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第百八十七話 猫の様な教皇

「あははは♪」

 

 エルヴィント帝国の帝都から、聖騎士教会の総本山である聖都『アスティエール』へと向かうカオル・カルア・ファノメネル・聖騎士の4人。

 いつもの魔鳥(まちょう)姿のファルフではなく、もっと大きな者の背に乗っていた。


「ファルフ!!もっと飛ばして!!」


「クワァ!!」


 無邪気に笑うカオルに、手を繋ぐカルア。

 ファノメネルと聖騎士はお互いの身体を支え、必死にファルフの背中にしがみ付いていた。


「カオルちゃん、楽しそうね~♪」


「うん♪ファルフも楽しいよね?」


「クワァ!!」


 本当に楽しそうな2人と1羽。

 ファノメネルと聖騎士はガクガクと震えている。

 それもそのはず、今ファノメネル達がいるのは空の上。

 それも、伝説の魔獣『グリフォン』の背に乗っているのだ。


「な、なぜカルアは楽しそうなのですか?」


「ファノメネル枢機卿?カオルちゃんに、常識は通じません♪もうご存知でしょう♪」


「そ、それは重々理解していますけど....ま、まさかこんな事が.....」


「ふぁ、ファノメネル枢機卿....わ、私は聖騎士失格なのでしょうか.....怖くて震えが止まりません....」


「だ、大丈夫です。き、きっと私達は夢を見ているのです。

 起きたらあの迎賓館のふっくらとした白い布団の中で、気持ち良く朝を迎えるはずです.....あんなフカフカの布団は....何年ぶりでしょうか.....」

 

