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第百八十八話 篭絡者

「やぁああああああああああ!!!!!!!!」


 ここは、エルヴィント帝国の帝都北西にある香月伯爵の屋敷。

 その庭にある訓練場で、準2級冒険者のエリーと元剣聖のヴァルカンは修練に励んでいた。


「そうだ!!エリー!!もっと鋭く!!」


 刃引きされた修練用の大剣を、懸命に手足の様に自在に扱おうとするエリー。

 ヴァルカンは、同じく修練用の刃引きされた刀を手に、エリーと対峙していた。


「ハァハァハァ.....」


 疲労の色濃く肩で息するエリーに、ヴァルカンは刀を振るう。

 上段から袈裟切りに振り下ろされた刀。

 エリーはあわてて大剣を盾の様に構え、刀を打ち付けて回避した。


「どうした!!もうおしまいか!!」

 

 ヴァルカンの叱咤が、エリーに突き刺さる。

 エリーは負けじと大剣を振るった。


 ヴァルカンと同じ様に上段から大剣を振り下ろす。

 すかさずヴァルカンが刀で剣線をずらし、それを回避する。

 そこへ、エリーは回し蹴りをお見舞した。

 だが、ヴァルカンには届かない。

 なぜなら、剣線をずらした時にエリーの行動を読んで、前方宙返りをしてエリーの頭に踵落(かかとお)としを繰り出したのだから。


「いったぁああああああい!!!」


 しゃがみ込んで頭頂部を擦るエリー。

 ヴァルカンは自分の肩に刀を担いで、頭を振った。


「あのな、エリー。みえみえの手は効かないと、いつも言ってるだろう?踏み込みが甘いのは、次の予備動作があるってわかるんだぞ?」


「うぅ~....そうは言うけど、予備動作がなくちゃ、次の攻撃なんてできないじゃない!!」


「はぁ....エリーは何を見てきたんだ?私やカオルは、参考にはならないのか?」


「だって....ヴァルカンもカオルも、速過ぎてよくわかんないし....」


「だから、それが答えだろう?」


「どういうことよ!!」


「相手が知覚できない程速く動けばいいんだ!!」


「そんなのできる訳ないでしょ!?」


「私とカオルはできるぞ?」


「2人は特別なのよ!!」


「カオルはわからんが、私はエリーと同じだ。魔法もほとんど使えないしな」


「うぅ.....」


「あのな、エリー....」


「なによ!!」


「エリーには才能がある。剣もそうだが、猫耳族特有の目も耳もそうだ。索敵能力も高いし、なにより負けず嫌いなところは、私やカオルとソックリだぞ?」


「.....ほ、ホント?」


「ああ。将来、私よりも強くなると思っている。カオルの言う通り、エリーには伸び代があるからな」


 褒めるところは褒め、ダメなところはとことん指摘する。

 ヴァルカンは良い師匠だろう。


「それに....カオルはエリーに期待してるしな。いいのか?第1級冒険者になるんだろ?」


 エリーが目指しているのは、冒険者の誰もが憧れる第1級冒険者。

 数々の偉業を成し遂げ、崇め奉られる存在だ。


「な、なるわ!!私は絶対第1級冒険者になって、カオルの隣に立つの!!」


「よし!!ならば、もう1戦やるぞ!!」


「ええ!!」


 ヴァルカンとエリーの稽古は続く。

 何度エリーが打ちのめされても、けして挫けず前に進む。

 着実に、エリーは強くなっていた。

 師匠であるヴァルカンと、兄弟子であるカオルの下で.....










 

 一方その頃、当のカオルはというと....


