第百八十話 街造りの為に その七
エルヴィント帝国の帝都に、聖騎士教会の聖騎士を連れたエルフの女性が辿り着いた。
女性の名前はファノメネル。
聖騎士教会で、枢機卿という高位の役職に就いている。
「カルアはびっくりするかしら♪」
嬉しそうに笑うファノメネルに、随行の聖騎士が同意する。
「はい。ですが、突然の来訪で混乱なされるのでは?」
「だからいいのです♪カルアの驚く顔は、とても可愛らしいのですよ?」
「はぁ...」
聖騎士は疲れた顔をした。
妙齢のおばさ....ファノメネルが意地悪をするのが、不思議だった。
ファノメネルとカルアの出会いは、かなり昔に遡る。
あれは、カルアの両親が治癒術師として活躍していた時の話し。
大量発生した魔物や魔獣の群れが、とある街を襲撃した。
そこで、聖騎士教会は近隣の治癒術師を集めて治療に向かわせた。
街は悲惨なものだった。
男女、老人、子供問わず、惨たらしい屍の山が積み上げられていた。
そんな中、先発隊として到着していたカルアの両親は、全身に返り血を浴びながら懸命に治療を行っていた。
その光景を、ファノメネルは今でも覚えている。
全身を赤黒く染め上げ、残り僅かな魔力を懸命にやりくりしながら、負傷者達に声を掛け続ける2人。
治療の甲斐なく事切れた人に、嗚咽を漏らして涙を流す2人。
そして、そんな凄惨な光景を、ファノメネルだけではなく当時4歳だったカルアも見ていた。
口惜しそうに拳を握りすすり泣く両親の姿を、たった4歳の女の子が文句も言わずにただ見続けていたのだ。
それが、ファノメネルとカルアの初めての出会いだった。
それから、23年。
当時司祭であったファノメネルも数年前に枢機卿となり、カルアもまた両親の後を継ぎ治癒術師となっていた。
カルアの両親は死んでしまったが、ファノメネルはカルアを子供の様に可愛がった。
自身は結婚もしておらず、子供がいなかったという事も理由かもしれない。
そんなカルアが恋をしたと、ファノメネルは手紙で知った。
初めは義妹のエリーが瀕死のところを、命を賭けて救った話。
ファノメネルは涙を流した。
自分の命を魔力に変換するなんて、治癒術師としては二流以下だ。
けして誇れるような話ではない。
だが、それを行ったという。
しかも、伝説のドラゴンを倒し瀕死の身体で。
自分の命よりも他人を助けたいだなんて、普通は考えない。
ファノメネルは感動した。
だからこそ、エルフの霊薬『エリクシール』の話しをカルアに教えたのだ。
そして、無事に目覚めたと手紙が送られた。
幸運だった。
霊薬『エリクシール』とて、死者を蘇らせる事ができる訳では無い。
おそらくギリギリ....何か強い想いが、その子にはあったのだろう。
そして、もう1つ。
カルアからその子が無事に助かったと連絡があってからごく僅かな期間で、今度は『egoの黒書』という、魔導書に囚われたという。
ファノメネルは驚いた。
その魔導書は、つい最近聖騎士教会から盗まれた物だからだ。
こんな短期間の間に、立て続けに不幸に見舞われた子。
間違い無く、とてつもない運命を背負っているのだろう。
そんな子に、カルアが恋をしたという。
ファノメネルは祝福していいものか悩んだ。
だが、その子の話しをする時のカルアの幸せそうな顔は、そんな心配を打ち砕くものだった。
祝福しよう。
亡きカルアの両親も、きっとそうするはずだから。
ファノメネルはそう思い、影ながらカルアを見守っている。
「ファノメネル枢機卿。このまま、エリゼオ司教の下へ向かわれますか?」
「ええ♪本当に楽しみだわ♪」
ファノメネルは向かう。
エルヴィント城にある礼拝堂へ。
もしかしたらカルアに出会えるかもしれないという、僅かな期待を胸に。
早朝の香月伯爵領。
本日も実に快晴だった。
