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第百六十六話 街造りの為に その参

 

 エルヴィント城。

 執務室となっている皇帝アーシェラの私室で、部屋の主であるアーシェラを含め、ヴァルカン、カルア、エリーの3人が、ウンウン唸っていた。


「ムグググ.....」


 羊皮紙を片手に、頭を掻き毟るヴァルカン。

 その隣で、エリーも同じ様に頭を掻いて困っていた。 


「何をそんなに呻っておるのじゃ。簡単じゃろう?カムーン王国からの親善訪問団は、人数が確定しておるのじゃ。あとは、迎賓館の部屋割りと警備に、帝都内の視察ルートを決めるじゃけじゃぞ?」


 さも簡単そうに告げるアーシェラ。

 確かに、皇帝であり、普段から事務仕事をしているアーシェラにとっては、とても簡単な雑務と言える。 

 だが、脳みそまで筋肉で出来ている様な肉体派のヴァルカンに、事務仕事は無理だろう。

 それでもやらなければならない。

 なぜなら、親善大使なのだから。


「ヴァルカン....私もう無理.....」


 先に音を上げたのはエリー。

 アーシェラの策略により、カムーン王国女王エリーシャからヴァルカンのお付きと判断されたエリーは、巡り巡って、ヴァルカンと同じ仕事をさせられている。

 だが、よく考えて欲しい。

 剣聖として過ごしてきた期間のあるヴァルカンは、普通の人より劣るが書類整理くらいは出来るだろう。 


 では、エリーは?


 戦争孤児だったエリーは、カルアの両親に拾われ、カルアの義妹となった。

 しかし、幼い頃にその両親も失い、カルアの手によって育てられたエリーは、勉強なんてほどんどしていない。

 治癒術師として、忙しい毎日を過ごしていたカルアは、エリーに勉強を教える時間は無かったのだ。

 幼馴染のカイとメルと共に、早いうちから冒険者になる事を決めていたエリー。

 一日も早く、カルアの為にお金を稼ぎたかった。

 そんな折、エリーはカオルと出会った。

 ほんの4ヶ月前の話し。

 今思えば、かなり昔に感じられる。

 それだけ濃厚な時間を、エリーはカオルと過ごしてきた。

 そして、カオルと一緒に居る間、エリーは書き物などした事があっただろうか?

 答えは否。

 という事は、エリーは勉強が一切出来無いという事。

 せいぜいあるのは、16年間生きてきた女としての知識くらいだろう。


 バサバサと音を立てて、持っていた羊皮紙の束を机から落とし、机に()()したエリーはそのまま意識を失う。

 慌ててカルアが介抱するが、知恵熱を出したエリーは戦力外通告を受けた。


「ぐぬぅ....エリーは脱落か...まぁあまり期待はしていなかったが....」

 

 ヴァルカンは呻く。

 予想していた通りの結果ではあったものの、いささかエリーの脱落が早かった。 

 ということは、ヴァルカンにとってこの膨大な量の仕事を、たった1人で処理しなければならない。

 

「....か、カルア....恥を忍んで言おう。手伝ってくれ」


 ヴァルカンは最終手段を使う。

 それは、隣でテキパキと聖騎士教会の要人受け入れの準備をしているカルアに、少しだけでも手伝って貰う事だ。


「おねぇちゃんは、手伝いません♪おねぇちゃんも、お仕事があるんだからね♪」

 

「カルアはもう終わるだろう!?」


「ええ、そうよぉ~♪終わったら、カオルちゃんのところに行くのぉ♪」


 ヴァルカンの願いを断り、私意(しい)を貫くカルア。

 1週間もカオルと会えなかったのだ。

 当然だろう。


「へ、陛下。手伝ってはいただけないでしょうか....」


 なりふり構っていられないとばかりに、ヴァルカンはアーシェラに願い出た。 

 このままでは親善訪問団、ひいては、王女ティルの来訪に間に合わなくなる。

 万が一そんな事があれば、カオルとの約束を反故(ほご)にしてしまう。

 それは、けしてあってはならない事。

 カオルはきっと、ヴァルカンに幻滅してしまう事になるだろう。


(それだけは絶対にダメだ.....なんとしても終わらせなければ.....)