「もっと金平糖は無いのかにゃ?」


 聖都『アスティエール』の聖堂の最上階で、教皇アブリルに金平糖を強請(ねだ)られていた。


「あまり食べると虫歯になりますよ?」


 注意をしながらもアイテム箱から追加の金平糖を取り出すカオルは、甘いと思う。


「美味しいにゃ~♪甘いにゃ~♪幸せにゃ~♪」


 完全にネコ語を話すアブリルは、教皇としての威厳なんてまったく見えない。

 

 そんなカオルとアブリルの前で、ファノメネルとカルアは目を光らせていた。

 理由は簡単。

 カオルの膝の上から、アブリルがまったく動かないからだ。


「教皇様!!カオルちゃんは、おねぇちゃんのものなんですからね!!早く下りてください!!」


「そうですよ!!猊下!!はしたないです!!」


「イヤにゃ!!イヤにゃ!!ここが一番落ち着くのにゃ!!」


 ポーションの話しをしに来たカオル。 

 まったく進展しない現状に、辟易(へきえき)としていた。


「はぁ....とりあえず、話しを始めますよ?

 ボクがここへ来たのは、『ポーション』の件です。

 アブリルには先ほど見せましたが、あの『ポーション』を聖騎士教会に扱って欲しいのです。

 毎月、販売管理費を抜いた粗利(あらり)から3割をボクに下さい。

 残りの7割から、1割づつを商業ギルドと冒険者ギルド。

 あとは積み立てで1割に、残りの4割を聖騎士教会の物とします。

 内訳と販売予測と材料費が、この羊皮紙に書いてあります。

 製造方法と必要な人員・材料は、正式に聖騎士教会と調印したらお見せします」


「それじゃ、ファノメネル。私はカオルの言う通りにするから、その様にするのにゃ」


「猊下!!しっかりと中身を見てからお決め下さい!!」


「良いのにゃ。こんな甘い物をくれるカオルが、私に変な事をしないのにゃ。

 変な事はベットの中でするのにゃ。

 か、カオルなら、いつでも私にしていいのにゃ....ま、待ってるのにゃ?」


 カオルに篭絡されているアブリル。 

 伏せ目がちにカオルを見やり、目をパチパチと(またた)かせた。


「カオルちゃんは、おねぇちゃんのものです!!ぜ~ったいに渡しません!!」


 カオルに抱き付き、抱き抱えるカルア。

 その拍子にアブリルはカオルの膝の上からずり落ち、涙を流した。


「イヤにゃイヤにゃ!!カオルの膝の上で、あーんをしてもらうのにゃ!!甘い金平糖が幸せの味になるのにゃ!!うにゃ~~ん!!」


 齢34歳は、幼児化していた。

 見た目が少女なのだから、違和感は感じないが。


「ああ!!もう!!カルアは後ろからギュッてして!!アブリルはボクの膝の上!!いいね!!」


 面倒臭くなってきたカオル。

 両者の意見を取り入れて、ハーレムを作り上げた。


「う~...カオルちゃんは、おねぇちゃんのものなのにぃ~....」


「そうにゃ。最初からこうすればいいのにゃ。まったく、カルアは欲張りにゃ」


 満足気なアブリル。

 カオルはこの時気が付いた。

 今夜は焼肉が食べられない事に。


 そうと決まれば言わなければいけない。

 遅くなるか外泊すると。


「あ、師匠?すみません。もしかしたら、今日は帰れないかもしれません」


「な、なんだと!?か、カルアと外泊するつもりか!!わ、私は許さんぞ!!」


 通信用魔導具を取り出し、ヴァルカンに繋げたカオル。

 ファノメネルは驚愕して固まり、アブリルは物珍しそうに魔導具を見詰めていた。


「いえ、中々話しが進まなくて....今、聖都『アスティエール』に来ているんですけど....早く終われば帰れるんですが....」


 チラリとアブリルを見やる。

 しかし、アブリルは答えなかった。


「あ、アスティエールだと!?聖騎士教会の本拠地じゃないか!!なんでそんなところにいるんだ!?」


「えっと、街の金策に来てるんです。ね?カルア」


