第百九十三話 騒がしい?いいえ、姦しい
「こ、これはなんとも.....」
目の前に突然現れた3階建ての建物に、アゥストリは驚いた。
それは、街の外の開けた場所に造られた集合住宅。
窓や扉部分は開け放たれ、室内は石畳が綺麗に敷き詰められている。
カオルが、街に入れない近衛騎士の為に造り出したもの。
「窓とか扉は布で隠すしかないけど、大丈夫だよね?」
「そ、そうですな。どうせ数泊の予定ですから、問題ないかと。これだけ立派な建物ならば、近衛騎士達も喜ぶでしょう」
アゥストリには、なんと言っていいのかわからない。
つい先ほどカオルから土竜王クエレブレと契約した事を聞かれて、その証拠にと、近衛騎士の宿舎を造ったのだ。
「それじゃ、裏に厩舎も建てたから、馬さんはそこにお願いね?そう言えば、レオンハルトさんとアルバートさんは来てるの?」
「い、いえ。あの2人は先日無断欠勤したので、連れて来ておりません」
「へぇ~....なにかあったのかね?」
「わかりません。聞いた話では、酒場でずっと飲んでいたそうです」
「....近衛騎士団長と副長の2人が?」
「は、はい.....い、いやぁ~....お恥ずかしい話しですな.....」
「アゥストリも大変だね....」
「まったくです.....」
気苦労の多いアゥストリ。
やはり、ハゲたのはこれが原因か。
カオルとアゥストリの2人で近衛騎士達を呼びに行き、宿舎へと案内した。
カオルが造った宿舎は大変喜ばれ、馬や荷物が続々と宿舎や厩舎に運ばれた。
「黒巫女様。美味しい食事ばかりか、この様な宿舎をご用意していただき、誠にありがとうございます。皆を代表して、感謝申し上げます」
キリっとした佇まいでカオルに敬礼する近衛騎士。
名をパトリスと言うそうだ。
「いえ、何泊もされるみたいですからね。ずっと天幕で暮らすのは辛いでしょうし....」
「そう言っていただけると....ありがたいです.....」
パトリスもイヤだったのだろう。
アーシェラの気まぐれで領地視察に連れてこられた近衛騎士達。
簡易テントで連泊するなど、あの戦争時ならまだしも、平時には辛いものだ。
「そうそう。この広場内と、街道以外には行かないようにお願いしますね?危ないですから」
「あの...それはどういう意味でしょうか?」
「えっと、ゴーレム君達を見ましたよね?」
「は、はい。とても頼もしいゴーレムでした」
「そのゴーレム君達が、この辺り一帯に沢山配置してあるので、この宿舎のある広場と街道上以外に入ると襲ってきますから気をつけて下さい」
「......」
何も言えないパトリス。
本来、土魔法で作成するゴーレムとは、術者につき1体が限度だ。
それも、離れてしまうと命令を利く事ができない。
それなのに、カオルは何十体ものゴーレムや人形を使役している。
驚愕するのは当然だろう。
「ああ、そうだ。この子を置いておくので、何かあったら言ってください。人形君、お願いね?」
「イエス。マイロード」
「しゃ、しゃべった!?」
「あはは♪この子は、ボクの擬似人格で作られているので、何かあるとボクに教えてくれるんですよ♪」
自慢げに語るカオル。
白銀の人形もどこか満足気だ。
「白銀....ですよね?」
「そうですよ?」
「盗まれたりとか.....心配なのでは?」
「あはは♪この子を盗むなんて不可能ですよ♪なんでしたら、試していただいてもいいですよ?怪我をしたら、ボクが回復魔法で治してあげますので♪」
カオルは、人形が盗まれるという心配などしていない。
もし仮に盗まれたとしても、白銀を量産できるカオルにとって、金銭的な痛手は無い。
人形を愛するカオルの心は傷付くが。
「....本当に試してもよろしいので?」
「はい。そうですね....もしこの子を捕まえられれば、白銀は差し上げられないですけど、同価値の白金貨を差し上げましょう。アゥストリ?いくらくらいになると思う?」
「そうですな....白金貨40枚~50枚程度でしょうか?」
白金貨50枚。
5000万シルド。
考えただけで、目も眩むような金額だ。
「し、白金貨50枚.....」
「ではそれで。みなさんも参加しますか?」
絶対の自信があるカオル。
周囲で話しを聞いていた近衛騎士にも参加を促した。
「い、いいんですか!?」
「はい♪ボクは、無理だと思っていますので♪」
「「「「ぜひ!!!」」」」
近衛騎士達は、やる気にみなぎっていた。
もし白金貨50枚を手に入れたら、近衛騎士なんて辞めてやると豪語する者まで現れている。