 遠い世界に旅立ったファノメネル。 

 聖騎士も、言われるままに遠くへ意識を飛ばしてしまった。


「あ、ハーピーだ。ファルフ!!やっちゃえー!!」


「クワァ!!」


 嘴を開き、ファルフは風のブレスを放った。

 渦巻く竜巻が一直線にハーピーへと向かう。

 ズタズタに切り裂かれたハーピーは絶命し、赤い血を撒き散らしながら地面へと崩れ落ちて行く。

 ファルフは、上空で急旋回しハーピーの下へと急降下した。


「よっと....いいよ♪ファルフ、仕舞った~♪」


「クワァ!!」


 器用に空中でハーピーをアイテム箱に仕舞う。

 カルアはカオルの腰に抱き付き、ファノメネルと聖騎士はファルフに掴まりながらどこかへ旅立っていた。


 カオルが、なぜファルフを『グリフォン』の姿にできたのか。

 それは風の精霊王シルフのおかげ。

 土竜と契約しエルフの里へと戻ったカオルは、シルフに色々な相談をした。

 奴隷紋の話や、エルミアの精霊魔法。

 本当に沢山の話しをしたが、その中に、召喚魔法も含まれていた。

 前々から、家族全員でファルフに乗りたいと考えていたカオルに、シルフは教えた。

 この『グリフォン』の存在を。


 あのダンジョンで、ウェヌスがカオルに贈った赤い魔宝石には召喚魔法が付与されていた。

 小鳥サイズや魔鳥サイズのファルフ。

 カオルが呼び出せるのは、風系統の召喚魔獣。

 その最上位が『グリフォン』である。

 体躯10mを越える大物の魔獣。

 上半身に鷲の嘴と翼を持ち、下半身がライオンの姿の伝説の魔獣。

 カオルに従順なのは相変わらずで、つぶらな瞳はとても可愛らしい。


「ファルフ!!もっと速く!!」


「クワァ!!」


 仲良さそうなカオルとファルフは、家族と言うよりは親友。

 イタズラが大好きな子供のようだ。


「あははは♪」


 楽しそうに笑うカオルに、迎賓館で見せた怖さなど、欠片も無かった。

 ただの子供。

 齢12歳の、可愛らしい子供だ。


「カオルちゃん♪アレが、聖都『アスティエール』よ~♪」


 カオルの腰に掴まるカルアが、アスティエールを見つけて指差した。

 そこには、白い壁に青い屋根の付いた家々が、中心の聖堂へ軒を連ねている。

 どことなくエルヴィント帝国の帝都に似ていた。


「うわぁ....大きな聖堂だね....」


 窓は全てステンドグラスで(いろど)られ、聖堂の正面には厳格(げんかく)な表情を浮かべた女性の姿をした神像が鎮座している。

 聖騎士教会が(あが)める女神『シヴ』である。


「聖騎士教会の総本山なのよ~♪」


「さすがは聖騎士教会だねぇ.....ところで、どこに降りようか?」


 カルアはピコン!と閃いた。

 仕返しを。


「カオルちゃ~ん♪聖堂の前に降りましょ~♪」


「え!?だ、だめだよ。今のファルフは大きいんだから....っていうか、魔鳥のファルフでも、エルフの里に降りた時に変な目で見られたんだからね?あの時は、カッコイイかと思ったんだけど....」


「いいからぁ~♪ファノメネル枢機卿もいるし、おねぇちゃんのお願いを、カオルちゃんは聞いてくれないの~?」


 猫撫で声をするカルア。

 歳に似合わずなんとも...


「...ねぇ?カルア?もしかして、ファノメネル枢機卿の事黙ってたの、怒ってる?」


「そうよ~♪アーニャちゃんの事も、おねぇちゃんは許してないわ~♪」


 カルアのイタズラの原因は、カオルにあった。

 先日ファノメネルに会った事をカルアに黙っていたし、アナスタシアに迫った事も、カルアは許していなかった。

 ならば、男としてここは行くしかないだろう。

 どんな困難な事でも、愛した人がそうしろと言うのだ。

 男ならば突き進むべし。 


「はぁ....それじゃ、行こうか!!ファルフ!!」


「クワァ!!」


 意を決して、カオルは聖堂前の広場へとファルフを着地させた。

 

 突然の闖入者(ちんにゅうしゃ)に、礼拝に訪れていた者達は驚愕の表情を浮かべる。

 それもそのはず、巨大な魔獣が突如として現れたのだ。

 驚くのも無理はない。


「降りよっか♪」


 覚悟を決めたカオルは、カルアを抱き抱えて地面へと降りる。

 ファノメネルと聖騎士は魔法で浮かし、地面へ降ろした。


 そこへ....


「な、何者だ!!!」


 全身に(フルア)(ーマー)を纏った聖騎士の一団が、カオル達を取り囲んだ。

 カオルにはわかっていた。

 こうなる事など。

 それでも、やるしかなかった。

 愛しきカルアが、そう望んだのだから。


「ファルフ。ここまでありがとう。またあとでね?」


「クワァ!!」


 ファルフを腕輪の魔宝石へと戻し、カオルは声を掛けて来た聖騎士に向き直る。

 その人物だけ、鉄の鎧に青と白のラインの入った前掛けをしており、おそらく隊長格の人間なのだろう。


「突然の来訪をお許し下さい。ボクの名前は...」


「クッ!!ふぁ、ファノメネル枢機卿とセルソか!?お、おのれぇ化物め!!」


 カオルの名乗りを遮り、聖騎士は剣を引き抜いた。

 それに呼応し、周りの聖騎士も剣を抜き、ジリジリとカオルとの間合いを詰める。


「はぁ....これが聖騎士ですか?

