第百七十八話 バーベキュー
エルヴィント帝国。
帝都南の商業区の一角に、通好みの酒場がある。
豊富な種類のお酒に、24時間営業という変わったお店。
日も昇ったばかりという時間に、その酒場で、真っ青な近衛騎士の制服を着た2人の男性がグラスを傾けていた。
「おでざまは....おでさまば....う、うぅ....」
男性は泣いていた。
別に、泣き上戸な訳ではない。
あまりにもショックな出来事があったから、泣いているのだ。
「おい、レオン。そんなに落ち込むなって....まだ決まったわけじゃねぇだろ?」
レオンと呼んだ男性の名は、近衛騎士団副長アルバート。
彼が慰めているのは上官の近衛騎士団長レオンハルトだ。
「だっでよ゛....あんなどころ見られぢまっだんだぜ?もう、おじまいだ....」
「ほ、ほら、鼻をかめよ....」
大号泣するレオンハルト。
それもそのはず、愛しのカオルに、まずいところを見られてしまった。
それは、アルバートが囁いた悪魔の言葉。
こともあろうに、警邏中だったアルバートは、「ちょっと寄って行かねぇか?」と言い、レオンハルトを娼館へ誘ったのだ。
それに乗ってしまったレオンハルトが悪いのだが、まずい事に娼館へ入る姿をカオルに見られてしまった。
慌てて後を追ったが見失い、少ない休憩時間にカオルの屋敷を訪ねたが留守であった。
夜遅くにこっそり窺ったところ、ヴァルカンから「帰れ!!」と一蹴された。
「ぐじゅぐじゅチーン!!....うぅ.....俺様は、もうダメだ....」
「(俺のハンカチが....捨てよう....)ま、まぁ元気だせよ!!きっと良い人が見付かるさ!!」
「うぅ...俺様は初恋だったんだよ....親父もお袋もお互い初恋でよ...大恋愛して俺様を産んでくれたんだ...今だってすげぇ仲良いんだ.....俺様が見ててもおかまいなしでよ....それが....羨ましくてよ.....う、うぅ....」
レオンハルトの両親はとても仲が良い。
カオルの両親の様に、終始ベタベタしている。
そんな両親を見て育ったレオンハルトは、恋に憧れていた。
自分もいつか、素敵な恋をしようと思っていた。
はっきり言って、レオンハルトはもてる。
騎士爵を持ち、今では近衛騎士団長というエリート中のエリートだ。
そんなレオンハルトが、人生で初めて恋をした。
それは、オナイユの街での出来事。
聖騎士教会からの要請で、エルヴィント帝国は近衛騎士団を派遣した。
そこで、当時近衛騎士団副長だったレオンハルトは、部下を連れてオナイユの街へと赴いた。
初めは気乗りしていなかった。
帝都民にとって、オナイユの街は地方都市と蔑んでいるからだ。
レオンハルトもそう思っていた。
『エリートの俺様が、なんでこんなくだらない任務に』と。
だが、そこで出会ってしまった。
カムーン王国元剣聖ヴァルカンの後ろから、目深に被ったフードを脱ぎ捨て、長い黒髪の美少女に。
レオンハルトは、ひとめぼれをした。
人生で始めての恋は、ひとめぼれだった。
それからずっとレオンハルトは恋をしている。
たとえ、カオルが男性とわかっても、変わらずに恋をし続けている。
「まぁその....なんだ....誘っちまった俺が悪いんだ。すまねぇレオン」
「...別にアルのせいじゃねぇよ。俺様が悪いんだ.....あの時、俺様が断ってさえいれば、こんなことには...う、うぅ....」
女々しいレオンハルト。
アルバートは頭を掻き毟り、天井を見上げた。
そこへ....
「おい、ロベール。飲みすぎだぞ....もうそれくらいにしたらどうだ?」
冒険者の2人組みの声が聞こえた。
「いいんだよ....俺なんて....俺なんて...グスッ...」
レオンハルトとアルバートとまったく同じ状況の2人。
ロベールと呼ばれた冒険者は、泣きながら酒を呷っていた。
(なんだ?あいつも泣いてんのか?まったく...男が泣いてんじゃねぇよ....みっともねぇ...)
