間話 ナレーターはつらいよ
白。
何もかも存在を薄くする程の白い空間に、黒く揺らめく人影が2つあった。
1人は正座しながら小さくなり、もう1人は見下した様にその人影を上から見下ろしている。
「...あのね。君、最近ちょっと私情を挟みすぎじゃないかな?」
立っているにもかかわらず、器用に貧乏揺すりをして苛立ちを見せる人影。
正座している方は、ただただ平謝りをしていた。
「す、すみません....」
「別にね?君の替わりは、いくらでもいるんだよ?いいんだよ?辞めてもらっても」
「そ、そんな!!が、がんばりますから、どうかこれからもお願いします!!」
「はぁ...あのさぁ...あの方達からも苦情が来てるんだよね?なに?あの、『日本ダウザー協会』とかいう豆知識。どうでもいいよね?」
「は、はい....」
「私はね?君が憎くて、こんなことを言ってる訳じゃないんだよ?わかる?」
「も、もちろんです!」
「じゃぁさぁ...もう少しちゃんとしてくれないかな?確かにね。君の仕事はナレーションっていう大変なものなんだ。それは、重々私も理解してるつもりだよ?せっかく奇異な才能があるんだから、がんばってよ」
「は、はい....」
「わかるでしょ?『人の心が読める』んだから。私が今、君をどう思っているかなんて」
「はい...」
「だからさ。ホント頼むよ。こう表現を細かくするとかさ。あれだよ。新しく出てきた子とかさ。もっとこう、表現豊かに、髪はどうだとか瞳の色はどうだとかさ。わかるでしょ?」
「わ、わかります...」
「じゃぁ説明してよ。なんでやらないの?」
「な、怠けていました....」
「そうでしょ?あの方達は、そういうのを求めてる訳だよ。ご子息と一緒に居られない辛さ。君にもわかるでしょ?」
「はい...」
「じゃぁ頼むよ。このままじゃ君....本当にクビにしなきゃいけないからね?そうなったら....下界に落とされるんだよ?わかる?」
「わ、わかってます...」
「本当に....はぁ.....もういいよ。今日のところは、これで帰るから」
「あ、あの....本当にすみませんでした....」
「わかったから。それじゃ、これからもがんばって」
「は、はい....」
「はぁ....」
立っていた人影が音も無く消える。
正座していた人影は、姿勢を崩してその場に寝転んだ。
「.....俺も....がんばってるんだけどなぁ.....」
天井を見上げ、愚痴を零す。
だれも聞いてはいないけれど、愚痴を口にするだけで少し気が楽になった。
「下界かぁ....俺も、あの子みたいに成れたらなぁ....」
思い浮かべるのは、長い黒髪の少年。
見た目は可愛らしい美少女。
少年の回りには、沢山の美女がいた。
「いいよなぁ....ハーレム....男の夢だよなぁ....」
つい口から突き出るのは、艶羨の言葉。
しかし、言葉とは裏腹に自分がそうなりたいとは思えなかった。
彼はずっと少年を見てきた。
たった1人で異世界へと連れてこられてから、ずっと。
感じるものも、考えた事も、何もかもを彼は知っている。
そういう仕事なのだから。
「あの方達かぁ....そんなに心配なら、傍に居ればいいのに.....なんて、できないからなぁ.....」
同情の言葉。
今の彼は、百面相の様にコロコロと表情が変わっていた。
「....まぁ、やれる事をやりますか」
おもむろに身体を起こし、虚空に手を伸ばす。
すると、そこには何も無いはずなのに、青く輝く球体が出現した。
「さてっと....ま、寝てるよね。夜だし」
球体には、黒髪の少年が移し出されている。
家族であろう美女に囲まれて、幸せそうに寝息を立てていた。
「いいなぁ....でも、あんな辛い未来。俺には耐えられないしなぁ....」
どこか遠くを見詰め、寂しそうに語る。
少年が迎える未来を、彼は知っているようだ。
「はぁ....」
溜息が止めどなく零れる。
真っ白い空間は、どこまでも続いていた。
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