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第百九十二話 休息

 ここは、香月伯爵領にある、香月カオルの宮殿内。

 領地視察に訪れた、皇帝アーシェラ・ル・ネージュはとても不機嫌だった。

 その理由は明白だ。

 宮殿内が、自身のエルヴィント城よりも断然豪華なのだ。


 天井から吊り下げられた室内灯(まほうせき)

 窓や扉には可愛らしい花の模様が彫り込まれ、宮殿全体と上手く調和している。

 なにより、可愛らしい沢山の白銀(ミスリル)製の人形達が、アーシェラにとっては羨ましい。

 文句も言わずに齷齪(あくせく)働き、主人であるカオルに絶対服従なのだ。

 人ではないという事に目を瞑れば、なんと快適な環境だろうか。


「....のう?カオル」


「なんですか?アーシェラ様」


「あの人形。くれぬか?」


「それはできません。あの子達は、いわばボクの分身。アーシェラ様は、常にボクを手元に置きたいのですか?」


「うむ。カオルを傍で愛でたいのじゃ」


 即答だった。

 むしろ、『愛でたい』と口にした。

 そして、案の定皇女フロリアが乗ってきた。


「私もカオル様を愛でたいです!!毎日舐めてキレイにします!!ベットもお風呂もトイレも一緒です!!」


 変態だった。

 『カオルコレクション』を保有するフロリアは、どこに出しても恥ずかしい、立派なエルヴィント国民だった。

 

「えっと、トイレ以外なら.....ひっ!?」

 

 ギロリとヴァルカン達が睨む。

 カオルはそれだけで身を竦めた。

 当然だろう。


「あ、あはは....ちゅ、昼食の用意ができてますから、食事にしましょうか?」


 話をはぐらかすカオル。

 ヴァルカン達は許さない。

 今夜は大戦の予感がする。


「....くれぬのか?」


「アーシェラ様。あの子達は、ボクから離れられないのです。

 ボクが死ねば、あの子達は動かなくなってしまいます。

 そういう関係なのです。お察し下さい」


 それ以上は言えませんとばかりに、カオルは話しを打ち切った。

 本当は違う。

 カオルは嫌なのだ。

 戦争の道具にできてしまうこの人形達を、自分の手元から離したくないのだ。


「ご主人様。近衛騎士の皆様には、先に食事をお出ししてきました」


「ありがとう、フラン」


「アイナも!」


「うん。アイナもありがとう♪」


「ん!」


 任務を達成して、満足そうに胸を反らせるアイナ。

 とても可愛らしい。


「では、アーシェラ様。教皇アブリル様方も、食堂でお待ちいただいております」


「....うむ。わかったのじゃ」


 まだ何か言いたげのアーシェラ。

 そんなにカオルが欲しいのか。

 いや、人形を。


 食堂に辿り着いたカオル達。

 長テーブルで対面する形にアブリル達と座った。


「では、ご紹介させていただきます。こちらが、エルヴィント帝国第18代皇帝アーシェラ・ル・ネージュ様です」


「うむ。アーシェラじゃ」


 カオルが進行し、初顔合わせを行う。

 先にエルヴィント帝国側を順番に紹介し、アブリル達は黙って聞いていた。


「それでは、こちらが聖騎士教会教皇アブリル様です」


「教皇のアブリルです。お会いできて光栄です。アーシェラ」


「うむ。よろしくの、アブリル」


 1国と1教会の代表として、あくまで対等な立場で話す2人。

 アルバシュタイン公国女王ディアーヌ・ド・ファムは、アーシェラ達とは離れて、ヴァルカン達と座っていた。

 

「では、人形君。料理を持ってきて」


「イエス。マイロード」


 粛々と勧められる昼食会。

 カオルは、先日アーシェラに報告した事を再度説明し、教皇達がこの宮殿へ訪れた理由を話した。

 

「....ほう?『ポーション』じゃと?」


「はい。既に昨日、聖騎士教会と正式に調印を済ませました。『ポーション』を販売したお金で、ボクはこの領地の開拓を進めるつもりです」


 アーシェラは眉間に皺を寄せた。

 なぜカオルが、皇帝である自分を噛ませないのか。

 その理由を察したのだろう。

 