温暖な気候のエルヴィント帝国では、雨季という物が存在しない。
ごく稀に集中して雨が降る事があるが、基本的に雨は山頂にしか降らない。
そのため、山間から流れる河川と沸き水が、唯一の水源と言える。
そんな水源である河川から、1本の支流を造り出した子供がいる。
持ち前の膨大な魔力を使い、自治領内で新たに造り上げた街へと取水する支流。
川の水は、見事に造形された街の中心部を貫き、海へと流れる道筋を辿る。
そんな素敵な街の一画に、2人の人物が居た。
1人は長い黒髪の小さな子供。
もう1人は流れるような銀髪に、モデルの様な体型のエルフの女性。
2人は同時に地面へ手を突き、魔法を唱えた。
「弱き大地」
「痩せし土」
「「天と地、水を持ちて、その恵みを今ここに『アグロス』」」
その瞬間。
2人の前に広がる荒野が、大きく波打ちその姿を大きく変化させた。
ポツポツと雑草が茂る荒野が、見事な畑へと形状を変える。
2人が唱えたのは精霊魔法。
エルフの女性の名はエルミア・リンド・メネル。
エルフの王女にして、風の精霊王シルフより封印を解かれし者である。
「上手くいったね♪」
「はい♪」
嬉しそうに笑い合う2人。
子供は、アイテム箱から魔宝石の付いた錫杖を取り出し、それを地面に突き立てた。
「カオル様、それはなんですか?」
「これは、作物の成長を促す為の物だよ♪今、この土地はボクの魔力に溢れてるからね♪コレを使えば、すっごく速く成長するはずなんだ♪」
子供こと、香月カオルは嬉しそうに微笑み、出来たての畑に作物の種を植え始めた。
それは野菜の種。
葉野菜や、根野菜。
果ては木枠を添えて、ツル科の植物の種も植え始める。
その様子を、エルミアは思い詰めた表情で見ていた。
「エルミア。大丈夫だよ」
「え!?」
カオルにはわかっていた。
家族であるエルミアの考えそうな事は。
「ここで育てた物は、ボク達が消費するだけだから。絶対外に出荷したりしないから。だから、大丈夫だよ♪」
エルミアは胸を撫で下ろし、カオルの頬に触れた。
しっとりとした白い肌。
自分の考えをわかってくれているカオルが、とても嬉しく思えた。
「カオル様」
「うん?」
「愛しています」
「ボクもだよ。婚約者のエルミアさん♪」
相思相愛の2人。
仲良く種を植え終えて、愛の巣へと帰っていった。
『愛の巣』改め、宮殿では、ものすごい広さの食堂で遅い朝食を食べている集団がいた。
カオルに良く似た人形から給仕をされて、掻っ込むと表現するのが適切な程にマナーの無い食事の仕方。
相当お腹を空かせていたの見て取れる。
「いやぁ、本当に美味しいですな!!」
「まったくです!!」
「...おかわり」
人形に次々と食事をおかわりし、出てくる傍からあっという間に平らげる。
そんな3人を、ヴァルカン達は冷ややかに見詰めていた。
「もう大丈夫そうだね?」
そんな殺伐とした雰囲気の中、カオルはエルミアを連れて食堂に足を踏み入れた。
「ええ。カオル殿のおかげで命拾いをしました。感謝しております」
「本当です。カオルさん。ありがとうございます」
「...おかわり」
やってきたカオルにお礼を述べる一同。
若干1人、お礼も言わずに食べ続けているのは、『残念美人』こと、剣騎グローリエルその人だ。
「お礼を言うなら、人形君に言うといいよ。アゥストリとエドアルドを見つけたのは、この子達だから」
「おお、そうですか!!この度はありがとうございました。人形殿」
「いや、本当にありがとうございます」
2人にお礼を言われ、照れる素振りを見せる人形。
無機質で感情が無いはずなのに、実に人間臭い姿だった。
「グローリエル。口元にソース付いてるよ?まってて....うん、取れた」
「....ありがと、カオル」
今更醜態を晒して恥ずかしがるグローリエル。
心は乙女のままなのだろうか?
