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第百六十九話 婚約者への贈り物

 大陸の南側に砂漠地帯がある。

 そこを治めるのは『イシュタル王国』。

 巨大な建造物である宮殿を中心に、枝分かれした大通りに沿う様に多くの商家や民家が建てられている。 

 人口およそ40万。

 沢山の種族が暮らしているが、やはり人間(ヒューム)が一番多い。


 人間(ヒューム)は、いたって平凡だ。

 猫耳族や犬耳族に比べて、耳が良い訳でも鼻が利く訳でもない。

 だが、ずる賢い。

 頭が良いのだ。

 利に聡い人間(ヒューム)は、他の種族を出し抜きその数を増やしてきた。


 その結果。


 人間(ヒューム)至上主義とも言うべき多数の国が、政治の中枢に必ず人間(ヒューム)がいるという状態を作り出してしまった。

 イシュタル王国もその例に漏れず、国王は人間(ヒューム)だ。

 名をドゥシャン・エ・イシュタルと言う。


 ドゥシャンは野心家であった。 

 隣国カムーン王国を乗っ取ろうと、影で汚い手を使い暗躍していた。

 だが、カムーン王国女王エリーシャ・ア・カムーンに気付かれ、逆に手玉に取られてしまう。

 小競り合いはしていた。

 殺し合うような戦争ではなく、本当に言い合い程度のものではあった。

 だが、暗躍に気付かれ、ドゥシャンは身動きがとれなくなってしまった。

 そこへ、カムーン王国から和平を持ちかけられた。 


 逃げ場がなかった。


 宰相のヨゼフ・ヌ・ラパンも、軍務大臣のマレク・ド・レイムも、そしてドゥシャンが一番信頼するヴィート・ク・モル将軍までもが、和平に同意した。

 渋々ではあったが、家臣達に促され、ドゥシャンは調印した。

 こうして、カムーン王国とイシュタル王国は和平を結び、両国に平和が訪れた。

 

 はずだった。

 

 和平締結後、イシュタル王国に魔物・魔獣が異常発生した事により、ドゥシャンは困窮としていた。

 多くの冒険者を雇い入れ、数多くの兵士を討伐に向かわせた。

 だが、異常発生した魔物は多く、国はみるみるうちに衰退の一途を辿る。

 そこへ、ドゥシャンの前に1人の歳若い女性が現れる。

 漆黒のフードを目深に被り、けして顔を見せない女性。

 妖艶な声色で、ドゥシャンを誑かした女性は、イシュタル王国の実権をあっという間に掌握してしまう。


 しかし、女性は有能であった。


 異常発生した魔物の大軍を、どういう訳か撃退してみせ、窮地のイシュタル王国を救ったのだ。

 そして、女性に操られたドゥシャンは暴君となる。

 過重な税を国民に課し、付き従う家臣達に罵詈雑言を言うようになってしまった。

 家臣達は慌てた。 

 元々野心家のドゥシャンだが、国民に対しては名君であった。

 それが、あまりにも酷く豹変してしまったのだから。


「おのれエルヴィントめ!!女狐め!!余を誰だと思っているのだ!!誉高き人間(ヒューム)、ドゥシャン・エ・イシュタル国王なるぞ!!」


 玉座に座り、暴言を吐き続けるドゥシャン。

 傍に控える従者達が、その身を震わせ怯えていた。


「うふふふ....王様。そんなに除け者にされたのが悔しいのかしら?」


 妖艶な声がドゥシャンに投げかけられる。 

 声の主は漆黒のフードを被る女性。 

 突如として現れた、謎の人物。


「ぐぬぅ...」

 