「....はぁ。もう疲れたのじゃ。わらわは何も驚かん!!カオルの好きにするといいのじゃ!!」


「はい。そうします。アーシェラ様?」


「なんじゃ!!」


「ありがとうございます」


 カオルは策士として完成しつつある。

 この場で、アーシェラがカオルに口を出せない事をわかっているのだ。

 教皇を前にして、自国の貴族を叱責するような真似をすれば、エルヴィント帝国の格が落ちる。

 それをわかっていて、カオルは感謝したのだ。

 黙っていてくれて、『ありがとう』と。


「....リア。負けてはいけないわ」

  

 隣に座るフロリアに向けて、アーシェラは小声で話した。

 カオルの婚約者である、ヴァルカン達を見詰めて。


「...はい、お母様。必ず、カオル様を振り向かせてみせます」


 フロリアはわかった。

 アーシェラの言葉の意味が。

 けしてカオルを離すなと、絶大な力を持つカオルの子供を産めと、そう言っている。


「パクパク.....モグモグモグモグ.....パクパクパク.....モグモグモグ.....」

 

 黙々と料理を口にするアブリルとファノメネル達。

 大丈夫だろうか?

 聖都アルティエールへ戻っても、ちゃんと生きていけるだろうか?

 ここの食事に慣れて、アスティエールの食事が食べられなくならないか、とても心配だ。


「うむうむ.....ここの食事は美味いのじゃ.....カオル?もっと持ってくるのじゃ!!この『みねすとろーね』というスープは、最高なのじゃ!!」


「はい♪お母様、この『たらのほいる包み焼き』というのもとっても美味しいですよ♪」


「むむ!!どれどれ.....っ!?お、美味しいのじゃ!!」


「アーシェラ。こっちの『とまとこんふぇ』も美味しいにゃ♪食べるといいにゃ♪」


 徐々にネコ化するアブリル。

 先ほどまでは粛々と食事をしていたというのに、化けの皮が剥がれかかっている。

 

「うむ!!美味いのじゃ!!趣味が合うの♪アブリルとは、良き友になれそうじゃ♪」


「そうだにゃ♪もっと食べたいにゃけど、食後のデザートも食べなきゃいけないにゃ....きっと太ってしまうのにゃ。カオルは罪な男なのにゃ」


「で、デザートかの.....これは、滞在期間を延ばさねばならぬかもしれぬの......」


 不吉な事を言い出すアーシェラ。

 アーシェラの滞在期間を延ばすということは、それだけ周りの者の心労(しんろう)が増えるということ。

 特に、ヴァルカン達。

 そして、街の外で天幕を張っている近衛騎士が一番大変だろう。

 男性は、街に入れないのだから。


「えっと....アーシェラ様は、何泊もするつもりですか?公務はよろしいのですか?」


「公務など心配せんでも良いのじゃ。代わりの者を置いてきたからの」


「え?だって、アゥストリはここに.....」


 カオルはアゥストリに目を向けた。

 美味しそうに、焼き魚に噛り付くアゥストリ。

 ゆっくりと、着実に食事のマナーが無くなりつつある。

 いいのだろうか?

 それだけカオルの料理が美味いのだろう。

 マナーを忘れる程に。


「何を言っておる?アゥストリは確かに有能じゃが、我がエルヴィント帝国には、他に有能な人材が多く居るのじゃ」


「ハフハフッ....そうですぞ、カオル殿。居るではないですか。カオル殿が良く知る人物で、公爵家の人間が」


 カオルは考えた。

 アゥストリの言う、優秀な公爵家とはいったい誰なのか。

 だが、カオルが知る公爵など1人しかいない。

 エルノール・ラ・フェルト公爵。

 家督を譲り、時間に余裕のあるあの公爵ならば、アーシェラ不在の帝都で公務を行う事ができるだろう。


「エルノール様ですか?1度お会いしましたけど....」


「ハッハッハ♪そうですな。エルノール殿も、有能ですが....カオル殿?エルノール殿には、ご息女が居ますな?わかりますか?」


 カオルは、失念していた。

 もう1人公爵を知っている。

 いや、知っていたがあの『残念美人』に、アーシェラの代わりが本当にできるのだろうか?

