第百八十二話 オレリーお義母様
簡単なあらすじ。
エルフの里から帰還したカオル。
土竜王クエレブレの力を使い、着々と自治領の開拓を進めていた。
そんなある日。
剣騎グローリエルの我が侭で、婚約をさせらせそうになる。
カオル自身は特にグローリエルを嫌っている訳ではないのだが、ヴァルカン達にとっては面白くない。
婚約者が6人も居るのだから当然だろう。
結局、アゥストリから妙案ということで決闘をする事になったカオルとグローリエル。
約2週間後に、ヘルマン・ラ・フィン子爵との決闘を控えている大事な時期のはずなのだが....
皇帝アーシェラが肩身の狭い思いをしている頃。
カオルはメイドのフランチェスカと通信していた。
「うん。それじゃ、迎賓館の前で待ってるからね?」
「はい。ご主人様。すぐに向かいます」
「急がなくていいよ?走って怪我したら大変だし、馬にも気を付けるんだよ?」
「ご主人様....」
「フランの綺麗な肌に傷が付いたら、ボク泣いちゃうからね?」
「はふん.....」
「エヘヘ♪それじゃ、あとでね?」
「ひゃぃ....」
通信を終えたカオル。
完全にフランチェスカで遊ぶカオルは、変態策士として完成の域に達しているのではないだろうか。
エルヴィント城内の規則正しく並ぶ石畳を歩いていると、見慣れない人影を目撃した。
それは、全身に鉄の鎧を纏う聖騎士教会の聖騎士の姿であった。
(めずらしいなぁ.....久々に聖騎士を見た気がする....)
カオルが聖騎士を見たのは、オナイユの街以来だ。
久々とは言うものの、ほんの一月ちょっと前の話しなのだが。
「これは、香月伯爵」
聖騎士に気を取られいたカオルは、聖騎士の隣に居た人物に気が付かなかった。
声の主は、叙勲式で見かけた司教のエリゼオである。
「えっと....たしか、司教のエリゼオ様?」
「ハハハ。エリゼオで結構ですよ。それにしても、お一人でこの様な場所にいらっしゃるとは....ご家族の方はご一緒ではないのですか?」
「いえ、アーシェラ様の下に居ますよ。それと、もうすぐメイドが迎賓館に来ますから、そこで落ち合う予定です」
「左様でしたか....それは丁度いい。ぜひこの方を迎賓館にご案内いただけませんか?私は所用で席を外さねばなりませんので」
「この方?」
エリゼオに言われ、隣に佇む人物を見上げる。
そこには、青と白を基調とした法衣を纏う、妙齢のエルフの女性が立っていた。
「...初めまして。お会いできて光栄です。香月カオル伯爵。私は、ファノメネル枢機卿と申します」
カオルはこの人物を知っている。
カルアに頼み、連絡を取ってもらった人物だからだ。
「あなたが、ファノメネル枢機卿ですか....お話は、カルアから聞いております。こちらこそ、お会いできて光栄です」
貴族らしく会釈を返すカオル。
ファノメネルは、そんなカオルの姿に驚いていた。
「....いかがなさいましたか?ボクは、何か失礼な事をしたでしょうか?」
「い、いえ!大変大人びていらっしゃったので....驚いただけです」
「ええ。確かに香月伯爵は大人びて見えますね。とても、12歳とは思えません」
「えっと....」
「おや、今度は可愛らしい子供の様に....いやはや、香月伯爵は面白いお方だ♪」
「ええ♪本当に♪」
カオルは困った。
なんだか馬鹿にされている様な感じもする。
だが、2人にそんな気がない事はわかる。
どちらかというと、久々に再会した甥や姪に話している感じだ。
「そ、それで、ファノメネル枢機卿を迎賓館へご案内すれば良いのですよね?」
「はい。わざわざ香月伯爵のお手を煩わせて心苦しいのですが、お願いできますでしょうか?」
「大丈夫です。どうせ目的地ですから」
「そう言っていただけると助かります。それでは、ファノメネル枢機卿?また後日に」
「ええ。エリゼオ司教」
慌しく礼拝堂へと入って行くエリゼオ。
どうやら、本当に忙しいようだ。
「それでは、ご案内します」
「はい♪お願いします♪」
ファノメネルと連れ立って歩くカオル。
後ろから、着かず離れずの距離を歩く聖騎士は、さすがの一言だろう。
「それにしても、まさかこんなにも早く香月伯爵に出会えるとは思ってもいませんでした」
「ボクもです。手紙をお送りして、まだそれほど日も経っていないですから」
「....あら。カルアが会わせたい人と言っていたのは、やはり香月伯爵の事でしたのね?」