アルバートはうな垂れた。
本音を言えば、一刻も早くこの場所から逃げ出したい。
だが、レオンハルトは親友だ。
1人で置いて行く事はできない。
そもそも責任の一端は、アルバートにもあるのだから。
「ウド...俺、黒巫女様が男でもいいって思ってるんだよ...それで、強くなったらお礼を言いに行って、告白しようと思って....」
「おいおい、酔い過ぎだぞ。お礼を言いたいってのはいいけど、男でもいいなんて言うなよ」
2人の会話。
それは、今まさにアルバートとレオンハルトがしていた内容に関係していた。
掻いていた手を止めて、ゆっくりとレオンハルトへ顔を向ける。
すると、案の定レオンハルトが目を剥いていた。
「そこのおまえ!!よく言った!!そうだ!!黒巫女様は最高なんだ!!わかってるじゃねぇか!!!」
大声を上げて突然椅子から立ち上がり、グラス片手に冒険者へ詰め寄るレオンハルト。
ロベールは驚いて後ずさったが、レオンハルトの言葉に同調したのか、同じく立ち上がり差し出された右手と固く握手を交わした。
「俺様の名前はレオンハルトだ!!」
「俺はロベールだ!!」
「よしロベール!!今夜は男同士、熱く語ろうぜ!!」
「ああ!!!黒巫女様は最高だ!!!」
「そうだ!!!黒巫女様は最高だ!!!」
意気投合したレオンハルトとロベールの2人。
レオンハルトとウドは、お互いを見やり苦笑いを浮かべていた。
自治領内で、蒼犬のルチアとルーチェと出会ったカオル達。
カオルが先日造った宮殿前へと歩みを進めていた。
「「......」」
宮殿を見上げるルチアとルーチェ。
2人は絶句していた。
「とりあえず入ろうか。2人は疲れてそうだし、少し休みなよ」
無言の2人は、カオルに促されるまま宮殿内へと入る。
すると、中に入ってさらに驚いた。
そこには、可愛らしいメイド服を着た小さな子供が忙しなく家事をしていたのだ。
「とりあえず、2階の客間で寝るといいよ。昼食が出来たら呼ぶから。人形君、2人を案内してあげて」
「イエス、マイロード」
人形の1体を止めて、カオルはルチアとルーチェの案内をさせた。
茫然自失状態の2人は、ただ黙ってついて行った。
「それじゃ、バーベキューの準備しようか?」
「そうね♪」
カオルがカルアとアイナに振り返ると、アイナは人形の1体に抱き付いていた。
同じくらいの身長の人形に。
「ん?アイナ、どうしたの?」
「ご主人。匂い」
アイナはスンスンと鼻を鳴らし、人形の匂いを嗅いでいる。
どうやら、人形からカオルの匂いがするようだ。
「ああ。格の魔宝石に、ボクの血が着いてるからだと思うよ?でも、よくわかったね?」
カオルがこの人形を作る為に、必要だったのは血である。
カオルの擬似人格を魔宝石に定着させる為に、血を使ったのだ。
「ご主人。良い匂い」
尚もスンスン匂いを嗅ぐアイナ。
カオルはアイナの頭を撫でて、「ありがとう」と答えた。
1階のキッチンへとカルアとアイナを案内し、アイテム箱から貯蔵の魔獣肉を取り出す。
それを2人に下処理を任せて、カオルは魚を獲りに海へと向かった。
「幾千幾万の雷よ!天よりの裁きを雷轟となりて、その力を我が前に示せ『テスラ!!!』」
カオルは早口で長文呪文を唱え、海に向かって魔法を放つ。
轟く雷撃音の後には、海面にプカプカと浮かぶ魚や魔物が大量にあった。
「よっと....」
『飛翔術』で飛びながら、アイテム箱に次々と仕舞う。
さすがにコレを漁と言っていいのかわからない。
そこへ...