 剣騎としては有能だろう。

 だが、皇帝の代わりなど.....


「.....グローリエルに、公務ができるのですか?」


「ハッハッハ!!カオル殿は中々言いますな!!グローリエルは有能ですぞ?でなければ、エルノール殿も家督を譲る事などしません」


「とてもそうは見えないんだけど.....」


「ほぉ?カオルが失礼な事を言うておったと、わらわがグローリエルに教えておくとするかの♪」


「アーシェラ様」


「なんじゃ?」


「せっかく、めずらしいデザートを用意したのに、残念です.....リアにも食べさせてあげれないなんて.....」

 

 策士カオル。

 自分の失言を挽回するために、アーシェラの弱点を突いた。

 美味しいデザートと、愛する娘フロリアを巻き込んだのだ。


「お母様!!」


「な、なに?リア?」


「グローリエルなんて、どうでも良いではないですか!!

 あんな胸だけが大きい剣騎なんて、将来垂れるに決まっているのです!!

 今は、カオル様の機嫌を損ねない様に気をつけてください!!」


 なぜか胸の話題を持ち出したフロリア。


 その瞬間。


 無い乳エリーさんは立ち上がり、フロリアと目で会話した。

 『よく言った』と。


「カオルちゃ~ん♪おねぇちゃんは、垂れてないから大丈夫よ~♪」


「うむ。わらわも垂れてないのじゃ」


「私は、鍛えているからな」


「そうですね。私も体には自信があります」


「私は、垂れるほど無いので...」


「アイナ.....がんばる!」


「私は背が低いので....」


 胸の話題には敏感なのか、カルアとアーシェラは垂れていないと主張し、ヴァルカンとエルミアは問題ないと言い出した。

 メイドの2人とアナスタシアは.....未来あるアイナとアナスタシアに比べ、19歳のフランチェスカは絶望的かもしれない。

 エリーと傷を舐め合う日も近い。


「なんだにゃ?胸なんか無くてもいいのにゃ」


「私は....見ていただく方もいませんので.....」


「私達は...ねぇ?」


「う、うん....」


「鎧着るのに邪魔なんだよね」


「そうそう」


「でもさ....なぜか大きくなっちゃうんだよね....」


 34歳にして、子供体型のアブリアンは放って置くとして、ファノメネルは....誰か貰い手を探してください。

 そして、思わぬ伏兵が居た。

 アブリアンと共に警護でやってきた聖騎士達5人だ。

 彼女達の胸は、カルアやアーシェラに及ばぬものの、中々の大きさを持っている。

 ディアーヌと、同じほどの。


「別に、大きさなんてどうでもいいんじゃない?」


「そ、そうですよね?」


「そうよ。それに、メルはカイに揉んでもらえば大きくなるでしょ?」


「は、はい.....」


 いつの間にか意気投合したディアーヌとメルの2人。

 カイは.....女性陣の胸をガン見して、最後にお尻に目を向けた。

 お尻好きめ。

 

「ボクも、大きさなんてどうでもいいと思うよ?その人の内面の方が、よっぽど重要だよ♪」


 心優しきカオル神が、眩いばかりの光を放ち降臨した。

 その場に居た者達には、カオルの後ろに後光が射した様に見えただろう。

 カオルは胸に拘らない。

 性格こそが重要なのだ。

 