「そうです。あの、カオルと呼んでいただけませんか?香月伯爵と呼ばれるのに、慣れていないもので....」
「....本当に可愛らしい♪カルアが好きになる気持ちが、良くわかります♪」
「うぅ....」
恥ずかしがるカオルを、ファノメネルは微笑ましそうに見詰める。
後ろを歩く聖騎士も、笑みを浮かべていた。
「それで、いったいカオルさんは私にどんなご用なのでしょう?」
「ここでは話せません。明日、時間を作ってはいただけませんか?カルアも連れて参りますので」
「...わかりました。ですが、カルアに私が帝都に来ている事は、内緒にしていただけますか?」
「どうしてでしょうか?」
「カルアの驚く顔が見たいのです♪」
楽しそうなファノメネル。
カオルはピンときた。
(この人も、ボクと同じで困った顔を見るのが好きなんだ♪)
「わかりました♪ファノメネル枢機卿も、ボクと同じなんですね♪」
「??」
「エヘヘ♪」
ファノメネルをドSの同士と勘違いしたカオル。
ファノメネルは、そんなカオルに首を傾げていた。
そこへ....
「ハァハァ...ご主人様!!」
メイドのフランチェスカが、息を切らせてやってきた。
かなり急いで来たのだろう。
赤みがかった銀髪が乱れ、可愛らしい尻尾がしな垂れている。
「フラン。急がなくていいって言ったのに....もう、こんなに髪が乱れて....ちょっと待ってて」
カオルは、アイテム箱から櫛を取り出し、フランチェスカの髪を丁寧に梳く。
乱れ髪が整えられて、いつものフランチェスカが姿を現した。
「ほら、メガネも曲がってるよ....うん、これでよしっと」
ハンカチで汗を拭われたフランチェスカ。
トマトの様に真っ赤に頬を染めて、破顔していた。
「ファノメネル枢機卿。突然申し訳ございません。この者は、当家の使用人のフランチェスカと申します」
「は、初めましゅて。フランチェスカでひゅ」
「あらあら♪可愛らしい子ね♪」
緊張するフランチェスカ。
相手が聖騎士教会の枢機卿なのだ。
仕方がないだろう。
「はい♪フランは、とっても可愛いです♪将来、ボクの子供を産む大切な人ですから♪」
「ご主人様....」
ファノメネルの前で見詰め合う2人。
この時、ファノメネルは驚いていた。
なぜなら、カオルが『将来、ボクの子供を産む大切な人』と言ったからだ。
「か、カオルさん!?こ、子供を産むって、この子とご結婚されるのですか!?」
慌てふためくファノメネル。
カオルは満面の笑みで答えた。
「はい、そのつもりです。ボクは、将来フランと結婚します。今は婚約中ですが....フラン?元気な子を産んでね?」
「ひゃ、ひゃい!!」
「アハハ♪まったくフランは♪」
「うぅ...ご主人様....」
フランチェスカの頭を、愛おしそうに撫でるカオル。
身長差がありすぎて、なんとも微笑ましい光景だ。
「カオルさん!!カルアは!!カルアではダメなのですか!?」
カルアを我が子の様に思っているファノメネル。
カルアがカオルを好いている事など当然知っている。
「えっと...ダメってどういう意味でしょうか?」
「カルアがカオルさんを好きなのは知っているのでしょう!?それなのに....その子と結婚するだなんて.....」
ファノメネルは悲しんだ。
カオルに選ばれなかったカルアの姿を想像し、不憫でしかたがないのだ。
「あの、ボクはカルアとも結婚するつもりなんですが.....」
カオルは不思議に思っていた。
なぜ突然ファノメネルが悲しそうな顔をしているのか。
その理由がわからなかった。
「え!?そ、それでは、カオルさんは、カルアとその子とご結婚されるのですか!?」
「はい。そのつもりです。ボクは、師匠と、カルアと、エリーと、エルミアと、フランと、アイナと結婚するつもりです。みんなボクの大切な家族です。ずっと傍に居るつもりですよ?」
ファノメネルは目を剥いた。
カオルが言った言葉が信じられなくて。
一度に何人もの人と結婚するなど、ファノメネルには考えられなかった。
自身は一度も結婚などした事なかったのだから。
「....あ、ダメ私....ごめんなさい。少し肩を貸してください」
「は、はい。私も、あまりの事に衝撃を覚えます。ファノメネル枢機卿がショックを受けるのも当然かと....」
後ろに控える聖騎士に肩を借り、ファノメネルはガクガクと震えていた。
「ねぇ、フラン。ボク変な事言ったのかな?」