 ボクの知る、オナイユの街の聖騎士団長のレンバルトさんは、もっと素敵な人でした。尊敬できる騎士であったと記憶しています。

 それに引き換え....あなた達は、騎士失格ですね。

 名乗りの途中で遮るなど、礼儀というものを理解しておられないようだ」


 街中に魔獣に乗って降りてくるカオルもカオルだが、確かに聖騎士の行った事は礼儀を失する行為だろう。

 何者か聞いておいて、名乗りの途中で剣を抜くなど、騎士としてあるまじき行為だ。


「な、なんだと!?化物の分際で、この私、聖騎士長エンリケを愚弄するつもりか!!ええい!!顔を見せぬか!!」


 カオルに正論を指摘され、逆上したエンリケ。 

 カオルは、目深に被ったフードを脱ぎ捨て、冷ややかに睨み付けた。


「ボクの名前は、香月カオル。隣に居るのは婚約者のカルアだ。

 ファノメル枢機卿とその聖騎士は、目を回しているだけ。

 聖騎士長のくせに、そんな事もわからないのか?」


 エンリケの言葉に怒ったカオル。

 普段の丁寧な言い方ではなく、いつぞやの村で見せた男らしい言い方をしている。


「香月カオルだと...?どこかで.....」


「聖騎士長...あれですよ....ドラゴンスレイヤーで、エルヴィント帝国で貴族になったっていう....」


「そうですよ....あのアルバシュタイン公国と、ババル共和国を救ったっていう....」


「そうッス...たしか治癒術師で、黒巫女様とか言われてる.....」


「拝むと腰痛が治るって、オナイユのじぃちゃんが....」


「くれーぷを開発したのも、その人らしいッス....」


「ていうか、めっちゃ可愛くね?」


「だな。隣の美人もすげぇな....」


「でも婚約者とか言ってたぞ?」


「女同士か...アリだな...」


「おまえそっちの趣味かよ」


「うるせぇ....お前も好きなんだろ?」


「まぁな....」


「でもよ...」


 いつの間にか、カオルとカルアの品評を始める聖騎士達。

 エンリケは即座に叱り付けた。


「馬鹿者が!!何の話をしているのだ!!」


「「「すんません!!!」」」


 寸劇を見せられたカオル。

 聖騎士に幻滅したのは言うまでも無いだろう。


「それで、ボク達は教皇に用事があるんだが.....行ってもいいか?」


 男らしいカオル。

 姿形は可愛い美少女なのだが、違和感がとてつもない。


「な、なんだと!?教皇様に何の用事だ!!た、たとえドラゴンスレイヤーでも、事と次第によっては、全力で阻止するぞ!!」


 カオルの正体を聞いて怯えるエンリケ。

 聖騎士長の威厳も何も無いのだが、その志は立派だろう。

 膝が笑っていて、なんとも言えないが。


「はぁ.....ファノメネル枢機卿は....まだ目を回してるし....カルア?どうしよう?」


「う~ん....困ったわねぇ.....」


 途方に暮れるカオルとカルア。

 ファノメネルとセルソは、腰を抜かして頭をグルグルと回している。

 大丈夫だろうか?


「力づくで押し通る?」


「カオルちゃん。それはダメよ?おねぇちゃんが、許さないわ」


「そうだよね....じゃぁ、教皇にここへ来て貰う?」


「どうするの?」


「大きな音を立てるとか?」


「そんなことをしても、教皇様は出て来ないと、おねぇちゃんは思うわ~」


 カオルとカルアのやり取りを聞いていたエンリケ達。

 バカな事を閃いた。


「ふ、フン!!なんだ、刃向かって来ないのか?

 ドラゴンスレイヤーなどと、所詮は偽りだったか!!

 大方、サラマンダーをドラゴンなどと嘘を吐いたのだろう!!

 そうだ、間違いない!!

 先ほどの魔獣も、サラマンダーをドラゴンに見せるために使った魔法か何かなのだろう!!ええ!?どうなんだ!!」


 カオルの機嫌を逆撫でするようなエンリケの発言。

 とてもじゃないが、聖騎士長には見えない。

 

「....カルア」


 カオルは完全に怒っている。

 事もあろうに、カオルが命懸けで戦ったドラゴンを、エンリケは嘘だと言ってしまった。

 さらに、ファルフもバカにした。

 カオルの友達のファルフを。


「カオルちゃん。怪我させちゃだめよ?」


「わかった。エンリケだったな」


「なんだ!!嘘を見抜かれて、臆したのか!!」


「ボクをウソツキだと、そう言ったな?」


「本当の事だろう!!大体、子供がどうやって伝説のドラゴンを倒したというのだ!!それとも、本当はよぼよぼのじじぃか!?魔術師は見た目じゃわからないと言うからな!!」


「そうか....ボクは子供だ。今年12歳のな。だが、ウソツキじゃない。別に信じなくてもいい。おまえはボクを怒らせた。だから....」


「だからなんだ!!」


「ぶっ飛ばす」


 カオルは普段着のまま腰を落とし、拳を前に突き出した。

 すると、エンリケは後方に吹き飛び、何度も回転してから動かなくなった。


 『徒手空拳(としゅくうけん)

