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第百七十二話 御用商人


 アンエ村。

 エルヴィント帝国の帝都から、遥か東方にあるこの村で、1人の天狼族の男性が温泉に浸かっていた。


(はぁ.....)


 男性の名はオダン。

 大陸南部にある、イシュタル王国の冒険者ギルドに所属する、第1級冒険者。

 

「チッ....」


 カムーン王国とエルヴィント帝国の国境沿いを帝都に向かっていたオダン。

 なぜ彼がアンエ村に居るのかというと。

 彼は迷子になっていた。


 イシュタル王国王都からカムーン王国王都までは、馬で大体8日。

 そこからさらにエルヴィント帝国の帝都までとなると、20日以上掛かる。

 オダンは道中で馬を潰してしまった。

 だが、さすがは第1級冒険者。

 昼夜を問わず歩き、時には走り続けた彼は、既にここまで辿りついていた。

 迷子にさえならなければ、とっくに帝都に到着していただろう。


「チッ....」


 オダンはもう一度舌打ちをした。

 それは自分に対して。

 方向音痴な自分に対して。


(はぁ....)


 オダンは無口だ。

 なぜならば、口を開くとお茶目さんだとばれるから。


(お肉食べたいヮゥ....)


 オダンは天狼族だ。

 とても希少で、数の少ない天狼族だ。


(ヮゥ....)

 

 オダンは気性が荒いはずだ。

 魔物を喰い千切るほどに。


「ブクブクブク.....」


 オダンは帝都へ向かう。

 香月カオル伯爵との決闘をしに.... 












 帝都にある香月伯爵の屋敷。

 さすがにカオルが凱旋してから13日も経つと、出待ちをする者も居なくなった。

 それでも一応用心のために、屋敷の門の前には兵士が5人ほど常駐している。

 通常は1人なのに、高待遇だろう。


「いってらっしゃい♪」

 

 玄関の前で、今日も仕事の為に登城するヴァルカンとエリーを見送るカオル達5人。

 昨夜も全員でベットを共にし、カオルのお土産の浴衣を着て枕投げを楽しんだ。


「ああ、行ってくるぞ。カオル」


「行ってくるわね」


 カオルは2人の頬に優しく口付けて、元気いっぱいに手を振り見送った。

 先日の婚約者騒動から、カオルは壊れていた。

 何かにつけてキスをせがみ、ギュッと抱き締めるのだ。

 カオルの両親がそうしたように。


 もちろん、ヴァルカン達は嫌がったりはしない。

 むしろ喜んでいる。

 だが、いい加減誰かが止めるべきだろう。

 過剰なスキンシップはいけない。

 まだ、正式に結婚した訳ではないのだから。


「それじゃ、フラン。アイナ。ボク達も行ってくるね♪」


「はい。ご主人様。お気をつけて」


「ご主人。おみやげ」

 

「うん。何か買ってくるね♪」


 メイドのフランチェスカとアイナにも、ヴァルカン達と同じ様に頬に口付け、カオルとカルアとエルミアは帝都南の商業区へと向かって行った。

 今日は、自治領で使う家具や調度品を買う予定だ。

 資金はたっぷりある。

 風竜から贈られた資金が。

 足りなければ、風竜の家から持ってきてもいいと風竜は言っていたが、そうするつもりはない。

 聖騎士教会に所属するカルアに頼み、ある人物に連絡をしてもらっている。

 回復薬のポーションを売る為に。

 ポーションの売却がうまくいけば、風竜のお金以上の資金が手に入るはずだ。

 売り方も考えている。

 半永久的に、お金が入る様に。

 カオルの死後も、街が安定して運営出来るように。


「あ、アゥストリ?忙しいところごめんね。ちょっと相談があるんだけど」


 カオルが通信用魔導具で連絡しているのは、魔術師筆頭兼魔術学院長のアゥストリ。

 男性で、唯一と言えるほどの、信頼出来るハゲメンだ。


「おや、カオル殿。いかがなさいましたか?」


「実はね。新しい街で使う家具が欲しいんだけど、アゥストリの知り合いに、そういうお店を経営している人いない?」


「おお、そうですか。カオル殿は街をお造りになるのですか。それで家具が欲しいと....そういう事でしたら、ラメル商会をお尋ね下さい。私の名前を出せば、話しを聞いてくれるでしょう」