「それにしても....来るなら連絡してくれればいいのに」
「いやいや面目次第もございません。まさか、あんなところでゴーレムに出くわすとは、思ってもいなかったもので...」
「ええ。まったく準備もしていなかったですからね。グローリエルがいなかったら、今頃はどうなっていたか.....」
「フン!どの口がそんな事言ってんだが。あたいが居なくても、どうにでもできるだろうに」
「いや、さすがにあの量はキツイさ。私は冒険者を退いて6年も経ってからね」
「フン!どうだか!」
仲良さそうなグローリエルとエドアルド。
ヴァルカンは(案外あの2人は結婚するんじゃないか?)と変なことを考えていた。
「それにしてもカオル殿。いつの間にこんな物を....」
アゥストリは部屋を眺め、羨ましそうに目を輝かせる。
まさか、カオルがたった1日で造ったとは、到底思うまい。
「エヘヘ♪せっかくアーシェラ様が領地をくれたからね♪それに、将来ボクが子供を持った時に、家が無いと可哀想でしょ?」
本当に嬉しそうなカオル。
齢12歳の子供が将来設計をしているなんて、誰も思わないだろう。
「カオルきゅん....」
「カオル様...」
「ご主人様...」
「ご主人...」
案の定カオルの一言で、真っ赤に頬を染めるヴァルカン達。
さすがはチョロイ。
「いやいや、さすがはカオル殿ですな!!その若さで将来を見据えておられるとは....そうですな?エドアルド殿」
「ええ、まったくです。私がカオルさんと同じ年齢の頃は、早く冒険者に成りたくて、森を駆けずり回っていましたよ」
「ハッハッハ!!その結果が冒険者ギルド長ですか!!さすがですな!!」
「いえいえ。アゥストリ様こそ、魔術師筆頭だけでなく、魔術学院長を成されているではありませんか。憧れてしまいますよ」
「いやいや、それほどでも....」
「「アッハッハッハ!!」」
軽快なおじさん2人。
年齢は10以上離れているはずなのに、なぜこうも意気投合しているのか不思議である。
「それで、壊したゴーレム君達の損害は、アーシェラ様に請求していいの?」
「「え゛!?」」
アゥストリとエドアルドが固まった。
笑ったままの姿勢で。
「だって、アーシェラ様が3人を寄越したんでしょ?」
カオルは気付いている。
何の用も無いのに、アゥストリとエドアルドとグローリエルの3人が、わざわざここへ来るわけが無いことなど。
「い、いや...その....ですな.....」
「は、ハハハ....」
真意を突かれ、慌てる2人。
グローリエルは変わらず、人形におかわりを要求していた。
「ルチアとルーチェなら、昨夜のうちに帝都に帰ったよ?止めたけど、『これ以上迷惑は掛けられません』って言ってた。全然迷惑じゃないのにね」
「そ、そうですか....」
「....請求は別にしないけど、そろそろ3人が来た理由を教えてくれる?」
「は、はい....」
アゥストリは告げた。
恐る恐る慎重に言葉を選んで。
「実は、この度カオル殿の領内を、皇帝陛下直々に視察される事が決定されまして....その書簡を預かってまいりました」
アゥストリは、懐から丸められた筒を取り出す。
カオルがそれを受け取り中を改めると、中には1枚の羊皮紙が入っていた。
わざわざ蝋で固めたアーシェラの記章入りで。
「ふ~ん....わかりました。書簡は確かに受け取りました。いつでもおいでくださいと、お伝え下さい」
「そ、そうですか!!いやぁ、よかった....」
安堵するアゥストリ。
だが、話しはそれだけでは終わらない。
「うん。それで?」
カオルはわかっている。
たったこれだけの用事で、アーシェラの腹心であるアゥストリや、ギルドの長であるエドアルドが、近いとはいえ来る訳がないと。
「そ、それで?」
「他にも用事があるんでしょ?」
「......」
アゥストリは悩んだ。
確かにもう1つ、大事な用事がある。
カオルにとって重要な事だ。
もう2週間もすれば、カオルは決闘をしなくてはいけない。
あの、第1級冒険者と....