「「「「「「「「「「「カオル(様)」」」」」」」」」」」


 感涙の涙が零れ落ちる。

 特に、胸の薄いエリーさんとフロリアさんとフランチェスカさんの涙は凄かった。

 嗚咽を漏らす程の大号泣で、カオルは慌ててハンカチを手渡していた。


「まったく....胸なんて、体の一部分なんだから気にし過ぎだよ?そうでしょ?アゥストリ、カイ」


「そうですな。カオル殿の言う通りです」


「あ、ああ.....俺は尻の方が好きだしな....」


「カイは、メルにオシオキしてもらうね?ボクの大切な婚約者達を、エッチな目で見てたから。メル?お願いね?」


 当主カオルが、家臣に初めて命令したのはオシオキであった。


「カ~イ~....ちょ~っと、お話しましょうか~?」


 カイの婚約者のメル。

 ゴゴゴゴとものすごい擬音を纏い、カイの耳を引っ張った。


「い、いてぇよ!?」


「あんたが悪いんでしょ!!」


「あはは♪そうそう、カイとメルの家の地下に、素敵なプレゼントを用意したから、それを使うといいよ?」


「ありがとうカオル♪さっそく行って来るね♪」


「うん♪カイは、たっぷりオシオキされてくるといいよ♪拷問だけどね.....」


「う、うぉい!?カオル!?そりゃねぇぜ!?」


「カイうるさい!!さっさと来なさい!!」


「た、たすけてくれーーーーーー!!!!」


 耳を摘まれ、そのまま食堂を出て行くカイとメル。

 カオルがカイとメルの家の地下室に用意したのは、拷問器具。

 三角木馬や、如何わしい代物だ。


「....アーシェラ様。いかがですか?当家の家令は?面白い人でしょ♪」


「うむ。見ていて飽きないの」


 香月伯爵家。

 家令のメルは問題なさそうだが、補佐のカイの行く末は、とても気になるところだ。


「それじゃ、食後は庭へ来て下さい。ボクは先に行って用意していますので。人形君、手伝ってね?」


「イエス。マイロード」


 足取り軽くカオルは庭へと向かった。

 食後のデザートと、とある催しをするために。


「うむ。実に面白いところじゃな。カオルの領地は」


「はい♪お母様♪私も、ここに住みたいです♪」


「そうじゃの....しばらく滞在するとするかの?」


「ぜひ♪」


「あ、あの、陛下....何日も城を開けるのは.....」


「ならば、ここで公務を行えばよかろう?幸いにして、カオルの領地は帝都から近いのじゃ」


 とんでも無いことをアーシェラは言い出した。

 ここで公務を行うと。

 何日も滞在すると。

 このままでは、アーシェラがここに住み付いてしまう可能性がある。

 それだけは、阻止しなければいけない。

 なぜなら、ここはカオルとヴァルカン達の『愛の巣』なのだから。


「そ、それだけはだ....」


「そうにゃ♪アーシェラも住めばいいのにゃ♪カオルのごはんは美味しいのにゃ♪私もここに住むのにゃ♪そうするにゃ♪あんな家畜の餌はこりごりなのにゃ♪」


 ヴァルカンの言葉を遮り、アブリルまでもがここに住むと言い出した。

 このままでは、『愛の巣』が奪われてしまう。

 それだけはいけない。

 カオルとの幸せ生活が、失われてしまう。


 この後、ヴァルカン達家族は奔走する事になる。

 皇帝アーシェラと教皇アブリルを追い出すために。











 一方、庭で『とある準備』を終えたカオルは、着替えていた。

 黒の反物に、幾重にも桜が描かれた着物。

 帯は豪華に金糸と白糸で模様が波打ち、赤の腰紐がとても映える。


「ありがとう。人形君」


「イエス。マイロード」


 黒く長い髪を人形に結い上げてもらい、髪留めでそれを纏める。

 絹の様に白くキメ細やかなうなじが露にされ、可愛いカオルに妖艶さが見え隠れする。


 そこへ....


「なんじゃここは....」


 食事を終えたアーシェラ達がやってきた。

 

