第百六十一話 強くなるエリー
翌朝。
小鳥の囀りでカオルは目を覚ます。
「ん.....んん~...」
カオルが目を開くと、そこにはヴァルカンの顔があった。
静かに寝息を立てて、カオルを優しく包み込む様に抱き締めている。
カオルはヴァルカンに腕枕をされていた。
いつもの様に。
ヴァルカンと眠る時は、いつもそうしてくれる。
とても安心する体勢。
(....寝顔可愛いですよ。師匠)
ベットの上でヴァルカンの寝顔を見詰め、カオルはほくそ笑む。
ヴァルカンの傍は安心する。
もちろん、カルアやエリーやエルミアと一緒に居ても安心できる。
しかし、師匠であり、自分の目標としているヴァルカンの傍が、カオルは一番好きだった。
(さてっと。師匠、先に起きますね)
ヴァルカンの唇にそっと口付けて、カオルはベットから抜け出した。
そのまま部屋の鍵を開けて自室へと向かい、身支度を整えて1階へと降りる。
メイドの2人は既に起きていた。
忙しそうに、キッチンで朝食の準備をするフランチェスカとアイナ。
カオルはこっそり近づいて、2人を後ろから抱き締める。
「おはよ!」
「ひゃぁ!?」
突然のカオルの登場に、驚いたフランチェスカは可愛い声を上げる。
だが、アイナは特に驚いた様子も無く、カオルに抱き締められる寸前に振り返り、ギュっとカオルを抱き返していた。
「ご主人。おはよう」
「うん。アイナおはよう」
アイナの頭を撫でながら、もう一度朝の挨拶を交わす。
驚くフランは、カオルに抱き締められている事がわかり、顔を真っ赤に染めあげていた。
「フラン?」
「お、おはようございます。ご主人様」
「うん、おはよう。フラン」
嬉しそうに笑顔を見せるカオル。
何気ない事だが、近しい人が居て喜んでいた。
「2人にもこれを渡しておくね。外に持ち出すのは禁止だから、気をつけて」
フランチェスカとアイナから離れ、アイテム箱から通信用の魔導具を2つ取り出す。
カオルから魔導具を受け取った2人は、「なんだろう?」と首を捻った。
「使い方は、後でみんなと一緒に教えるから、とりあえず持ってて」
「わ、わかりました。持ち出し禁止ですね」
「ご主人。わかった」
カオルの命に従った2人。
カオルは、2人の頭を撫でて、満足そうに頷きながらキッチンから出て行った。
「アイナ。これなんだと思う?」
「わかんない。鉄の板?」
「う~ん....」
「とりあえず、ご主人様の言った通り持ち出し禁止だから気をつけよう?お姉ちゃん」
「う、うん....」
この時、フランは思った。
(やっぱりアイナは、恋の駆け引きを理解する、策士なのではないか)と。
カオルが次に向かったのは、訓練場。
最近は、修練する時間が無かったので、いい加減身体を動かさないと鈍ってしまうと考えていた。
実際は、戦闘をしているからそんな事はあるはずもないのだが。
「はぁああああああああああ!!!」
いつも鍛冶着兼修練着にしている、上下が麻のチュニックとズボンを着て、カオルは桜花を振り回す。
蹴りを織り交ぜ、弧を描く銀線。
風切り音を鳴り響かせ、円運動を繰り返す。
「ふぅ.....」
一息吐きながら、腰のベルトに差した鞘へ桜花を戻す。
仮想敵は、尊敬し敬愛するヴァルカン。
深く腰を落とし意識を刀へ集中させる。
「はぁああああああああ!!!」
深く呻き、神速の速さで刀を鞘から抜き放つ。
次の瞬間。
空間が悲鳴を上げた。
あまりにも速いカオルの剣速に、音が遅れて聞こえてくる。
静かに鞘へ刀を戻し、カオルは深呼吸をした。
「はぁ.....(う~ん...師匠はもっと速いんだよね....)」
カオルは消極的に考えていた。
実際は、既にヴァルカンの域を超えている。
しかし、初めてヴァルカンが見せた戦闘が、脳裏に色濃く残っており、自分はまだまだだと考えてしまっている。
そろそろ気付いても良い頃だと思うのだが、もしかしたら一生気付かないのかもしれない。
ヴァルカンを尊敬し続けるかぎりは...