「じ、実は、カオル殿が決闘される相手なのですが....」
「決闘相手?」
「はい。その者の名は...」
「アゥストリ。大丈夫だよ」
アゥストリがオダンの情報を伝えようとした時、カオルは止めた。
「大丈夫だよ」と。
「は?いえ、大丈夫とは....?」
「アゥストリは、ボクの心配をしてくれたんでしょ?」
「え、ええ。そうですが...」
「だから、大丈夫だよ。相手が第1級冒険者だって、アーシェラ様から聞いているから。相手の名前は聞いて無いけど、負ける気しないんだよね♪ボクは、剣聖ヴァルカンの弟子だから♪」
「い、いえ!ですが!!」
「...ねぇ、アゥストリ。アーシェラ様が、なんでボクに相手の名前を言わなかったかわかる?」
「それは....」
「絶対勝つって思ってくれたからじゃないかな?アゥストリは違うの?」
「わ、私もカオル殿が勝つと信じております!!」
「なら、それでいいでしょ?ボクは勝つよ。相手が誰であっても。だから、安心してて♪あ、でも、師匠が相手だと無理だからね?師匠はすっごく強いから♪」
「カオル殿....」
「アゥストリ。いつも、ありがとう。ボクみたいな子供の力になってくれて....本当に嬉しいよ」
「カオル...どの....」
アゥストリは涙を流した。
カオルの大きな器を感じ。
アゥストリが、影ながらカオルの手助けをしている事を、カオルは知っている。
それが嬉しくて。
年甲斐もなく泣いてしまった。
「....やはり、カオルさんは凄い方ですね。そのお歳で、何でもわかっていらっしゃる」
エドアルドも感服していた。
カオルの凄さに。
12歳の少年とは、とても思えない。
「ボクが凄いんじゃないですよ。ボクは真似をしているだけです。師匠や、カルア達。家族の真似をしているだけなんです。みんながそうしてくれるから、ボクはこうして成長できているんです。本当のボクは弱いから...」
「カオル....」
ヴァルカンは嬉しかった。
カオルが正しく成長している事が。
心配してくれる人に、感謝を言えるカオルが。
本当に嬉しかった。
「カオルは弱く無いわ!!私のだんな様だもの!!」
「ええ♪おねぇちゃんのカオルちゃんだもの♪」
まったく空気を読まず、エリーとカルアが間に入る。
2人は今まで外に居たのだ。
「おかえり。馬は見付かった?」
「あったりまえでしょ!!私を誰だと思ってるのよ!!」
「おねぇちゃんもがんばったのよぉ~♪」
カルアとエリーが探していたのは馬である。
アゥストリとエドアルド、グローリエルが乗っていた馬は、突然襲来したゴーレムに怯え、逃げ出していたのだ。
「さすが♪2人共、ありがとう♪」
「私に掛れば簡単よ!!」
「カオルちゃん♪褒めて褒めて♪」
カオルを抱き締めて、気持ち良さそうに目を細める2人。
カオルは2人の頭を撫でて「ありがとう」ともう一度感謝を告げた。
「お手を煩わせてしまい、申し訳ございません」
「ありがとうございます。エリーさん、カルアさん」
「べ、別にカオルに頼まれただけだし....」
「いえ~♪いいんですよ~♪」
アゥストリとエドアルドにお礼を言われ、ツンデレエリーさんとカルアは通常通りだった。
「そうだ!ねぇ、アゥストリ。見てくれる?」
「なんですかな?」
カオルは、アイテム箱から裁縫道具を取り出し、巻かれた4つの糸をテーブルに並べた。
「それじゃ、いくね?」
(何をするんだ?)と、ヴァルカン達が首を傾げる中、カオルは濃藍色の4つの糸巻きを空中に浮かべ、織物を始めた。
瞬く間に編み込まれる糸達。
カオルが今作っているのは、織物の表面に毛房を織り込んだ、大物の布。
経パイル織で作られる『ベルベット』だ。
「....これ、アゥストリから教えて貰った魔法の修練に、すっごい良いんだよ♪今度やってみて?」