「な、なんだこれはぁああああああああああああああああああ!!!!」
大絶叫が聞こえてきた。
声の主はカオルの聞き慣れた声。
ヴァルカンである。
(あ、もう来たのかな?)
カオルはそそくさとアイテム箱に仕舞い終えると、宮殿へ向けて飛んで行った。
そこには、案の定驚愕の表情を浮かべるヴァルカン達がいた。
ヴァルカンは瞳孔を開き、エリーは口をパクパクとさせ、フランチェスカは立ったまま気絶している。
その隣で、エルミアは当然の様に乗ってきた馬車を宮殿の脇に停めていた。
「師匠、早かったですね?おおー。エルミア、良い馬車だね♪」
「はい。御用商人のジャンニが、上手く交渉してくださいました」
「そっか。よかったよかった♪あとで、馬小屋も造らなきゃだね?」
「ええ。それより、カオル様。もしかして魔法を使いましたか?凄い音が聞こえてきました」
「うん。魚獲ってたんだ」
「そうですか。それは楽しみです」
「エルミアも魚が好きなの?」
「はい。海水魚は貴重ですから」
「ああ。そうだね。エルフの里に海は無いもんね」
「ええ。先日は、お父様もお母様も大変喜んでいました」
「そっか。それじゃ、また持って行かなきゃだね♪」
「ありがとうございます♪」
平常運行のカオルとエルミア。
そこへ、ようやく復活したヴァルカンが声を出した。
「か、かかか、カオル!!なんだこれは!!!!」
ヴァルカンが驚くのは当然だろう。
見た事もない白亜の城が、そこにあるのだから。
「これは、ボク達の愛の巣ですよ?ね、エルミア?」
「はい♪」
カオルはわざと『愛の巣』と説明した。
先日と同じ様に。
「あ、愛の巣.....カオルきゅんと私の....デュフ....デュフフ....」
カオルの良い様にされるヴァルカン。
相変わらずチョロイ。
そして、隣で聞いていたエリーも、顔をニヤケさせて蕩けた顔をしていた。
「それじゃ、中へ入りましょうか?バーベキューの準備を、カルアとアイナがしているので」
「はい♪」
恋する乙女の2人。
フランチェスカは今尚気絶しているが、カオルは手を繋いで引いて導いた。
宮殿内に入ったカオル達。
あまりの豪華ぶりに、ヴァルカンとエリーはまたも驚いた。
煌びやかな装飾品。
天井から吊り下げられた室内灯。
窓や扉は可愛らしい花の模様が彫り込まれ、宮殿全体を格調高い物へと昇華している。
そして、その宮殿内を忙しなく働く小さな子供。
白銀色の身体に、白いフリルの付いた黒いメイド服を纏っている。
ひと目見てわかる。
人間では無い事など。
「か、カオル!?なんだアレは....」
「...アレって、カオル?」
人形の顔を見て、エリーがわかった。
顔がカオルと酷似しているのだから。
「あれは、この宮殿の守護者ですよ。掃除洗濯炊事、なんでもできるんです。便利でしょ?」
カオルは自慢気に答えた。
自分よりも小さな人形達に自信を持って。
「べ、便利というか....アレはカオルなのか?」
「ん~....ボクの擬似人格なので、ボクなのかな?でも、ほとんど話せないし、ボクじゃないかな?」
ヴァルカンは驚嘆とした。
カオルきゅんの擬似人格という事は、私の嫁という事だ。
見た目は全然違うが、ああして掃除をしている様子を見ると、カオルきゅんそのもの....
高いところを掃除しようとして、一生懸命背を伸ばしているところなんて、カオルきゅんそのまま。
と、いうことは....
ちょっとくらい触ったっていいだろう?
だってカオルきゅんなんだから....ジュルリ
デュフ.....デュフフ.....