それもそのはず、彼らの年収は金貨5枚。
5万シルドでも十分多い年収なのだが、その何十、何百倍もの大金を、たった1体の人形を捕まえれば手に入ると言うのだ。
やらないわけがない。
「じゃぁ、人形君。がんばってね?」
「イエス。マイロード」
人形に怯えた素振りは無い。
なぜなら、人形はカオルそのものと言っていいほどの体術を持っているのだから。
「おし!!皆の者!!近衛騎士の名に賭けて、絶対に捕まえるぞ!!」
「「「「「「「「おぉおおおおおおおおおおおお!!!!!!」」」」」」」」
開幕の雄叫びが上げられた。
そして、開始2分で、10人の近衛騎士が戦線を離脱した。
「ハァハァハァ.....な、なんなんだあの人形は.....」
「つ、捕まえられねぇ.....」
満身創痍の近衛騎士。
捕まえようと両手で抱き付くと、人形は近衛騎士の手を取りそのまま放り投げるのだ。
「クソッ!!なんだよあの避け方は.....捕らえきれねぇ.....」
10分後。
徐々に格闘戦へと移行しつつある捕獲戦。
拳を振り上げ殴り掛かる近衛騎士。
それを人形は小柄な体を駆使して、懐に入り込んで一本背負いで迎撃するのだ。
「つ、つぇえ....」
近衛騎士達は死屍累々の様相を呈してきた。
そこへ、ついにパトリスが気合を入れて名乗り出た。
「俺はパトリス!!勝負だ!!」
既に半数以上の近衛騎士が惨敗状態で、全てをパトリスに賭けたのだろう。
対峙する1人と1体を取り囲み、パトリスに向かって声援を送っている。
「アゥストリ、パトリスさんは強いの?」
「そうですな....レオンハルトとアルバートに次ぐ、実力者と言ったところでしょうか」
「ふ~ん....楽しみだね♪」
「まったくですな♪」
観戦者の2人。
アイテム箱から簡素なテーブルと椅子を取り出して、カオルが淹れた紅茶を優雅に飲んでいる。
「あ、飲みますか?」
「い、いいんですか!?」
「えっと....コップとポットを渡すので、みなさんにも淹れてあげてくれますか?」
「わかりました!!!」
「あ、ありがとうございます!!」
カオルは、もう2台のテーブルを取り出して、作り置きのアイスティー入りのポットを数個用意した。
疲れた体に染み渡る、適度な冷たさのアイスティーは、近衛騎士達に大変喜ばれた。
「カオル殿は、気が利きますな」
「修練の後とか、冷たい物が欲しくなるんだよね♪身体に悪いから、あまり冷たくできないんだけど♪」
「そうですな。私も、授業の後は飲みたくなりますな」
目の前で、ポンポン投げ飛ばされるパトリスを見ながら、カオル達は紅茶を楽しんだ。
既に近衛騎士達も諦めムードで、どこまで飛べるかと変な競争までし始めている。
「ハァハァハァ.....ま、参りました.....」
ついに音を上げたパトリス。
他の近衛騎士達も「降参です♪」となぜか嬉しげだ。
アイスティーが美味しかったのかもしれない。
「そうですか。まぁ、紅茶でも飲んでください」
「あ、ありがとうございます....」
ボロボロの状態のパトリスを労い、カオルはアゥストリを交えて相談を始めた。
「アゥストリ、パトリスさん。ちょっと、相談に乗ってほしいんですけどいいですか?」
「なんでしょうかな?」
「は、はい。私で力になれることでしたら」
カオルは、女子会ならぬ男子会を開催した。
そして、前々から聞きたかった事を聞いてみる。
「実は、先日レオンハルトさんとアルバートさんが、娼館に入るのを見たんですけど....」
「ほぅ?まぁ、男ですからな」
「ええ。私も行ったことがあります」
「そうなんですか!?あの、そこで働いていた女性って、どんな風でしたか?」
「おやおや、カオル殿。まさか、娼館に行こうなどとお考えですかな?婚約者に知られれば、どうなることやら.....」
「うぅん。ボクは行きたいんじゃなくて、知りたいんだ。そこで働く女性が、どんな様子だったか」
「様子ですか?」
「うん」
「様子と言われても.....アゥストリ様?」
「そうですな....普通、としか言えないですな。私もあまり行ったことがないもので....」
「あ、そうだよね。アゥストリは、奥さんが3人もいるもんね」
「そうですな。付き合いで1、2度は顔を出しましたが、お酒を飲んで帰りましたしな」
「私もです。愛する妻がいるので....」
「パトリスさんも妻帯者なのですか」
「は、はい...」
「う~ん.....普通かぁ.....えっと、落ち込んでたり、沈んでたりとかしている人はいませんでしたか?」