楽しそうなカオル。
たが、アゥストリは呆然としていた。
なぜならば、アゥストリがこの魔法を使うと、せいぜい数本の剣を短時間浮かべる事しかできない。
それなのに、カオルはこれほど高度で精密な作業を、意図も容易く長時間続けているのだ。
驚かない訳が無いだろう。
「んっと、アゥストリ。ちょっと計らせてね?」
宙に浮く巻尺。
アゥストリの身体にグルグル巻き付き、身体のサイズを計り始める。
「....うん。ありがとう、アゥストリ。それじゃ....いくね」
目を見開き、出来上がった青いベルベットを見詰める。
やがて、パターンも何も使わずに、おもむろに裁断し始めた。
(ん~...時期的にマントかな?これから暑くなるし、室内で寒かったら着れる様にしよっと♪)
室内に、スッと鋏が入る音が響く。
カオルの頭の中では、切り分けられたパーツの完成図が、既にできあがっているのだろう。
縫製が始まり、縫い合わされるパーツ達。
裾は丁寧なまつり縫いが施され、カオルの丁寧さがとてもよくわかる。
やがて、カオルの想像通りの作品が、その姿を現した。
「うん....完成したよ♪アゥストリ。これ、魔法を教えてくれたお礼に受け取ってくれる?」
カオルは、完成したばかりの濃藍色のマントを大事そうに抱え、アゥストリに差し出した。
厚ぼったい生地のベルベットのはずなのに、とても軽いマント。
裾には白糸で刺繍を施され、ワンポイントの雪の花がとても可愛らしい。
「...こ、これを...私に?」
「うん。いつもお世話になってるお礼も兼ねてね♪羽織ってみて?」
カオルにマントを渡され、アゥストリは羽織ってみた。
軽いベルベットのマント。
肌触りがとても良く、高価な物と一目でわかる。
なにより、しっかりとした縫製から、カオルの気遣いが伝わってくる。
「...ありがとうございます。カオル殿....私は....私は、これほど嬉しい贈り物をいただいた事がありません」
感涙の涙が零れ落ちる。
妙齢のハゲメンが流す涙は、何故かとても美しいものだった。
「喜んでくれて嬉しいよ。実はね。ボクはこの街で、衣料品を主要産業にしようと思ってるんだ。花嫁修業に、縫製は必要でしょ?」
カオルが新しい街で主産業に選んだのは、まさにこれであった。
衣食住は、生きる上で必要な3大要素。
その中でも、女性らしさを強調するなら服飾だろう。
もちろん、料理についても必要なのはわかっているが。
「....なるほど。カオル様は、私にこれを着て広告塔に成ってほしいという事ですか」
アゥストリは、すぐにわかった。
カオルが、なぜ自分にコレほど高価な物を贈ったのか。
この、明らかに可愛らしいワンポイントがなんなのか。
「さすがアゥストリだね。うん。その雪の花は、ボクの家の紋章なんだ。だから、そのマントはボクの家が作ったって証だよ♪いっぱい宣伝してくれたら、また何か贈らせてもらうね?」
カオルには、商人の才能があるのかもしれない。
オナイユの街では屋台を成功させ、ヤマヌイ国では潰れかけた食事処を立て直した。
カオルは何でもできる。
なぜなら、万能の黒巫女なのだから。
「わかりました。ありがたく使わせていただきます。カオル殿。素敵なマントを、ありがとうございます」
アゥストリは感謝した。
とても素敵な物に。
広告塔とは言っていたが、ワンポイントの刺繍はとても目立たない場所に付けてある。
そのまま渡したら、アゥストリが遠慮するとカオルは思ったのだろう。
カオルは、気遣いのできる優しい子だ。
そんなカオルに、アゥストリはこれからも力を貸すのは間違いない。
「エヘヘ♪師匠達の分も、あとで作るからね?」
家族サービスも忘れないカオル。
さすがは伯爵家の当主だ。
だが、忘れてはいけない。
そこに、ヴァルカンに次ぐ『残念美人』が居る事を。