 焦燥感漂うヴァルカンに、アーシェラはいやらしく笑みを浮かべる。

 それは、瀕死の獲物を(なじ)る狐の様に。


「ほぉ....剣聖ヴァルカンともあろう者が、こんな書類1つ処理できぬのか?」


 含み笑いをするアーシェラ。

 ヴァルカンは奥歯をギリギリと噛み締め、忌々しげにアーシェラを見詰める。

 そこで、ふと思い出した。

 ヴァルカンはまだ、今回の戦争の褒美を貰っていない事を。


「.....そうですね。私は書類1つ満足に処理出来ません。ですから、親善大使を辞退したいと思います」


 ヴァルカンの言葉に、アーシェラは慌てた。

 

「そ、そんな勝手が許される訳がなかろう!?」


「いいえ。それが出来るのです。私は今回の戦争の褒美として、親善大使を辞退させていただきます」


「ぐぬぬ.....」


 アーシェラには、言い返せない。

 ヴァルカンは帝国の恩人である。

 ヴァルカンが居なければ、カオルは今回の戦争に行く事は無かったかもしれない。

 直接カオルが言っていた訳ではないが、カオルはヴァルカンを一番信頼している。

 もしあの時、カオルが行くというのをヴァルカンが止めていたら....

 カオルは行かない可能性が大きい。

 今後も、アーシェラはカオルに沢山のお願いをするだろう。

 それならば、ここらで1つヴァルカンの願いを叶えておく必要がある。

 だが、事はアーシェラだけではなく、エリーシャにも相談しなければならない。

 なにせ、ヴァルカンはカムーン王国の人間なのだ。

 

(...何か良い手は無いものか)


 そこで、悪辣(あくらつ)な事を思いつく。


「ヴァルカンよ。お主は先日、カオルと約束をしていたの。確か、こう申しておった『ティル様が来るまでの間だから』とな....良いのか?カオルとの約束を、(たが)える事になるがの?」


「なっ!?」


 アーシェラは策士である。

 それも、長年皇帝として君臨出来るほどの。

 

 完全に押し負けたヴァルカンは、「...手伝っていただけるだけでいいです」と、折れてしまった。

 アーシェラに勝てる者は、おそらく娘のフロリアと、カオルくらいのものだろう。


(....まぁヴァルカンには悪いが、わらわも仕事が詰まっておるのでな)


 戦争の終結に加え、カオルの決闘と、仕事内容は多岐にわたる。

 ただでさえアーシェラは忙しいのだから、ネコの手ですら借りたいのだ。

 目の前で気絶している、猫耳族(エリー)はいらないが...


「ぐぅぅ....」


「ヴァルカンよ。そこの計算間違えておるぞ.....」


 剣聖ヴァルカン。

 掛け算も出来無いとは、情けなさ過ぎる。

 カオルが知ったらなんと思うか....

 

「ぐぬぬぬぬ......」


 ヴァルカンは頑張る。

 カオルとの約束の為に.....




 







 ヴァルカン達が書類とにらめっこをしている頃。

 カオルとエルミアとディアーヌの3人は、レジーナが居る食堂へと向かっていた。


 今尚、娼館の前で見かけたレオンハルトの悪口を言い続けるディアーヌ。

 カオルはさすがに(言いすぎじゃないかな?)とは思いつつ、娼館自体は快く思っていないのでディアーヌを止める事はなかった。


「ホント、最低よね!!男って気持ち悪いわ!!」


 不義を働いた男全般に対して、ディアーヌは文句を言う。

 エルミアも同意し、頷いていた。


「...あのね。ボクも男なんだけど....」


「カオルはいいのよ!!」


(何がいいんだろう?)

