第百七十話 街造りの為に その四
カオルがヴァルカン達に婚約指輪を贈った翌朝。
カオルの心を映した様に、空に雲一つ無く快晴だった。
既にヴァルカンとエリーの2人は、親善大使の仕事を全うすべく、エルヴィント城へ登城している。
今日で3日目だが、一向に終わる気配が無い。
早く親善訪問団の受け入れ準備を終わらせなければいけない。
さもなければ、親善訪問するカムーン王国ティル王女が怒るだろう。
それに、カオルとの約束もある。
だが、今日のヴァルカンはおかしかった。
随行するエリーもそうだ。
左手に嵌る指輪を眺め、うっとりとした表情でアーシェラの小言も上の空。
書類もテーブルの上で手付かずで、仕事を始める気配すらない。
アーシェラは執務机を離れ、ヴァルカン達が座る長テーブルへと向かう。
後ろからそっとヴァルカンの指輪を見やり、溜息を吐いた。
「...ふむぅ。とても高そうな指輪じゃの。いったいどこで手に入れたのじゃ?」
アーシェラには物の良し悪しがわかる。
生まれながらに貴族であり、目は肥えている。
伊達に皇帝ではないのだ。
「...これは、カオルが贈ってくれた物です。私達と婚約した証に、と♪」
ヴァルカンは自慢したくて仕方が無かった。
登城する途中でも、叫びたい程にウズウズとしていた。
カオルは私の物だ!と。
声を大にして言いたかったのだ。
アーシェラは絶句した。
カオルが婚約した事に。
そして、愛娘のフロリアに、なんと言えばいいのかわからない。
しかも、ヴァルカンは『私達』と言った。
ということは、婚約者が複数居るという事だ。
隣のエリーも同じ指輪をしている。
最低でも2人。
いや、カオルの事だから、カルアもエルミアもおそらく婚約者だろう。
一度に4人もの人間と婚約するとは、カオルはやはり貴族の資質を持っていた。
「...それは、誠か?」
アーシェラは信じられない。
いや、信じたくはなかった。
このままでは、フロリアはどうなるのか。
せっかく裏でアゥストリに策略を巡らせたのに、これでは失敗してしまう。
「本当です。カオルは私達と婚約しました。成人の折りには、結婚してくれるとまで言いました」
本当はそこまで言っていない。
言ってはいないが、おそらくカオルは全員と結婚するだろう。
カオルは優しいのだから。
「ぐぬぬ.....」
うろたえたアーシェラは、懐から通信用魔導具を取り出し、カオルに繋げた。
「...アーシェラ様どうしたんですか?」
聞こえてきたのは、いつもと変わらないカオルの声。
可愛らしい、ちょっと高い子供の声だ。
「カオルよ!!ヴァルカンと婚約したとは本当か!!」
アーシェラは声色を強めた。
信じられなくて。
目の前でヴァルカンとエリーがニヤニヤしてるのが許せなくて。
「本当ですよ?師匠と、カルアと、エリーと、エルミアと、フランチェスカと、アイナと婚約しました。みんなボクの大切な家族です」
驚愕。
カオルは4人ではなく、6人と婚約していた。
全員知っている。
カオルの屋敷に住む者達だ。
「な、なん、なんということじゃ.....」
アーシェラはうろたえた。
あまりにも豪気すぎる。
フロリアになんと言えばいいのか、何も思いつかない。
「ボクはみんなを愛しています。アーシェラ様も、祝福してくださいますよね?」
カオルは凄かった。
驚愕とするアーシェラに、『祝福しろ』と言う。
フロリアがカオルの事を好いている事を知っているはずなのに、母親であるアーシェラに『祝福しろ』と。
「.....う、うむ。か、カオルよ....おめでとう」
言わざるを得ない状況だった。
アーシェラは皇帝であり、カオルはエルヴィント国民の貴族だ。
上に立つ者として、好事を祝福しない訳にはいかない。
「ありがとうございます♪後ほど、改めてご挨拶をさせていただきます」
「う、うむ....それではの.....」
通信を終えたアーシェラは、手にびっしょりと汗を掻いていた。
どうしたらいいのかわからず、とりあえず現実逃避する事を選ぶ。
「....良い天気じゃ....紅茶が美味いのぉ.....」
「はい。まったくです♪」
「うん♪」
やけに嬉しそうなヴァルカンとエリーに現実に戻されながら、アーシェラは空を見上げる。