 

 無手(むて)から繰り出される見えない拳。

 エルヴィント帝国、元剣騎シブリアン・ル・ロワルドが得意とする技だ。

 カオルは、アルバシュタイン城でその身技をひと目見て、体得していた。

 香月本家の力をもってすれば、容易い事だろう。


「それで、他に文句のある人は?」


 周囲の聖騎士を見回し、カオルは冷ややかな声色で告げた。

 誰も口を開けない。

 いや、口は開いているが、言葉が出ない。

 もし話したら、エンリケの様に吹き飛ばされるのだから。


「.....はぁ」


 カオルは溜息を吐いた。 

 面倒臭そうに。

 

 そこへ....


「ハッ!?な、なにごとですかいったい!?」


 ようやくファノメネルが目を覚ました。

 いや、帰って来た。

 異界の地から帰還したのだ。

 おかえりなさい。


「ファノメネル枢機卿。あのエンリケとか言う聖騎士長、解任した方がいいですよ?あれは騎士じゃないです」


「えっ!?」


 ボロ雑巾の様に地面に転がるエンリケを、ファノメネルは見てしまった。


「な、なぜこんなことに!?か、カルア!!説明して!!」


「はい。実は....」


 カルアは説明した。

 カオルと共に聖堂前へ降り立ったら、聖騎士に取り囲まれた事を。

 そして、カオルに対してエンリケが暴言を吐いた事を。

 けして、カオルを贔屓するのではなく、真実をありのままに。 


「わかりました。説明をありがとう、カルア?」


「いえ...」


「はぁ....セルソ?」


「は、はい」


 ファノメネルと同じ様に異界の地から帰還していた聖騎士セルソ。

 名前を呼ばれ、恭しく跪いた。

 腰はヘロヘロだったが。


「枢機卿として命じます。聖騎士長エンリケを更迭(こうてつ)し、代わりにセルソが聖騎士長代理をしなさい。正式な叙任(じょにん)は後日行います。

 猊下(げいか)と他の枢機卿には私から話しておきます。

 あなたが起きていれば、エンリケもこんな事にならなかったでしょうに....

 運の無い男です」


 疲れた顔をするファノメネル。 

 セルソは驚きを隠せないでいた。


「わ、私が聖騎士長代理ですか!?そ、そんな.....」


「何を言うのですか。セルソは、代々聖騎士の家系。何も問題はありません。

 今回エルヴィント帝国へ行くのにセルソを選んだのも、行く行くはセルソを聖騎士長にするためです。他の聖騎士は知っています。そうでしょう?」


「知ってるッス!」


「はい。先日、ファノメネル枢機卿から教えていただきました」


「セルソ....よろしく頼むな?」


「おまえら.....」


 涙ぐむセルソ。

 ファノメネルは「セルソは現時刻を持って聖騎士長代理です。話し方に気を付けるのですよ」と注意を促していた。

 既に根回し済みとは、ファノメネルも中々のやり手である。

 策士なのかもしれない。

 カオルには勝てそうにないが。


「あの....それで、教皇に会いたいんですが?」


 カオルは、その三文芝居を早く終わらせたかった。

 なにせ、今夜は家族みんなで焼肉の予定なのだ。

 夕べは鰹のタタキで、今夜は焼肉。

 なんとも羨ましい異世界ライフ。


「そ、そうでしたね。では、聖堂を案内しましょう.....カルア?肩を貸してくれるかしら?」


「はい。ファノメネル枢機卿」


 未だに腰が抜けたままのファノメネル。

 カルアに肩を借り、聖堂へと入って行った。


 一方。

 カオルに破れ、聖騎士長の座を更迭されたエンリケは、野良犬におしっこを掛けられていたが、誰も助けようとはしなかった。

 人生の転落とは、得てしてこんなものである。










 ファノメネルに案内され、聖堂の螺旋(らせん)階段を上るカオルとカルア。

 腰の抜けたファノメネルを気遣い、途中で何度か休憩をしつつ、最上階へと向かった。


「こ、これはファノメネル枢機卿!!エルヴィント帝国に向かわれたのではないですか!?」

 