「ラメル商会だね。ありがとう。アゥストリ」


「いえいえ。ところで、カオル殿」


「うん?なに?」


「聞いた話なのですが、なんでも婚約者をお決めになられたとか....」


「うん。前にアゥストリが言った通り、ボクも、けじめというか、甲斐性というか.....」


「.....そうですか。いや、さすがはカオル殿ですな!!やはり、私の目に狂いは無かった!!」


「あはは♪」


「それでですな....い、いや、なんでもございません。カオル殿。おめでとうございます」


「うん。ありがとう、アゥストリ。とっても嬉しいよ」


「ハハハ。それでは、また近いうちに」


「うん。またね、アゥストリ」


 アゥストリは、何か言いたげだった。

 何を言いたかったのか、カオルにはわからない。

 近いうちに顔を会わせるだろうと、この時はあまり気にしていなかった。


「それじゃ、行こうか♪」


「そうね、カオルちゃん♪」


「はい...カオル様、フードがずれて....はい、大丈夫です」


「ありがとう♪エルミア♪」


 カオル達は、アゥストリに紹介されたラメル商会を探した。


 帝都南は商業区である。

 人口50万人を誇るこの帝都で、一番人口が密集する場所だろう。

 大通り沿いには商店がひしめき、露店の数もとても多い。

 生活に必要な物は、この大通りだけで全て揃うだろう。

 そんな中で、アゥストリから教えられたラメル商会は、すぐに見付かった。

 なぜなら、贔屓(ひいき)にしている衣料品店の隣が、ラメル商会だったからだ。


 カオルが、カルアとエルミアを連れて店内へと歩み入ると、即座に1人の人間(ヒューム)の男性が近づいてきた。

 瞳の見えない程に細めた目。

 揉み手をしながら近づいてくる様は、どこからどう見ても商人だろう。


「いらっしゃいませ。ラメル商会へようこそ。本日のご用向きはなんでしょうか?」

 

 第一印象は悪くない。

 店員に話し掛けるのに慣れていない人だと、ちょっと身構えてしまうだろうけれど。


「家具や調度品を探しています」


「はいはい♪当ラメル商会では、ありとあらゆる家具と調度品をご用意しておりますですはい♪」


 不思議な丁寧語だった。

 おそらく、彼なりのアピールの仕方なのだろう。


「では、見せていただけますか?」


「はいはい♪もちろんですます♪」


 男性に案内されて、店内の奥へと案内される。

 奥は倉庫になっており、家具や調度品だけではなく、男性が自信を持って言う通り、沢山の生活用品が並べられていた。

 トイレの便座から水回り全般。

 食器やカトラリーから、布団に至るまで。

 生活する上で必要な物が、全て揃っていた。


「....全部でいくらですか?」


 カオルは、倉庫を眺め値段を聞いた。

 倉庫全ての商品の総額を。


「はいはい♪.....はい?」


 男性は驚いていた。

 当然だろう。

 倉庫内全ての総額を、カオルは教えて欲しいと言っているのだから。


「ですから、全部でおいくらですか?」


「え...えっと.....しょ、少々お待ち下さいませですはい」


 男性は慌ててどこかへ向かった。

 おそらく、上司か誰かに聞きに行ったのだろう。

 無理もない。

 カオルはおかしな事聞いたのだから。


「「....」」


 カルアとエルミアは黙っていた。

 昨日と同じ様に、全てカオルの自由にさせようと。

 そう考えている。


 ほどなくして、店員の男性が戻って来た。

 もう1人、人間(ヒューム)の男性を連れて。


「お待たせして申し訳ございません。当商会の代表を勤めております、ジャンニと申します」


「これはご丁寧に....」


「えー...この度は、全ての商品の総額を知りたいとか....失礼ですが、どなたかのご紹介でしょうか?」


 ジャンニは怪訝そうな顔をした。

 相手が子供のカオルなのだから、ひやかしだとでも思っているのだろう。


「紹介が無ければいけませんか?」


「いえいえ、とんでもございません。ただ、これほどの量の商品を購入されるほどの方でしたら、どなたかのご紹介かと思いまして....」


 カオルは今、相手を試している。 

 アゥストリからの紹介であるこのラメル商会は、おそらく真っ当なお店だろう。

 何かとカオルに力を貸してくれるアゥストリが、おかしなお店を紹介するはずがない。

 ならば、このお店を。

 ひいてはこのラメル商会を、香月伯爵家の御用商人にしようと思っているのだ。


「そういう事ですか。それで、総額おいくらでしょうか?」


「....ただいま試算をしてまいりますので、少々お待ち下さい」


 ジャンニは男性を連れてどこかへ向かった。

 言った通り、試算をしに行ったのだろう。


「いくらくらいだろうね?」


「...おねぇちゃんにはわからないわ♪」


「私にもわかりません...」


 何か言いたげなカルアとエルミア。

 カオルは、2人が言わんとする事をわかっている。

 だが、あえて言わないのは、2人の優しさだろう。

 子供のカオルを成長させる為に。


「...おまたせしました」


 神妙な面持ちで、ジャンニは1人で戻って来た。

 手には1枚の羊皮紙を持っている。


「ここにある全ての商品は、概算で合計96万シルドです」


 金貨96枚分。

 パン1個100円として、9600万円。

 高いのか安いのかわからない値段だ。


「そうですか。では全て購入します」


 ジャンニは驚愕とした。

 こんな子供が、96万シルドを払うと言う。


「....ご冗談でしょうか?」


「いいえ。即金で払います。お会計を」


 ジャンニは、カオルの隣で佇むカルアとエルミアに視線を移した。

 だが、2人は表情ひとつ変えていない。

 