「そういった女性はいなかったような....まぁ、女性の演技など、男の私達には見抜けませんしな」
「そうですね」
「そうですか....えっと、この中で、娼館に詳しい人なんて.....いませんかね?」
人形に投げられて遊ぶ近衛騎士達に、カオルは問い掛ける。
近衛騎士は首を傾げていた。
「カオル殿。近衛騎士には、あまり娼館通いする者はいないかと....」
「あ、そうなんですか?」
「はい。一応、エリートと呼ばれていますので....」
「そ、それはすみませんでした。変な事を聞いてしまって」
謝罪するカオルに、近衛騎士達は恐縮した。
「ですが、なぜカオル殿は娼婦についてお調べに?」
「えっと、娼婦の人って、奴隷の人が多いんですよね?」
「まぁ、そうですな」
「ボクは、この街で奴隷の人の見方を変える為に教育をしようと思っているんです。なんと言えばいいのか....淑女を育てると言えばわかりますか?」
「ほほぅ....」
「す、素晴らしいと思います!!」
パトリスは感動していた。
カオルの気高い志に。
「なので、奴隷の実体というか、そういう事が聞けたらと思って....」
「でしたら、奴隷商のところへ行かれるのが一番かと」
「そうですね。見てみるのが一番ですね」
「やっぱりそうですか.....」
「行き辛いのでしたら、お付き合いしますぞ?」
「僭越ながら、私も」
「あはは♪ありがとうございます♪でも、行くとしたら師匠と行きます。
たぶん....ボクは取り乱してしまうと思うので.....」
カオルは、空笑いを浮かべた。
鎖に繋がれた奴隷の姿を見たら、カオルは正気でいられないだろう。
何より、奴隷商とはおそらくカオルが嫌う『濁った目』の持ち主なのだから。
「カオル殿.....」
「黒巫女様....」
アゥストリとパトリシアには、そんなカオルの姿が健気に見えた。
もちろん、周囲の近衛騎士達にも。
カオルは、自らの心を傷付けて、偉業を成そうとしているのだ。
こんな小さな子供が。
自分達よりも幼い子が。
だれも成し得なかった事をしようと。
「....相談に乗ってくれて、ありがとうございました。人形君?みんなのお世話をお願いね?」
「イエス。マイロード」
「それでは、失礼します。何かあればいつでも言って下さい」
「....ありがとうございます。黒巫女様....私には、何もできませんが....せめて、応援させてください」
「わ、私達も応援します!!」
気付けば、その場に居た100名にも及ぶ近衛騎士が、カオルに向かって敬礼していた。
涙ぐむ者も居る。
カオルの壮大な計画に心打たれ、嗚咽を漏らす者も居る。
「ありがとうございます。みなさんは、とても善い騎士ですね。アーシェラ様が自慢していた意味が、良くわかります」
カオルは、そんな近衛騎士1人1人に会釈をし、その場を立ち去った。
残ったアゥストリ。
近衛騎士達と共に、一晩中語り明かした。
カオルの偉大さを。
健気さを。
カオルがアゥストリ達に相談している頃。
ヴァルカン達家族と、アーシェラ達は露天風呂に併設されたサウナに入っていた。
「うぅむ....これが『さうな』というものかの.....」
アーシェラは完全にご満悦だった。
カオルの宮殿の豪華な設備に。
自分の城に何でも取り入れようとさえ思っている。
「ええ♪熱した石に水を掛けて、水蒸気を発生させるんですって♪
カオルちゃんが言うには、新陳代謝が上がって、体から老廃物が出るみたいなの♪おねぇちゃん、最近とっても肌のツヤがいいのよ~♪」
説明台詞を、ありがとうございますカルアさん。
カオルが考えた美容法は、身体から毒素を抜き、適度な運動とバランスの良い食事による、無理のないダイエットであった。
「た、確かに、昨日今日で私の肌もスベスベになった気が.....」
自分の肌をキュキュッと鳴らすファノメネル。
おそらく、一番効果が出ているだろう。
それだけ不摂生をしていたという証拠だが。
「それにしても、おねぇちゃんと陛下とディアーヌの胸はおっきいわね....」
「そうですね....お母様は大きすぎると思います」
「お、お二人は、まだ若いんですからいいじゃないですか....私なんて.....」
無い乳エリーさんとフロリアさんは、カルアとアーシェラとディアーヌの胸を羨ましそうに見詰めている。
フランチェスカは無理だろう。
もう知的美女を目指すしかない。
それか、ドM街道を突き進むか.....