「カオル!!あたいにもくれよ!!」
図々しいグローリエル。
エドアルドもこっそり「欲しい」と口にしていた。
「いいよ♪そろそろ、その毛皮のコートじゃ暑いもんね?」
5月だというのに温暖な気候のエルヴィント帝国で、未だにオルトロスのコートを羽織るグローリエル。
実は、かなりお気に入りだ。
「...あたいは平気だけど」
「見た目が暑苦しくなるから、薄手のコートがあった方がいいよね?」
「まぁ....そうだね」
「じゃぁ、今度作るから、あとでサイズ計らせてね?」
「その役目は、私がやろう!!」
カオルが服を作ってくれると浮かれていたヴァルカンが、聞き捨てならんと即座に名乗り出た。
どうやら、サイズを計る時にカオルがグローリエルに密着するのが許せなかったようだ。
「じゃぁ、その時はお願いしますね?師匠」
「ああ、任せておけ」
「あたいはカオルに....」
「いいや。私がやろう。私はカオルの婚約者だからな!!カオルには触れさせん!!」
「....なんだい?せっかく祝辞の1つでも言おうと思ってたのに、ヴァルカンがそういう態度なら私にも考えがあるよ...」
忌々しげにヴァルカンを見やる。
グローリエルには1つの考えがある。
それは....
「な、なんだっていうんだ...」
「カオル。あたいと婚約をしな!選帝侯、フェルト家当主グローリエル・ラ・フェルト公爵とね!!」
こともあろうに、グローリエルは貴族の権力を振りかざした。
そんな事に使っていいのかよくわからないが。
だが、伯爵のカオルには断れない。
なぜなら、グローリエルは公爵なのだから。
「えっと、よくわからないんだけど、そもそも当主同士の婚姻なんてできないよね?それに、ボクには婚約者が居るんだけど....」
「フンッ!!そんなもの、カオルの子供が生まれたら家督を譲ればいいんだよ!!隠居したカオルを私が娶れば問題ないね!!」
「問題だらけだろうが!!なんだそのこじ付けは!!そもそも、グローリエルにはエドアルドの方がお似合いだろう!!」
「あたいは、こんなキザったらしいヤツは嫌だね!!」
「キザったらしいって.....」
昔のパートナーにそう言われ、エドアルドは肩を落とした。
ご愁傷様としか言い様がない。
「あのね、グローリエル。気持ちは凄く嬉しいけど、ボクにはもう6人も婚約者がいるんだ。これ以上はちょっと...」
本当はディアーヌやフロリアの事も気に入っているカオル。
この場をなんとかしようと、敢て言わなかった。
「6人?フンッ!!全然問題ないじゃないか!!カオルは貴族だからね!!何人妻がいようが問題ないね!!」
けして譲らないグローリエル。
カルア達は戦々恐々とし、ヴァルカンは口惜しそうに歯噛みしていた。
もうどうしようもない状況で、カオルは知恵者のアゥストリに相談する。
「ねぇ、アゥストリ。なんとかならないかな?」
「カオル殿。助けたいのは山々ですが、相手が公爵家では私はなんとも....陛下にお聞きになるのがよろしいかと....」
「やっぱりそうなるよね.....ちょっと相談してくるから、なんとか場を繋いでてくれる?」
「.....自信は無いですが、わかりました。なんとかしてみましょう」
「ありがとう、アゥストリ」
「いえいえ。ささ、お早く」
「うん」
コソコソと食堂から逃げ出すカオル。
一瞬ヴァルカン達に目配せし、アゥストリに協力してくれるよう頼んだ。
「あ、アーシェラ様?実は相談したい事があるんですけど....」
「なんじゃ?カオル。改まって」
「実は....」
カオルは話した。
突然グローリエルが無理難題を吹っかけてきたことを。
このままではよくわからないうちにグローリエルと婚約し、行く行くは結婚させられてしまう可能性がある事を。
「....なるほどのぅ。それはまた....難儀しておるの」
