第百九十四話 翡翠
オナイユの街の冒険者ギルド。
魔物・魔獣の買い取り窓口に、1人の天狼族の男性がやって来ていた。
「買取を頼みたいんだがヮゥ......」
顔はとても強面なのに、ちょっと語尾が可愛いのはご愛嬌だろうか。
「た、ただいまー.....」
慌しく自分のデスクから走るヤーム。
ブツブツと愚痴を零していた。
「くそっ....イライザとレーダはいつ帰って来るんだ......っと、お待たせしました。買取ですね?」
「チッ」
「ひぃ!?」
対応が遅れた事に苛立ちを見せる男性に、ヤームは驚き身を竦めた。
「買取だヮゥ.....」
「へ?」
思わず聞き返してしまった。
あまりにも可愛らしい語尾に。
「チッ....」
「ひぃ!?す、すみません。で、では、ギルドカードをご提示ください.....」
ヤームは今すぐ逃げ出したい気持ちを抑え、職務を真っ当する事を選んだ。
なぜなら、部下が帰っていないから、誰にも押し付ける事ができない。
男性はゴソゴソと懐を漁り、真っ赤なペンダントとギルドカードをヤームに見せた。
「だ、第1級冒険者のオダン.....」
ヤームは驚愕とした。
男性が、数少ない第1級冒険者であり、あの悪名高いオダンだと判明したから。
「チッ.....」
「あ、あわわわ.....ご、ご提示ありがとうございます。こ、ここ、こちらへどうぞ.....」
全身から汗を吹き出しながら、冒険者ギルドの奥に併設する解体場へと案内した。
辿り着く頃には、手にしていたハンカチはびっしょりと濡れていた。
「で、では、か、かかか、買い取り希望の魔物を出して下さい.....」
オダンはアイテム箱を呼び出し、魔物をその場に積み上げた。
夥しい数のオークやゴブリン。
中には、巨大なトロールの姿まで存在した。
「で、では、査定を始めさせていただきますので.....し、しばらくお待ち下さい......」
急げ急げと自分に言い聞かし、ヤームは査定を短時間で終わらせた。
おそらく、自身の最速記録を更新しただろう。
「お、オーク30体に、ゴブリン10体。トロール5体で、ぜ、全部で、5200シルドとなりますがよろしいですか?」
「頼むヮゥ....」
「っ!?」
聞き間違いではなかった。
オダンは確かに「ヮゥ」と言っている。
「チッ....」
「ひぃ!?い、い、今代金をお持ちしますのでーーーーーー!!!!」
駆け足でギルドへ戻るヤーム。
取り残されたオダンは、手持ち無沙汰に地面を蹴った。
天狼族のオダン。
第1級冒険者という地位を持つ、ちょっとお茶目な人物だ。
早朝の香月伯爵領。
西方を海に面した広大な土地を有するそこで、領主のカオルは海を眺めていた。
「綺麗な海だよね♪」
海岸には人影が4つ。
カオルと、皇女フロリアと、車椅子に乗るアナスタシアと、メイドのアイナ。
朝の散歩と称して、カオルが3人を連れてきたのだ。
歳若い3人を。
「そうですね♪カオル様♪」
「はい....海に来たのは初めてです....」
「ん!」
楽しそうに微笑む3人。
カオルは微笑み返し、海を見詰めた。
「あ.....」
カオルは、砂浜で光るものを見つけた。
「どうなされたのですか?」
「ちょっと見て来るね」
いそいそと、カオルは光を放った物へ近づく。
その様子を不思議そうに3人は見ていた。
カオルが見つけたものは、白く淡い緑色の石。
大きさが、カオルの小さな手と同じくらいの宝石だった。
「これ....翡翠だ!!」
大声で叫び、3人の下へ駆け寄る。
大粒の翡翠を見せると、フロリアとアナスタシアは喜んだ。
「まぁ!?どこかに、鉱脈があるのでしょうか?」
「海で見付かるという事は、川から流れてきたのでしょうか?」
その翡翠は、カオルが新たに作った川の支流が運んだ物。
つまり、カオルの領内にある山には翡翠の鉱脈が眠っているということだ。
「そうなのかも....でも、翡翠ってめずらしいのかな?」
「そうですね...高価ではありますが、特別めずらしい物ではないと思います」
「は、はい。服の装飾に使う事もありますし....」
「そっか....でも、偶然だけど、なんか得した気分だね♪」
朗らかに笑うカオル。
2人も笑顔を作った。
「ご主人!」
「どうしたの?」
「ん!」
翡翠を見詰めて、アイナは左手の指輪をカオルに見せた。
どうやら、その宝石を指輪に付けて欲しいようだ。
「えっと....もう3つも石が付いてるよ?」
「いい」
「う~ん....じゃぁ.....4人だけの物にしよう。ちょっと待ってね」
カオルは、アイテム箱から3本の細長い白銀の地金を取り出し、土魔法で輪になるように仕立てた。
1本の白銀には、魔宝石を1つ内側に埋め込み、3本の白銀の表面に、圧縮し表面を滑らかに調整した翡翠を埋め込んだ。
小指の爪ほどの大きさにされた卵型の翡翠。
それを、白銀が両脇から挟むように造形されている。
