掛けて、清潔にする。

 その後、カオルが背骨に沿ってナイフで切り開き、内部を確認して異常が無ければ、カルアとカオルの2人掛かりで回復魔法を唱える事になった。


「アーニャ....準備は?」


「いふでもおふぇがいひまふ」


 ハンカチを咥えたまま、アナスタシアは答えた。

 壮絶な痛みに耐える事。

 この小さな、ホビットの身体で。

 身体を切り開かれる痛みに耐えるのだ。


「ふぅ.....それじゃ、いきます.....」


 深呼吸を1つして、カオルはナイフで皮膚を切り裂いた。


「っーーーーーーーーー!!!!!!!」


 痛みに顔を歪ませ、大粒の涙を零すアナスタシア。

 ギリギリと擦り合わせた歯が悲鳴を上げた、次の瞬間。

 ハンカチが噛み切られた。


「っ!?」


 慌てるヴァルカンとエリー。

 両手が塞がっているヴァルカンが、何か無いかと周囲を見回した時、エリーは自分の左手をアナスタシアの口に滑り込ませた。


「ぃっ........」


 小さな悲鳴。

 それと同時に、「ガギッ」と嫌な音が聞こえた。


「エリー....」


「...だいじょうぶ....カオル、早く!!アーニャがもたないわ!!」 


 アナスタシアの口から、エリーの血が滴り落ちる。

 おそらく骨が折れ、歯によって皮膚も切れているだろう。


「あった!!木屑だ!!!」


 エリーが必死に格闘している間に、カオルは異物を見つけていた。

 やはりあったのだ。

 事故の時に怪我をし、骨を歪ませ皮膚を裂いて進入した異物が。


「カルア!!!」


「ええ!!」


 カオルとカルアは片手を繋ぎ、アナスタシアへ手を掲げる。

 周囲に風が巻き起こり、部屋全体が強い緑色の光に包まれた。


「カ...オル....ちゃ....ん.....」


 カルアの顔が悲痛に歪む。

 それは、カオルの魔力が多すぎるから。


「い.....けぇーーー!!!!」


 今のカオルに、魔力を制御する余裕は無かった。

 アナスタシアが心配で。

 エリーの事が心配で。

 ただ、それだけが頭の中を支配していた。


 やがて、風と光は収まる。

 ベットの上にはグッタリとしたアナスタシア。

 背中は見事に治っており、エリーの負傷した左手も治っていた。


「ハァハァハァ....」


 疲労困憊状態のカオル。

 肩で大きく息をして、アナスタシアとエリーを見やった。


「成功したね.....」


「ああ....」


「もう....カオルちゃんは、本当に無茶をして....」


「カオルのバカ!!」


「カオル様は、自身の事にもっと気を使ってください」


 口々にカオルを非難する家族達。

 しかし顔は満足気だ。


「はぁ...エリー」


「なによ!」


「カッコよかったよ♪」


「ば、バカじゃないの!!」


 エリーは照れた。

 エリーはただ、好敵手(ライバル)のアナスタシアを心配してあんな行動をとっただけだ。

 痛みに耐えたアナスタシアを、エリーは尊敬した。

 ただ、それだけだ。


「明日から、治療的行為(リハビリ)がんばろうね?アーニャ....」


 気絶し、眠るアナスタシア。

 カオルがそう話し掛け、ヴァルカン達も頭を撫でた。


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