「ようこそおいでくださいました。せっかくですから、みなさんに異国の文化に触れていただこうかと思い、用意させていただきました」


  緋毛氈(ひもうせん)を敷いた上で、三つ指をついてアーシェラ達を迎えたカオル。

 カオルが用意したのは野点(のだて)である。

 真っ赤な野点傘を1つ差し、竹製の屏風を立て、竹縁台を傍に置く。

 お香も焚かれ、辺りには、仄かに甘い様な香が充満している。

 そして、庭の一画には、いつの間にか見事な池が造り上げられていた。 

 周囲に樹木が生い茂る癒しの空間。

 これは、今朝、アナスタシア達を連れて来てすぐにカオルとエルミアが造ったもの。

 突貫工事であったものの、カオルの想像通りに上手くいった。


「カオルきゅん!!」


「カオルちゃん!!」


「カオル!!」


「カオル様!!」


「ご主人様!!」


「ご主人!!」


 妖艶さを纏ったカオルを一目見て、婚約者達はカオルに突撃した。

 アップに纏められた髪。

 白いうなじ。

 物腰が穏やかな所作。

 極め付けに和服。

 ヴァルカン達が熱情に身を焦がすのも、無理はない。


「みんな?とても嬉しいけど、皇帝陛下と教皇様の前だよ?あとでね?」


 とても12歳とは思えない落ち着き払った態度。

 ヴァルカン達は目にハートを浮かべ、乙女と化して言いつけに従った。


「では、皇帝陛下、教皇様。こちらへどうぞ」

 

 大きく広げられた緋毛氈(ひもうせん)の上へ、カオルはアーシェラとアブリルの2人を誘った。

 おずおずと靴を脱ぎ、カオルの指定された場所へ座る2人。

 作法がわからず、ドギマギとしている。


「正式な作法など気にせずに、ご自身のしたいようになさってください。

 楽しむ事。心安らげる事。そのために、この催し物を用意いたしました」


「う、うむ....」


「わ、わかったにゃ....」


 カオルに窘められても、2人の緊張はほぐれなかった。

 今のカオルは普段とは違う。

 ゆっくりとした物言いで、なめらかな動作をしている。

 

 カオルは、簡易魔導コンロでお湯を沸かし、茶碗に茶杓(ちゃしゃく)で抹茶をよそい、茶釜から柄杓(ひしゃく)でお湯を掬う。

 それを、茶筅(ちゃせん)で静かに点てて、2人の前に差し出した。


「どうぞ。それは、抹茶という飲み物です」


 カオルから、茶碗を差し出された2人。

 一口飲んで、眉を顰めた。

 

「苦いでしょう?」


 嬉しそうなカオル。

 アーシェラとアブリルは、カオルに苛められたのかと思った。


「では、こちらを」


 そう言い、もう1つの抹茶を点てて、再び茶碗を2人に差し出す。

 アーシェラとアブリルはお互いの顔を見やり、意を決して飲んでみた。


「あ、甘くて美味しいのじゃ!?」


「美味しいにゃ♪」


 一口と言わず、一気に飲み干した2人。

 カオルは満足気に頷き、微笑んだ。


「そのどちらも、同じ茶葉だと言ったら、信じられますか?」


 突然、カオルは意味不明な事を問い掛けた。

 2つの抹茶を飲ませ、まるで禅問答の様な事を。


「同じ物なのかの?」


「信じられないにゃ」


「そうですよね。ボクも初めはそう思いました。

 ですが、その抹茶は同じ茶葉の新芽から作られています。

 製法が違うだけで、まったく違う物になるのです。

 ボクは、皇帝陛下と教皇様が美味しいと感じた様に、この街を良い物にしたいのです。1つの街の行く末。既に、皇帝陛下と教皇様は実現されていますよね?

 エルヴィント帝国と聖騎士教会。どちらも、国民を信者を幸せにしています。

 ボクもそうできるように、努力したいと思います。

 お2人に出会えて、ボクは幸せです。

 これからも、沢山の事を学ばせてください」


 カオルが野点を開いたのは、感謝を伝えたかったから。

 良き隣人に出会え、カオルは嬉しかった。

 沢山のものを学ばせてもらった。

 そして、沢山の人に出会えた。

 