 真意を突かれ、ドゥシャンは口籠もる。 

 エルヴィント帝国皇帝アーシェラ・ル・ネージュは、とある祭事を行うと、近隣各国に招待状を出した。

 北はババル共和国から南西はカムーン王国。

 そして、中立の聖騎士教会まで。

 しかし、イシュタル王国には何の文も届いていない。


 その理由は遠いのだ。


 西国エルヴィントから南国イシュタルまで、身軽な冒険者が徒歩で歩いても、5週間は掛かるだろう。

 馬を使えば半分程度だろうが、同盟国とはいえ、第三国を通り抜けるのだ。

 いくら国境沿いを進むとはいえ、その旅路は壮絶を極める。

 だからこそ、アーシェラは招待状を送らなかった。

 だが、そんな事はドゥシャンにはわからない。

 バカなのだから。


「おのれぇ...」


 ドゥシャンは知っている。

 アーシェラは招待状を送らないばかりか、エルヴィント帝国の子爵家が、イシュタル王国の第1級冒険者に召喚状を送った事を。

 簡単に言えば、やっかんでいるのだ。

 実に人間臭い話だ。


「なんとかできぬのか!!」


 ドゥシャンは怒り出した。

 自分も見たいのだ。

 かの英雄と言われる少年を。

 この可愛らしい香月カオルを。


 手に握り締められているのは1枚の羊皮紙。

 それはエルヴィント帝国が発行した印刷物。 

 そこには、香月カオル伯爵の挿絵付きで、英雄譚が書かれている。


「うふふ....」

 

 女性は笑った。

 子供を見るような目で。

 赤い。赤い。赤い2つの瞳で。











 エルヴィント帝国。

 帝都北西にある、香月カオル伯爵の屋敷で、夕食を終えたカオル達は、いつもの様に居間のソファで寛いでいた。

 ただ、いつもと違うのは、当主であるカオルが、どこか落ち着きが無い事と、ヴァルカンとエリーが疲れ果てていた事だろう。


 メイドの2人に紅茶のおかわりを淹れてもらい、カオルはそれを一気に飲み干した。

 

「み、みんなに、渡したい物があるんだけど....」


 神妙な面持ちで、カオルはアイテム箱から小さな小箱を6つ取り出した。

 それぞれ、瞳の色に合わせた可愛らしいリボンで結ばれている。


「カオル。何かくれるのか?」


 僅かな気力を振り絞り、ヴァルカンはカオルを見詰める。

 慣れない書類仕事を2日連続で行い、気疲れしているのだ。


「は、はい。えっと....並んでください」


 カオルは、居間の開けた場所へ並ぶよう告げる。

 ヴァルカン達はいそいそと、言われた通り横一列に並んだ。


 緊張するカオル。

 深く深呼吸を1つして、1人1人の前に順番で跪き、箱の中身を取り出した。

 そして、左手の薬指に指輪を填める。

 ゆっくりと、慎重に。

 照れながら。

 人生初めての儀式を、たった12歳の若さで経験した。


 全員の指に指輪を填めて、カオルは言った。


「これは、ボクの婚約者の証です。エルヴィント帝国では、結婚の際に花嫁に首飾りを贈るそうですけど、ボクの住んでたところでは、婚約をすると指輪を贈るんです。だから....その....み、身に着けてくれたら嬉しいです...」


 気恥ずかしくて、言葉がおかしかった。 

 でも、カオルの意思は伝わった。

 カオルはみんなと婚約する。

 大好きな家族と。

 ずっと一緒に居る為に。


「カオルきゅん...」


「カオルちゃん...」


「カオル....」


「カオル様....」


「ご主人様...」


「ご主人...」

 

 ヴァルカン達はうっとりした顔で、指輪を眺めた。

 白銀のリングに、金で透かし彫りされた(エーデル)(ワイス)

 リングの中央にある石座には、煌びやかなダイヤモンドが収められ、その隣に小さな青い魔宝石が2つ並んでいる。

 明らかに高価であり、とても手の込んだ作品。

 カオルがたった半日で作り出したとは、誰も思わないだろう。


「ほ、本当は、みんなの綺麗な瞳の色の石を用意したかったんだけど...それは結婚指輪にしようと思って....な、なんで突然指輪を渡したかっていうと...そのね?ほ、他の(おとこ)にみんなを取られたくなくて...ば、バカだよね。みんなの事を意識し始めたら、なんか落ち着かなくて....あは、アハハハ.....はぁ....」


 自分を捲くし立てる様にカオルは語る。

 初めての感情だった。

 誰かを好きになる。

 誰かを愛する。

 それは知っていた。

 沢山の愛情を両親から一身に受けてきたのだから。


 だが、カオルの胸に今秘めているのは、恋であり、嫉妬であり、欲望だろう。

 手放したくない。

 誰かに触れられたくない。

 自分だけのものにしたい。

 

