第百九十一話 ライバル
帝都から香月伯爵領へと向かっていた長い馬車列が、突然止まった。
騒然とする護衛の近衛騎士達。
皇帝アーシェラ・ル・ネージュは、豪奢な馬車から、声を掛けた。
「なんじゃ!?いったいどうしたのじゃ!?」
「へ、陛下!!前に、前に.....」
うろたえる近衛騎士。
車窓から外を眺めていたアルバシュタイン公国女王ディアーヌ・ド・ファムが、慌てて馬車から飛び降りた。
「何....あれ.......」
言葉が続かない。
長い馬車列が向かう先には、堅牢な外壁で囲まれた、巨大な街が存在していた。
「あれが、カオル殿の街ですよ」
御者席から、アゥストリが答える。
ディアーヌに続き、アーシェラと皇女フロリアも姿を見せた。
「な、なんじゃあの建物は!?し、城ではないか!!」
アーシェラも驚く。
外壁の内部に存在する、豪華な白亜の城の姿に。
そして、フロリアは気付いた。
「お母様....街の入り口に....沢山のゴーレムが......」
それは、カオルが使役する岩の塊達。
土魔法で作り出した、ゴーレムだ。
「な、なんという事じゃ......これではまるで......国ではないか.......」
アーシェラは怯える。
カオルが造り出した街を見て。
カオルが造り出した土塊達を見て。
「アーシェラ。アレが、カオルが造った街ね....行きましょう......もっと近くで.....私は見たい.....」
ディアーヌの胸は高鳴った。
カオルへの想いが、熱く、熱く胸を焦がした。
これ程とは思っていなかった。
せいぜい村か、木製の小屋程度だと思っていた。
それがどうだろう。
これは、国だ。
小さな、小さな国だ。
高い外壁に、大きな建物。
国の中には小川が流れ、遠くには農地も見える。
そして、あのゴーレム。
国の守護者ではないか。
領民を、いや、国民を守る大きな盾だ。
かつて、これほどまでに堅固な国があっただろうか。
答えは否だ。
ならば、見たい。
この国の行く末を。
どれほど繁栄するのか。
将来、自国アルバシュタイン公国にどう役立てられるのか。
ディアーヌは知らなければいけない。
最後に残った、たった1人の女王なのだから。
一方、アーシェラ達、視察団を待ち構えるカオルは、街道に連なる長い馬車列をボーっと見ていた。
「師匠」
「なんだ?」
「アーシェラ様、何人連れてきたんでしょうね?」
「さぁな....100人くらいじゃないか?アレでも皇帝だからな」
「そうですね.....」
カオルの目には、100人以上いるように見える。
何よりも馬が多い。
先日、ヴァルカン達が出掛けた時に、エルミアと一緒に家を沢山造っておいてよかったと、安堵した。
「なぁカオル」
「なんですか?」
「この服....似合ってるか?」
「師匠。とっても似合ってます。カッコイイですよ?」
「そうか....」
ヴァルカンが着ているのは、カオルが仕立てた服。
黒のパンツに、黒のシャツ。
白のベストに、白のロングコート。
身長の高いヴァルカンには、とても良く似合っている。
隣でゴスロリ服を着ているカオルはどうかと思うが。
「もしかして、刀のホルスターの長さが合ってませんか?なるべく、軟らかいなめし革を使ったんですけど....」
「いや、とても良い物だ。ありがとうカオル。嬉しいぞ?」
「よかった♪あの....ボクの服はどうですか?師匠と合わせて作ったんですけど.....」
不安そうな顔を見せるカオル。
黒のワンピースドレスの上に、ヴァルカンと同じ短い白のコートを羽織っている。
なぜゴスロリなのか?
それは、ヴァルカン達の趣味だから。
なぜスカートなのか?
それは、ヴァルカン達の趣味だから。
なぜ男なのに女性物の服を着ているのか?