「はい。こっちはリアに、こっちはアイナに、で、これはボク。アーニャ?腕輪をちょっと借りるよ?」
先日渡した白銀の腕輪を、アナスタシアから受け取り、カオルは同じ作業を繰り返した。
目の前で行われる、奇跡の様な造形魔法。
フロリアとアナスタシアは感激し、アイナはなぜか誇らしげだった。
婚約者の余裕というヤツだろう。
「アーニャ、腕に着けてみて?.....うん。いいね♪みんな似合うね♪」
満足気に頷くカオル。
カオルが拾った翡翠は、圧縮されて見事な深緑の宝石へと生まれ変わっていた。
「こんな素敵なプレゼントを....ありがとうございます。カオル様」
「か、カオル様!あ、ありがとうございます!!」
「ご主人。ありがとう」
「どういたしまして♪えっと、アーニャにはこの前言ったけど、リア?ここに来る時は、その腕輪をしていてね?」
「あの、どういう意味でしょうか?」
「裏に魔宝石が付いてるでしょ?それがあれば、ゴーレム君達に襲われないから♪」
「わ、わかりました.....家宝にします....」
「そ、そういう意味だったのですね....知りませんでした.....」
カオルに贈られた腕輪を見ながら、2人は宝物を撫でた。
そして、1人納得のいかないアイナさん。
アイナの腕輪には、魔宝石が付いていないからだ。
「ご主人!!ん!!!!」
腕輪をカオルの前に出し、魔宝石を付けろと催促する。
なんだかとても子供らしい姿に、カオルは思わず笑みを零した。
「アイナ?ボクは、アイナにはずっと前に渡しているよ?」
「ん?」
「指輪。付いてるでしょ?魔宝石が」
アイナは、カオルに言われ指輪を眺めた。
そこには、中央のダイヤモンドの片側に、寄り添う様に2つの青い魔宝石が埋め込まれている。
「ん!」
満足そうに頷くアイナ。
カオルはアイナの頭を撫でて、ニコリを笑った。
「リアとアーニャにも、いつか指輪を贈れるのかな?」
カオルは、羨ましそうにアイナの指輪を見詰める2人の顔をそれぞれ覗く。
少しドSの病気が疼いたのかもしれない。
「「が、がんばります....」」
なぜか顔を赤らめるフロリアとアナスタシア。
カオルは、そんな2人が可愛く思えた。
朝の散歩を終えて食堂に戻ると、既にヴァルカン達は勢揃いしていた。
「カオル!!遅いぞ!!どこに行っていた......なんだその腕輪は!!」
案の定ヴァルカンに腕輪を気付かれ、言及されるカオル。
フロリア達は自慢気に腕輪を見せて、勝ち誇ったような顔をしていた。
「海岸で翡翠を拾ったんです。喜んで下さい♪どこかに鉱脈があるみたいですよ?」
意にも返さないカオル。
ヴァルカン達は、忌々しげに腕輪を見詰めた。
「カオル!!私の分は無いのか!?」
「カオルちゃん!!おねぇちゃんの分はないの?」
「カオル.....もちろん、私の分もあるんでしょうね?」
「カオル様....わかって.....いらっしゃいますよね?」
「ご、ご主人様....アイナだけなんてずるいです.....私にもお情けを.....」
「わ、私の分もあるわよね?」
「なんじゃ?わらわの分もあるのじゃろうな?」
「言えばくれるのかにゃ?」
「高そうな腕輪.....私もいいでしょうか?」
一斉に寄越せと言ってくる家族とその他。
カオルは苦笑いを浮かべ、「翡翠が見付かったら」と話しを濁した。
「とりあえず、翡翠は無いですけど、アーシェラ様と、ディアーヌと、アブリルと、ファノメネルにはこれを渡しておきますね。身に着けておけば、ゴーレム君に襲われないので」
カオルは、アイテム箱から裏に青い魔宝石が埋め込まれた簡素な白銀の腕輪を取り出し、4人に手渡した。
「うむ....翡翠が無いのがちと寂しいが....良い腕輪じゃの...それに魔宝石が裏に付いておる....値段は....言うのは失礼じゃな」
即座に鑑定するアーシェラ。
さすがは公爵である。
目利きだ。
「やったにゃ♪首輪を貰ったにゃ♪」
「猊下。腕輪ですよ、腕輪」
完全にネコ化しているアブリル。
ファノメネルの心労は、誰か察してあげてください。
「カオル...ありがとう.....大切にするわ.....」
目を潤ませているディアーヌ。
腕輪をギュッと握り締め、感慨に耽っている。
「あはは♪これで、いつでも遊びに来れるでしょ?美味しい食事くらいしか出せないけどね♪」
嬉しそうなカオル。
実に面白くなさげなヴァルカン達に、指輪の魔宝石の説明をして、納得してもらった。
「なので、無くさないでくださいね?悪い人に侵入されるのは、嫌なので」
「うむ。厳重に管理するのじゃ」
「はい!!ずっと身に着けています!!」
腕輪の管理を約束させ、今日は何をしようかという話しになった。
「というか、アーシェラ様はいつまで滞在されるんですか?」
「なんじゃ?すぐに帰れと言うのかの?カオルはひどいのじゃ」