「アイナ....ネコと一緒....」
「ネコじゃないのにゃ!!教皇なのにゃ!!この子失礼なのにゃ!!」
アブリルと同じ小さなお子様アイナは、自分と比べて悲しんでいる。
どうでもいいが、教皇にネコ呼ばわりとは....さすがはアイナと言うべきか....
「アーニャ。大丈夫か?」
「そこ、熱いですから気をつけてください」
「は、はい。ありがとうございます。ヴァルカン様、エルミア様」
足が不自由なアナスタシアを、ヴァルカンとエルミアが介助する。
将来の敵対者に対しても優しさを見せる2人は、とても心が広いのだろう。
カオル以外では。
「それにしても、カオルが女性だけの街を造るなどと言い出すとは思わんかったのぉ」
「そうですね」
「ヴァルカンよ。わらわは今、何も纏っておらん。皇帝としても仮面も、公爵としての服もの。ただのアーシェラじゃ。普通に話してはくれぬか?」
「....では、陛下も話し方を戻されては?」
「うむ.....いえ、そうね。そうしましょう。みんなもいいわね?」
「わかったにゃ」
「猊下はずっと.....いえ、なんでもございません」
何か言いたげなファノメネル。
止まらないネコ化は仕方が無いだろう。
「それで、アナスタシアだったわね?」
「ひゃ、ひゃい!?」
アーシェラがアナスタシアに目をつけた。
新参者に、礼儀を教えるつもりなのか。
「あなた、ここで縫製の教師をするそうね?」
「そ、そうです....」
「そう....カオルの事を好きなのかしら?」
とんでもない質問を始めるアーシェラ。
隣でフロリアの目がキラリと光った。
「....す、好きです!!」
「そう.....カオルには言ったの?」
「言いました!!」
「.....カオルはなんて?」
「わ、私の可愛いところをいっぱい見せてね....と」
「聞いた?リア」
「....はい」
「ライバルね」
「...負けません」
アナスタシアを睨みつけるフロリア。
ヴァルカン達は、突然何を言い出すのかと、戦々恐々としていた。
「少し、整理しましょうか。カオルの話しです。カオルは婚約をしたわね?」
アーシェラが仕切り始め、周りは聞き入った。
なによりカオルの話しだからだ。
「あ、ああ....そうだ」
「正式な婚約者は、ヴァルカン、カルア、エリー、エルミア、フランチェスカ、アイナの6人で間違いないわね?」
「そうよ~♪おねぇちゃんは、カオルちゃんの子供を産むの~♪」
「わ、私も産むわ!!」
「私もです」
「私もお情けをいただけると....」
「アイナ、いっぱい産む!!」
名乗りを上げるカルア達。
最後にヴァルカンが、「そうだ」と告げて、婚約者6人は揃った。
「それで、婚約者候補が他にもいるのよね?」
「そうね。私がそうよ」
「わ、私もです。お母様」
ディアーヌとフロリアが名乗り出る。
アナスタシアが黙っていた事に、アーシェラは首を傾げた。
「アナスタシアは違うのかしら?」
「わ、私は、カオル様の愛人になると宣言しました」
アーシェラは目を細めた。
それは、アナスタシアが見た目通りの少女ではないと感じたから。
おそらく、何もかもをわかっていて、愛人だと言ったのだろう。
「そう。懸命な子ね.....でも、意思の強い子。リア、強敵よ?」
「.....負けません」
強かな母子。
既に婚約中のヴァルカン達は、傍観者の様に会話を見守っている。
「ディアーヌは....そうね。あなたの場合は特殊だものね。カオルとの間に、子供は必要でしょうね。これだけの物を見せられたのだもの。そうでしょ?」
「....そうね。でも、復興の為にカオルの子が欲しい訳じゃないわ!!