それは、見た目が美少女だから。
「カオル。これだけは覚えておけ」
「はい?」
「大好物だ!!」
ギュッとカオルを抱き締めるヴァルカン。
カオルの頭の匂いを嗅いで、クンカクンカと呟いた。
だが、忘れてはいけない。
ここには、他の家族がいる事を。
「なーにやってんのよっ!!!」
エリーのチョップが、ヴァルカンの頭に炸裂する。
いつの間にかツッコミ担当になってしまった。
「クッ...師匠の頭を叩くとは.....エリーも随分偉くなったものだな.....」
「はぁ!?カオルに抱き付いておいて、師匠も弟子もないでしょ!?」
「そうよ~?エリーちゃんが止めなかったら、おねぇちゃんがやってたわぁ~♪」
「そうですね。一度、ヴァルカンとは話しをするべきですね。ことあるごとにカオル様に抱き付くのは、許せません」
エリー、カルア、エルミアに非難されるヴァルカン。
確かに、カオルと一番スキンシップをしているのはヴァルカンだ。
ここらで痛い目に合うのもいいだろう。
「あはは♪みんなも似合ってるね♪作っておいて、よかったよ♪」
楽しそうな家族達。
カオルの言う通り、カルア達もカオルが用意した服を着ている。
可愛らしい白と黒のフリルの付いたプリーツスカートに、白いシャツの上に黒のジャケットを着たエリー。
白のフォーマルロングワンピースに、黒のジャケットを羽織ったカルア。
白のワンピースに、黒のベストと黒のコートを羽織ったエルミア。
全員白と黒で統一された、ユニフォームの様な装いだ。
「カオルちゃんの手作りなんて、おねぇちゃん感動しちゃうわ~♪」
「そ、そうね.....それに、こんな着心地が良い服なんて、私初めて...」
「ありがとうございます。カオル様.....とても嬉しいです...」
カオルに感謝する3人。
カオルは満足気に頷き、エリーとエルミアに、突剣を手渡した。
「これ、ボクが作ったんだけど、帯剣してて?何かあったら怖いから」
「い、いいの?」
「うん。ちょっと軽くて頼りないかもしれないけど、一応、白銀製だよ?」
持ち手を保護するように、鍔から柄にかけて護拳が付けられたレイピア。
剣身から柄まで白銀製で、護拳部分は金と白銀の螺旋構造で造形されている。
明らかに高価な一品であり、実践用というよりは、儀礼用と言った方がいいだろう。
「カオル様。ありがとうございます。大切にします」
「エヘヘ♪エルミアが普段持ってる物に比べると、あまり良い物じゃないかもしれないけど」
「いえ、あのレイピアは、お父様にいただいた物ですが、こちらの方が良い品です」
「そ、そう?」
「はい。私はそう思います」
「う~ん....そうかなぁ.....」
「そうです」
「そ、そうなんだ....」
なぜか危機迫る物言いのエルミア。
カオルには、とてもそうは思えない。
エルミアが普段使いしているレイピアは、とても豪華な装飾が施されていて、一目で高級品とわかるからだ。
「ね、ねぇカオル....」
「うん?」
「その....ね?お、お礼をしようと思うの.....」
「いいよ♪ボクが、あげたくてあげたんだから♪それに、普通、婚約者さんに見返りなんて求めないでしょ?」
「ち、違うの!!」
「な、なに!?」
「.....んもう!!カオルの鈍感!!」
エリーは、恥ずかしそうにモジモジと俯いていたかと思うと、急にカオルに近づき、唇を奪った。
それはお礼のキス。
ヴァルカンがカオルに抱き付いていた事に、嫉妬していたのだ。
本当に、ウブで可愛らしい猫耳さんだろう。
「え、エリー!?」
「こ、これがお礼.....ダメ?」
恥ずかしがり屋のエリー。
精一杯のお礼だった。
「...すっごく嬉しい♪ありがとう、エリー♪」
「ど、どういたしまして.....」
桃色の空間が作り上げられる。
2人だけの甘いひと時。
だが、よく考えてほしい。
何度も言うが、ここには他の家族がいるのだ。
「カオル様!!私もお礼です!!」
エリーと同じ様にカオルの唇を奪うエルミア。
続けとばかりにカルアもキスをし、ヴァルカンは濃厚なキスをしようとして叩かれた。