 最上階の部屋の入り口を警護していた聖騎士が、慌てた様子でファノメネルに話し掛ける。

 

「ええ。猊下に所用があり、戻って来たのです。猊下に取り次ぎをお願いしてもいいかしら?」


「た、ただいま!」


 バタバタと室内へ消えて行く聖騎士。

 やがて、戻ってくると、室内へと促された。


 室内は豪華であった。

 真紅の絨毯が所狭しと敷かれ、天井からは豪奢(ごうしゃ)なガラス製のシャンデリアがぶら下がっている。

 ここに比べれば、エルヴィント帝国の皇帝アーシェラの私室のなんと簡素な事か。

 国が違うと、これほど違うのかと、カオルにはとても印象深い場所であった。


「猊下。ファノメネルです」


 そんな室内で、白いレースの天蓋付きベットへ向かいファノメネルが片膝を突く。

 カオルが訝しげにそちらに目を向けると、ベットの上でうつ伏せの状態で本を読む、猫がいた。

 

「......」


 言葉が出ない。

 いや、猫ではなく、猫耳族の女性なのだが、なんというか少女だ。

 金色の髪というよりも、黄金色の髪をした猫耳族の少女は、ファノメネルを無視して本をペラペラと捲っている。

 たまに可愛らしい尻尾がニョロニョロと動き、純白のシーツを撫で回す。


「猊下?」


 もう一度ファノメネルが声を掛ける。

 すると、ようやく気付いたのか、チラリとファノメネルを一瞥した。


「何か用?」


 ものすごく面倒臭そうな声。

 本当に聖騎士教会の教皇なのだろうか?