「か、カオルきゅ~ん!!」
思考回路がショートしたヴァルカン。
こともあろうに、本物のカオルの前で人形に抱き付いた。
ガバっと抱き付かれた人形。
しばらく照れている様に俯いてモジモジしていたが、突然激しく動き出し、ヴァルカンの頭にチョップを炸裂させた。
「ぷげっ!?」
哀れヴァルカン。
夢半ばに散る。
「.....師匠は、ボクより人形の方がいいんですね?わかりました。もう師匠なんかしりません。行こう?エリー、フラン」
「そうね。ヴァルカンは最低ね」
「は、はい.....(私の仕事を人形が....私、もしかしていらない子?)」
ヴァルカンの行為に怒ったカオル。
床に転がるヴァルカンを無視して、エリーとフランチェスカを連れてカルア達の下へと向かって行った。
(か、かおるきゅん.....ガクッ)
カムーン王国、元剣聖ヴァルカン。
自業自得だ。
時刻は昼の12時過ぎ。
天気は快晴。
絶好のバーベキュー日和だろう。
「それじゃ、焼き始めるから、人形君はルチアとルーチェを呼んで来てくれる?」
カオル達は今、宮殿の庭にいる。
ちょっと遠いが、眼下には真っ青な海に白い砂浜。
やはり、宮殿を建てた場所は最高の立地だろう。
「イエス、マイロード」
カオルに命令され、宮殿内へと向かう人形。
その様子をエリーが不思議そうに見ていた。
「ルチアとルーチェって、あの2人来てるの?」
「うん。途中で拾ったんだ」
「拾ったって....落ちてたみたいじゃない...」
「そうだよ?道に落ちてたんだよ?」
「あ、そう...」
よくわからなかったエリー。
カオルの言う通り、ルチアとルーチェは道に落ちていたのだ。
地面に腹這いの状態でゴーレムに潰されて。
「カオルちゃん。ヴァルカンは、どこにいるのかしら?」
「師匠なら、廊下で寝てましたよ?」
「え!?寝てるの?」
「うん。でも、大丈夫だよ。きっと匂いで飛んで来るから。師匠は、魚が大好きだからね♪」
人形に抱き付いたヴァルカンは、人形に撃退された。
誉れ高き元剣聖のはずなのに。
我欲に溺れた者の末路は、得てしてそんなものだ。
「あの、ご主人様。私達は何を...」
メイドのフランチェスカとアイナは、居場所なさげにオロオロとしていた。
それもそのはず、携帯用魔導コンロ計10台の前には、人形達が陣取り調理を始めていた。
要するに、メイドの仕事を奪われたのだ。
「今日は、フランとアイナはメイドの仕事お休みね?」
「で、ですが....」
「いいから♪たまには休もう?ボクの大切な婚約者さん?」
カオルはフランチェスカの頬に手を当て、イタズラっぽく微笑む。
フランチェスカは赤面し、「ひゃい!!」と元気に答えた。
「アイナも、いいね?」
「ん!」
ちゃっかりカオルに抱き付いていたアイナ。
カオルはアイナの頭を撫でた。
「カオルちゃん!!おねぇちゃんも、婚約者さんって呼んでくれなきゃやだ!!」
「か、カオル!!わ、私も....よ、呼んでも.....いいわよ?」
恥ずかしそうなエリーに、プンスカと表現するほど怒るカルア。
カオルは(2人共可愛いなぁ)と思いながら、「大切な婚約者さん。今日はいっぱい楽しもうね♪」と朗らかに告げた。
「ふ、フン!か、カオルも、私の婚約者さん....なんだからね?」
「そうよ~♪カオルちゃんは、おねぇちゃんの大事な大事な婚約者さんなのよぉ~♪」
「は、はい!ご主人様は、大切なこ、こんにゃくしゅでしゅ....」
「ご主人。たいせつ」
「ありがとう。みんな大好きだよ♪」
楽しそうなカオル達。
人形の従者達が捌いた魚を焼き始めると、丁度エルミアがヴァルカンを連れてきたところだった。
「...ヴァルカン。ちゃんとカオル様に謝るのです」
どうやら、姿の見えないヴァルカンを心配して、エルミアが探して来たようだ。
「わ、わかっている。あ、あのな、カオル」
「ツーン!!」
「か、カオル。その...すまなかった」
謝罪するヴァルカン。
カオルの前で不貞を働くからそうなるのだ。
「....ボクより、人形の方が好きなんじゃないんですか?」
「ち、違うんだ!!アレは、つい人形がカオルきゅんに見えてだな....ほ、本当にすまなかった!!許してくれ!!」