「うぅ....おねぇちゃんは、カオルちゃんが浮気してて元気が無いのぉ~」


「う、うううう、浮気だとぉおおおおおお!!!!!」


 ヴァルカンの大絶叫が、魔導具から聞こえて来る。

 そこでようやくアブリルが話し始めた。


「なんにゃ?この板から声が聞こえるのにゃ?」


「そうですよ。これは通信用の魔導具です。離れた人と話しができるんです」


「便利にゃ~。私も欲しいにゃ!!カオル!!くれにゃ!!」


「ん~....その話しは、あとにしましょう」


「ダメにゃ?」


「甘えてもダメです。あとで話しましょう?」


「わかったのにゃ。じゃぁ、金平糖をあーんするにゃ。そうしたら待つにゃ」


「はいはい。それじゃ、あーん」


「あーんにゃ....美味しいにゃ~♪」


「あはは♪」


 家族達の前で、絶賛繰り広げられ中の浮気現場。

 カルアはエルミアの様にカオルの黒髪を口に咥え、寂しそうにカオルの背中にのの字を書いていた。


「なんだそのおんなわぁああああああああああああああああ!!!!!!!」


 再びヴァルカンの大絶叫。

 当然だ。

 というか、カオルは何がしたいのだろうか。

 

「あ、この子は、聖騎士教会の教皇アブリル様ですよ。ね?」


「そうにゃ。私が聖騎士教会で一番偉い教皇アブリルにゃ。頭が高いのにゃ。敬うのにゃ。あ、カオルはそのままでいいのにゃ。あーんを続けるのにゃ」


 今のアブリルに、教皇としての威厳はない。

 小さなネコだ。

 金平糖を強請る、ネコ少女だ。


「きょ、教皇だと!?し、信じられるか!!なんだその話し方は!!私のカオルから離れろ!!」


「イヤにゃ!!カオルは、金平糖をくれる良いヤツにゃ!!もう私のものにゃ!!」


「か、カルア!!!今すぐカオルを連れて帰ってこい!!!た、頼む!!ヴァルカン、一生の頼みだ!!」


「うぅ....カオルちゃんが、教皇様を気に入っちゃったの....おねぇちゃん、浮気されちゃったのぉ.....」


 カオルの髪を舐めながら、カルアは弱音を吐いていた。

 そこへ、ようやくファノメネルの氷が溶け出した。


「ど、どどど、どういうことですか!?なんですかその魔導具は!?こ、香月伯爵!!説明してください!!!」


 カオルの手に持つ通信用魔導具を指差し、ファノメネルは叫んだ。

 通信という手段が失われた現代で、カオルが手に持つ魔導具は、脅威に感じるだろう。


「これは、先ほど説明した通り、通信用の魔導具です。離れた相手と会話する事ができます」 


「そ、そんな.....なぜそんな物が.....」


「これは、ボクの大事な友人がくれた物なんです。土竜王クエレブレが」


 ファノメネルは驚愕とした。

 カオルの発言した土竜王クエレブレという言葉に。


「う、嘘....」


「嘘ではありません。ボクは、土竜王クエレブレの契約者です。そして、ボクの家族。風竜王ウイーヴルの契約者でもあります」


 カオルは、アブリルの頭を撫でて膝の上から退かすと、騎士服の前を肌蹴させ、2人に『音素文字(ルーン)』を見せた。


「これが証拠です。風竜と土竜は、ボクと契約して力を与えてくれました。

 ボクが今こうして生きていられるのは、師匠や、カルア達家族のおかげなんです。本当にボクは果報者(かほうもの)です。

 両親が亡くなり、うちひしがれていたボクに、家族達は生きる勇気をくれました。ありがとうございます。師匠。カルア。ボクは、2人を愛しています」


 人間(ヒューム)はずる賢い。

 だが、今のカオルの言葉は、心からの言葉。

 ずっと傍で見守ってくれる家族に、カオルは感謝しつづけている。

 これからもずっと。


「けい...やくしゃ.....ドラゴンの.....だからあんな魔獣を従えて.....

 それに....その魔導具.....では、『ポーション』もそうなのですか!?