空一面に雲の無い、晴れやかな空だった。
その頃、カオルとカルアとエルミアの3人は、香月伯爵領に来ていた。
新しい街の建設予定地で、エルミアは無秩序に生えた木々を整理する。
「すっごいのねぇ~♪おねぇちゃんびっくりしちゃったぁ~♪」
地面をのそのそと歩く木々の根。
緑葉を揺らすその様は、一見魔物と思える程だ。
「カオル様。この辺でよろしいですか?」
「うん、そこにお願い♪」
エルミアが右手を下げると、木々は根を地面に埋めて動かなくなった。
これこそまさに、精霊魔法。
自然界に存在する者を使役し、力と成す魔法だ。
「ありがとうエルミア。エルミアがいてくれて助かっちゃった♪」
「いえ♪」
嬉しそうに笑みを浮かべるカオル。
役に立ててエルミアも誇らしげだ。
「それじゃ、今度はボクの番だけど....」
無からの街造りだ。
順序良く造らなければいけない。
たとえなんでも魔法で解決出来るとしても。
カオルがまず最初に取りかかったのは、街の水問題。
飲み水などの生活用水は、地下水があるから問題ない。
街の予定地には、山の上流から流れる河川があるから、そこから取水する予定だ。
問題は、下水。
カオルは、帝都の様に水洗形式を採用する事に決めた。
ならば、後々に人口が増える事を踏まえて、大規模の下水施設が必要だろう。
かと言って、大掛かりな下水処理施設は必要無い。
この世界の下水は、せいぜい糞尿や生活排水程度だ。
工場から出る排水などではないのだから。
そこで、カオルが考えたのは、取水口を大きく取って、街の下を木の根の様に張り巡らした下水道。
高低差も考えれば、十分効果を発揮してくれるだろう。
まずは取水口の本筋を造る。
そこからは土魔法を駆使し、下水道を整地すればいい。
その上に堅牢な建物を建てれば大まかには街らしくなるだろう。
「輝かしき金色の閃光よ!『トニトルス!!』」
上流の河川から街へ向けて、一筋の閃光を奔らせる。
雷線は地面を抉り、一直線に街予定地を貫いて行った。
「うんうん。上出来だね♪」
満足の行く結果に頷くカオル。
カルアとエルミアは呆気に取られていた。
カオルのあまりにも強引な開拓に。
「あのね、カオルちゃん....」
苦言を言おうとカルアが口を開く。
そこへ、エルミアがカルアの腕を引いて止めた。
「カルア姉様。このまま、カオル様の自由にさせるのが一番かと...」
「でもね?エルミアちゃん。さすがにこれはどうかと、おねぇちゃんは思うの」
「...失敗するにせよ成功するにせよ、カオル様の自由にさせるのが良いと思います。カオル様はまだ12歳の子供なのです。私達が温かく見守るべきではないですか?」
「エルミアちゃんがそう言うなら....そうね。おねぇちゃんも、カオルちゃんを見守るわ♪」
コソコソ内緒話しをする2人。
カオルにはしっかり聞こえていた。
(まったく....いいもん。2人がびっくりするような街を造るからね!!)
カオルは、治水の為にと雷線に焼かれた地面を土魔法で固めながら、街予定地までのんびりと歩いた。
そして目的地に着くと、水の流れる本筋から枝分かれする様に、何本もの下水道を造り上げる。
不要な土は地表に盛って、下水道の壁と地面を固めて行く。
確実に減る魔力。
微かに頭がぐらつくが、まだまだいけそうだ。
「それじゃ、街を蔽う外壁を造るから、離れてて」
そそくさと下水道を造り終えたカオルは、カルアとエルミアにそう告げて、地面へ両手を突く。
街の周囲をぐるりと囲む、幅広で大きな壁をイメージ。
「堅牢なる土塊よ!堅守たる壁よ!我が前に現れ出でよ!」
紡がれしは長文呪文。
造りしは固く壊れない壁。
魔物が入って来れない様な大きな壁。
「『アエディフィキウム!!!』」
カオルが魔法を叫んだ瞬間。
地面がボコボコと波打ち、それは盛り上がって現れた。
高さ5m幅5mの巨大な長さの外壁。
硬さは岩そのもの。
カオルのイメージした通りの壁が、突如としてその姿を見せた。
「「........」」
カルアとエルミアは驚いた。
そのあまりにも異様な光景に。
言葉も忘れ、ただ傍観してしまう。
(でき....た.....)