私はカオルが好き。だから結婚したいと思ってる」
アルバシュタイン公国の次代を担う存在。
それは、力のあるカオルとの間に生まれる子供だろう。
膨大な魔力を持つ者の子供は、大抵の場合それを引き継いで産まれる。
これから先。
おそらく、数十年単位で復興に尽力しなければならないのだ。
そう考えれば、カオルを欲する気持ちもよくわかるだろう。
「それで、アブリルはどうなのかしら?」
「なんだにゃ?私はカオルのペットにゃ♪もう決定したことにゃ♪何も問題ないにゃ♪」
可愛いネコさんはペットになった。
美味しい食事に豪華なお風呂。
布団もフカフカで言う事なしだ。
3食昼寝付き。
人をダメにする空間が、ここにはある。
「それでいいのかしら?」
「猊下がお決めになられた事ですので....立場的には良くないのですが.....」
「ファノメネル枢機卿.....あなたも大変ね....」
アーシェラの口から、労いの言葉が発せられた。
アゥストリが聞いたら、なんと喜ぶ事か....
「あとはグローリエルだな」
「グローリエルは.....今は、カオルとの決闘しか考えてないみたいね」
「そうか....あいつは単細胞だからな....」
「そうね。ヴァルカンにそっくりだわ」
「フンッ....」
ジャブの応酬。
今この場では立場など無い。
全てを脱ぎ捨てて、裸の付き合いをしているのだから。
「これで全部かしら?なんだか、カオルに出会う女性は、みんなカオルに惹かれるのね....」
「アーシェラ。2人忘れてるぞ」
「2人?誰かしら?」
「蒼犬のルーチェと....おまえだ」
アーシェラはハッとした。
ルーチェはまだしも、なぜ自分が含まれているのかと。
そして、なぜ自分のほのかな恋心を、ヴァルカンが気付いているのかと。
「お母様....」
「ち、違うのよ!?私は別に.....」
「ほぉ?違うのか?あれは、私とカオルが帝都を訪れて間もない頃だったな。
迎賓館のカオルの部屋に、アーシェラは何度も訪れていた。
しかも、カオルから膝枕をされて、ウットリと目を細めていた。
私は、とても悔しかったのを覚えている」
ヴァルカンの意趣返しに、アーシェラは大慌てで弁解を始める。
「な、なにを言っているの!?あ、あの時は、リアとカオルを2人きりにする為に迎賓館に行ったのよ!?」
「ほぉ?なぜカオルとフロリアを2人きりにするために、膝枕が必要だったんだ?それにな。昼食の時にカオルを愛でたいと言ったな?アレは本心だろう。フロリアなら気付いたはずだ」
フロリアはヴァルカンにそう言われ、食堂での出来事を思い出した。
カオルに、「自分が欲しいのか?」と聞かれ、アーシェラは即答で答えた。
『カオルを傍で愛でたい』と。
普段のアーシェラなら、もう少し考えるはずだ。
損得で動き、相手の裏の裏まで思案を巡らしてから答えるのが、アーシェラなのだから。
「お母様.....本当に.......」
「そ、それはね?確かにカオルの事は好きよ?でも、違うの。リアの好きと、私の好きは違うのよ?」
「好きに違いなどあるものか。女が男を好きというなら、それは恋愛以外のなにものでもないだろう?まったく、母子揃ってカオルに惚れるとは....信じられん」
ヴァルカンは、わざとらしく肩を竦めた。
既に婚約者という立場なのだから、勝者の余裕というやつなのだろう。
ただ、自分が愛した相手が他の者に認められるというのは、中々に気分が良いのも事実だ。
「も、もしかして、この場に居る中で、私以外の全員がカオルさんのことを....?」
39歳ファノメネルが、たった1人孤立する。
12人中11人がカオルの毒牙に掛っている。
なんと信じられない光景だろうか。
「わ、私は違うのよ!?信じてリア!!」
「....お母様。いいんです。わかっていますから」
「リア....」