 『ポーション』も、ドラゴンの!?」


「いいえ。『ポーション』は、太古に失われた物を、ボクが復元したのです。

 もちろん、独自の製法を取り入れていますが、それは今は明かせません。

 聖騎士教会が、正式に調印されるならば、お教えしましょう」


 深い沈黙が訪れる。

 ネッコネコだったアブリルは静かに思案し、ファノメネルは俯いたまま動かなくなった。

 カルアはカオルの髪をペロペロしたまま、魔導具の向こうではヴァルカンが押し黙っている。


「...どうしますか?教皇アブリル様。ファノメネル枢機卿には他のところと言いましたが、ボクには聖騎士教会でなければならない理由があります。色々とですが」

 

「....わかった。香月伯爵の申し入れ。聖騎士教会教皇アブリルの名において、お受けします。詳しい内容は、枢機卿であるファノメネルへ。ファノメネル?良いですね?」


 少女とは思えぬ威厳を発揮するアブリル。

 ファノメネルは黙って傅き頷いた。


「お受けいただき、ありがとうございます。教皇アブリル様」


「いいえ。聖騎士教会にとって、損の無い話です。お受けするのは当然でしょう。それに....香月伯爵には、私が断るなどと思っていなかったでしょう?」


「....ご慧眼(けいがん)、感服いたしました」


「ふふ♪これからも、良き隣人として、聖騎士教会と仲良くしてね?」


「もちろんです.....アブリル」


「嬉しいにゃ♪じゃぁ、あーんをするにゃ!!決定事項にゃ!!」


「はいはい♪」


 あっという間に交渉が纏まる。

 カオルは今夜、焼肉を食べられない。

 それだけが心残りだ。


「.....あのな、カオル。『ポーション』って何のことだ?」


 何も知らないヴァルカン。

 カオルの浮気現場の音声をただ聞かされ、いつの間にか真面目な話しに切り替わったと思ったら、さらにカオルと見知らぬ女のイチャイチャ声が聞こえてきて、もうおかしくなりそうだった。


「えっと....帰ったら説明します。ちょっと長くなるので....」


「では、今すぐ帰って来い。師匠命令だ」


 ヴァルカンは、頭の中がグチャグチャだった。

 もし、カオルが遠くアスティエールではなく、ヴァルカンと同じ帝都に居たのなら、すっ飛んで行って捕まえていただろう。

 なにせ魔導具から聞こえて来るカオルの声は、本当に楽しそうなのだから。


「い、今すぐですか?」


「今すぐだ」


「師匠命令....」


「そうだ。絶対だ」


 カオルは悩んだ。 

 が、良い案は思い浮かばなかった。

 せめて調印だけでも済ませたい。

 せっかくこんなに面白い玩具(アブリル)と出会えたのだから。


「ああ。アブリル?」


「なんだにゃ?」


「家に、遊びに来る?」


 こともあろうに、カオルはアブリルを家に誘った。

 正確には、香月伯爵領の宮殿に。

 もう少しアブリルで遊びたいのだ。

 実に子供らしい考えだ。


「行くにゃ!!甘い物いっぱいあるのかにゃ?」


「あるけど、ちゃんとご飯も食べるんだよ?」


「大丈夫にゃ♪甘い物はベツバラにゃ♪」


「別腹って....そんな器官無いよ....」


 アブリルの発言に呆れるカオル。

 そこへ、ファノメネルが割って入った。


「げ、猊下!?何をおっしゃっているのですか!?猊下がこの地を離れるなど、あってはならない事です!!」


 ファノメネルが驚くのは当然だろう。 

 アブリルは教皇であり、聖騎士教会のトップなのだ。

 聖都『アスティエール』を離れる事などできはしない。


「なんでにゃ!!私が美味しい物を食べちゃいけないのかにゃ!!

 もうイヤにゃ!!ここのごはんはまずいのにゃ!!

