第百七十四話 街造りの為に その六
エルヴィント城。
お昼も過ぎた頃にその一室で、皇女フロリアと対面して正座する、2人の女性がいた。
「「ごめんなさいっ!!」」
深々と頭を下げたのは、買取官のイライザとレーダ。
ホビットのイライザは、豆粒かと思える程に身を縮込ませ、猫耳族のレーダは、三角耳と尻尾を悲しく垂れ下げて謝罪している。
その理由は、小説が書けなくなってしまったため。
先日、カオルに無断で書いて出版していた本が本人に見付かり、2人はカオルが新しく造る街の冒険者ギルドへ行かなければならない。
これ以上、フロリアに協力できないのだ。
「...そうですか」
フロリアは、寂しそうにそう告げた。
フロリアにとって、あの小説は自由そのものだった。
このお城と、魔術学院にしか行く事ができないフロリア。
そのフロリアが、本の中では自由に歩き回れた。
愛しのカオルを救うため、金色の魔女を倒したり。
陰湿な騎士からカオルを守ったり。
フロリアの数少ない楽しみだった。
それが、もうできない。
イライザとレーダは、エルヴィント城から出て行ってしまうのだ。
フロリアの欲望を体現してくれた2人。
良き理解者であり、良き相談相手だった。
フロリアは悲しかった。
友人は魔術学院にも居る。
だけど、イライザとレーダは、フロリアにとって数少ない心を開ける存在。
何を言っても怒らない。
何をしても怒らない。
そんな2人に、フロリアは.....
「...手紙....書きます...ね」
涙を流すフロリア。
イライザとレーダもフロリアに感謝し、抱き合って泣いた。
「うわぁ~~ん!!わだじもがき゛まずう~~~!!!」
「わ゛だじもがぐ~~~~!!!」
「ありがとうございます。イライザさん、レーダさん。2人に出会えて、私は幸せです....」
3人の絆は強い。
『カオルコレクション』を有するフロリアに、百合や薔薇物が好きな腐女子のイライザとレーダ。
3人は心の奥底で繋がっている。
腐った血色の鎖で。
「お暇が出来たら....また書いてくださいね」
「ばい゛!!」
「もぢろんでず!!」
しばらくして、1冊の本が発行される。
黒髪の少年が、鎖に縛られ蹂躙される本。
『赤い鎖と恍惚の少年』
先に発売された『金色の魔女と黒髪の少年』と『陰湿な騎士と黒髪の少年』に続き、帝都で旋風を巻き起こすのだが、それは別の話し。
建築と生活に必要な物を買い揃えたカオル達。
先日と同じ様に、新しい街の建築予定地へと足を運んでいた。
「堅牢なる土塊よ!堅守たる壁よ!我が前に現れ出でよ!『アエディフィキウム!!!』」
地面へ手を突き、カオルが唱えたのは長文呪文。
イメージしたのは、エルヴィント城。
強固な石造りで真っ白い壁。
屋根は青く、大小様々な部屋がある。
皇帝アーシェラの住まう、あのお城だ。
「ぐぅうううう.....いっけぇえええええ!!!」
体内から消費される膨大な魔力。
身体から両手を伝い、地面へドクドクと魔力が流れ出る。
すると、地面は大きく波打ち、先日下水道を造る時に地表へと盛り上げた土が、ゴボゴボと音を立てて地面へと消えて行った。
やがて、ズンッと地面が大きく盛り上がる。
カオルは刮目して見た。
その凄まじい光景を。
「......あれ?」
しかし、どこかがおかしい。
カオルのイメージと少し違う。
いや、かなり違う。
確かに城が出来た。
白い壁に青い屋根の城が。
だが、形が違う。
これではまるで....
(ヴェルサイユ宮殿?)
