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第百八十六話 パテント

 エルヴィント城の一室で、机の上に本を積み上げ懸命に勉強している人物がいた。

 褐色の肌に、亜麻色(あまいろ)の長い髪を無造作に後ろで縛り上げ、モグモグとクッキーを食べる女性。

 ペラリとページを捲った本。

 クッキーの欠片が付いた指を舐め、自分の服でそれを拭う。

 どこぞの『残念美人』の様なこの人物は、アルバシュタイン公国女王ディアーヌ・ド・ファムその人だ。


「ふ~ん....第18代エルヴィント帝国皇帝アーシュラ・ル・ネージュが即位してから、帝国は今までよりも繁栄してるのね....」


 ディアーヌが読んでいるのは、エルヴィント帝国の歴史書。

 当代の皇帝アーシェラが行った数々の改革は、ディアーヌにとって、とてもためになる物であった。


「カムーン王国と同盟....」


 エルヴィント帝国とカムーン王国は、同盟関係にある。

 数十年前まで小競り合いを続けていた列強各国は、王位・王権が代替わりした事を機に、自国の安定化政策へと方針を変えた。

 戦争で減り続けていた人口は、緩やかに回復し始め、荒れていた国内の治安は徐々にではあるが良くなっていった。

 だが、エルヴィント帝国は違う。

 希代の皇帝アーシェラは、類稀なる才能を持ち、瞬く間に自国内を平定させ、他国とは比べ物にならない程の早さで統治してみせた。


 それは、ディアーヌが求める物。


 魔族によってアルバシュタイン公国は深い痛手を負い、今や民を先導する大公がいない。

 早く女王ディアーヌが、即位しなければいけないのだが、今のディアーヌには力が無い。

 そこで、幸運にもディアーヌはカオルと出会い、アーシェラの助力を得る事ができた。

 カオルとアーシェラという後ろ盾はある。

 ならば、今は力を、知識を蓄える時。

 女王として、民を導ける力を。

 アーシェラの様に、立派な指導者としての力を。


「モグモグ....」


 ひたすら本を読み、クッキーを食べるディアーヌ。

 どうでもいいが、指を服で拭うのは止めたらどうだろうか。


 そこへ...


「うむうむ。がんばっておるようじゃの?」


 噂の皇帝アーシェラが訪ねて来た。

 

「む?美味しそうなクッキーじゃの。わらわにも紅茶を」


「はい」


 アーシェラと共にやって来た、侍女のメイドが紅茶を淹れる。

 アーシェラはそれを受け取り一口啜ると、ディアーヌのクッキーに手を伸ばした。


「っ!?いつの間にアーシェラが!?」


 アーシェラの存在に、まったく気が付かなかったディアーヌ。

 クッキーを掴もうとしたところで、お互いの手が触れて、そこで初めて気が付いた。

 本当に鈍感である。


「なんじゃ?わらわはちゃんと声を掛けたのじゃ。のう?」


「はい」


 常に傍で付き従うメイド。

 たまに替え玉をさせられるのも、このメイドだ。


「そうなのかい?って、私のクッキー!!」


「モグモグ...別に少しくらいよかろう?それにしても、このクッキーは美味しいのぉ....どこから持ってきたのじゃ?ここの物ではなかろう?」


 あっという間に2個目に手を伸ばすアーシェラ。

 どうやら、かなり気に入ったようだ。


「あ!2個も!!....これは、カオルが私のために作ってくれた、大事なクッキーなのに....」


 忌々しげにアーシェラを睨みつける。

 ディアーヌは慌ててクッキーをお皿ごと確保すると、抱え込んでモグモグと食べ始めた。


「なんじゃと!?カオルがディアーヌのために作ったじゃと!?ぐぬぬ....じゃからこんなに美味しいのかの.....わらわも欲しいのじゃ!!」


 子供っぽいアーシェラ。

 本当に希代の皇帝なのだろうか?


「2個も食べたでしょ!?私の大事なクッキー!!」


「なんじゃ!!もう少しくらい分けてくれてもよいではないか!!せっかく、カオルの自治領に連れてってやろうかと思っておったのに!!」


「えっ!?か、カオルの自治領に!?」


「そうじゃ!!急遽、明日に香月伯爵領の視察に行く事になったからの!!

 せっかくじゃから、ディアーヌも誘おうと思ったのじゃ!!

 それなのに、そんなみみっちい事を言うなら連れてってやらんのじゃ!!