「...本当にご購入されるおつもりですか?」


「はい。いけませんか?」


「いえ....」


 ジャンニは、もう言葉が出ない。

 遠い記憶の彼方へ行ってしまった


 私は、長年帝都で商いをしてきた。

 だが、今までこんなお客様は来なかった。

 ひやかしで覗きに来る冒険者は居た。

 だが、値段を見るとそそくさと帰って行った。

 別に、特別高い物など置いてはいない。

 適正価格だろう。

 直接、私自身で職人と交渉して買い付けた自慢の一品ばかりだ。

 しかし、売れる物は単価の安い生活用品ばかり。

 立地が悪い訳ではない。

 立たせてる店員が悪い訳でもない。

 言葉遣いは少々アレだが。

 そんな中でも上客が居た。

 魔術学院で教師をしているという人物だ。

 彼は、長年うちの商会を贔屓にしてくれた。

 いろんなお客も紹介してくれた。

 中でも財務卿をしている貴族様は、沢山の物を買って下さった。

 今でも、たまに顔を見せて下さる。


 今日そんな私が、長年集めに集めた全ての商品を売る。

 今夜はきっと眠れないだろう。

 私は報われた。

 私は救われた。

 こんな、小さな子供に。

 顔も知らない子供に。

 ありがとうございます。

 神様....


 いつの間にか、ジャンニは歓喜の涙を流していた。

 カオル達の前で。


「うぅ....お客様の前で....申し訳ありません....」


「いいえ。たぶん、ボクのせいですね」


「うぅ...どういう意味でしょうか?」


「試してしまいすみません。ボクの名前は香月カオル。伯爵をしています。このお店には、アゥストリに紹介されて来たのです」


 カオルは正体を明かし、被っていたフードを脱いだ。

 長い黒髪を靡かせて、露にされる可愛らしい顔。

 ジャンニは驚いて、倒れそうになってしまった。


「こ、こ、こここ、香月伯爵様!?あの英雄の!?」


 慌てるジャンニ。

 カオルの事は知っている。

 凱旋した時に見ているのだから。


「英雄かどうかはわかりません。ですが、ボクを香月伯爵と呼ぶ人はいます」


 カオルは微笑んだ。

 この人ならば問題ない。

 御用商になってもらおうと決めた。


「あわわわ...香月伯爵様とは知らず、とんだご無礼を....しかも、アゥストリさんのご紹介だったとは知らずに....も、申し訳ございません!!」


「いえ、無礼だったのはボクの方です。ジャンニさんを試すような真似をしてしまい、すみませんでした」


「と、とんでもございません!!」


「ジャンニさんは善い人ですね。相手がボクの様な子供でも、真摯に対応して下さいました。そこで、お願いがあります。良ければ、当家の御用商人になってはくださいませんか?」


 ジャンニは驚きのあまりに、目を剥いた。

 願ってもない大チャンス。

 今をときめく新興貴族の、それも伯爵家の御用商人。

 商業ギルドでの地位も、一気に向上するのは間違いない。

 それに、仕事もバンバン入ってくる。

 なにせ、香月伯爵家のお抱えになるのだ。

 他の貴族らが、こぞって注文してくるに違いない。

 今までの鬱屈していた暗い人生とは、おさらばできる。


「ぜ、ぜぜぜ、是非にお願いします!!」


「よかった。こちらこそ、よろしくお願いしますね?」


「あ、ありがたき幸せにごじゃります!!」


 もう、ジャンニのテンションがおかしかった。

 興奮し過ぎていて、何を言っているのかわからない。

 このまま全裸で大通りを走りたいくらいだ。


「では、ここにある商品は買わせていただきますね?あ、これお代です」


 カオルはアイテム箱から白金貨を1枚取り出し、ジャンニに手渡した。

 「お釣りは、お近づきの印にとっておいてください」と告げて、そのままアイテム箱に商品を次々に仕舞う。

 その様子を、カルアとエルミアは微笑ましそうに見詰める。


 カオルはしっかりしていた。

 2人の心配は杞憂だった。

 カオルに任せれば大丈夫。

 そう思えた。

 

「それではジャンニさん。また何かあれば、相談させていただきますね?」


「はい!!今度とも、どうぞラメル商会をご贔屓ください!!」


「それはもちろんです♪」


 足取り軽く、カオルはお店を後にした。

 フードを目深に被り、カルアとエルミアに手を引かれて。

 

「代表....」


「私はやったぞ....ついに....ついに....運が向いてきた!!!」


「代表!!!」


 抱き合う2人。

 男同士だ。

 変態だ。

 エルヴィント国民だ。

 ご愁傷様です....


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