「いえ。ずっと居てもいいですけど、四六時中、ボクは一緒にいられませんよ?そろそろでしょう?子供達が来るの」
「うむ。明日には、エルノールがここへ連れてくる予定じゃ」
人攫いにより、親元から連れ出された子供達。
皇帝アーシェラにより助け出されたものの、親元へ帰れない子供が数多くいた。
そこで、新しい街を造るカオルの下へ引き取って貰うのだ。
なんともひどい話しだろう。
「明日...ですか.....」
「うむ。昼ごろには到着する予定じゃな」
カオルは悩んでいた。
子供達の家や学校の準備はできている。
問題は教師だ。
迎賓館でメイド長として働くオレリーが居ない状態で、アナスタシアとカイとメルの3人では心許無い。
フランチェスカとアイナには、アブリル達の世話がある。
ヴァルカンはアブリル達の護衛だ。
ならば、家族に頼むしかないだろう。
「カルア、エリー、エルミア。しばらくの間、子供達にべんきょ....」
「カオルちゃん?おねぇちゃん達は、元からそのつもりよ?」
「そうよ!!私は剣を教えるわ!!基礎だけだけど....」
「はい。私も弓を教えます。体力作りは必要ですから」
カオルの言葉を遮り、カルア達は話した。
「元からそのつもりだ」と。
「.....ありがとう。お願いします。未来の若奥さん?」
「「「「「「「「「ぶっ!!!」」」」」」」」」」
食事をしていた全員が吹き出した。
それもそのはず、カオルは頭をちょこんと擡げて、そんなことを言ったのだ。
吹かないわけがない。
「もう~♪カオルちゃんったら~♪」
「わ、若奥さん....私が、カオルの若奥さん....」
「これは、早く子作りを....」
歳若いエリーとエルミアはいいだろう。
だが、齢27歳のカルアが若奥さんだと?
それは無い。
断じて否だ!
「師匠と、フランと、アイナもね?」
パチッとウィンクをするカオル。
ヴァルカン達は、それだけでトロ顔を晒した。
「それじゃ、食後は街の中を案内しましょうか?とは行っても、まだ何も無いですけど」
「うむ。頼むのじゃ。領地視察に来たのでな」
「はい。森とか山はいいですよね?」
「ふむ....本当は見に行かねばならぬのじゃが、今回はリアも居るしの。それでよかろう」
「わかりました。昼食はバーベキューにしましょうか?リアも食べたがってましたし」
「か、カオル様.....覚えてくださってたのですか......」
「もちろん♪リアの事だからね♪」
「ああ...カオル様.....」
アーシェラを通り越して、カオルに触れようと手を伸ばすフロリア。
すかさずアイナがカオルにあーんをせがみ、フロリアの手は空を切った。
(ぐぬぬ....)
(ん!)
激しい視線の応酬。
ヴァルカン達は、アイナに(でかした!!)と伝え、カオルはアイナにあーんを始めた。
「美味しい?」
「ん!」
「ほら、口元汚れてるよ.....んっとれた♪」
甲斐甲斐しくアイナの世話をするカオル。
実に幸せそうだ。
「そういえば、カイとメルはどうした?アゥストリは二日酔いで倒れてたが」
「あの馬鹿者め.....」
「カイとメルは、まだ寝てると思います。今朝訪ねた時に、メルが寝惚けてたので」
「まったく....あいつらは、カオルの家臣になったという自覚がないのか?」
「いえ、寝るように言ったのはボクなので。昨夜は、メルが激しかったみたいですし」
「は、激しい!?」
カオルの言葉に反応したフランチェスカ。
さすが、愛読書が薄い本の事だけはある。
「うん。カイがボロボロだったから、回復魔法掛けておいたよ?」
「そ、そんなに.....」
「背中に引っかき傷が多くてね。メルが『今度からは気をつけます』って言ってた」
「あわゎわわわ....」
「フラン?」
「ひゃ、ひゃい!?」
「もしかして、拷問されたいの?いつでもするよ?」
カイがボロボロだったのは、メルが拷問したためだ。
カオルの婚約者をいやらしい視線で見たカイは、カオルの命令でメルに折檻された。
それを、フランチェスカは勘違いしたのだ。
含みを持ったカオルの言い方が悪いのだが。
「ご、拷問はイヤです......」
「そう?フランの苦痛に歪んだ顔とか、とっても興味があるのに.....」
ドSカオル。
衆人観衆の下、なんてことを口走っているのか。
「ひゃぅ.....」
案の定身を縮ませるフランチェスカ。
そして、なぜか周りの者達は、恍惚とした表情で顔を赤らめていた。
ドMの集まりなのかもしれない。
「それじゃ、人形君。昼食はバーベキューをするから、準備をお願いね?」
「イエス。マイロード」
カオルは数体の人形に命令を下し、昼食の準備に取りかからせた。
その様子を見ていたファノメネル。
自分のお腹を擦り、体重を気にしていたのだった。
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