 ディアーヌは強欲じゃ!!クッキーくらい良いではないか!!」


 クッキー1つで喧嘩を始めるアーシェラとディアーヌ。

 どっちがみみっちいのかはさて置いて、メイドは必死に笑いを堪えていた。

 いっそ笑ってしまえ。


「カオルの自治領....いつか連れてってくれるって言ってた....あの自治領....アーシェラ!!連れてってくれるなら、大事なクッキー分けてあげる!!」


 ディアーヌは決断した。

 決断なんて大げさなものではないが、カオルの自治領に行ってみたかった。

 カオルが開拓した場所へ。

 将来自分の国を復興させるには、カオルの力が必要だ。

 カオルは力を貸してくれると言っていた。

 そのカオルは、どんな領地を持っているのか、ディアーヌは知る必要がある。


「く、くれるのかの?そのクッキー....」


 アーシェラの目には、クッキーしか映っていない。

 そんなに美味しかったのだろうか?


「いいわ!!おかわりもあるわよ?そのかわり、連れてって!!」


 なんだかよくわからない交渉に使われる、カオル自作のクッキー。

 販売したら、ものすごい利益を上げそうな予感がする。

 いっそ、クッキーを主要産業にしてみてはどうか?

 アーシェラが沢山買ってくれそうだ。


「お、おかわりもいいのかの!?」


「ええ!!ほら!!これでどう!!」


 アイテム箱からクッキーを取り出すディアーヌ。

 アーシェラの目は輝いていた。

 まるで宝石を見ているように。


「お、おお....わかったのじゃ!!では明日連れて行くのじゃ!!じゃから、そのクッキーを寄越すのじゃ!!」


 ディアーヌはニヤリと笑い、アーシェラにクッキーを差し出した。

 お皿いっぱいのクッキー。

 アーシェラは、はしたなくも両手にクッキーを持ち、幸せそうにモグモグと食べ始めた。


(カオルの領地....どうしよう....すっごくワクワクする....今日寝れないかも.....)


 カオルの領地を思い浮かべて興奮するディアーヌ。

 何があるのかわからない未知とは、恐怖し期待するものである。

 

 クッキーをモグモグ食べるアーシェラはよくわからないが。


「モグモグ...上手いのぉ....わらわも、カオルに頼んでみようかのぉ....」


 後にこのクッキーが原因でひと騒動あるのだが、それはまた別の話し。











 一方その頃。

 カルアを連れたカオルは、迎賓館へと赴いていた。


「カルア!!」


「ファノメネル枢機卿!?い、いつ帝都に!?え!?ええ!?」


 ファノメネルの思惑通り、驚くカルア。

 カオルはそんな2人をいやらしく見詰めていた。 

 ドSの瞳で。


「うふふ♪カルアを驚かせようと思ったのです♪作戦は大成功しました♪」


 嬉しそうに微笑むファノメネル。

 カオルは眉間に皺を寄せた。

 それは、カオルの思ったドSの行為とは違ったから。

 カオルならば、カルアに近づいて顎を掴み「驚いた?驚いた顔も、とても綺麗だよ。カルア」とでも言うのだろう。

 実にドSだ。

 変態だ。

 エルヴィント国民だ。


「ファノメネル枢機卿.....驚きました。まさか、帝都にいらっしゃってるなんて....」


 涙ぐむカルア。

 カオルは実に面白く無い。

 ファノメネルはドSの同士ではなかった。

 カオルの目には、落胆の色が見える。


「お休みが取れたから、予定より早く帝都に来たのです。

 カルアに会えてよかった....聞きましたよ?香月伯爵と婚約したとか。

 おめでとうカルア。私は、あなたを祝福します。

 亡き両親も、とても喜んでいらっしゃる事でしょう」


 亡きカルアの両親に代わり、ファノメネルはカルアを抱き締めた。

 最愛の義娘が嫁ぐのだ。

 ファノメネルが嬉しく思わないはずがない。

 たとえ、婚約者が6人いようとも。


「ありがとうございます。私は、本当に幸せです。カオルちゃんは、とても善い人なんですから....」


「ええ♪私も、先日香月伯爵に出会い、人柄に感服いたしました。香月伯爵?カルアを、よろしくお願いします」


「はい。ボクの全身全霊を賭けて、カルアを幸せにします」


「カオルちゃん....」


「本当に....よかったわね?カルア」


「はい....」


 涙を流す2人。

 カオルはハンカチを2枚取り出し、2人に差し出した。

 白い布地に、白銀(ミスリル)の糸で(エーデル)(ワイス)が刺繍されたハンカチを。


「カオル様。昼食の用意ができております。ぜひお召し上がりください」


 恭しく頭を垂れるメイド長のオレリー。

 カオルは頷き、こっそりお礼を述べた。


「ありがとうございます。オレリー義母様♪」


「まったく、カオルちゃんは♪」


 将来の義理の親子の会話。

 「カオルちゃん」と呼ぶオレリーは、いつまでカオルを女の子扱いするのだろうか?