 甘い物も食べたいのにゃ!!イヤにゃイヤにゃ!!」


 駄々をこねるアブリル。

 カオルは、そんなアブリルが不憫に思えた。


「もしかして、ここのご飯って美味しくないの?ファノメネル枢機卿の肌が荒れてるのって、食事のせい?」


 ファノメネルは慌てて部屋の姿見で、自分の姿を映し見た。

 確かに、カオルの言う通りファノメネルの肌は荒れている。

 目元にも薄っすらと(くま)ができ、若々しい見た目のエルフのはずなのに、30代....いや、40代に見えるかもしれない。


 思えば、これまでファノメネルは激務に追われていた。

 歳若くして司祭となったファノメネルは、早く周囲に認められようと一生懸命努力してきた。

 その甲斐もあり、36歳という若さで枢機卿の地位まで登り詰め、39歳となった現在は、枢機卿の中でも最上位に属している。

 結婚なんて考えてこなかった。

 そんなヒマはなかった。

 見た目なんて気にしていなかった。

 ファノメネルはエルフ。

 精霊に愛される種族。

 永遠に若々しいままだと、そう思っていた。

 だが、現実はどうだろうか。

 荒れてかさつく肌。

 目の下の隈。

 美しいはずの金髪もボサボサで、女子力なんて皆無だ。

 こんな状態で、一生を聖騎士教会のために尽くしていくのか。

 ファノメネルは、もう女の捨てたのか。

 答えは.....


「猊下!!」


「な、なんだにゃ!?と、突然大声出したら驚くにゃ!!」


「香月伯爵!!いえ、カオルさん!!」


「はい」


「私と、猊下に、美味しい物を食べさせて下さい!!」


 直角と言えるお辞儀を、ファノメネルはカオルに披露した。

 答えは決まっていた。

 ファノメネルは女だ。

 少しだけ歳をとった、美しい女性だ。

 

「わかりました。では、準備をしてください。それと、護衛に女性をつけてください。ボクの宮殿へお連れします。師匠、聞いていますね?」


「あ、ああ...」


「屋敷から宮殿へ向かって下さい。ボク達も後から行きます。それと、フラン達に食事の用意を」


「わ、わかった....」


「ファノメネル枢機卿。いえ、ファノメネル。貴女とアブリルに、至福のひと時をご提供しましょう」 


「お願いします!!」


 カオルは、意味ありげに微笑んだ。

 それは、女性だけの街を造る上で必要な事。

 それを、ファノメネルとアブリルで試そうと思っている。

 きっと気に入るはず。

 世の女性達は、美しくある事を望むのだから。











 それからは、瞬く間に時が過ぎた。

 ファノメネルは他の枢機卿を集め、アブリル不在の間のアスティエールを任せ、建都(けんと)以来初の教皇訪問を認めさせた。

 なにより、アブリル自身が望んでおり、誰も文句を言えなかった。

 ただし、盛大に見送るのではなく、こっそりと行われた。

 どこで誰が見ているかわからないため、暗殺者などを警戒しての事だ。

 さらに、エルヴィント帝国滞在中は、元剣聖ヴァルカンを傭兵として雇い入れる事を決定し、皇帝アーシェラ・ル・ネージュにも了解を取り付けた。

 そして、アブリルとファノメネルの護衛には、5人の女性聖騎士が随行し、カオルが呼び出した『グリフォン』ことファルフに乗って、香月伯爵領へと案内された。

 ファルフの背に乗り、子供の様にはしゃぐアブリルとカオル。

 カルアは、微笑ましくカオルを見詰め、ファノメネルと随行する聖騎士達は、案の定目を回していたのが印象的だ。


「う....うぅ.....」


 感涙の涙を流しているのは、アブリルとファノメネルと5人の女性聖騎士。

 ここは、カオルが造った宮殿の中。

 その食堂で、カオルの家族達と対面する形で夕食を共にしている。

 

