第百六十三話 新たな約束
「な、なな、な、なんと!?これは素晴らしい!!!」
皇帝アーシェラの私室で、カオルはアゥストリを呼び出し、2人に通信用の魔導具を渡していた。
使い方を説明し、実際に使用してみせると、アゥストリは驚き、歓喜の声を上げた。
「うむ!これは良い物じゃ!!こんな物があったとは....わらわは深く感銘を受けたのじゃ!!カオル、ありがとう!!」
「どういたしまして。ですが、約束は必ず守っていただきます。..........もし、破るような事があれば、ボクはこの手で2人を手に掛けます」
カオルの冷たい視線が、アーシェラとアゥストリに向けられた。
声色は低くなり、背筋が凍る程の恐怖が奔る。
カオルが約束させたのは、けして悪用しない事。
特に、軍事利用に関して強く約束させた。
万が一、再び戦争が起こったとしても、この魔導具で戦争を優位に展開させない事。
そもそも、この魔導具は登録者しか使用する事ができない。
さらに加えて、カオルが認めた者しか使えない様に制限している。
渡す相手もカオルが決めるし、他人に譲渡しても使えない。
悪用なんて、そう簡単に出来る訳も無いのだが。
「か、カオル....わ、わかったのじゃ。約束は必ず守る。じゃ、じゃからそう怖い顔をするでない....(漏らしたらどうするのじゃ....)」
カオルの迫力に怯え、アーシェラはうろたえた。
カオルはドSである。
本人も自覚している。
そして、それが悪いとは思っていない。
相手が本気で嫌がるなら、話しは別だが。
「アゥストリも....わかった?」
「は、はい!!大丈夫ですぞカオル殿!!わ、私はけして悪用しないと、カオル殿に誓いましょう!!」
カオルの物言いに怯えたアゥストリが、そう誓った。
カオルは満足そうに頷き、ヴァルカンとエルミアに向けて笑顔を見せる。
カオルは気付いていた。
昨夜ヴァルカンに魔導具を渡した時に、思い詰めた表情をしていたのを。
ヴァルカンとエルミアは微笑んで答えた。
(カオルはわかってくれていた)と。
(カオル様はやはり素敵な方だ)と。
「これで、いつでもカオルと話せるの!!リアも喜ぶじゃろう!!ありがとうカオル!!」
ウットリと魔導具を見詰め、アーシェラは顔を綻ばせる。
カオルは(毎日通信して来そうで嫌だな)と思いつつ、嬉しそうなアーシェラに満足していた。
「ところでカオル殿。ご相談があるのですが....」
おずおずとアゥストリが話し始める。
それは、案の定家臣の話しだった。
「カオル殿はご存知だと思いますが、カオル殿の屋敷には、毎日沢山の人が詰め掛けております。皆、カオル殿に召し抱えてもらおうと思っているのです。聞けば、カオル殿は街をお造りになるとか。どうでしょうか?そろそろ家臣を持ってみては.....よろしければ、このアゥストリ。カオル殿のためとあらば、一肌脱ごうではありませぬか」
薄毛の頭を光らせて、アゥストリは自身満々に告げた。
懐から丸めた羊皮紙を取り出して、いざ何かを言おうと息を吸ったところで、アーシェラに止められる。
「アゥストリよ。カオルは1人で街を造るそうじゃ。わらわの援助はいらぬと、断られてしもうた。じゃがの。わらわは楽しみで仕方無いのじゃ。カオルが造る街。いったいどんな物が出来上がるか、ワクワクしてしまうの♪」
アゥストリは思わず咽た。
自分が今から言おうとした事は、この羊皮紙に書かれた事。