 本当は男だと知っているくせに。

  

 オレリーに案内されて、食堂へと足を運ぶ。

 そこには、初めて迎賓館へ訪れた時と同じ様な、豪華な食事が用意されていた。


「とても美味しそうですね?」


「はい。腕によりを掛けて作らせていただきました」


「オレリーさんが作られたのですか?」


「はい。カオル様がいらっしゃった時も、私が作らせていただいたんですよ?」


「そうだったんですか....」


 あの時、ヴァルカンがエリーに毒味をさせたのは杞憂だったのかもしれない。

 迎賓館では、普段は料理人が食事を作るはずだ。

 それを、オレリーが作っていた。

 オレリーならば安心だろう。

 なにより、あのフランチェスカの母親なのだから。


「美味しいですね♪」


 コーンポタージュスープを一口掬い、カオルは口へ運んだ。

 刻んで煮込まれた玉ねぎの香りが口内へ広がり、舌の上では適度な甘さが感じられた。

 舌触りは、まろやかでいて滑らか。

 深みと言うよりは、コクが感じられ、丁寧な下処理が安易に想像できた。


「そのスープは、我が家に伝わる秘伝のレシピなんですよ♪お口に合ってよかったです♪」


 自慢気に語るオレリー。

 我が家に伝わるという事は、フランチェスカも作れるのかもしれない。

 今まで1度も出された事がないが。


「そうなのですか....フランも作れるのですか?」


「いえ...このレシピは、まだフランには教えておりません」


「なぜか聞いても?」


「はい。このレシピを教えるのは、フランが嫁いでからです。私も、母から教えられたのは、嫁いでからでした」


 このコーンポタージュスープは、特別な物のようだ。

 おそらく、子々孫々、代々オレリーの家ではお嫁さんが伝え続けてきた物なのだろう。

 そう思うと、より一層美味しく感じる。

 カオルは、ゆっくりと味わうようにスープをいただいた。

 いつか、フランチェスカに同じ物を作ってもらう姿を想像しながら。


「とても美味しかったです。いつか、フランに作ってもらいますね?」


「ぜひ、お願いします」


 温かい雰囲気が、部屋いっぱいに広がった。

 カルアも、ファノメネルも、壁に控えるメイドや聖騎士も、とても優しげな顔をしていた。










 食後の紅茶をオレリーから差し出され、カオルはファノメネルと対面して座っていた。

 壁にはメイドが数人控え、その中にオレリーも居る。

 聖騎士はファノメネルの隣に座り、カルアはカオルの隣に座っていた。


「では、これから、大切な話しをさせていただきます。

 これから話す事は、内密にお願いします。

 もし、他言する様な事があれば、ボクは持てる全ての力を持って、断罪しなければいけません。よろしいですか?」


 カオルの表情が変わった。

 とても冷酷な瞳で、その場に居た誰もを見詰める。

 冷ややかな視線。

 12歳の子供とは思えない。

 

「こ、香月伯爵....た、大切な話しなのは理解しました。ですから、睨むのは....」


「失礼しました。ですが、これから話す内容は、『この世界の根底を覆す』可能性を秘める物なのです。どうか、ご理解ください」


 その場に居た全員が、驚いて目を見開く。

 カオルが発した言葉は、それだけの力があるものだから。


「こ、この世界の根底を覆す....そ、そんな話しを、私達に聞かせるおつもりなのですか?」


「はい。まずは、実際に見ていただきましょう」


 カオルは、アイテム箱から黒短剣(バゼラード)とガラス製の試験管を取り出す。

 試験管の中では、薄青い液体が揺らめいていた。


「これは、『ポーション』と言います。このように....」

 