「あ、あの...ご主人様は知らないかもしれませんが、一度に6人もの女性と婚約するのは、私も聞いた事がありませんので...」
「そうなの?」
「は、はい」
「フランは嫌?ボクが家族と結婚するの」
「とんでもございません!!」
「よかった♪大好きだよ?フラン」
「ご主人様....」
見詰め合う2人。
その姿を、ファノメネルと聖騎士は、驚愕の表情を浮かべて見ていた。
ようやく落ち着きを取り戻したファノメネルと聖騎士を連れて、カオルとフランチェスカは迎賓館へと来ていた。
「そ、それでは、カオルさん。明日の6時課に.....」
「えっと....正午ですね。では、その時間にカルアとお伺いします」
「え、ええ....お待ちしています....」
元気の無いファノメネル。
聖騎士と共に、迎賓館のメイドに連れられて、与えられた部屋へと向かって行った。
「では、お話をよろしいですか?」
ファノメネルを見送ったカオルは、フランチェスカと2人、フランチェスカの母親の前にいた。
「なんでしょうか?カオル様」
嬉しそうに尻尾を振り回すオレリー。
久しぶりに娘のフランチェスカに会えて、喜んでいるのだろう。
「えっと、初めて名前をお呼びします。オレリーさん」
「はい?」
「先日、フランチェスカと婚約しました」
「.....」
目が点になるオレリー。
カオルの発言の意味が、よくわからなかったのだろう。
「お、お母さん。あのね....」
フランチェスカもがんばっている。
普段なら、緊張で噛みまくっているところだ。
「あの...申し訳ございません。もう一度お聞かせいただけますか?カオル様」
「はい。先日、オレリーさんのご息女であるフランチェスカと、婚約させていただきました。幸せにします。ボクに、フランチェスカをください」
沈黙。
オレリーの頭の中で、カオルの言葉がグルグルと回った。
「フラン!!!」
「ひゃい!?」
「よくやったーーーーーーーーーー!!!!!!」
大絶叫。
迎賓館を震わせる程の大声で、オレリーは叫んだ。
「うひゃーー!?」
ガバッと抱き付かれたフランチェスカ。
目を白黒させていると、オレリーが大号泣を始めた。
「ぶわぁああ!!よかったよー!!!あたしゃ、心配してたんだよぉーーー!!
あんた19にもなって男っ気なくて.....
本当に....本当に....うわ~ん!!!」
「お、おかぁさ~~~ん!!!!!うわ~~~ん!!!!!」
子供の為にコレほど泣く親が居るだろうか?
カオルは感動していた。
2人の絆の強さに。
かつての両親と自分の姿を重ね合わせていた。
だが、同時に将来フランチェスカがオレリーの様になるのかと思うと、一抹の不安を覚えた。
カオルに、満面の笑みを浮かべながら、楽しそうに魔のコルセットを巻くオレリー。
もし、フランチェスカがあんな妖怪変化になってしまったら....カオルは逃げ出すかもしれない。
「あの....みんな見てるので、その辺で.....」
恥ずかしそうなカオル。
カオルの言う通り、3人を取り囲む様に、オレリーの部下達が涙ながらに拍手をしていた。
おそらく、かつての同僚であるフランチェスカが嫁いだ事を、我が事の様に喜んでいるのだろう。
「グスッグスッ....み゛んな、あ゛りがとう!!私、幸せになりましゅ!!」
感動の場面で、最後に噛んでしまうのは、やはりフランチェスカらしい。
そんなフランチェスカに、かつての同僚達は祝辞を述べていた。
「おめでとうフラン!!」
「玉の腰よ玉の腰!!」
「私達だって負けてられないわ!!」
「ええ!!第二のフランを目指すのよ!!」
「「「「オーー!!」」」」
言いたいことだけ言って姿を消すメイド達。
空気が読めるのか読めないのか、難しいところだ。
「あはは....そ、それでですね。オレリーさん。うぅん、オレリー義母様。お願いがあります」
「うぅ...義母様だなんて....そんな嬉しい事を.....あたしゃ、こんな可愛い女の子の義母親になったんだねぇ...」
「そうだよ!!お母さん!!カオル様はとっても可愛いの!!」
「あたしゃ、嬉しくて涙が止まらないよ....」
「私もだよ。お母さん...」
カオルが男だとわかっているはずなのに、なぜかそれを認めようとしない2人。
カオルは涙が零れそうになり、天井を見上げた。
(あ、だめだ....今泣いたら女だって認める事になっちゃう....がんばれボク.....男の子だろ.....)