何日も掛けて吟味した、有能な人材達の名前がそこに書かれている。
(きっとカオル殿の助けになる)と思い、わざわざ作ってきたのだ。
「ゴホッゴホッ....そ、そうでしたか.....」
せっかくの苦労も水の泡となってしまい、アゥストリはたそがれる。
(無駄な苦労をしてしまった)と、そう思った。
しかし、そうはならなかった。
カオルはニコリとアゥストリに笑い掛け、羊皮紙を見せてもらう。
そこには、悩みに悩んだのであろう、一度書かれて射線を引かれた人の名前や、名前の横に丸印が付けてあった。
「ねぇアゥストリ。この人達は有能なの?」
この時。
アゥストリには、カオルの後ろに光が射した様に見えた。
まるで神。
慈悲深いカオル神が、そこに居た。
「....は、はい!!とても有能ですぞ!!」
「この人達は役職に就いてる?」
「い、いえ。彼らは、法衣貴族の次男や三男ですので.....」
アゥストリが用意したのは、将来役職に就く事の出来無い者達であった。
だが、彼らは有能である。
魔法こそ使えないものの、読み書きも出来るし、計算能力も高い。
細々とした雑務であれば、問題なくこなせるだろう。
自我も強くなく、カオルに対して従順に職務をこなす。
そんな人材を、アゥストリは厳選していた。
「もしボクが雇わないと、この人達はどうなるの?」
「そうですな....良くて近衛騎士か、冒険者でしょうか....その他は....商家に縁でもあればそちらへ....」
法衣貴族は、そのほとんどが無役である。
襲爵出来る爵位こそあるが、役職は無い。
帝国にとって、無駄飯喰らいのアリ食い虫の様な存在ではあるのだが、過去に帝国に大きく貢献しており、無下に扱う事など出来無い。
故に飼い殺し状態なのだが、社会階層上部に君臨しているだけに発言力はある。
しかも数が多いので、皇帝アーシェラにとっては、頭痛の種であろう。
「『彼ら』ということは、この人達は全員男の人なんだ?」
「え、ええ。そうですな」
「そっかぁ....女の人なら、雇おうかと思ったんだけどなぁ.....」
「「「「「「え゛.....」」」」」」
アーシェラに振舞われた、高い紅茶を飲んでいたヴァルカン達。
カオルの言葉に驚愕した。
「か、カオル!?どういう事だ!?」
カオル大好きヴァルカンが、説明を求めた。
「女の人なら雇うのか」と。
「言っていませんでした?ボクは『奴隷の街』を造ると」
「そ、それは聞いた。カオルが奴隷の事で、心痛めていたのもわかっている。だからこそ、『奴隷の街』を造ると言い出したのだろう?それがなぜ、女性なら雇うという事になるのだ!!」
ヴァルカンは焦っていた。
まさか、(カオルはハーレムを作るつもりではないのか)と、そう思ってしまったのだ。
ハーレム。
それは、男なら一度は憧れるだろう。
見目麗しい女性を何人も侍らせて、悠々自適に暮らすのだ。
最高の幸せがそこにはある。
なにせ、自分は絶対王者なのだから。
「えっと、師匠はもしかして勘違いをしていませんか?ボクが造るのは、『奴隷の街』であり、『女性の為の街』です。なるべく男性は入れないつもりですが、ボクがそこで行うのは『花嫁を作る』事ですよ?」
家族達には、さっぱり理解できなかった。
カオルは何を言っているのか。
花嫁とはいったい誰の?
まさかカオルのでは?
やはりハーレムを作るのか?
私達は、カオルに相応しい花嫁ではないのか?
性格か?
見た目か?
年齢か?