そんなカオルの姿を、訓練場の入り口で見詰めていた人物が居た。
情熱的な赤い髪に、可愛らしく動く三角耳と細長い尻尾。
健康的な肌に、心許無い胸を持つ、猫耳族のエリーだ。
エリーはカオルへ近づき声を掛けた。
「ねぇカオル。私に剣を教えて」
エリーは、ずっとカオルとヴァルカンに追い付きたかった。
討伐軍で、ドラゴンから攻撃を受けて瀕死の重傷を負ったエリー。
命を賭けたカオルから救われ、ずっと傍に居る様になった。
始めは、償いの気持ちだった。
救ってもらった命。
恩を返す為に、カオルの傍に居ようと思っていた。
しかし、エリーはカオルを好きになった。
いつからかわからない。
カオルを女の子だと思っていた時から、好きになっていた。
霊薬『エリクシール』のおかげで、カオルが目を覚ました時。
思わずキスしてしまった。
同性なのに。
でも、不思議と嫌じゃなかった。
可愛かったから?
そうかもしれない。
でも、いつの頃からか、好きな気持ちと同居する様に、守りたいと思った。
そして、男だとわかった時、気持ちが溢れた。
ずっと一緒に....
添い遂げたいと思った。
子供のくせに、大人びた態度をするカオル。
そのくせ、危なっかしくて、たまにおかしな事を言うカオル。
頼まれると断れない小心者で、泣き虫なカオル。
でも、カオルは優しかった。
自分勝手だけど、たまに凛々しいヴァルカンにも。
「あらあら♪」が口癖で、ちょっと年齢が高いカルアにも。
たまに発言が過激で、美味しいとこ取りしようとするエルミアにも。
無理難題を押し付けるアーシェラにも。
カオルを昏睡させて自分の物にしようとしたフロリアにも。
胸元全開でゴスロリ服を着ているグローリエルにも。
カオルに決闘を挑んだアゥストリ(ハゲ)にも。
蒼犬のルチアとルーチェにも。
メイドのフランチェスカとアイナにも......
そして、弱いエリーにも。
カオルは優しかった。
「おはようエリー。剣なら師匠から教わってるでしょ?」
カオルは首を傾げた。
(エリーは突然何を言っているのだろう)と。
エリーは、ヴァルカンの弟子である。
もちろんカオルもそうだ。
言わばカオルは、エリーの兄弟子である。
年齢は、エリーの方が4つ上だが。
「そうだけど.....か、カオルに教えて貰いたいのよ!!」
なんとなく、カオルにはエリーが泣いているように見えた。
理由はわからない。
だけど、放って置く事などカオルには出来無い。
なぜなら、家族なのだから。
「....わかった。いいよ。だけど、ボクは人に教えるなんてした事無いから、一緒に手合わせする事になるけど...それでいい?」
「うん!!」
エリーは喜んだ。
カオルと組み合える。
今までカオルと手合わせなどした事は無い。
戦っている姿は、何度も見てきた。
見た事も無いような魔物や魔獣と、カオルは小さな身体1つで、その全てを倒してきた。
しかし、エリーの脳裏に一番焼き付いている光景がある。
それは、アベール古戦場で行われた、カオルとヴァルカンの演武。
力の拮抗した2人は、攻撃を避ける事無くわざとお互いの武器を撃ち付け合っていた。
刃引きされた剣。
金属音が打ち鳴らされる度に、エリーの胸はきつく締め上げられた。
(遠い....遠いよ.....)と。
心が何度も悲鳴を上げた。
そして誓った。
(絶対に追い付く)と。
「『魔装【騎士】』」
カオルは桜花を仕舞い、白い騎士服に白銀の鎧姿へ変身した。
これから行われるのは手合わせである。
万が一鎧を纏っていない場所に剣が当たれば、怪我は免れない。
たとえそれが刃引きされた剣であっても。
「武器は、壁に掛けてある修練用の剣を使おう。それじゃ、始めるけど....エリーは準備できた?」
「いつでも」
「それじゃ.....いくよ!!」
お互いに得物を手にし、対峙する。
エリーが持つのは、鉄製の大剣。
カオルが持つのは、同じく鉄製の片手剣と短剣。
ジッとお互いの出方を窺い、先に動いたのはカオルだった。
「はぁあああああああああ!!!」
気合を入れて、地面を疾駆したカオル。
横薙ぎに棚引かれた銀線が、エリーの胴目掛けて放たれる。
エリーは、即座に大剣を盾の様に構えた。
盛大に打ち鳴らされた金属音。
カオルとエリーの手に、ビリビリと衝撃が伝わる。
(くぅ....重い.....)
カオルの一撃の重さに、エリーが驚く。
そこへ、今度は短剣が迫る。
真正面からエリーの胸元目掛け、刺突が繰り出された。
慌ててそれを、大剣を回転させて横へいなす。
すると、片手剣が上段から振り下ろされ、切っ先がエリーの左腕を掠めた。
(速い!!)