 

 そうカオルが突っ込みを入れたかったが、矛先が自分に向くと厄介なので、黙っていた。

 ヒステリックな女性は怖い。 

 今は女性2人に対し、男は1人なのだ。

 いや、そもそもカオルの屋敷に男はカオルだけだ。

 この話しは屋敷に持ち込んではいけない。

 

(近いうちに相談はしなくちゃだけど、カルア辺りに聞いてみよう。こっそり....)


 ディアーヌの言葉に、エルミアが同調し始めた時、高価な紙製の本を扱う商店の前を通り掛った。

 そこには、多くの歳若い女性達が、うっとりとした表情で本を読んでいた。

 

「ディアーヌ。本を売ってるよ?見て行かない?」


 カオルは、この空気を一蹴しようと、話題を変えた。

 ディアーヌは本が好きなはずだ。

 なにせ、あの古城で出会った時、ディアーヌは本に囲まれていたのだから。


「...あら、ホントね。せっかくだし覗いて行きましょ♪」


 コロリと態度を変えるディアーヌ。

 やはり本好きなのだろう。


 カオル達が本屋へと足を踏み入れる。

 そこは壁一面に本棚が設置され、読んだ事の無い本が数多く並べられていた。

 羊皮紙製の本や、高価な紙製の本。

 すぐに破れてしまいそうな、パピルスまでもが置いてあった。


「わぁ....全部読んでみたいね♪」


「そうね♪」


 足取りの軽いカオルとディアーヌ。

 エルミアは黙って着いて行く。

 もちろんカオルと手を繋ぎながら。


「やっぱりぃ~、『コン×クロ』よねぇ♪」


「私も好きー♪」


「おいおい、嬢ちゃん達。あまり本を乱雑(らんざつ)に扱わねぇでくれよ?」


「「はーい」」


 雑談を交わす少女達に、店主のドワーフが注意を告げる。

 少女達は1冊の本を大事そうに抱え、どうやら感想を言い合っているようだ。


「なんの本だろうね?」


 興味を惹かれたカオル。

 ディアーヌとエルミアを見上げ質問する。


「...これのようですね」


 エルミアが手に取ったのは、背表紙に『金色(こんじき)の魔女と黒髪の少年』と書かれた1冊の本だった。

 それは、皇女フロリアがイライザに依頼して作らせた本である。

 金色の髪の魔女が、帝国から1人の少年を連れ去る。

 少年の名前はカロル。

 艶やかな長い黒髪で、少女と見紛う相貌であった。

 その少年を、帝国の皇女が救い出し、2人は恋に落ちるというお話。


 すらっと読み終えたカオルは驚いた。

 魔女の名前がヴァルンであり、皇女の名前がまさかのフロリアだったのだ。

 間違い無くカオルに近しい者が書いている事など、すぐにわかっただろう。


(.....誰が書いたんだろう)


 即座に作者名を探す。

 しかし、背表紙にも、表紙にも、裏表紙にも、作者名は無い。

 ようやく見つけたのは最終ページ。

 そこには、イライザ・レーダの名前があった。

 カオルは知っている。

 イライザとは、オナイユの街で1度出会った、冒険者ギルドの買取官だ。


「....早くレジーナのところに行こう。何か知ってるかも」


 レジーナは顔が広い。

 もしかしたら、イライザの事を知っているかもしれない。

 それに、今はカイとメルも食堂で働いている。

 2人は、オナイユの冒険者ギルドで、手伝いをしていたと言っていた。

 ならば知っているはずだ。

 こんな物を書いたイライザを....