目まぐるしく変わる、ヴェルカン達、家族の顔。
向かい合って座っていたアーシェラとアゥストリも、カップを持ったまま停止していた。
「ボクは、みんなの奴隷に対する意識を変えさせます。ボクの街で育った彼女達は、どこに出しても恥ずかしくない花嫁として、愛する人に嫁がせます。数年の内に、『大お見合い会』を開催し、驚く事でしょう。『こんなに素敵な女性が、かつて奴隷であったのか』と」
拳を握り、カオルは力説する。
カオルが造りたかったのは奴隷の街であり、お淑やかな花嫁の街。
その為にやる事は沢山ある。
カオルはこれから奔走する。
決闘なんて忘れる程に。
「....立派じゃ。カオル」
アーシェラは涙を流していた。
カオルのあまりにも壮大な計画に感嘆し、そして称えた。
「カオルは偉大である」と。
「エヘヘ。でも、お見合いの時には、アーシェラ様とアゥストリにも尽力していただきますからね?」
「うむ!任せるのじゃ!さすがに貴族を!というわけにはいかぬかもしれぬが、女子に不自由させるような男は選ばん!!」
「そう言っていただけて良かったです。それと、今度盗み聞きしたら怒りますからね?」
(ギクッ!?)
希代の皇帝アーシェラには、沢山の秘密がある。
その1つが、狐耳族の秘術『変化の術』。
自らの姿を、他人に移し変える事が出来る。
その術をもって、初めてカオルと謁見した際に侍女であるメイドを自身に変えて、カオルと謁見させた。
自分は貴族達の中に紛れて。
カオルが、最初にアーシェラと顔を合わせた時に感じた違和感は、まさにそれが原因であった。
そしてもう1つ。
アーシェラには沢山の私兵がいる。
情報収集に長けた者達。
蒼犬のルチアとルーチェを筆頭に、日夜帝都周辺の情報を集めてさせている。
希代の皇帝と言われる所以は、行動力の早さだ。
「街道が曲がりくねっていて不自由だ」と聞けば、即座に一本道へ修正する。
「とある商家は他よりなぜか安い」と聞けば、内々に調べさせ、違法な事をしていれば粛清する。
それが、数多あるアーシェラの秘密だ。
しかし、なぜカオルがその事を知っているのか。
アーシェラは、三角耳をピクピク動かし冷や汗を掻きながら、カオルに聞く。
「な、なんの事だかわからぬが、どういう意味かの?」
「いえ。家族しか知らないはずの情報を、なぜかアーシェラ様が知っている事が多かったので.....違うならいいんです。疑ってしまい申し訳ございません。アーシェラ・ル・ネージュ様」
ニコリと微笑み、わざとフルネームで呼ぶ。
アーシェラは目を剥いて動揺を見せると、カオルから視線を外した。
間違い無く、カオルに真実を見抜かれている。
(これ以上はまずいわ)と、思ったに違いない。
そこへ....
「カオル様!!!!」
ノックもせずに、勢い良く扉を開けて入って来たのは皇女フロリア。
慌てていたのだろうか、黄色い髪を振り乱し、ふさふさの尻尾が逆立っている。
「り、リア!!丁度良い所に来てくれたわ!!わ、私はヴァルカン達と話しがあるから、カオルの相手をしてあげなさい!!」
アーシェラは取り乱し、母親口調になっていた。
満面の笑みでそれに答えたフロリア。
急ぎ足でカオルの隣へやってくると、腕を絡ませそのまま部屋から連れ出した。
衝撃的な事が連続して起こり、固まっていたヴァルカン達。
ボーっとカオルが出て行った扉を眺めていた。
無理矢理フロリアに連れ出されたカオル。
フロリアの私室へと連れて来られていた。
「あのさ....やっぱりボク、外で待ってた方が.....」
カオルは今、部屋の隅に居る。
正確には、沢山のヌイグルミに囲まれて、壁を見ている。
なぜかというと、フロリアが着替えているのだ。
「も、もうすぐ終わりますから!!」
衣擦れの音が聞こえてくる。
フロリアは今下着姿だろうか。
ヴァルカン達、家族と一緒にお風呂に入るカオルは、女性の身体を見慣れている。