「美味しいにゃ.....こんな美味しい物があったなんて.....知らなかったのにゃ....」 


 涙を流しながら食事を続ける7人。

 初めは遠慮していた聖騎士達も、カオルが勧めるとおずおずと料理を口にした。

 そして、アブリルとファノメネルの様に涙を流す。

 いったい、聖都アスティエールでは、どんな食生活をしていたのか、気になるところだ。


「おかわりもありますからね?食後のデザートは.....うん。ボクが作りましょう」


 小食のカオルは、いそいそと自身の食事を終え、人形と共にキッチンへと向かう。

 その姿を、ヴァルカン達は憎々しげに見やった。


「おい、カルア。いったいどういうことだ?なぜ、カオルが教皇に会いに行ったんだ?」


 アブリルが宮殿に来る顛末(てんまつ)は聞いていたヴァルカンだが、カオルがなぜアスティエールに行ったのかは聞いていない。

 急遽、この宮殿に教皇を迎える事になり、(あわただ)しくてカオルに聞く暇もなかった。


「カオルちゃんが、『ポーション』っていう不思議な薬品を売りに行ったの~....それで、カオルちゃんが教皇様を気に入っちゃって.....おねぇちゃんも悲しかったんだから~....」 


 簡素な説明だが、それだけでヴァルカンはわかった。

 カオルがなにやら金策をしに行き、そこで教皇と仲良くなったという事を。


「おねぇちゃん。気に入ったってどういう事?浮気?ねぇ浮気なの?

 私は誰を斬ればいいの?」


 エリーさんは怖かった。

 今にも誰かを斬り捨てそうだ。

 とりあえず、その手に持っている黒大剣を置いて欲しい。

 切実に願う。


「エリー、斬ってはいけません。こういう時は毒殺が一番だと、本で読んだ事があります」


 さらに恐ろしい事を言ってのけるエルミア。

 もし毒殺なんてしたら、カオルが真っ先に疑われる。

 それだけはいけない。


「あ、アイナ。あれが教皇様だって」


「.....ネコ?」


「だ、だめだよ!?そんなこと言っちゃ!!」


「でも、アレはネコ。お姉ちゃんと全然違う」


「そ、そうだけど....」


 猫耳族のフランチェスカと、アブリルを見比べるアイナ。

 アイナの言う通り、スープを舐めて食べるアブリルはネコそのものだろう。


「美味しいにゃ♪美味しいにゃ♪」


「はい....本当に.....聖都では、塩は貴重ですから....こんなに美味しい物を食べたのは、何年ぶりでしょうか.....」


 大粒の涙を流し、マナーも忘れて食事する7人。

 聖都に帰る事はできるのだろうか?

 むしろ、塩が貴重って....

 たしかに聖都アスティールは大陸の中央にあり、塩湖も海も無いのだから塩が貴重なのはわかるのだが、そこまで飢えているのはおかしいのではないだろうか?

 そして、その理由をカルアは知っている。


「聖騎士教会では、豪華な食事は禁忌とされています....

 特に、聖都の信者は粗食こそ、崇高な食べ物と思っていますから....」


 それは、戒律の様なものなのだろうか?

 いくらなんでも食事くらい....

 まるで、どこぞの森に住む耳の長い民の様ではないか。


「そうにゃ!!あそこのごはんは、美味しくないのにゃ!!ファノメネル!!

 これがごはんにゃ!!あそこのごはんは家畜のエサにゃ!!

 これにするにゃ!!」


「猊下。私もまったく同じ考えですが、そうもいかないのです。私達だけ裕福な食べ物を口にしては、信者達になんと申し開きができましょうか」


 アブリルを嗜めながらも、食事を続けるファノメネル。

 もう戻れないだろう。

 カオルの家で出される食事は、帝都のどのお店よりも美味しいのだ。

 