「なんで私だけダメなんだ!?」
「ヴァルカンは、なんかいやらしかった!!」
「おねぇちゃんもそう思いたの!!」
「やはり、一度きつくお灸を据えるべきだと思います」
いつもの光景。
いつもの家族の団欒。
そこへ、もう2人の家族がやってきた。
「ご、ご主人様。食事の用意が終わりました」
「おわった」
メイドのフランチェスカとアイナ。
2人も、カオルから贈られた服を着ている。
フランチェスカは、メイド服と同じ黒のワンピースにさりげなく白のフリルが施され、上に白のカーディガンを羽織っている。
対するアイナは、完全にゴスロリ服だ。
裾に黒いフリルが幾重にも縫い付けられた白のコートワンピースに、白のケープを肩に掛けている。
幼いアイナには、とても良く似合う一品だろう。
「ご苦労様♪2人も良く似合ってるね♪」
「あ、あの....こんな上等な服をいただいていいのでしょうか....」
「ボクの手作りはイヤ?」
「と、とんでもございません!!」
「なら、着てほしい。ボクは、みんなの喜ぶ顔が好きなんだ♪」
「あ、ありがとうございます。ご主人様」
「ご主人。ありがとう」
「どういたしまして♪おいで?アイナ」
「ん!」
カオルに呼ばれ、躊躇わずに抱き付くアイナ。
カオルの胸に顔を擦り付け、マーキングを開始した。
「あはは♪本当にアイナは可愛いね♪」
「ん!」
「お、おねぇちゃんも!!」
「わ、私も!!」
「私もです!!カオル様!!」
「じゃ、じゃぁ....私も....」
次々にカオルに抱き付く家族達。
だが、唯一ヴァルカンの狙いは違っていた。
ヴァルカンが狙うのは、カオルの柔らかい唇。
願わくば、先ほど達成できなかった濃厚なひと時。
行くなら今だろう。
カオルが油断している今こそ、狙い目だ。
「カオル!!」
「はい?」
カオルが顔を上げた時には、ヴァルカンの唇は重ねられていた。
柔らかく、プックリと膨らんだ甘い果実に。
そして、舌を伸ばし、手繰り寄せる。
カオルの、ザラリとした魅惑の触手を。
「んっ....んん.....レロ......にゅる」
淫靡な音が、熱い吐息が、口端から漏れる。
絡まる舌から快感が全身に奔り、心臓は鼓動を速める。
ヴァルカンの想いは、舌からカオルに伝わり、胸がじんわり熱を帯びた。
「ごちそうさまでした」
ヴァルカンは堪能した。
カオルの濡れそぼった唇を。
あの、禁断の果実を。
「....師匠のエッチ」
ボソリとカオルは叱る。
瞳を潤ませ頬を赤く染めて、照れながら。
本意ではない言葉を呟いた。
「ねぇ、ヴァルカン?おねぇちゃん、怒っちゃった♪」
「エルミア。試し切りは必要よね?」
「そうですね、エリー。白銀の切れ味、試さなくてはいけませんね」
「アイナ、フライパン持ってこよう?」
「お姉ちゃん。包丁も!」
哀れヴァルカン。
劣情を抑えきれなかったがために、家族全員を敵に回したようだ。
メイドの2人までもが、怒っている。
しかたがない。
ならば、聖戦だろう!!
「な、なぁカオル。こんな良い服、俺が着てもいいのか?」
そこへ、何も知らないカイとメルとアナスタシアがやって来た。
「.....うん。それは、カイの為に用意した服だからね。良く似合って.....どうだろう.....どう思う?メル」
「に、似合ってると思う....よ?」
「おい!なんでこっち見ねぇんだよ!!クッソ!!どうせ俺には似合わねぇよ!!」
いじけるカイ。
メルもなんと言っていいのかわからない。
それもそのはず、カイが着ているのは黒いパンツに、白いシャツ。
白いベストには全面刺繍が施され、黒のジャケットを羽織っている。
簡単に言うと、燕尾服だ。
似合うはずがない。
なぜなら、16歳のカイには貫禄がまったくないのだから。
「『メルは』似合ってるね♪」
カイと違い、メルはとても似合っていた。
質素な黒のフォーマルドレスに、白のストールを肩から羽織っている。
たったそれだけで、メルが可愛くに見えてしまうのは、やはりウサ耳効果だろうか?