 カオルは本を購入し、エルミアとディアーヌを連れて食堂へと急いだ。


「ちょ、ちょっと!!どうしたのよいきなり!!」


「か、カオル様!?」


 何も知らない2人は、急ぐカオルに慌てた。 

 カオルは黙って2人と手を繋ぎ、引っ張るように走った。

 

 ほどなくして、目的地の食堂へと辿り着く。

 お昼時という事もあり、混雑する店内で、カオルはレジーナを探した。


「あ、カオル様。あそこに....」


 探し人はすぐに見付かった。

 給仕服を着て、三角耳を生やした犬耳族のレジーナ。

 その姿は混雑している店内でもとても目立つ。


「エルミア、ディアーヌ。ボクから離れないでね」


 カオルは2人の返事も聞かずに、ずかずかとレジーナに向かう。

 すると、レジーナが応対しているホビットの少女に気付いた。

 周りのおじさんを含めて、楽しそうに談笑に耽る少女。

 何かのお祝いだろうか?

 隣でお酒を呷る猫耳族の女性は、テーブルの上の料理の品々を怒涛の勢いでかき込んでいる。


「まさか、幸運にも探し人に会えるなんて思いませんでしたよ。イライザさん」


 カオルは声を掛ける。

 イライザに。


「ふぇ?」


 突然カオルに話し掛けられ、振り向いたイライザは凍り付いた。

 隣のレーダも同様に。


「あら、カオル。いらっしゃい♪今日も沢山食べていってね♪」


 咄嗟に営業スマイルを浮かべるレジーナ。

 さすが対人スキルが高い。


「レジーナ。またあの部屋を借りたいんだけど、いい?」


「うん。今日は使ってないから大丈夫だよ♪」


「ありがとう。それじゃ....来ていただけますよね?イライザさん....」


 恐怖に固まるイライザは、咄嗟にレーダの裾を掴んだ。

 離れない2人を、カオルは2階へと連れて行く。

 カオルが何を考えているのかわからないエルミアとディアーヌは、黙って成り行きを見守った。

 今のカオルは行動力がありすぎる。

 1万5千もの魔物の大軍へ向かった時のような、行動力が。


 レジーナに連れられて、2階の高級中華料理屋をイメージさせる豪華な部屋へと案内されたカオル達。

 カオルは上座に座らず、逃げられない様にわざと入り口側に座る。

 一方、上座に座らされたイライザとレーダは、全身をガタガタと揺らし明らかに動揺をみせていた。


「それじゃ、注文が決まったらいつでも言ってね~♪いっぱい頼むんだよ?」


「うん。『この2人』が沢山食べたいみたいだから、いっっっっぱい頼むよ♪」


「??そうなの?ま、いっか。それじゃねぇ~」


 怯えるイライザとレーダをチラリと見やり、レジーナは部屋を後にした。

 テーブルを囲み、対峙する5人。

 カオルの目は、とても冷ややかだ。


「....それじゃ、イライザさん。改めまして、お久しぶりです。ボクの事....もちろん覚えていますよね?」


 カオルの殺気が、周囲に放たれる。

 レーダに縋り付いたイライザは、既に少し漏らしていた。


「は、は、はは、はいぃ....」


 生気の無いイライザとレーダ。

 肉食獣に捉えられた哀れな草食獣が、そこに居る。


「ちょ、ちょっとカオル.....何があったのか知らないけど、そんな喧嘩越しに....」


「ディアーヌ。少し....黙ってて.....」


 カオルの目がディアーヌに向けられる。

 宥めようとしたディアーヌは、それだけで背筋に悪寒が奔った。

 今のカオルは、ディアーヌの知るカオルではない。

 関わってはいけない雰囲気だ。


 ディアーヌは俯きカオルから目線を外す。

 カオルの隣でエルミアが、なぜか光悦とした表情を浮かべていた。


「....さて、イライザさん。隣の方は、レーダさんでよろしいですか?」


「ひっ!?な、なんで私の名前を....」


「そんな事はどうでもいいんです。もう一度聞きます。レーダさんでよろしいですか?」


「ひゃ、ひゃい!!」


「では、この本について、知っている事を話していただきましょうか」


 カオルは、先ほど買ったばかりの本を取り出した。

 作者名に、イライザとレーダの名前の入った本を。


「あわわわ....れ、れーだぁ...どうしよう....」


 親友レーダに救いを求めるイライザ。