ヴァルカンは、見事な土下座を披露した。
師匠の威厳なんて、これっぽっちもない。
「....人形より、ボクの方が好きですか?」
「あ、あたりまえだ!私はカオルが好きだぞ!!いや、愛している!!」
「し、師匠....」
「カオルきゅん...」
抱き合う2人。
簡単に許すカオルは、そろそろ誰かが教育した方がいいかもしれない。
「はいはいそこまで。ほら、カオル。お肉焼けたみたいよ?」
「あ、ホント?じゃぁ、みんなで食べよう♪師匠。特別に、ちょっとだけならお酒も飲んでいいですよ?」
「い、いいのか!?」
「はい。でも、飲み過ぎはダメです。大事な身体なんですからね?」
「カオルきゅん....」
「師匠....」
「もう、いいから!!先食べるわよ!!」
いつもの家族のやり取りが、そこにはあった。
楽しそうに笑い、言いたい事を言い合う。
カオルは、(みんなで来れてよかった)と、そう感じていた。
「あ、ルチア!ルーチェ!こっちだよー」
人形に連れてこられたのは、ルチアとルーチェ。
多少眠れたのか、朝よりは元気そうだ。
「あ、あの....えっと....ここはいったい....」
「に、兄様。カオル様の前なんですから、しっかりしてください」
「わかってるけど....頭の中がグチャグチャで、何も考えられないんだよ...」
「もういいです!兄様は黙っていてください!」
「お、おいルーチェ...」
ゴニョゴニョと内緒話しをしていた2人。
カオルの前に跪き、妹のルーチェが話し始めた。
「カオル様。この度は、危ないところを助けていただいて、ありがとうございます。カオル様には、本当にお世話になってしまって....ご、ご恩返しをさせてください.....」
涙ぐむルーチェ。
だが、カオルを除くヴァルカン達の目は冷ややかだ。
「おい、ルーチェ...」
「兄様は黙っていてください......そ、それでですね、カオル様....ご、ご所望でしたら、わ、私を....」
恥ずかしそうにモジモジするルーチェ。
間違い無く自分を差し出すとか言いそうだ。
しかし、そう上手く行くわけが無い。
この場には、ヴァルカン達婚約者がいるのだから。
「ルチア、ルーチェ。カオルは貴族だ。お前達に礼を言われる必要はない。それに、今日は私達の婚約記念なのだ。さぁ!!美味しい料理を食べようじゃないか!!」
大げさなヴァルカンの物言い。
何故かカルア達は満足そうだ。
「「こ、婚約されたのですか!?」」
ルチアとルーチェは驚いた。
カオルが婚約した事などまったく知らない。
つい最近まで、任務で他国にいたのだ。
そもそも、カオルが婚約した事はごく一部にしか知られていない。
ごく一部が、皇帝アーシェラに近しい者だけなのだが。
「ああ、そうだ。これがその証だ!!」
カオルの左手を掴み、ルチアとルーチェの前で自慢気に見せるヴァルカン。
婚約者達一同も、同じ様に2人に見せた。
そこには、カオルが作り贈った指輪が填められている。
「と、とても高そうです....」
そんな感想しか思い付かないルチア。
ルーチェは呆然としていた。
「そうだろう!!あの陛下が、『値段が付けられん!!』と喚いたくらいだからな!!」
アーシェラが、どれほどの目利きなのかわからないが、一国の皇帝がそう評価したのだから、それだけの価値があるのだろう。
つまり、カオルはそれだけ価値のある物を作り出せるという事だ。
こんな宮殿や人形を造れるので、今更だが。
「そう....ですか....」
もうなんだかよくわからない状態のルチアとルーチェ。
カオルはそっと近づき、跪く2人の頭を優しく撫でた。
「とりあえず、食事にしよう。お腹減ったでしょ?」
優しきカオル神にそう促され、ルチアとルーチェは隅っこで、料理をいただいた。
ものすごい勢いで肉や魚に喰らい付く犬耳族の2人。
人形達が、次から次に料理を差し出すと、肉食獣の様に噛み付いて食べていた。
そして、それに対抗心を燃やした猫とエルフの2人。
魚をメインにムシャムシャと噛み付き、膨大な量を消化していく。
その様子を、上品に、優雅に、普通に食べるカオル・カルア・エルミア・フランチェスカ・アイナの5人。
談話をしながら食べるバーベキューは、格別の味がした。
そこへ...