「ふ~ん....それって、女神『シヴ』の教えなの?」


 キッチンから戻って来たカオル。

 付き従う人形達の手には、美味しいそうな甘い匂いをさせたアップルパイが乗っていた。


「にゃ!!にゃにゃ!!カオル!!それはなんにゃ?甘い匂いがするのにゃ!!」


「あはは♪これはアップルパイだよ?とっても甘くて、リンゴの酸味がするデザートだね♪食後に切り分けてあげるからね♪」


「は、早くそれが食べたいのにゃ!!」


「ダメだよ?ちゃんと、よく噛んでから飲み込まないと....うん。よくできたね?アブリル」


「えっへんなのにゃ!!」


 完全にカオルのペットと化したアブリル。

 ヴァルカン達は大変面白く無い。


「それで、カオル。言い訳を聞こうか?納得できなければ....オシオキだ」


「そうね!!浮気だなんて....あ、愛人は、絶対許さないからね!!」


「カオル様....今夜は、離れませんから覚悟してください.....」


「ご、ご主人様!!わ、私にもお情けを...」


「ご主人。アイナ怒る!」


 カオルの行いを非難する家族達。

 カルアも何か言いたげでカオルを見ていたが、何も言わなかった。

 ファノメネルの事を考えたのだろう。

 恩人であるファノメネルの事を。


「うん。それじゃ、聞いてもらおうかな?ボクが、なぜファノメネルに会ったのか。なぜ聖都アスティエールに行ったのか。それはね?」


 カオルは語った。

 包み隠さず全てを。

 『ポーション』で金策をするため、カルアに頼んでファノメネルを紹介して貰った事。

 そして、ファノメネルだけでは決められないからと、アスティエールへ向かい教皇アブリルに出会った事。

 調印やその他諸々の話しが残っていたので、ここへ招いた事。

 

「それと...アブリルとファノメネル。それに聖騎士の5人には、ある事をしようかと思いまして」


「ある事だと?」


「はい。日ごろ、任務や修練をしている聖騎士のみなさんもそうですが、ファノメネルが一番酷いですね」


「わ、私の何がひどいと言うのですか!?」


「ファノメネルは、カルアに似て美人さんです。それなのに、見て下さい。

 肌は荒れ、目の下には薄っすらと隈があります。髪もあまり気を使っていないのでしょう。髪質が良くありません。

 これは、手入れをしていないのと、食事からくるものですね」


 ファノメネルの至らぬ点を次々と指摘するカオル。

 ヴァルカン達は、興味深そうに聞いていた。

 さすがは女性。

 美に関しては興味があるのだろう。


「そこで、アブリル達7人には、しばらくの間この宮殿で生活してもらいます。

 まずは食事と軽い運動。そして、ボクが美容術を施します。

 どちらにしても、ボクが決闘するまで帝都には滞在されるのです。

 ここなら帝都に近いですし問題ないでしょう。

 調印も早く済ませたいですしね♪」


 カオルの説明に、ヴァルカン達は渋々納得した。

 だが、1つだけカオルに約束させた。

 「けして、婚約者を増やすな」と。


「はい。確かに、ボクはアブリルを気に入っています。可愛いですしね♪

 でも、それは家族としてではありません。どちらかというと、妹ではなく....

 言い方は失礼ですけど、ペットのような感情です。

 ごめんね?アブリル。失礼な事言ったよね」


「いいにゃ。私も、カオルが好きだから問題ないのにゃ。

 美味しいごはんをくれれば許すのにゃ。

 あと、早くあっぷるぱいを食べたいのにゃ。

 ごはん終わったのにゃ。だめにゃ?」


「ああ、ごめんね。今切り分けるよ。みんなも食べるでしょ?」


「「「「「ぜ、ぜひ!!」」」」」


 聖騎士達も、早く食べたかったようだ。

 食欲旺盛な事は良い事だ。

 カオルのお菓子はとても美味しいのだから。


「わかった。カオルがそこまで言うなら、私はこれ以上言わない。

 だが、その『ポーション』とはどれだけ優れた物なんだ?」


「はい。この『ポーション』は、簡単な創傷ならば即座に回復する事ができます。ですが、火傷痕や切り離された手足などを治す事はできません。

 本当に簡単なものだけです。

 ですから、治癒術師が不要になる事など無いのです。

 ボクがファノメネルに調印を迫ったのは、それが理由なんです。

 ファノメネル枢機卿。迎賓館では、すみませんでした」


「い、いえ!!け、結局は、香月伯爵の言う通りにしなければならなかったのです。ですから、頭をお上げください」


「そう言っていただけて嬉しいです。

 それと、聖騎士教会に(こだわ)ったのには、もう1つ理由があります。

 それは、この『ポーション』を作るのに、治癒術師が必要なのです。

 治癒術師と錬金術師の2人が」


「そ、そうなのですか!?」


「はい。詳しい製法と材料は、調印のあとでお教えします。

 つまり、多くの治癒術師を抱え、各国と繋がりのある聖騎士教会以外に、この『ポーション』を量産できないという訳です。

 もっとも、ボクが本格的に作ればいいだけなんですけどね?