エリーは慌てた。
カオルの攻撃の速さに、自身が追い付いていない。
重量武器の弱点は、攻撃の遅さだ。
バックステップでカオルと距離を取ったエリー。
カオルは追撃をせずに、話し掛ける。
「エリー!!もっと早く動かないとダメだよ!!足を混ぜるんだ!!」
カオルは指摘した。
わざとエリーの腕を掠めた片手剣を肩に掲げて。
ヴァルカンがたまにそうする様に。
「わかってるわよ!!」
負けじと今度はエリーが先手を取る。
大剣を横へ携えて、一足飛びにカオルへ肉薄する。
身体のバネを使い、右から左へ横薙ぎに一閃。
カオルは後ろへ下がり攻撃を避ける。
しかし、それはエリーの思惑通りだった。
大剣の動きに合わせて身体を回転させ、大上段から大剣を振り下ろす。
勢いの付いた大剣は、ものすごい風切り音を上げて、カオルの真上から襲い掛かった。
「たぁあああああああああ!!!!!」
エリーは、決まったち思った。
渾身の力を込めた一撃。
距離を取る為に後ろへ下がったカオルは、これを避けられないと、そう思った。
だが、そうはならなかった。
「ガキンッ!!」
エリーの眼前で金属音が打ち鳴らされ、大剣が一瞬震えたと思った次の瞬間。
大剣はエリーの手から離れ、訓練場の遥か彼方へ吹き飛ばされていた。
目を見開くエリーが見たのは、右足を上げたカオルだった。
カオルは、大剣が振り下ろされた瞬間に、剣身の腹を蹴り飛ばしたのだ。
エリーの大剣は、尋常ではない速さだったはず。
だが、カオルはそれを的確に捉え、足の白銀のグリーブで打ち抜いてみせた。
「....うそ...でしょ」
得物を失い、呆然とするエリー。
カオルは微笑んで話した。
「エリー。重量武器の大剣は、重いからこそ一撃が強い。スピードが乗ったら脅威だよね。だけど、弱点があるんだよ。それは、剣身が大きい。だから、今みたいに横から剣筋を逸らす事が出来る」
説明するカオル。
エリーは、あまりにも遠いカオルの存在に、打ちひしがれる。
「さ、エリー。続けるよ」
カオルは、有無も言わさず壁から新しい大剣を持ち出し、エリーに持たせる。
「行くよ」
エリーは慌てて大剣を構えた。
先手を取るカオル。
今度は大剣の剣身に片手剣を沿わせ、エリーの手元を巧みに狙う。
「きゃっ!!」
焦ったエリーが大剣を落とす。
カオルはそれを拾うように言い、再度対峙し直した。
カオルはスパルタだった。
何度も大剣の弱点をエリーに教え、休憩もせずに手合わせを続ける。
しかし、着実にエリーは強くなっていた。
カオルがヒヤリとした事も1、2度あった。
それから4時間ほど。
体力の限界で地面に膝を突いたエリーに、カオルは頬へ口付けた。
「やっぱりエリーは強いよ。うぅん。これからもっと強くなる。伸び代があるからね。そうですよね?師匠」
カオルが訓練場の入り口へ視線を送る。
そこにはヴァルカンが居た。
いや、ヴァルカンだけではない。
カルアとエルミアも居た。
「ああそうだ。エリーは強くなる。私や、カオルと同じくらいな」
ヴァルカン達は、2時間前にここへ来ていた。
朝食の時間になっても、いつまでもやって来ないカオルとエリーを探して、訓練場へと来ていたのだ。
「....ホント?」
自身なさげに問い掛けるエリー。
ヴァルカンは頷いて見せた。
「大丈夫だよ。エリーは強くなってるから。あ、でも師匠よりは強くなれないかもね。師匠は強いから。ボクよりもずっとね」
嬉しそうにヴァルカンを見詰めながら、カオルは笑った。
ヴァルカンがいかに凄いかをエリーに伝えて。
「あ、あはははは.....」
そんなカオルの言葉に、冷や汗を流すヴァルカン。
本当は、ヴァルカンよりもカオルの方が強いのだ。
だが、けしてそれを口にはできない。
師匠としての威厳が無くなってしまうから。
「はいはい。修練が終わったなら、ご飯にしましょ?おねぇちゃん、お腹空いちゃったわ♪」
「そうです。さ、カオル様。汗をお流しするのを手伝います。一緒にシャワー室へ参りましょう」
「ずるいずるい!!おねぇちゃんも一緒!!」
「まてまて。カオルは、師匠である私がシャワー室へ連れて行くぞ」
「ちょ、ちょっと!!シャワー室は狭いんだからムリだよ!!」
無理矢理訓練場のシャワー室へ連れて行かれるカオル。
一緒に入ろうとヴァルカン達が着いて行く姿を、エリーはボーっと見ていた。
(家族って、いいな)と思いながら......
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