(あれ?誰だろう?)
カオルの通信用魔導具が着信を告げた。
「....アーシェラ様?どうしたんですか?やっぱり、ルチアとルーチェを帰せとか言わないですよね?」
「いや、違うのじゃ。実はの....」
「カオル様!!!」
アーシェラからの通信に出たカオル。
不思議に思いながらも対応すると、アーシェラの言葉を遮りフロリアが話し出した。
「こんな便利な物を、なんで私に教えてくださらなかったんですか!?いえ、そんな事、今はどうでもいいのです!!今、そこに蒼犬の2人がいるのですか!?」
「...えっと、リア落ち着いて」
「私は落ち着いています!!いるんですね!?ルチア!!ルーチェ!!居るなら返事をしなさい!!」
肉の塊に齧り付いていたルチアとルーチェ。
フロリアの声に、ビクッと全身を震わせた。
「こ、皇女様。ルチアはここに」
「ルーチェも傍におります」
素早く地面に膝を突く2人。
さすがは蒼犬という二つ名持ちだろう。
「....今、何をしているのか説明しなさい」
フロリアの声は低かった。
いつもカオルの前ではテンションが高く、弾んだ声をしているはずが、今の声は冷え冷えとした声だった。
「い、今は、香月伯爵様の領地で、食事をいただいております....」
「は、はい。バーベキューを....」
「ッ!?」
魔導具の向こう側で、フロリアが息を飲んだ。
そして次の瞬間。
ガシャン!と、何かが割れた音が聞こえた。
「キャー!!私のカップがーーー!!」
叫ぶアーシェラ。
どうやら、あの割れた音の正体は、アーシェラがいつも使っている高価な紅茶のカップのようだ。
「.....ばー....べ....きゅー.....ですって?」
ルチアとルーチェは、ガタガタと震え出した。
まるで、フロリアに怯えるように。
全身を小刻みに震わせ、汗を掻いている。
「は、はい....」
「お、美味しいです.....」
魔導具の向こう側で、ビキリと空間に皹が入った音がした。
同時にアーシェラのすすり泣く声も聞こえたが。
「ムッキィーーー!!!!ずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるい!!!!!!!私もカオル様とバーベキューしたいです!!!!」
大絶叫が轟いた。
普段のフロリアならば、けして見せない姿。
たがが外れ、カオルが聞いているというのに暴れている様子が、手に取るようにわかる。
「「ひ、ひぃいいいいいいい!!!!!!」」
うろたえる蒼犬の2人。
今まで行ってきたどんな任務よりも困難な状況が、今起きている。
この2人に、この窮地を脱する方法はあるのだろうか?
「ご主人。あーん」
「あーん」
そんな状況下で、カオルとアイナは仲睦まじくアーン合戦を繰り広げていた。
ほぐされた魚の身を、上手にお箸を使ってカオルの口元へ運ぶアイナ。
カオルはお返しとばかりに、アイナにアーンをする。
「ハミュハミュ....ご主人。おいしい?」
「うん♪とっても美味しいよ♪ありがとう、アイナ♪」
「ん!」
カオルとアイナ。
別に空気が読めない訳では無い。
カオルはマイペースで、時々...いや、かなり場を掻き乱す事があるが、今は違う。
普段見れないフロリアの態度が、とても嬉しいのだ。
意外な一面を見れて、カオルの中でフロリアに対する好感度が上がっている。
(親子揃って、可愛い人だな♪)と思う程度に。
「...あーん....カオル様に....あーん....」
ブツブツと独り言の様に繰り返すフロリア。
カオルは、もっとフロリアのそんな声が聞きたくなった。
なぜなら、ドSなのだから。
「....クスッ....ルチア、ルーチェ。あーん」
こともあろうに蒼犬の2人に、あーんを実行するカオル。
間違い無くフロリアは絶叫するだろう。
「か、カオル様!?」
「そ、そんな素敵なこと...ブッ」
驚愕とするルチアとルーチェ。
ルーチェは、あまりにも過激な行為に鼻血を吹き出した。
興奮し過ぎだろう。
「あーんできないの?ボクがしてるのに?」
カオルは意地悪ではない。
ただドSなのだ。
人が困る顔を見ると、性的興奮をする。
なぜこんな変態に育ってしまったのか....