 面倒なのでやりませんが♪」


 含みを持たせ、危機感を植え付けるカオル。

 やはり、着々と策士として育っている。

 教皇を、あっという間に篭絡できるほどの策士に。


「よかった....これで聖騎士教会は....いえ、これまで以上に発展できます」


「そうですね♪飢餓や貧困の無い世界に.....なればいいですね.....」


「はい....これからも、全力で励むつもりです....」


「がんばってください。ですが、今は休息の時。この宮殿で、ゆっくりと身体を休めて下さいね?」


「ありがとうございます。カルアは本当に....素敵な男性と巡り会えたようで....」


「はい♪カオルちゃんは、とっても素敵なだんな様なんですよ♪」


「あはは♪そうだ、慌しくてキチンと紹介できませんでしたね。紹介します。ボクの家族で、将来を約束した婚約者達です」


 カオルがヴァルカン達に声を掛け、1人づつ名乗りを上げた。

 

「カムーン王国、元剣聖のヴァルカンだ。カオルの師匠でもある」


「治癒術師と、宣教師兼助祭のカルアです」


「冒険者のエリーよ。カルアおねぇちゃんの妹ね」


「エルフ王リングウェウが息女、王女エルミアです」


「め、メイドのフランチェスカです...」


「アイナ。ご主人のメイド」


 ヴァルカン達が紹介を終えると、ファノメネルと聖騎士達は固まっていた。

 それは、エルミアに驚いたのだ。


「え、エルフのお姫様?」


「はい。私は王女エルミアです。将来、私とカオル様の子供は、次期エルフ王になります」


 深い沈黙が訪れる。

 カオルの家族を除き、アブリアンだけはアップルパイのおかわりを所望していた。


「香月伯爵の子供が、次代のエルフ王.....」


「そうです。父リングウェウも、容認しています」


「そう...ですか....」


 ファノメネルには、もう何も言えなかった。

 2匹のドラゴンと契約し、絶大な力を持ち、これほど大きな宮殿を構える香月カオル伯爵。

 見た目は可愛らしい少女なのに、あれだけの弁舌を奮う事ができる。

 カルアは、なんて人の下へ嫁ぐのだろう。

 だが、心配はしていなかった。

 カルアを見るカオルの瞳は、とても無垢で澄んでいるのだから。


「さて、食事も済みましたしお風呂にしましょうか。フラン、アイナ。案内してあげて」


「は、はい」


「ん!」


「それと、7人の身体のサイズを計ってボクに教えて」


「「「「「「えっ!?」」」」」」


 衝撃が奔る。

 女性の身体のサイズを聞くなんて、カオルはなんと罪深いのだろうか。

 しかし、それは必要なこと。

 カオルは、今日から7人に美容術という名のエステを行うのだ。

 どれほど変化するか調べなければいけない。

 

「わかりました」


「ん!」


 メイドの2人は何も言わずカオルに従う。

 それが当然の様に。


 やがて、フランチェスカとアイナに案内されたファノメネル達は、とんでもないものを見る事になる。


 それは、絶景の露天風呂。


 カオルは、宮殿の西棟部分の一画に、露天風呂を造っていたのだ。

 全面ガラス張り。

 室内には観葉植物が植えられ、ちょっと熱めの湯船からは、湯気が立ち昇っている。

 眼下に広がるのは広大な海。

 夜も遅いために見えないが、晴れた日には真っ青なアクアブルーが広がっているのだろう。


 そんな露天風呂に浸かったファノメネル達は、これから怠惰な毎日を送る。

 香月カオル伯爵は、やはり恐ろしい策士に育っているのかもしれない。


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