 人間とは欲深な生き物だ。

 けして手の届かない物でも、欲しくなってしまう。

 そして手に入れると、大事に仕舞い過保護になる。

 いつか、その手から離れてしまうかもしれないのに。


「ありがとうカオル。大事にするぞ」


「カオルちゃん♪ありがとう♪とっても綺麗ね♪」


「私...こんな素敵な物を貰えるなんて....」


「カオル様。ありがとうございます」


「ご、ご主人様!!う、嬉しいです!!」


「ご主人。好き」


 ヴァルカン達は喜んだ。

 カオルからの特別な贈り物に。

 自分は、カオルの物だという証に。

 口端を緩めて、ニヤニヤしながら。


「ほら、エリーちゃん。いつまでも泣いてちゃダメよ?」


「...おねぇちゃん。だって....だって....」


 感涙するエリーを抱き締めるカルア。

 背中をヨシヨシと叩くが、エリーの涙が止まらない。

 

 ヴァルカンもカオルの頭をそっと撫で、「ありがとう」ともう一度告げた。


「カオル様。こんな高価な物、いつの間に用意されたのですか?」


 おしゃれさんのエルミアが、核心に触れてしまった。

 なぜなら、最近はずっとカオルの傍に居たのだから。

 わからないはずは無いだろう。

 そして、フランチェスカが気付いてしまう。


「今日一日工房に篭ってらっしゃったのは、これを作る為ですか?」


 ヴァルカン達の視線がカオルに集まる。

 泣いていたエリーまでもが、驚いて涙を止めていた。


 カオルは困った。


 まさか、石ころからダイヤモンドを作ったなんて言えない。

 魔宝石は、以前倒したオルトロスから手に入れた欠片だ。

 ものすごい大きさの魔宝石。

 オルトロスの2つの頭から、それぞれ取れた。

 それを使って携帯用魔導コンロを作ったし、そろそろ街灯などを作ろうと思っている。

 だが、今はそんな事はどうでもいい。

 とりあえず、師匠達になんて言おうか。

 う~ん.....


「えっと、そうだよ?ボクが作ったんだ。大好きな....うぅん。愛するみんなの為に、ボクがこの手で想いを込めてね♪」


 カオルは、王子様になる事を選んだ。

 両手を大きく開き、いつか見たミュージカルの王子様の様に振る舞い、ヴァルカン達前に跪き手の甲に口付ける。

 ゆっくりとした動作で顔を上げ、眼光鋭く瞳を射抜く。

 最後に優しく微笑み掛ければ、王子カオルの完成だ。


「「「「「「はぁ....♪」」」」」」


 光悦とした表情を浮かべる家族達。

 カオルの掌で、うまく転がされた。

 

(...まったく、みんなチョロイんだから♪)


 カオルはシメシメとほくそ笑み、「お風呂に入ろうか♪」と告げて歩き出した。

 ヴァルカン達は、もうカオルに敵わない。 

 なぜならとっくに、カオルに身も心も奪われているのだから。 











 お風呂を大満喫したカオルは、屋敷の2階にあるテラスで夜風に当たっていた。

 カオルの左手の薬指には、2つの指輪が填まっている。

 1つはヴァルカン達に贈った物と同じ、白銀製のリングに金細工が入った、ダイヤモンドと青い魔宝石の指輪。

 もう1つは、風竜がカオルに贈った白銀の指輪。

 どちらも細く同色の為、カオルの白く細い指に填まっていても違和感は特に感じない。

 石は大きいが。

 

 カオルは、風竜を家族だと思っている。

 もう1人の父親とさえ。

 

 風竜は優しかった。

 カオルをいつも見ていた。

 危険があれば守ってくれた。

 今は居ない、両親の様に。

 

 カオルは指輪を見詰める。

 家族との絆の証。


(師匠達は、いつか本当の家族になってくれる...嬉しい...こんなボクの、大切な家族に...)


 カオルは泣いていた。

 嬉しくて。

 心が満たされる。

 両親が生きていたあの頃のような幸せが、カオルの中でじんわりと熱を持つ。


(温かい....お父様。お母様。ボクは今、幸せです)


 カオルは空を見上げた。

 亡き両親の姿を思い浮かべながら。


 欠け行く月が、ぼんやりとその姿を見せていた。

 

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