エルヴィント帝国。
やはり悪鬼羅刹の住まう魔境か....
「あ、あーん.....」
「ハァハァハァ....あーーーん....」
「美味しい?」
「は、はい!!とても美味しいです。カオル様!!」
「も、もう....私死んでもいいです....」
大量の鼻血を流すルーチェ。
カオルは、ハンカチを取り出し優しく鼻に押し当てた。
「よかった♪今日はお休みなんだから、ゆっくり休んでリフレッシュしようね♪」
カオルは2人に微笑んだ。
慈愛の神の様に。
「か、カオル様から、あーんを....あーん.....私も.....私も....あーん.....」パタリ
「リア!?リアーー!?だ、だれか医者を!!リア、リアしっかりしてーーーー!!!」
どうやら、フロリアが倒れたらしい。
おそらく、カオルにあーんをしてもらう想像でもしたのだろう。
カオルのあーんには、それだけの破壊力があるのかもしれない。
(あはは♪リアは可愛いなぁ....今度あーんをしてあげよっと♪)
カオルは慈愛の神であり悪魔であった。
ドSという悪魔。
どこかに、名医はいないものか....
願わくば、『残念美人』を治せる程の名医が...
「アーシェラ様。それでは、そろそろ切りますね?リアには、今度あーんをしてあげるって伝えておいてください」
「え、ええ....あのね?カオル。あまり、リアをいじめないでね?」
「はい♪とっても可愛いかったですよ♪アーシェラ様もリアも♪」
「ま、またそうやってバカみたいな事言って!!」
「あはは♪」
通信を終えたカオル。
その様子を忌々しげに見ているヴァルカン達。
後で絶対にカオルにオシオキするだろう。
女の嫉妬は怖い。
たとえ、婚約していようとも。
「あ、そうだ。ルチア、ルーチェ。これ、前にアルバシュタイン公国に行った時の分け前ね?」
カオルがアイテム箱から取り出したのは、袋に小分けにされた硬貨。
それは、前回カオルと共にルチアとルーチェが倒した魔物・魔獣の販売金額。
総額97000シルドを7等分したものだ。
「あの、これは...」
袋の中身を覗き込む2人。
そこには、14000シルドが入っていた。
ちょっと多いのは、カオルからのお小遣い。
ただ、小銭を入れるのが面倒だっただけだが。
「ん?だから、分け前だよ?一緒に魔物倒したでしょ?」
「い、いただけません!!あれは任務で行った事です!!それに、こんな大金....」
蒼犬の2人にとって、14000シルドは大金だ。
平民の年収が平均3~4万シルドのエルヴィント帝国。
ルチアとルーチェは、危険な任務を行っているため、年間で6万シルドほどアーシェラから貰っている。
孤児の2人にとっては、かなりの高待遇なのだ。
「えっと....師匠。これ大金なんですか?」
カオルは常識が無い。
正確には、こういった事の常識が。
オナイユの街で屋台を開く時も、宿屋の主人から3万シルドをポンと渡されている。
オークキングを倒して1万シルドも貰った。
さらに、今カオルのアイテム箱の中には、風竜から贈られた1千億シルドが入っている。
白銀貨を3枚ほど使ってしまっているが、まったくもって微々たる物だ。
そんな、貨幣価値を理解していないカオルに、ルチアとルーチェが大金と言っても理解できないだろう。
「あのな、カオル。カオルは、最近お金を沢山使っているからわからないだろうが、よく思い出せ。私と一緒に住んでいた1年半。カオルは、砂糖を買うのにも苦労していただろう?」
カオルは思い出した。
砂糖を買う為に、死に掛けた事を。
野菜を買う為に、家の庭を開拓した事を。
食材を買う為に、ヴァルカンのお酒を減らさせた事を。