 カオルはとても心配になった。


「はい。本日は、お客様をお連れしました」


「....面倒臭い」


 こともあろうに、面倒臭いと吐き捨てる教皇。

 これには、さすがのカオルも堪忍袋の緒が切れた。


「ファノメネル枢機卿。一度出ましょう」


「で、ですが香月伯爵!?」


「カルアも。ボクに考えがあります」


 カオルに促され、部屋を辞する3人。

 部屋を守護する聖騎士の前まで戻り、話し合った。


「ファノメネル枢機卿。本当にあの人が教皇なのですか?」


「は、はい。言動は少々アレですが、アブリル猊下は間違いなく教皇です」


「なるほど....」


「げ、猊下はああ見えて、とても素晴らしいお方なのですよ?指導力もありますし、信者の間では『黄金の使徒』と崇められているのです」


 矢継早にアブリルを褒め称えるファノメネル。

 聖騎士も頷き、カルアも肯定していた。


「えっと....もしかして、見た目通りの年齢ではなかったり?」


「は、はい。よくわかりましたね?猊下は、今年で34歳に成られました」


「34歳で、あの態度なのですか?」


「え、ええ....ですが、本当に素晴らしい方なのです。お話いただければ、香月伯爵にもおわかりになると思います」


 カオルには、どうも納得がいかない。

 アブリルが、そんな凄い人物には到底思えないのだから。


「あの....教皇と、2人きりでお話させていただいてもよろしいですか?」


「そ、それはできません!!」


「ボクが信用できないと?」


「け、けしてそういう訳では....」


 (突然何を言い出すのか)と、ファノメネルは思ったのだろう。

 当然だ。

 迎賓館で見せたカオルの姿は、それだけ印象深いものだったのだから。


「ファノメネル枢機卿」


「な、なんでしょうか?」


「『ポーション』の件、やはり別のところにお願いしようかと思うんですが?」


「そ、それは困ります!!」


 ファノメネルは焦った。

 もしカオルがポーションを他の国やギルドなどに製法を教えれば、聖騎士教会は治癒術師という手札を失う事になる。

 そうなれば、聖騎士教会は収入が無くなり、権威も失墜。

 最悪、聖騎士教会そのものが無くなってしまうだろう。

 それだけは避けなければならない。

 ファノメネルは、聖騎士教会の枢機卿なのだから。


「では、教皇と話しをさせてください。2人きりで」


「ど、どうしてもですか?」


「はい」


 悩むファノメネル。

 聖騎士が慌てて仲裁に入るが、ファノメネルに一喝されて黙ってしまった。


「10分....いえ、5分だけでしたら.....」


「ふぁ、ファノメネル枢機卿!?」


「...言いたい事はわかります。ですが、今香月伯爵の機嫌を損ねれば、聖騎士教会は消えて無くなるでしょう....」


「そ、そうなのですか!?」


「ええ。本当です....ですから、この事は他言無用です。いいですね?」


「わ、わかりました。ファノメネル枢機卿がそうおっしゃるなら....」


 2人のやり取りを、カオルとカルアは黙って聞いていた。

 納得できなそうなカルアに、カオルは「あとで1つだけなんでも言う事聞くから...ね?」とお願いをする。


「....本当に、なんでもおねぇちゃんの言う事聞いてくれる?」


「うん。1つだけね?」


「....それなら、特別に許しちゃう」


「ありがとう、カルア♪大好き♪」


「もう♪カオルちゃんったら♪」


 抱き合うカオルとカルア。

 聖騎士は「本当にこんな子供が、聖騎士教会の行方を左右されるほどのお力を?」と、ファノメネルに聞いていた。

 ファノメネルは、疲れた顔で頷くしかなかった。


「では、5分だけ」


「はい。5分経ちましたら、私とカルアが室内へ入りますので」


「わかりました」


 カオルは、手早く事を成さねばならない。

 アブリルの人格を確かめるのだ。

 たった5分で。

 ドSの才能を駆使して。


「『魔装【騎士(エクウェス)】』」


 室内に入ったカオルは、即座に魔装換装(まそうかんそう)で白い騎士服に着替え、アイテム箱から髪留めを取り出し後ろ手で髪をきつく結ぶ。

 鎧は着用せずに、武器の(たぐい)も持たない。

 相手に危機感を覚えさせないためだ。


「教皇アブリル様」


 ベットのすぐ横で名前を呼ぶ。

 アブリルはカオルに顔を向ける事すらせずに、「だれ?」と答えた。


「ボクの名前は香月カオル。エルヴィント帝国で伯爵をしています」


「そう。それで?」


「本日は、お話があって参りました」


「ふ~ん....で?」


 カオルにまったく興味を示さないアブリル。

 顔も向けずに、ペラリと本のページを捲る。


「....アブリル。こっちを向いてくれないか?」


「え!?」


 突然名前だけを呼ばれ、驚いてカオルに顔を向ける。

 (なんて失礼なヤツだ)とでも思ったのだろう。

 なにせ、教皇を呼び捨てにしているのだから。

 