 だが、今のレーダは役に立たない。

 アイデアマンである彼女にも、この場を打開する良策は思い付かないのだ。


「...怯えているという事は、この本を書いたのは、お二人で間違いないという事ですね?」


 カオルの尋問が始まる。

 冷酷な顔をし、顔色1つ変えず、冷ややかな視線で2人を見詰める。

 カオルは静かに怒っていた。


「は、はひぃ....そ、そうです....」


「そうですか....では、次の質問です。なぜ、この本を書かれたのですか?」


 詰問は続く。

 押し黙るレーダを置いて、イライザは懸命に答えた。


「そ、その本は、フロリア様に依頼されて....」


「リアに?」


「そ、そうです....」


 カオルは少し驚いた。

 だが、ありえない話しではないだろう。

 なにせ、本に登場するヴァルカンとカオルの名前は改変されていたが、フロリアの名前はそのままだった。

 立場も、帝国の皇女というのは変えてすらいない。

 ならば、イライザが言う通り、この本はフロリアが依頼したものなのだろう。


「では、リアが2人に依頼した理由は?」


「そ、それは、私の口からは...」


 フロリアがイライザに依頼したのは、ヴァルカンに嫉妬したからだ。

 いつもカオルの傍に居て、カオルを独り占めしているヴァルカン。

 フロリアは羨ましかった。

 皇女である自分は、いつでもカオルの傍に居る事は出来無い。

 ならば、せめて本の中では一緒に居たい。

 そう思ったからこそ、偶然見つけた『黒巫女(クロ)×剣聖(ケン)』本の作者(イライザ)に、自分が登場するこの本を書かせたのだ。


「...言えない。ということですね?」


「は、はい....」


 カオルは考えた。

 リアがこんな物を作らせたのには理由があるはず。

 でも、それを2人は口にしない。

 きっと、2人には言えない理由なのだ。

 ならば、無理に2人に聞く必要はない。

 直接、本人(フロリア)に聞けばいいのだから。


「ふぅ...わかりました。それでは、2人には罰を受けてもらいます」


「ふぇ!?」


「当然でしょう?この本には、明らかにボクと師匠と判かる人物が登場します。著作権という言葉の意味を、イライザもレーダも理解しているでしょう?」


 既に敬称も無くしたカオル。

 良い手駒を手に入れたと、悪辣(あくらつ)にも考えている。


「そ、それは....そうですけど....でも、フロリア様の依頼で....」


「リアには後ほど、しっかりと釈明してもらいます。まずは、実行犯である2人の断罪が先でしょう」


 悲壮感が漂い始める。 

 そんな中、親友を守ろうと、ついにレーダが口を開いた。


「い、いったい私達に何をさせるつもり!!い、言っておくけど、私達の身体が目当てだなんて言ったら、喜んじゃうんだからね!!」


「「「「.....?」」」」 


 一瞬、時が止まった。

 正確には思考が止まった。

 イライザを庇おうと立ち上がったレーダは、なぜか『喜ぶ』と口にしたのだから。

 

(もしかしてアレかな....手を出させない様に、わざとそう言ったのかな?)


 カオルにはレーダの思惑などわからない。

 たとえ、腐女子の2人がそういう性癖を持っていたとしても、カオルはわからない。


「何か、勘違いをしているようですね。2人にさせる事は、ボクのお手伝いをしてもらう事です。2人には、ボクが新しく造る街で、冒険者ギルドを切り盛りしてもらいます」

 

 カオルが2人に与えた罰は、冒険者ギルドの運営であった。

 女性だけの街を造るつもりのカオルは、イライザとレーダが女性だった事を利用し、2人に新しい街の冒険者ギルドの運営を任せた。

 支部を造るには、帝都冒険者ギルドの長であるエドアルドの協力が必要であろうが、人員はこちらで融通させてもらおう。

 なんなら、他から女性職員引き抜いてもいい。 

 カオルは造るとなったら、とことん拘ろうと、そう考えていた。


「あ、新しい街....ですか?」


「はい。これは決定事項です。もし断るというなら、それ相応の覚悟をしてください。ボクは、持てる全ての力を使って、2人に罰を与えなければいけなくなります。生きているのが辛く思える程の罰を....」