 おもむろに黒短剣(バゼラード)で左腕を斬り付ける。

 赤き鮮血が流れ出し、慌てて立ち上がったカルアをカオルは手で制した。


「この傷が、『ポーション』を飲むと治ります」


 試験管を呷る。

 カオルがポーションを飲み込むと、瞬く間に鮮血は止まり、創傷が回復した。


「ご覧の通りです」


 ハンカチで血を拭い取り、床へ流れ落ちた血を『浄化』で消し去る。

 ファノメネルと聖騎士は、突然の事で固まっていた。

 メイド達はオロオロしていたが。


「か、カオルちゃん!?そ、それをどうするつもりなの!?」


 カルアは驚愕としていた。

 カオルから、何も相談されてはいない。

 むしろ、カオルは誰にも相談していない。

 これが世に出回ればどういう事が起きるか、誰にでも想像できるだろう。


「ボクは、この製法を聖騎士教会に販売しようと思っています。その理由は、言わなくてもわかりますよね?」


 値踏みするかのようなカオルの視線が、ファノメネルに向けられる。

 カオルは今、ファノメネルを試している。

 信用に足る人物なのか。

 カルアの恩人である、ファノメネルを。


「そ、それは、聖騎士教会が治癒術師を多く抱えているから、ですね?」


 ファノメネルは、今頭をフル回転させている。

 驚いているのは当然だが、そんな事は後回しだ。


 カオルは言った。


 「ポーションの製法を聖騎士教会に販売しよう」と。

 万が一他国に....

 いや、カオルはエルヴィント帝国民なのだから、ここに売る事になれば....

 一手に治癒術師を束ねる聖騎士教会の権威は、地に落ちるだろう。

 それは枢機卿という、自身の破滅を意味する。 

 

「そうです。今見ていただいた通り、この『ポーション』には傷を治す効果があります。という事は....いえ、この先に言わないでおきましょう。わかりきった事ですので」


 今のカオルは、やり手の営業マンだ。

 含みを持った言い方をし、わざと相手を追い詰めている。

 この場を掌握しなければいけない。

 新しく造る街のために。


「そ、そんな....」


 うろたえるファノメネル。

 聖騎士は固まり何も言えない。

 そんな状況で、カルアは震えながらカオルの手を掴んだ。


「...カルア。大丈夫だから、心配しないで。ボクの事、信じられるでしょ?」


 カオルにはわかっている。

 カルアが心細そうな顔をしている事など。

 だから、繋がれた手をキュッと掴んで、小さく伝えたのだ。


「ファノメネル枢機卿。ボクと、商談をしませんか?」


「しょ、商談ですか?」


「はい。製法を販売すると言いましたが、実際には少し違います。

 この製法を聖騎士教会に教える代わりに、材料費や経費...所謂(いわゆる)、販売管理費を除いた金額の三割を、パテント料として毎月いただきます。

 そのお金で、ボクは自分の領地の開拓を進めるつもりです。

 もちろん、ボクの死後はパテント料を減らします。

 いつまでもボクに頼っていては、ボクの領地に住む領民達が怠けてしまいますので」


「ぱ、パテント料とは...?」


「この『ポーション』のアイデア料です。知的所有権や特許とも言いますね」


 ポーション自体は、失われた過去の遺物だ。

 だが、今のこの世界にポーションを知るものはいない。

 他人のふんどしで....とは思うものの、誰も文句が言えないのだから、仕方が無いだろう。

 それに、このポーションが広く出回るようになれば、死傷者の数もグンと減る。

 聖騎士教会にとっても、悪くはない話なのだが....


「そう....ですか.....」


 思い悩むファノメネル。

 高位とはいえ、枢機卿1人ではとても決められないだろう。


「具体的な話しをしておきましょう。

 まず、ボクの予測では、このポーションの販売開始から短くて3年。長くて5年の間、生産が間に合わなくなるほどの販売数が見込めます。

 各国がこぞって買い集めるはずですからね。その試算はこちらです」


 アイテム箱から羊皮紙を取り出し、ファノメネルに見せる。

 そこには、とんでもない試算表が書き出されていた。


「さ、3年でこんなに?」


「いえ、それは1年の金額です」


「い、いいい、1年で聖騎士教会の年度予算を超えると言うのですか!?」


「えっと....それって、特秘なのでは?」


「し、失礼しました....」


「ファノメネル枢機卿....可愛らしい人なんですね♪」


「うぅ.....」


 恥ずかしがる妙齢のファノメネル。

 カルアは黙ってカオルの手に爪を立てた。

 

「いたっ!?.....え、えっと、それでですね、こちらが販売管理費の一覧です。

 差し引きの粗利(あらり)がこれです。収支の3割をボクが、そして、1割づつを冒険者ギルドと商業ギルドへ。残りの5割の内、聖騎士教会の取り分は4割、1割は積み立てておきます」