「カオル様は、素敵なお方ですもの。恋をしてしまうのは仕方がありません。ただ1つだけ....みなさんにお願いがあります」
フロリアが神妙な面持ちで立ち上がる。
何も纏わず裸の状態で。
「お願い?」
「はい。これ以上、カオル様に悪い虫が付かないために、お互いで監視しましょう」
とんでもない提案を始めた。
当のカオルがいないのに。
「それはいいわ~♪『香月カオル乙女の会』の発足ね♪」
「乙女って.....私は本当に違うのよ?」
「お母様は、自分に正直になってください」
「本当に違うのよ.....」
「アーシェラ。諦めろ。みんな既に気付いている事だ」
「なんだか面白そうなのにゃ。ファノメネル。立会人をするのにゃ」
「わ、私がですか!?」
「そうにゃ。この中で、ファノメネルだけカオルが好きじゃないことになっているのにゃ」
「猊下。なんだか、私もカオルさんが好きみたいな言い方をしないでください....」
「バレバレにゃ。今はそれで良いにゃ」
「うぅ....」
なんだか、よくわからない如何わしい会が発足された。
当のカオルはまったく知らない。
そして、そんな事がサウナで行われているとはまったく知らない聖騎士達は、露天風呂を大満喫していた。
「はぁ.....生き返るわぁ....」
「いやいや、死んでないから」
「あはは♪」
「ん~~~っ!!ホント、ここ最高ねぇ~♪」
「そういえば、アンエ村ってところに温泉があるのよね?」
「私行った事ある~」
「さっすが、旅行大好きシャルね!!で、どうだった?」
「んっとね~....ここの方がいいかなぁ....広いし、開放感あるし.....
ごはん美味しいし」
「それ、完全にごはんが全てでしょ?」
「えへへ~♪」
「ホントあてになんないんだから....」
「それにしても、驚いちゃったよね~」
「うんうん」
「なになに?」
「何って、エルヴィントの皇帝と王女様よ!!あんた、今日一日何見てたの!?」
「ああ、その話しね」
「ホントジャンヌは.....」
「あはは~♪」
「でもさ、聞いた?」
「なにを?」
「あのダークエルフ。アルバシュタイン公国の女王なんだって」
「うそ!?ホントに!?」
「ホントホント」
「ほぇ~....王族生き残ってたんだねぇ.....」
「まぁ、私達には関係ないよね」
「たしかに」
「あとは、エルフのお姫様よね~....」
「エルミア様でしょ?ものすごい綺麗だったよね~」
「うんうん!」
「って言うかさ。みんなレベル高くない?」
「そりゃそうでしょ~。なんたって、ご当主様があんなに可愛いんだもん。
当然よ」
「それ言われちゃうと納得よね~」
「しかも、6人も婚約者がいるんだよ?相当スキモノだよね」
「バカ、逆でしょ?」
「逆って?」
「ご当主様がまだ子供なんだから、自分の好きな色に染められるって事!!」
「うわぁ.....理想の王子様とか、憧れるわぁ....」
「だよねだよね?」
「しかも超可愛いし」
「うんうん。あの『わふく』って言うんだっけ?あの服は、凄い破壊力だったよね」
「だねぇ~」
「私も、見ただけでキュンってしちゃったもん」
「.....セリーヌ。それ、絶対他の人の前で言わない方がいいよ?」
「わかってるよ~。まだ死にたくないし」
「ま、そだね」
「でもいいなぁ~。自分好みのだんな様かぁ~.....」
「ルイーゼは、随分そこに拘るわね....」
「ルイーズもたぶん同じ気持ちよ。ね?」
「うん。お金持ちで、見た目も良くて、自分好みのだんな様なんて、絶対巡り会えないし」
「そりゃそうだ」
「私達、結婚できるのかな.....」
「「「「「はぁ....」」」」」
女3人寄れば姦しいというが、まさにそれだろう。
聖騎士の5人に、理想の相手は見付かるのだろうか。
領地視察の1日目は、こうして更けて行くのだった。
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