 もちろんハッタリだ。

 カオルにそんな事をする意思は無い。

 力はあるが、それをもし行えば、カオルは罪の意識に苛まれ、自分を許せないだろう。

 ただ、勝手に本の登場人物にされた事は許せなかった。


「ひぃ!?わ、わかりましたぁ~お手伝いしますぅ~」


「は、はい!?よ、よろこんで!!」


 カオルは満足気に頷いた。

 これで1歩、街造りが進んだ。

 だが、これで終わりではない。

 カオルには必要な人材が、ここには居るのだから。


「それでは、2人には近いうちに連絡します。テーブルへ戻り、食事を続けてください。もちろん、沢山食べて下さいますよね?レジーナは、ボクの戦友です。彼女を悲しませるような事をすれば....わかっていますよね?」


「「ひゃ、ひゃい!!!」」  


 哀れな小鼠はテーブルへ戻った。

 その後、妊婦の様にお腹を張らした2人を、レジーナが介抱したのは言うまでも無い。


「それじゃ、料理を頼もうか?」

 

 いつもの表情に戻ったカオル。

 エルミアとディアーヌにそう告げ、呼び鈴を鳴らした。

 

「カオルって、怒ると怖いのね...」


「いいえ、とても素敵ですよ♪」


 店員が来るまで、コソコソと2人で話すエルミアとディアーヌ。

 しっかりカオルの耳には聞こえていた。

 

「ようカオル!今日も飯食いに来てくれたのか?」


 やってきたのは友人のカイ。

 カオルはメルも呼んでくれるよう頼んだ。


「ん?じゃぁ、ちょい早めの休憩貰うからよ、飯奢ってくれよ」 


「もちろんいいよ♪料理はお任せしていい?」


「おう!んじゃ、ちょっと待っててくれよ」

 

 カイが出て行き、カオルはディアーヌにカイとメルの自己紹介をする。

 2人はエリーの幼馴染で、冒険者をしている。

 今は、給金の高いここの食堂で働いて、結婚式の資金を貯めている事を。


「結婚ねぇ....羨ましい」


「...そうですね。羨ましいと思います」


 ディアーヌとエルミアは、自分達の花嫁衣裳姿を思い浮かべ、乙女の様に目を輝かせた。

 チラチラとカオルを見やり、潤んだ視線を何度も送る。

 わざとらしい仕草も、鈍感カオルに真意は伝わらないはずだが。


「そうだね。結婚って、良いよね♪」


 まさかの言葉が、カオルの口から出た。

 これはもしかしたら、今押せばいけるのではないだろうか?


 そこからの2人は素早かった。

 カオルの両脇を固め、手を繋いでキラキラと輝く瞳で見詰める。

 カオルはびっくりした。


「どうしたの?」


(さっき見せた、怖い自分を、もしかしたら2人は変に思ったかも....)


 そう考えたカオルは、微笑んで見せる。

 繋がれた手をキュッと握って。


「か、カオルは....結婚したいなんて思ってたり....するの?」


 頬を染めた2人。

 ヴァルカンとカルアとエリーの一歩先を行こうと、こんな行動をしていた。


「そうだね。アゥストリも言っていたけど、ボクもいつか結婚したいかな。成人するまで、まだまだ時間はあるから、ゆっくり決めるよ」


 カオルは結婚したいと思っていた。

 大好きな両親の様な、幸せな結婚を。

 誰が見ても幸せそうな夫婦に、いつかなってみたい。

 どこでもキスする様な、そんな相手を求めている。


「その...たとえば、私などいかがでしょうか?」


 咄嗟に自分を押すエルミア。

 ディアーヌは『しまった』という顔をした。


「エルミアがボクと結婚かぁ....それもいいかもね♪」


 パッと花が咲いた。

 あのカオルが、『エルミアと結婚してもいい』と言ったのだ。

 これほど嬉しい事はない。

 敗者ディアーヌはガックリうな垂れ、ひたすらテーブルにのの時を書く。

 