そう、ヴェルサイユ宮殿だ。
フランスはパリに存在し、世界遺産に登録されている、あの宮殿が、何故かカオルの目の前にある。
細かく造形された石膏像などは無いものの、ゴシック建築はそのまま。
窓も天井部分がアーチを描き、ポッカリと穴が開いている。
もし、このままカオルのアイテム箱に仕舞っている窓や扉を据え付ければ、誰が見てもヴェルサイユ宮殿を真似た物だと言うだろう。
「....カオル様。街を造るはずではなかったのですか?」
的確に突っ込みを入れるエルミア。
カオルはただ、自分の屋敷を作ろうとしたのだ。
カイやメル達も一緒に住める、帝都にある自分の屋敷と同じ物を。
ただ、せっかくだからお城にしてしまおうと思っただけ。
なぜなら、その方がカッコイイから!!
男の浪漫だ!!
「あ、あははは.....」
空笑いをするカオル。
カルアとエルミアはジッとカオルを見詰め、やがて呆れたように溜息を吐いた。
「はぁ...おねぇちゃん驚かないようにしてたけど、これにはおどろいちゃったわ....」
「私もです。まさか、カオル様がこんなに凄い物を作るとは思ってもいませんでした...」
蔑むように見詰める2人。
カオル株は今、絶賛大暴落中だ。
(うぅ....2人共ひどいよ。怒るか褒めるかどっちかにしてよ。ボクだって、こんな大きな物が出来るなんて思ってなかったのに.....)
カオルだって困っているのだ。
こんな物を造るつもりはなかった。
だが、出来てしまった。
今更壊す訳にはいかない。
だって造ってしまったのだから。
「もういいよ。とりあえずボクは窓と扉を付けてくるから....せっかくみんなで住める『愛の巣』ができたのに....」
カルアとエルミアの身体が震えた。
それは、カオルが言った『愛の巣』という言葉。
カオルの両親が言っていた言葉。
家族が仲良く暮らす家を、カオルの両親は『愛の巣』と呼んでいた。
ちょっと恥ずかしいが。
「カオルちゃん♪おねぇちゃんも手伝うわ♪」
「カオル様!!私も手伝います!!」
突然やる気を見せる2人。
先行くカオルに追い付き、両脇からカオルと手を繋いだ。
(まったく....2人共ちょろいんだから♪)
カオルは策士だ。
皇帝アーシェラ・ル・ネージュの様に。
徐々に毒されている。
「それじゃ....これはここで、この扉はここかな?」
「はい。さすがカオル様です」
「おねぇちゃんもそう思ってたの~♪」
仲良く建具を取り付ける3人。
やがて、家具や調度品の設置も終えると、豪華な部屋の一室で話し合った。
この巨大な宮殿をどうするのかと。
「う~ん....メイドさんが必要だと、おねぇちゃんは思うわ....」
「そうですね....少なくとも、20人以上は....」
カルアとエルミアは危惧している。
この大きな宮殿には、侍女が必要だろう。
だが、カオルの事だから、フランチェスカやアイナの様に、また婚約者などと言い出すのではないかと。
これ以上増えるのは嫌だ。
ただでさえ6人も居るのだ。
将来、ディアーヌが増える事を考えると、総勢7人。
いくらなんでも多すぎる。
最悪、フランチェスカとアイナは愛妾と言う立場になるかもしれない。
平民のエリーもその可能性があるが....