「はい。なんとかできませんか?」
「うぅむ....わらわも皇帝じゃが、グローリエルと同じ公爵じゃからの。皇帝の強権を使うと、後がやっかいじゃしのぉ....のぅ?カオル。グローリエルを娶るのは嫌なのかの?」
まさかの質問だった。
確かにカオルはグローリエルを気に入っている。
強いし、魔力量は多いし、たまにカッコイイ。
グローリエルの中に、敬愛するヴァルカンの姿を見た事もある。
だが、娶るとなると話しは別だ。
カオルには既に6人もの婚約者がいる。
行く行くは増える可能性もある。
さすがにこれ以上増えると、カオルには手に余る。
と、本人は思っている。
妻が何人増えようが、間違い無く平気だろうが。
「う~ん....グローリエルが魅力的な女性なのはわかります。でも、ボクには師匠達家族がいます。それに....アーシェラ様。リアがなんと言うと思いますか?」
「それは.....困ったわね.....」
思わず母親口調に戻ったアーシェラ。
娘であるフロリアの話題を振られ、焦っているのだろう。
「....とりあえず、午後にでもお伺いするので、そこでまた相談に乗って下さい。師匠達は、もうすぐそちらへ向かいますので....」
「う、うむ。わかったのじゃ。カオルが来るまでに、こちらも何か良い案を考えておくのじゃ」
「お願いします。ボクじゃどうしようもないので....」
通信を終えたカオル。
溜息を1つ吐いて食堂へと戻った。
食堂の中では、尚も言い合うグローリエルとヴァルカン達の姿が。
エドアルドは暴言を吐かれてうな垂れ、アゥストリは必死に説得を試みている。
実に良いハゲメンだ。
「....グローリエル。とりあえず、婚約の話しはまた今度にしよう?突然言われても、ボクの心の準備ができないよ」
カオルは、譲歩してくれるようグローリエルに頼んだ。
「時間はあるのだから、急いで決めないで欲しい」と言いながら。
「いいわ!!カオルの気持ちも大事だしね!!でも、私は本気だから!!おやじの了解も得てるしね!!」
「なっ!?」
ヴァルカンは目を剥いた。
グローエリルの父親とは、先日カオルの屋敷を訪ねたエルノールの事だ。
そのエルノールが認めているという事は、あの時突然やってきたのは、カオルの人となりを見極めるためだろう。
おそらく、人攫いの件はついでで、本命はこちらだった可能性が高い。
なぜなら、エルノールは長年公爵としてエルヴィント帝国を支えてきたのだ。
知恵者ではないはずがない。
策士の多いこの国なのだから。
「グローリエルのお父様って.....エルノール様?」
カオルは、この時気が付いた。
いや、もっと前に薄々気が付いていた。
ただ、驚いていたのだ。
グローリエルが突然公爵だなどと聞かされれば当然だろう。
あの『残念美人』が公爵だとは、普通思わない。
「そうだ!!おやじが言ってた。『カオルさんは素晴らしい人だ。グローリエルも夫にするなら、あれくらい器の大きな人を選べ』ってね!!」
「あのエルノール様がグローリエルのお父様なんだ.....」
カオルはエルノールの姿を思い浮かべた。
エルフ特有の若々しい姿。
キリッとした顔立ちに、嫌味の無い豪華な服を着飾るエルノール。
そして、忘れていた。
エルノールの髪は、グローリエルと同じ金色の髪だった事を。
「言われてみれば良く似てるね....スッとした鼻立ちもそうだし、綺麗な髪も同じだ....」
「そ、そんな褒めるなよ....照れるじゃないか....」
カオルに見詰められて、恥ずかしがるグローリエル。
やはり、心は乙女のままか。
「か、カオル!!私だって綺麗な髪だろう!?」
「おねぇちゃんだって負けてないんだから!!」
金髪自慢を始めるヴァルカンとカルア。