 そこへ、料理を持ったカイとメルがやってきた。


「おっまたせ~って....どうしたんだ?なんかあったのか?」


 歓喜の表情を浮かべるエルミアに、気落ちしているディアーヌ。

 その間でカオルは首を傾げていた。


「ま、いいや、さっさっと喰おうぜ」


「カイ。カオルがご馳走してくれるんだから、そういう変な言葉を使わないで!」


 姉さん女房メルさんが、適当な言葉を使うカイを戒める。

 カイは即座に姿勢を正し、メルに「ごめん」と謝罪をした。


 尻に敷かれたカイを見て、カオルは笑う。 


「あはは。すっかりメルに調教されてるね?」


「ば、バカ言うんじゃねぇよ....」


「ちょ、ちょっとカオル...調教とか、そんなんじゃないよ....」


 照れる2人。 

 カオルは益々笑顔になる。


「とりあえず、食事にしようか。食べながらでいいから、聞いてほしい話があるんだ」


 落ち込むディアーヌを無視して、食事を始める。

 カイとメルは何故か上座に座らされ、どこか落ち着かない様子で食事を続けた。


「モグモグ...それで、聞いてほしいってなんだ?」 


「カイ、口の中に食べ物入れたまま話さないで。ほら、零れてるよ」


 甲斐甲斐しくお世話をするメル。

 カイは、気恥ずかしそうにメルに口元を拭ってもらっていた。


「うん。実はね、2人にはボクの家臣になってもらいたいんだ」


「ングッ!?」


 ディアーヌは驚いて、自棄食いをしていたお肉を喉に詰まらせる。

 カオルは、慌ててディアーヌにお茶を飲ませ、介抱した。


「お、おい!カオル!家臣ってなんだよ!?」


「そ、そうよ!!」 


 驚くカイとメルに、カオルは冷静に話した。 

 それはあまりにも突拍子の無い事であった。


「カイとメルは、ここでお金を貯めて結婚式をするんだよね?」


「あ、ああ....」


「その後どうするの?」


「そ、そりゃぁ....オナイユに帰って、また冒険者ギルドで....」


「非常勤なんでしょ?」


「そうだけどよ....」


「冒険者ギルドは、正式に雇ってくれるの?」


「おやじ達が引退したら.....たぶん」


「それって何年後の話し?」


「わ、わかんねぇよ....」


「その間に、子供が生まれたらどうするの?非常勤のまま育てるの?それで、カイとメルは安心できるの?」


「う、うるせぇな!!カオルがそんなに心配しなくたっていいだろうが!!」


「...ボクは他人だから、確かに2人を心配をする立場じゃないと思う。でもね、ボクは心配だよ。2人は、ボクの大切な友人だと思ってるし、エリーは幼馴染だから、ボクよりもっと心配してるはずだよ」


「「カオル....」」


 カイとメルは驚いた。

 カオルが、こんなにも自分達を心配してくれている事に。

 そして、カオルはエリーを想っている事を感じた。


「だから、ボクは2人を雇いたい。出来ればずっと....ダメかな?」


 2人の心は決まった。

 自分達を友人と言ってくれたカオルに、自分達も誠意を見せようと。

 お互いに頷き合い、カオルに告げた。

 