「えっと、メイドは雇いませんよ?基本的に、ボクはこっちに住む予定なので、フランとアイナもこっちに呼びます。どうせ帝都は近いんですから、アーシェラ様に呼ばれれば飛んでいけますし」
「そうなの?でも、あの屋敷はどうするつもりなの?カオルちゃん」
「しばらくはあのままですかね?使うかもしれませんし....せっかく訓練場と工房造ったので」
「そう....でも、フランチェスカちゃんとアイナちゃんだけじゃ、この宮殿は維持できないのよ?どうするつもりなの?」
「それは考えてあります。ちょっと見ててください」
カオルはそう言い立ち上がる。
アイテム箱から白銀の塊と、拳大の魔宝石を取り出し、それを地面へ並べた。
「我が愛しき蛹達!血となり肉となり!我に力を示せ!『クリサリディーズ!!!』」
紡がれた長文呪文。
カオルの呼び声と共に、魔宝石が白銀へと吸い込まれ、グニャグニャと形状を変える。
やがて白銀の塊は、カオルよりも小さな子供の姿へと変形し、カオルの前に跪いた。
20体以上の人形。
全身白銀色。
髪も、肌も、何もかも。
顔はどこかカオルと似ていた。
「うん。成功だね。それじゃこれを着るように」
「イエス。マイロード」
カオルは、アイテム箱から黒巫女の時に着るメイドとよく似たメイド服を取り出し、白銀の人形に着させた。
人形は自在に動いた。
まるで生きている人間の様に。
「それじゃ、この宮殿の家事を任せるね」
「イエス。マイロード」
人形達は動き出す。
カオルの命令に従順に。
カオルがそうする様に箒を持ち、カオルがそうする様に部屋の掃除を始めた。
「か、カオル様....い、今のは.....」
驚愕とするエルミア。
カルアは絶句している。
何が起きているのか、まったく理解できない。
今も1体が部屋の掃除をしているが、なぜ動けるのかすらわからない。
無機質の塊が動いているのだ。
当然だろう。
「今のは、ボクの人形だよ。魔宝石に、ボクの擬似人格を複製して作ったんだ。魔法とかは使えないけど、ボクと同じ様に家事とか出来るし、便利だよね♪」
呆れるを通り越して、いっそ清々しいだろう。
カオルと同じ事が出来るという事は、家事も料理も、なんでも出来るという事だ。
要するに、完璧なお嫁さんがそこに沢山居るという事。
食べ物さえ用意すれば、あとは遊んで暮らせる。
最高の怠惰な生活が、今約束された。
「そう....ですか.....」
もう、エルミアに何かを言う気力は無い。
カルアに至っては、笑っている。
一周回っておかしくなったのかもしれない。
「それじゃ、井戸を見に行こうか?上手く出来てるといいけど....」
先日のダウジングが上手くいっているか、カオルは心配していた。
だが、そんな心配は不要だろう。
エルミアにはわかる。
こんな事を出来るカオルが、井戸を造る事が出来ない訳がない。
そして、案の定井戸は完成していた。
水はまだ浅く濁っていたが、数日もすれば使えるようになるだろう。
なにせ、カオルが造ったのだから。
「あ、よかった♪大丈夫そうだね♪」
「ええ、カオルちゃんだもの♪」
「.....」
カルアは考える事を止めた。
もう、いちいち驚いていては身体がもたない。
全てを受け入れよう。
カオルは、常識外れだ。
自分達の基準で、カオルをはかる事などできないのだから。
「それじゃ、外にゴーレムを配置して帰ろうか?」
「ええ、そうね♪」
「はい....」
最後にカオルは、外壁の外で同じ土魔法を使いゴーレムを作り出した。
それは、先ほどとは違う、アベール古戦場で見たあのゴーレムだった。
無骨な岩を、いくつも重ねたあの大きなゴーレム。
カオルはそれを10体作り、たった一言「街に入る者を捕らえよ」とだけ告げて、自治領を後にした。
帰路の最中エルミアは考えていた。
カオル様が、もしこの力を使えば、この世界を支配出来るのでは....
あれだけの魔法を使えるカオル様なら、きっと出来る。
もしかしたら、ヴイーヴル様が示唆していたのはこの事?
3年後、カオル様はそのお力で世界を征服するのでは....
でも、あのカオル様がそんなこと....
絶対無いなんて.....
私にはわからない。
教えてください、カオル様。
カオル様は、そんな事をなさるのですか.....
ファルフの上で、エルミアはカオルを見詰めた。
満足の行く結果に、嬉しそうに笑うカオル。
カルアとエルミアと手を繋ぎ、はしゃいでいるカオル。
本当にカオルがそんな事をするのか。
「どうしたの?エルミア」
「いえ....」
エルミアには、何度考えてもわからなかった。
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