エルミアは、自分の銀色の髪を手で掬いながら、何故か勝ち誇った顔をしていた。
「みんなの髪はとっても素敵だよ♪ボクは、みんなの髪が好きなんだ♪綺麗だよね♪艶があって張りがあって....エルミアじゃないけど、舐めたいくらいだよ♪」
家族達に抱き付いて、愛おしそうに髪を撫でるカオル。
こっそりエルミアがカオルの髪を舐めていたのは、見なかった事にしよう。
「あ、あの...カオル殿?それで、陛下との話しはどうなりましたか?」
こそこそ小声でアゥストリが聞いてくる。
カオルは「午後に話し合いする事になったよ。アゥストリもよかったら、午後にアーシェラ様の部屋に集まってくれる?」と答えた。
「...わかりました。では午後に」
「お願いね」
「さて、それじゃカオル。私とエリーはそろそろ出発するからな」
親善大使の仕事があるヴァルカンとエリー。
これから向かえば10時には到着するだろう。
なにせ、香月伯爵領は帝都に近いのだから。
「あ、はい。フランとアイナも一緒に連れてってください。屋敷の引越しをしますので」
「は、はい!わかりました、ご主人様」
「ん!」
カオルは引越しをする事を決めていた。
もちろんそれだけではないのだが.....
「それなら、おねぇちゃんもフランチェスカちゃんとアイナちゃんのお手伝いをするわ♪エルミア、お願いね?」
「...はい。カルア姉様」
何故か着いて行くというカルア。
なにやらエルミアに目配せし、意味深な態度をとっていた。
「なんだ?何かあるのか?」
「いえ、なんでもありません」
ヴァルカンは訝しげにエルミアを見やる。
もしかしたら抜け駆けをして、カオルとイチャイチャするのではないかと思っているのだろう。
「師匠。エルミアには、ボクが頼んだんです。あとで報告しますから」
「ん....そうか。わかった。それでは行くか」
「ええ。カオル!!先に行ってるからね!!」
「うん♪いってらっしゃい♪」
ヴァルカン達を見送るカオル。
いつものように頬に口付け、笑顔で軽く抱き締めた。
「....それでは、私達も行くとしますか」
「そ、そうですね....」
アゥストリとエドアルドもヴァルカン達の馬車に続いて馬に跨る。
すると、カオルがエドアルドに声をかけた。
「エドアルドさん」
「なんでしょうか?」
「ここに、冒険者ギルドの支部を造りたいので、今度相談させてください」
「なんだ。そんなことでしたら、いつでもお伺いします。場所が帝都から近いので、あまり大きな物は造れないと思いますが、それでもよいですか?」
「はい。魔物の買取所があれば十分なので」
「わかりました。では、買い取った魔物の流通など考えておきます」
「ありがとうございます」
「いえいえ。カオルさんのお願いでしたら、いつでもどうぞ」
「本当ですか!?じゃぁ、買取官はオナイユの街のイライザとレーダという人を確保してあるので、その2人にお願いします」
「え!?確保!?いや、ギルド職員は物じゃ....」
「お願いしますね?冒険者ギルド長のエドアルドさん?」
「は、はい.....」
この時、エドアルドはカオルに貴族の姿を見た。
傲慢で、押しの強い貴族。
だが、ダメな貴族ではない。
保身や、沽券や、面子などを気にするのではなく、この街を良くしたいから。
ひいては、将来この街に住む領民の為。
カオルは良い貴族だと、エルドアルは思った。
「では、また今度に♪」
嬉しそうなカオルに見送られ、アゥストリとエドアルドは笑い合った。
なんて可愛らしい人だろう。
なんて聡明な人だろう。
なんて器の大きな人だろう。
おじさん2人の話題は尽きない。
先行く馬車の中で、ヴァルカン達は(うるさいなこのおじさん)と思っていた。
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