はずなのだが、同い年のフロリアの下着姿を想像すると、得も言えぬ胸の高鳴りを感じる。
(いけない)とは思いつつも、つい振り向いてしまいそうになり、慌ててヌイグルミで顔を覆い隠す。
清い青少年が、そこに居た。
「お、おまたせしました....」
支度が整い、フロリアは告げる。
カオルはヌイグルミで顔を隠したまま振り返った。
ゆっくりとした動作でヌイグルミから顔を離す。
そこには、裾にレースをあしらった、純白のワンピースを着たフロリアが居た。
「ど、どうでしょうか....」
恥ずかしそうにモジモジとするフロリアに、カオルは気恥ずかしさを感じる。
いつもはピンと張った三角耳が、自身なさげに垂れ下がり、尻尾もどこか寂しそう。
カオルは紳士として、フロリアに感想を言った。
「と、とっても可愛いよ。リアは、青も似合うけど、白も似合うんだね。フリフリのレースが、とても可愛いよ」
「あ、ありがとうございます....」
初々しい2人。
まるで初恋の様な、ほろ苦さが、そこには充満していた。
カオルの初恋はヴァルカンだが。
「そ、そうだ。あそこへ行ってみない?」
「あそこですか?」
カオルが誘ったのは、エルヴィント城の塔の上。
いつぞやに、2人きりで語り合った、思い出の場所。
カオルは、あの時の様にフロリアを抱き抱え、『飛翔術』で塔へと向かう。
バルコニーへ着地し、アイテム箱からテーブルと椅子を取り出して、お茶会を開始した。
「はい。紅茶と果物のタルトだよ。約束したよね?2人で食べようって」
約束。
それは、カオルがアベール古戦場へと赴いた時。
エルヴィント城の城門前で、フロリア達はカオルを見送った。
そこで交わされたのが約束。
「リア。きっと帰って来るから、そしたらみんなでタルトでも食べようね。メイドの2人とも約束してるんだ♪」
メイドの2人に苛立ちを感じたフロリアは、無事にカオルが帰って来た時に、「『2人きりで』タルトをいただきましょう♪」と約束の内容を変えていた。
カオルは特に気にしていなかった。
(別に2人きりでもいいか)と、気軽に考えていたのだから。
そして、その約束を、カオルは今果たしたのだ。
「覚えていて下さって、嬉しいです。カオル様」
はにかんで笑うカオルとフロリア。
2人が交わした約束は、無事に果たされた。
青天の中。
エルヴィント城の塔のバルコニーで。
2人は楽しく語り合い、近況などを報告し合う。
カオルがシルフや土竜に会った事を話すと、フロリアは驚いて見せる。
本当は、あまりよくわかっていない。
歳若い少年達が憧れる英雄譚など、フロリアには興味が無かったのだから。
ただ、楽しそうに話すカオルが、とても愛おしく思えた。
「リアはどう?魔術学院は楽しい?」
「はい。アゥストリが、はりきって教えて下さいますから」
フロリアには魔法の才能がある。
午前中は魔術学院に通い、魔法を習っている。
午後は『秘密の部屋』に篭り、ヌイグルミを作ったり、カオル使用の食器やカトラリーで妄想しているが。
「そっか。アゥストリが先生なら安心だね。そうだ!!ボク、今度『街』を造るんだけど、完成したらリアも見においでよ!!アーシェラ様にはボクからお願いしておくから」
フロリアは皇女である。
それゆえに、心無い悪人に命を狙われる。
そのため、魔術学院とエルヴィント城にしか行動できない。
以前カオルの屋敷へ赴いた事があるが、あれは特例だ。
『カオルに協力してもらうため』という、務めがあったのだから。
「ほ、本当ですか!?行きたいです!!」
喜ぶフロリア。
いつぞやに2人でデートに行った海岸。
そこが、カオルに下賜された場所なのだ。
「うん。でも、先に街を造らなきゃだね。期待しててね?」
「はい♪」
新たな約束を、2人はする。
自由の無いフロリアのために。
カオルは出来る事をしようと思った。
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