「綺麗な髪をしているね?アブリル」


 眼前に迫る距離。

 カオルは、いつのまにかベットの上でアブリルの黄金の髪を撫でていた。


「な、何してるのよ!?」


 当然のように喚くアブリルに、カオルはクスリと微笑む。


「ごめんね。あまりにも髪が綺麗だったから....アブリルの顔も、とても美しいね....」


 アブリルの顎に手を添え、親指で唇をなぞる。

 吐息が掛かる距離でカオルの顔を見たアブリルは、カオルのあまりにも可愛らしい顔に頬を赤く染め上げた。


「にゃ....にゃぅ.....」


「声まで可愛らしいなんて....アブリルは、とても美味しそうだ.....」


 そっとベットに押し倒すカオル。

 股の間に足を滑り込ませ、アブリルの頭の両脇に手を突いた。


「ねぇ、アブリル。ボクの話し....聞いてくれないかな?」


 長い黒髪をしな垂れて、片方の視界を奪う。

 アブリルの瞳には、カオルの姿しか映っていない。


「にゃう~.....なんでも聞きます.....」


 カオルの術中に、アブリルは嵌まった。

 『想い人を落とす10の方法』の1つは、やはり効果覿面(こうかてきめん)のようだ。

 さすがはカオル。

 ドS策士の面目躍如(めんもくやくじょ)だ。


「アブリル....本当に美味しそうだ....食べてもいいかい?」


「にゃ、にゃ!?.....や、優しくしてにゃ.....」


「もちろん。口を開けて....」


「こ、こうにゃ?アーン」


「クスッ....」


 まだまだ続くカオルワールド。

 開けられたアブリルの口に、カオルは先ほどアイテム箱から出した『ある物』を放り込んだ。


「にゃにゃ!?」


 突然の異物に驚くアブリル。

 カオルはもう一度微笑んだ。


「美味しいでしょ?それは金平糖(こんぺいとう)っていう、お菓子だよ?」


 カオルが取り出したのは金平糖であった。

 グラニュー糖またはキャスターシュガーを使う。

 日本では、上白糖が一般的の代物。

 オベール古戦場で騎士や冒険者に配り、とても喜ばれた1品。

 

 なぜ、カオルがアブリルに金平糖を食べさせたのか。

 それは、本を読むと頭を使う。

 甘い物が欲しくなるのだ。

 だが、この世界に飴は売っていなかった。

 和の国、ヤマヌイに訪れた時にも、砂糖菓子の類はなぜか売っていなかった。


 ということは。


 この世界で砂糖菓子は未知の食べ物なのだ。

 焼き菓子はあれほど売っているというのに、なぜか砂糖菓子は存在しない。

 簡単で手頃に作れる物だというのに。


「甘くて美味しいのにゃ~♪」


 案の定アブリルは金平糖の虜となった。

 もう離れられない。

 本が好きな人に、手頃な甘味(かんみ)は手放せないのだ。


「それじゃ、ボクの話しを聞いてもらおうかな?」


「わ、わかったのにゃ。もっと無いのかにゃ?甘くて美味しいの。もっと欲しいのにゃ。で、できれば、口移しでもいいのにゃ....」


「あはは♪それはできません。ボクには婚約者がいますので」


「ず、ずるいのにゃ!!私を弄んだのにゃ!!」


「いいえ。アブリルはとても魅力的だったのです。不可抗力ですよ?」


「な、なんだか褒められたのにゃ。嬉しいのにゃ....」


 カオルに篭絡されたアブリル。

 いつの間にかネコ言葉になってるのはどうしてだろう?


「ねぇ、カオルちゃん?おねぇちゃんは今、と~っても怒ってるんだけど、どうしてかしら~?」


 カオルは忘れていた。

 アブリルとの2人だけの会話は、たった5分しか無かった事を。


「香月伯爵.....あなたは、婚約者が6人も居るにもかかわらず、猊下までも手篭めにするおつもりですか?」


 ビキビキと空間に亀裂が入る。

 カルアは、自前のアイテム箱から長杖を取り出して握っており、そこからはミシミシと音がしている。

 一方のファノメネルは顔に青筋を浮かべ、激怒しているのが良くわかる。

 どこから見ていたのかわからないが、今現在カオルはアブリルを組み敷いているのだ。

 言い逃れなど、できようもない。


「えっと....みんな、大人気無いよ?ボクはまだ12歳の子供だから、ちょっとしたイタズラじゃないか」


 こんな時に子供と言い逃れるカオル。

 それで済むなら、全国の未成年はもっと過激だ。


「な、なんなのにゃ!?2人の逢瀬(おうせ)をじゃまする気なのかにゃ!?」


 アブリルは、なぜか憤慨(ふんがい)していた。

 カオルとの甘いひと時をじゃまされて、怒っているのだ。

 物理的な甘さだが。


「カオルちゃんは、おねぇちゃんの婚約者です!!教皇様には渡しません!!」


「にゃにゃ!?こ、婚約者はおまえなのかにゃ!!ダメにゃ!!この者は、私のものになったのにゃ!!いっぱい甘い物を貰うのにゃ!!」


 言い争う2人。

 カオルは、そっと修羅場から逃げ出....せなかった。


「香月伯爵。どこへ行こうというのですか?」


「あ、あはは....ちょっとトイレに....」


「言い訳するなんて、男らしくありませんよ?」


「はい....ごめんなさい....」


 ファノメネルに逃亡を阻止されたカオル。

 今夜の焼肉に、カオルは間に合うのだろうか.....


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