カオルはパタリと倒れた。
明らかな魔力の使い過ぎ。
魔力減少状態に陥り、昏倒としてしまった。
「カオルちゃん!!」
「カオル様!!」
慌てて駆け寄る2人。
カオルを抱き上げ脈を取る。
脈はある。
カオルはただ気絶しているだけなのだから。
ホッと胸を撫で下ろした2人は、カルアがアイテム箱から取り出した革のシートの上へカオルを下ろし、膝枕をした。
器用に寄り添って。
「....もう、カオルちゃんは無理するんだから」
「まったくです。起きたら、オシオキしなければいけませんね」
そう言いつつカオルの頭を撫でる2人。
カオルは静かに寝息を立てていた。
「ん....んんっ....」
カオルが目を覚ましたのは、倒れてから4時間後。
お昼過ぎの事だった。
「おはよう。カオルちゃん♪」
「おはようございます。カオル様」
目を覚ますと、カルアとエルミアの顔が間近にあった。
カオルの頭を膝に乗せ、頭を撫でながら微笑み掛けてくれる。
カオルの胸は温かくなった。
「...おはよう。ボク、今すっごい幸せ♪」
カオルは幸せを噛み締めていた。
目を覚ましたら、家族が微笑み掛けてくれた。
いつか、両親がしてくれたように。
「おねぇちゃんも幸せよ♪」
「私もです。カオル様」
もう一度微笑んでくれる2人。
カオルは2人の頬に口付けて、「ありがとう」とお礼を言った。
「ん~....お昼にしようか?」
太陽は真上にある。
ということはお昼くらいだろう。
カルアとエルミアは、それだけ長い時間ボクに膝枕をしてくれていた。
きっとお腹が空いてるはず。
カオルはそう思い、昼食の提案をする。
「そうね♪今日は、おねぇちゃんとエルミアちゃんがご飯作ったのよ♪」
「はい。カオル様、沢山召し上がってください」
「ホント!?楽しみだね♪」
カオルは知っていた。
2人が今日早起きだった事を。
朝食を作るフランチェスカとアイナの隣で、コソコソと調理をしていた事を。
「じゃ~ん♪サンドウィッチを作ってきたの~♪」
「美味しそうだね♪」
「カオル様。紅茶をどうぞ」
「ありがとう、エルミア♪」
カルアがサンドウィッチを取り出して、エルミアが紅茶を淹れる。
息の合った2人は、やはり血縁者だろう。
「モグモグ....卵が甘くて美味しいね♪」
カオルは褒め続けた。
トマトの厚さが絶妙だとか。
マスタードの加減が最高だとか。
フランチェスカとアイナが作ったであろう、ハムが美味しいとか。
終いには、サンドウィッチを入れていたバスケットまでも褒めていた。
今日のカオルは浮かれていた。
家族を婚約者として意識し始め、良くわからないテンションだった。
「もう♪カオルちゃんったら♪」
「エヘヘ...」
「カオル様、口元お拭きします」
和気藹々とする3人。
除け者のヴァルカン達が見たら、間違い無く嫉妬するだろう。
楽しい昼食を終えた、カオルとカルアとエルミアの3人。
カオルの魔力はあまり回復していなかったので、エルミアに井戸用の水脈を探してもらっていた。
「あの...カオル様。これで本当に見つけられるのですか?」
エルミアは訝しげにカオルを見詰めた。
なぜなら、エルミアはカオルからくの字に曲がった鉄の棒を渡され、それを両手に1本づつ持ちひたすら歩かされているのだ。
「うん。それはロッド・ダウジングって言ってね。水脈とか鉱脈を見つける事が出来るんだよ♪」
「そうなのですか...」
半信半疑だった。
こんな鉄の棒で探せるわけが無いと、エルミアは思っていた。
「大丈夫よ♪エルミアちゃん♪カオルちゃんが言うんだもの、きっと見付かるわ♪」
能天気なカルア。
カオルが言う事は絶対なのだろうか?
そして、イエスマンのエルミアも、「カオル様が言う事でしたら、間違いありませんね」と意見を改めた。
(むぅ....本当に見付けられるんだよ?)
カオルは頬を膨らませて拗ねた。
ダウジングの歴史はかなり古い。
最も古いもので、紀元前5世紀の中ごろに記述された物があるほどだ。
そして、ダウジングを行う者をダウザーと言う。
実は、日本ダウザー協会というものがあったりする。
「...か、カオル様!!棒が反応しました!!」
エルミアは驚いた。
突然鉄の棒が、勝手に左右に開いて反応したのだ。
「やった!!さすがエルミア♪その場所に印をつけておいて♪」
「は、はい」
次々に反応した場所の地面に×印をつけるエルミア。
明日掘ってみて、水が沸けばダウジングは成功と言える。
「ありがとうエルミア。それじゃ、ちょっと早いけど、今日は帰ろうか?」
「はい♪」
「わかりました」
カオルは魔鳥サイズのファルフを呼び出し、建設予定地を後にした。
待望の街造りは着実に進んでいる。
後は金策と住人。
それと、街の主産業を考えるだけだろう。
「エヘヘ♪」
ファルフの上で、嬉しそうにカルアとエルミアと手を繋ぐカオル。
今は幸せすぎて頭がおかしいのだ。
ファルフは飛ぶ。
おかしなカオルを乗せて。
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