 カオルは幸せだ。

 心善き人に出会え、愛する人を見つけられた。

 エルヴィント国民であるエリー・フランチェスカ・アイナ。

 聖騎士教会の信者であるカルア。


 その感謝を、カオルは伝えた。


「カオルの思い、皇帝アーシェラ・ル・ネージュ。しかと受け取ったのじゃ。何かあればいつでも言うといいのじゃ」


「私も受け取った。カオルの街への思い。何かあれば言って。力を貸すから」


 カオルの思いに、アーシェラとアブリルは答えた。

 真摯に受け止め、力を貸すと。


「ありがとうございます。では、お口直しにこちらをどうぞ?お団子です」


 カオル手作りのお団子を取り出し、アーシェラとアブリルに差し出す。

 2人は目を輝かせて、噛り付いた。


「う、美味いのじゃ!!」


「美味いにゃ♪美味いにゃ♪」


「あはは♪おかわりは、あちらに用意してますからね♪美味しいお茶もご一緒にどうぞ♪」


 あっという間に平らげた2人。

 おかわりを用意していた人形達の下へ、2人仲良く駆け出して行った。


「では、みんなの分も抹茶を点てましょうか?もちろん、美味しい方を♪」


 静かに成り行きを見守っていたヴァルカン達。

 カオルが言うや否や靴を脱ぎ出し、カオルの周りをぐるりと取り囲んだ。


「は、早く飲ませるんだ!!カオルきゅん!!」


「おねぇちゃんも飲みた~い♪」


「わ、私も....」


「カオル様、お綺麗です....」


「ご、ご主人様が淹れたお茶....」


「たのしみ」


「カオル様が、自ら淹れて下さったお茶....」

 

「この『だんご』って、美味しいわね....」


「ま、抹茶には、美肌効果があると聞いた事があります」


「私も良いのでしょうか....」


 待ちきれないヴァルカンに、楽しみ過ぎてニヤケ面のカルアとエリー。

 エルミアは完全にカオルの髪とうなじをロックオンし、メイドの2人はカオルの手元を凝視する。

 こっそり茶碗を回収しようとするフロリアに、早くも団子を食べているディアーヌ。

 アナスタシアは、もう少し図々しくてもいいと思う。

 

 そして、一歩引いたところで、聖騎士達がものすごい相談をしていた。


「ねぇ...ルイーズ」


「ルイーゼ....言わなくてもわかるから....」


「たぶん、私達も同じ事考えてる....」


「え?シャルも?」


「セリーヌも、ジャンヌも同じでしょ?」


「たぶん....」


「というかさ、こんな美味しい食事に、あのお風呂だよ?もう戻れないよ....」


「だよね....しかも当主様があんなに可愛いんじゃ.....」


「男性に見えないよね.....」


「うちの男とか軟弱だしね」


「ホント女々しいよね。お風呂覗くし」


「ああ、エンリケのヤツでしょ?聖騎士長から更迭(こうてつ)されたらしいよ?」


「あ、それ知ってる。昨日、突然辞令書が張り出されてたね」


「なんでも、あの香月伯爵様に食って掛かって、返り討ちにあったらしいよ?」


「そうなの!?あんな小さいのに、強いんだね....」


「知らないの!?香月伯爵様って、ドラゴンスレイヤーなんだよ?」


「うっそ!?あの伝説のドラゴンを、倒しちゃったの!?あんな子供なのに!?」


「そうよ?しかも、ババル共和国とアルバシュタイン公国の英雄なんだって」


「そうそう。しかも1万5千の魔物の軍団を、たった1人で倒したらしいよ?」


「ほぇぇ.....そりゃ、すごいわぁ........」


「それに、治癒術師の腕もすごいらしいよ?」


「なんでもできるんだぁ.....」


「万能の黒巫女様とか呼ばれてるんだって」


「男なのに?」


「だって、見た目があんなに可愛いんだよ?」


「そりゃ.....そうね」


「はぁ.....」


「「「「「雇ってもらえないかな.....」」」」」


 魔性のカオルに惹かれ始めた聖騎士達。

 1度でも気を許したが最後、もう逃げられない。

 カオルという毒は、ゆっくりと全身を巡り、やがて脳を侵すのだ。


 そうなったらもう.....


 カオルの思いのままに操られる。

 なにせ、カオルはドSなのだ。

 もう戻れない。


 人間(ヒューム)の姉妹ルイーゼとルイーズ。

 犬耳族のジャンヌ。

 狐耳族のシャル。

 エルフのセリーヌ。

 

 5人が聖騎士教会を辞め、カルアに頼みこんでこの街に住み始めるのは、カオルとヘルマン子爵との決闘が終わって、まもなくの事であった。

 

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