「な、なぜ他のギルドや積み立てなどに?」


「はい。流通は商業ギルドに任せます。

 もちろん、販売は聖騎士教会で行っていただく必要があります。

 治療事に、聖騎士教会ほど相応しいところはありません。

 それと、冒険者ギルドには流通の護衛と、『ポーション』の類似品...つまりニセモノを密かに販売した者の取り締まりをしていただきます。

 荒くれ者の多い冒険者は、裏に通じている人が多いですからね。

 適材適所でしょう。

 積み立てというのは、聖騎士教会・冒険者ギルド・商業ギルドにちょっかいを掛けてくるような者を捕らえるためです。

 人を雇い懲らしめます。

 そうする事で大金が動くと、悪事を働こうとは思わなくなります。

 なぜなら、隣に座る者が、次の日には自分を捕らえる側に回るかもしれないのです。悪人にしたら、脅威でしょうね?」


 饒舌に語るカオルの表情は、とても愉快そうだった。

 隣に座る者。

 友人や家族が、大金に目が眩み身内を売ると言うのだ。

 なんと恐ろしい事を言ってのけるのだろうか。


「.....本当に、香月伯爵は12歳なのでしょうか?私にはとても....」


 ファノメネルがそう言うと、固まる聖騎士やメイド達の視線が泳ぐ。

 確かに今のカオルは歳相応にとても見えない。

 12歳の子供が、こんな冷酷な事を思い付くなどと....


「ボクは、見ての通り子供です。ただ、人よりも多くの事を学んだに過ぎません。それと.......悪い事をする者に罰は必要です。特に人殺しには鉄槌を....」


 カオルの瞳が淀む。

 黒水晶の瞳が、あの『濁った目』のように....

 カオルが嫌悪する、あの『濁った目』に....


「そ、そうですか.....香月伯爵の提案はわかりました。

 ですが、私1人ではとても決められません。

 至急聖都『アスティエール』へ戻り、猊下(げいか)にお伺いを立てないと....」


「は、はい。教皇様ではないと決められません」


 ようやく口を開いた聖騎士。

 未だに両手が震えているのは、あまりの大事だからか、それとも....


「もちろんです。ボクがお二人をお連れします。今からなら...夜にはこちらへ戻れるでしょう」


「「え!?」」


 カオルの言葉の意味が、ファノメネルと聖騎士にはよくわからなかった。

 大陸中央に座する聖騎士教会の総本山である聖都『アスティエール』は、どう頑張っても馬で1週間は掛かるのだ。

 それを、往復で数時間?

 向こうで話す時間も含めて?


「あ、カルアも一緒に行かなきゃだね?ボク1人にできないでしょ?」


「.....そうね。おねぇちゃんは、カオルちゃんの傍にいるわ....ずっと.....なにがあっても、ずっと.....」


 カルアの瞳は、何かを言いたげだった。

 カオルの事が心配で、心配で、心配で、心がバラバラになりそうだった。

 1人にしちゃいけない。

 カルアはそう感じたのだろう。

 どこか、寂しそうなカオルに。


「では、オレリーさん。メイドさん達。くれぐれも、内密にお願いしますね?」


 努めて明るく声を弾ませるカオルに、オレリーとメイド達は、頭を垂れた。

 カオルが語った内容は、とても大きなものだった。

 オレリー達には、その半分も理解ができなかっただろう。

 ただ、カオルを怖く感じてしまった。

 枢機卿相手に、凛然と講釈を垂れるカオル。

 やはり貴族なのだろうと。

 それも、ただの貴族ではなく、この世界をどうにかできるほどの貴族。

 こんな、見た目が可愛らしい子供なのに、オレリー達はそう感じた。


「あ、これ、ボクが作った物なんですが、よかったらみなさんで食べて下さい♪料理上手のオレリーさんには適わないかもしれませんけど♪」


 アイテム箱から焼き菓子のクッキーを取り出し、オレリーに手渡す。

 子供らしい笑顔を浮かべて。


「ごめんなさい。少し...いえ、かなりキツイ言い方をしてしまい、不快に感じたかもしれませんね」


 カオルはわかっていた。

 話しの内容の重さに。

 それを聞かされたオレリー達がどう思うかなど。

 カオルは、本当は気遣いのできる優しい子なのだから。


「いえ....カオル様。ご立派です」


 オレリーはもう一度頭を下げた。

 いや、感服していた。

 カオルの器の大きさに。

 この子に。

 この人になら、フランチェスカを任せられる。

 最愛の娘は、カオルの下で幸せになれると、そう思った。


「いいえ。立派なのは、ボクの家族のみんなです。こんなボクの傍に居てくれて、ずっと支えてくれます。ボクは、1人では何もできない弱虫ですから」


 はにかんでみせるカオル。 

 その笑顔は、とても儚げなものだった。


ご意見・ご感想をいただけると嬉しいです。


過去分の加筆修正が途中のまま....

のんびりとお待ちいただけると....

本当にすみません_(._.)_

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