「うぅ....そ、それで、お願いってなんだい?」
完全に敬語がとれたオレリー。
なんというか、下町の肝っ玉母さんを思い浮かべる。
「あ、はい。今回、諸国から来賓される方のお世話が終わったら、ボクの自治領で働いてほしいんです。もちろん給金も弾みますし、ずっとフランと一緒にいる事になります。どうでしょうか?」
「そりゃ、願っても無い提案だけど...あたしゃ、メイドしかできないよ?カオルちゃんのお世話をすればいいのかい?」
一人称がカオルちゃんに変化したオレリー。
完全に女の子だと思っている。
知ってるくせに....
「いえ、ボクのお世話ではなく、メイドの仕事...いえ、女性らしさを教える教育者になってほしいのです。ボクは、新しい街で誰もが憧れる花嫁を育てます。そして、好きな人と幸せになってもらいます」
「あ、あたしゃ教育者なんて柄じゃないよ....」
「いいえ。オレリー義母様ならできます。だって、こんなに素敵なフランチェスカを育てたのは、オレリー義母様なんですから」
「....ご主人様」
「知っていますか?
ボクが、どんなに疲れて帰ってきても、フランは笑顔で迎えてくれるんです。
そして、美味しい料理を出してくれるんです。
ボクが不在の間、ずっと家を守ってくれる素敵な女性です。
こんな素敵なフランを育てたオレリーお義母様なら、きっと教育者としても超一流だと思います。引き受けては、下さいませんか?」
カオルは、オレリーを褒めちぎった。
もちろん、その手腕は凄い物だと思っている。
フランチェスカは優れたメイドだ。
カオルの屋敷は、実質フランチェスカが全ての家事雑事を行っている。
アイナの助けがあるとはいえ、たった2人であの大きな屋敷を維持するのは、とても困難だ。
そのフランチェスカを育てた人ならば、カオルが目指す新しい街に必要な人材だろう。
「.....それほど私を買ってくださるのでしたら、お引き受けします。フラン?これからもビシビシ鍛えるから、そのつもりでいなさい?」
「うん!!お母さん!!」
「うんじゃなくて、はいでしょ?」
「はい!!」
仕事モードへ切り替えた2人。
カオルは、フランチェスカに出会えた事を、神に感謝した。
とても可愛くて、時々おっちょこちょいで、柔らかな雰囲気を作り出してくれる女性。
カルアの様な優しげな雰囲気も良いが、フランチェスカの様な柔らかい雰囲気も、カオルは好きだ。
「あの...それと、ボクには他にも婚約者がいてですね....」
ファノメネルの件が尾を引いていて、どもりながら話すカオル。
別に悪い事だとは思っていないが、オレリーがなんと思うかわからないので、慎重に言葉を選んでいた。
「カオル様」
「は、はい!」
「カオル様は伯爵なのです。複数の女性を娶るのは当然の事です。
ただ、1つだけ我が侭を言わせていただければ、フランの事をおざなりにだけはしないでください」
「それは、もちろんです。ボクは等しく、愛を捧げます。師匠にも、カルアにも、エリーにも、エルミアにも、フランにも、アイナにも...ボクは分け隔てなく愛を捧げます」
カオルは、真剣な表情をしていた。
ジッとオレリーを見詰め、心の内を曝け出す様に話す。
オレリーも、(....ちょっと婚約者が多い)とは思いながらも、カオルの瞳を見詰め返した。
「カオル様。捧げるのではなく、与えて下さい。カオル様は貴族なのですから」
「わかりました。等しく、愛を与えます」
「はい。どうかフランを、よろしくお願いします」
オレリーを抱き締めたカオル。
頼れる母親ができて、嬉しかった。
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