「ありがとう♪私、こんな素敵な服初めて♪」
「あはは♪家令なんだから、それくらいの服は必要だよ♪それに、カイもメルが眩しくて見れてないみたいだよ?」
「ち、ちげぇよ!!ほ、惚れ直してただけだよ....」
「カイ....」
イチャつき始めるカイとメル。
カオルは、車椅子に乗るアナスタシアの下へ向かった。
「アーニャも、とっても似合ってるよ♪」
「あの....ありがとうございます。カオル様」
車椅子に座るアナスタシア。
カオルが彼女に贈った服は、とてもシンプルなものだった。
足先まですっぽりと収まる、白のイブニングドレス。
毛色の違う起毛した白のケープを肩に掛け、両手を膝の上に揃えて座る様は、まさに深窓の令嬢。
「今は混乱してるかもしれないけど、ゆっくりでいいから馴染んでくれると嬉しい。ここには、ボクの家族と、親友がいるんだ。本当に善い人達なんだよ?」
カオルとアナスタシアは、周りを見回した。
ヴァルカンと、楽しそうに喧嘩するカルア達。
メルの胸を触ってしまい、怒られるカイ。
カオルが望み、それに答えてくれた人が、ここには居る。
「...はい。みなさんとても良くしてくださって」
「うん。大切な人達なんだ....もちろん、アーニャもね?」
「...はい。カオル様?」
「なに?」
「私、カオル様の愛人になります」
「え!?と、突然何を言ってるの!?」
突然の愛人宣言。
カオルにはまったく意味がわからない。
なぜアナスタシアがこんなことを言い出したのか。
その理由は...
「聞きました。カオル様には、6人もの婚約者がいらっしゃるのですよね?」
「う、うん....」
「それも、もしかしたらもう1人2人増えるかもしれないって」
「そ、そうだね....」
「それなら、私は愛人になります。いいえ、愛人を目指します」
「な、なんで?」
「私は平民です。
剣聖様でも、治癒術師様でも、将来有望な冒険者でも、王女様でも、カオルの様のお世話のできるメイドでもない、ただの平民なんです。
それに、愛人なら.....妾なら確率が高いですから♪
それで、正妻からカオル様を取っちゃうんです♪期待しててください?
必ず、カオル様に私を好きになってもらいますから♪」
アナスタシアは、強かだった。
宮殿へ来て、ごく僅かな時間カオルの家族達と接し、妻になる事を放棄した。
だがそれは、負けた訳ではない。
むしろ狡猾と言える。
正妻であるヴァルカン達から、カオルを取ると宣言したのだ。
やはりアナスタシアは強い。
心が、カオルなどと比べられない程に強かった。
「それは宣戦布告だな?」
いつの間にか、ヴァルカン達はカオルとアナスタシアを取り囲んでいた。
「はい。私は負けません」
アナスタシアは見上げた。
車椅子の上から、背高いヴァルカンの顔を。
「いいだろう。私は、そういうヤツが嫌いじゃない。受けて立とう」
「おねぇちゃんもね♪」
「私は、アーニャを好敵手だと思ってるから」
「負けません。カオル様は、けして渡しません」
「わ、私だってカオル様が好きです!」
「アイナは、ご主人のもの」
ヴァルカン達は認めた。
車椅子に乗る、小さな少女を。
カオルを巡り争う相手と。
「私も、カオル様のものです。私は、みなさんに会えてよかった....」
涙を流し宣言したアナスタシア。
ヴァルカン達は握手を交わした。
将来の敵対者に。
敬意を持って。
「なんかすげぇな....」
「ええ....」
「ていうか、カオルモテモテじゃね?」
「そりゃそうよ。あんなに可愛くて、伯爵様なのよ?」
「俺もはくしゃ....いてぇ!?」
「カ~イ~?死にたいの~?」
「な、ナンデモアリマセン.....」
「よろしい。まったく....カイのバカ」
ヴァルカン達を余所に、いつまでもイチャつくバカップルは、爆ぜればいい。
そんな家族達を、カオルは複雑な心境で見守っていた。
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