「「是非、お願いします」」


「よかった♪それじゃ、カイは家令で、メルはその補佐をお願いね♪あ、逆の方がいいかな?カイは、おっちょこちょいだし」


 2人が受け入れてくれて、満足そうに笑うカオル。

 だが、まさか家令などと口にするとは、カイもメルも思ってはいなかった。


「なんだよ!おっちょこちょいって!!じゃねぇよ。家令ってお前....俺達平民だぞ!?」


「そ、そうよ!!私達じゃ、格が....」


 当然だろう。

 家令とは、事務・会計を管理し、使用人の監督に当たる役職の総称だ。

 カオルは伯爵であり、新しく街を起こす。

 という事は、行うべき仕事は多岐にわたる。

 経験も無く、市井の出自の2人には、荷が重すぎる重役だ。


「格が必要なら、それに見合う実力をつけてくれればいいよ。そうすれば誰も文句を言わない。もしそれでも言うような人が居るなら、ボクが黙らせるから、心配しなくていい。大体、平民だとか貴族だとか言うけど、元々同じ人間なんだから気にする必要無いよ。実例が必要なら、カイとメルがなればいいよ。平民から伯爵家の家令になった冒険者が居る。みんな憧れると思うよ?」


 カオルは嬉しそうに話した。

 前からずっと考えていたのだ。

 新しい街を任せられる人物は、自分の知る人に頼みたかった。

 カイとメルなら良い人選と言えるだろう。

 なにより、エリーの幼馴染なのだから。


「ま、マジか....いいのかよ...俺みたいなのが、伯爵様の家令なんて....」


「あ、やっぱりメルが家令でカイがその補佐ね」


「なんでだよ!!」


「だって、ボクは新しい街を造るんだけど、そこには女性しか居ないからね。カイが家令だと、権力を使って浮気しそうだし....その点、メルなら安心だもん。気配り上手で頭の回転が速いメルなら、実務もキチンとこなしてくれるだろうしね♪」


「え!?カオル、街を造るの!?」


「うん。ボクの領地にね」


「お、俺は浮気なんかしねぇぞ!!」


「ふぅ~ん.....」


 カイは、浮気性のきらいがある。

 特に、お尻の大きな人を見ると、目で追う癖がついている。

 本人に自覚が無いのならば、試す他ないだろう。

 カオルはスッと立ち上がり、カイの隣へ移動した。

 潤んだ瞳でカイを見上げ、右手をカイの頬に添えてしな垂れ掛かる。

 カイの膝の上にお尻を乗せて、体重を全てカイに任せ、少しだけ妖しく口を開いた。


「ッ!?」


 カオルのあまりにも妖艶な姿に、カイは動悸を激しくする。

 顔は赤く高揚し、目尻をいやらしく下げてしまった。


「かぁ~い~.....」


 その瞬間。 


 カイの隣には、悪鬼(あっき)羅刹(らせつ)と見紛うばかりのメルが現れた。

 全力でカイの耳を摘み、ギリギリと捻る。

 痛いだろう。

 そう、アレは痛いのだ。

 やられればわかる。

 どれだけの痛みか。


「い、いっってぇ!!!」


「自業自得です!!」


 そのやり取りを、カオルはほくそ笑みながら見ていた。

 カオルが行ったのは『想い人を落とす10の方法』のひとつ。

 以前、ヴァルカンにも別なものを試してみたが、やはり効果覿面(こうかてきめん)の様だ。


 だが、忘れてはいけない。

 この場所には、エルミアとディアーヌが居る事を。


「か、カオル様!!私にもしてください!!」


「わ、私も....」


 エルミアとディアーヌは羨ましかった。

 あのカオルが、あんなにもエッチな事をしてくれるのだ。 

 してもらわずにはいられない。

 ヴァルカンばっかりずるいと思っていたのだから。


「....ちょっとだけ...ね?」


 カオルは2人に、カイと同じ事をする。

 全身の体重を預けるということは、『私の全てを預けます』という事。

 眼前へ迫るカオルの顔から、熱い吐息が鼻先を掠る。 

 あと5cm顔を近づければ....カオルとキスが出来る。

 うっとりとした表情を浮かべる、カオルと...


「はい、おしまい。それじゃ食事に戻ろうか」


 寸前でお預けを喰らった2人。

 身を縮こませ、太股を擦り合わせた。


 その様子を、羨ましそうにカイとメルが見ていた。


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