調味料棚に置いておいた調理用のワインを、ヴァルカンが勝手に飲んだ事を。
「師匠!!やっぱりお酒はダメです!!思い出しました!!勝手に調理用のワイン飲んだでしょ!!」
「なっ!?あ、あれはちゃんと謝っただろう!?」
「それでもダメです!!」
「あの時は許してくれたではないか!?って、そんな話しはしていない!!私は、カオルにお金の大事さを言っているんだ!!」
言い合う2人。
そこへカルアが口を出した。
「あのね、ヴァルカン。砂糖を買うのに苦労したって....もしかして、カオルちゃんにひもじい思いをさせていたの?」
「わ、私はそんな事はしていないぞ!!ちゃんと農具を売ってだな....」
「ヴァルカン。最低ね」
「ヴァルカン様....ずぼらな方だと思っていましたが、カオル様にそんな思いをさせるなんて....」
「ヴァルカン。さいてい」
口々にヴァルカンを非難する家族達。
カオルにお金の大事さを説いていたはずなのに、いつの間にかヴァルカンは窮地に陥っていた。
「ち、違うぞ!?私だって一生懸命働いてだな....」
「でも、師匠はあの頃、毎日お酒飲んでソファで寝てました」
カオルの一言がトドメになった。
ヴァルカンにはもう弁解の余地は無い。
カルア達はヴァルカンを取り囲んで、口々に告げた。
「今後二度とカオルに苦労させるな」と。
「う...うぅ....私だってがんばったんだ....だが、武具はたまにしか売れないし....農具は安いし.....」
泣き始めたヴァルカンを、カオルは優しく抱き締めた。
「うそですよ。師匠はボクを拾ってくれました。とっても感謝しています。それと、お金の大事さを思い出しました。ありがとうございます。師匠と暮らせて、ボクは幸せですよ?」
カオルはずるい。
ヴァルカンを落として、一気に持ち上げる。
それは、『想い人を落とす10の方法』の1つである。
カオルは、狙った獲物を逃がさない。
恋の狩人なのだ。
「か、カオルきゅん....私は....私は間違っていないのだな?」
「はい。師匠と過ごしたあの時間は、ボクのかけがえの無い宝物です。これからも、いっぱい宝物をください。ずっと、傍にいてくださいね?師匠」
「か、カオルきゅ~ん!!!!」
強く抱き合う2人。
カルア達は、微笑ましそうにその三文芝居を眺め、エリーはカオルとヴァルカンにチョップを繰り出した。
「いい加減にしなさい!!まったく....途中ですぐにわかったけど、なんで付き合ったのかわかんないわ....」
家族達にはわかっていた。
これが全て演技である事など。
ただ、ひさびさに家族みんなで休暇に出掛けていて、テンションが上がっているのだ。
たまにはいいだろう。
そう思い、乗っかっていたのだ。
「あ、あの...それでこれは....」
取り残されていたルチアとルーチェ。
カオルから渡された袋を手に、オロオロとうろたえていた。
「それは2人の物です。もしボクに返そうなんてしたら....アーシェラ様を苛めてしまうかもしれませんよ?」
「「ひ、ひぃ!?」」
おどけてみせるカオル。
ルチアとルーチェは、慌てて袋を懐に仕舞った。
年収の四分の一にも該当する金額を。
「それじゃ、食事を続けようか♪師匠、もうちょっとだけならお酒飲んでもいいですよ?」
「カオルきゅ~ん!!」
「師匠!!」
「いい加減にしなさい!!」
再び抱き合ったカオルとヴァルカン。
いつもの様にエリーに突っ込まれ、楽しい昼食は続けられた。
カオルとヘルマンとの決闘まで、あと2週間。
カオルは、アーシェラから下賜された自治領を大満喫していた。
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