第百五十八話 名付け親と土魔法
中二感満載です。
メイドの朝は早い。
日が昇る前に起きて、身支度を整える。
寝惚け眼で主人と顔を会わせるなど、以ての外だ。
ここ、エルヴィント帝国にある香月伯爵の屋敷では、歳若い2人のメイドが雇われている。
1人は、幼い頃より実母からメイドとしての英才教育を受けた、猫耳族のフランチェスカ。
もう1人は、当主である香月カオルがどこからか連れてきた、奴隷であり兎耳族の少女アイナ。
2人は種族も歳も違えども、姉妹の様に仲が良い。
そんな2人を喜ばしく思う主人は、自分の家族と分け隔てなく接してくれる気宇な人間だろう。
「アイナ。そろそろ洗濯物を取り込もっか♪」
楽しげに家事をこなすフランチェスカ。
アイナは小さな身体でその後をトコトコと着いて行く。
いつもの微笑ましげな光景が、そこにはあった。
「お姉ちゃん。洗濯物届かないから手伝って」
「はいはい」
アイナがこの屋敷へ来た頃。
あまり多くの言葉を話す事ができなかった。
だが、フランチェスカが着きっきりで教えた事により、言葉を覚える事に成功する。
「ねぇアイナ?」
しかし、フランチェスカには不思議に思っている事がある。
「何?お姉ちゃん」
不思議そうに洗濯物を畳むアイナに、フランチェスカは前々から気になっている事を聞いてみた。
「なんで、ご主人様の前でだけ言葉足らずに話すの?」
そうなのだ。
齢10歳にして物覚えの良かったアイナは、スポンジが水を吸う如くものすごい早さで言葉を覚えた。
そして、なぜかご主人ことカオルの前では、未だにカタコトの様に話すのだ。
「だって、その方がご主人様はアイナに構ってくれるから」
フランチェスカは戦慄とした。
(この子は、この年齢で女なのだ)と。
「そ、そう....」
それ以上何も聞く事が出来なかった。
フランチェスカは19歳。
アイナの倍生きてきた自分は、色恋の機微....いや、恋の駆け引きというものを知っているつもりであった。
だが、実際はどうだろう。
12歳のカオルに手玉に取られ、自分の半分の年齢のアイナに女として負けている。
落ち込んでしまうのも仕方が無いと言えよう。
「お姉ちゃん。これが終わったら、お昼ごはんの仕度をするでしょ?」
可愛らしく小首を傾げるアイナ。
もし自分が男だったのならば、おそらく好きになってしまうかもしれない。
「...う、うん。今日は、ご主人様に教えて貰った『しちゅー』にしようか」
カオルがエルミアと旅立ってしまってから、はや4日。
カオルの家族である、ヴァルカン達が気落ちしている事を知るフランチェスカは、気を使っていた。
「わかった。アイナは終わったから、先に仕度してるね」
テキパキと自分の分の洗濯物を畳み終えたアイナは、洗濯籠を片手にその場を立ち去る。
自分が教育したものの、成長著しくメイド業をこなすアイナを、フランチェスカは遠い目で見送った。
「ただいま戻りました」
カオルがエルフの里を出てから約6日。
ようやく『フムスの地下迷宮』から帰還したカオルは、エルフ王リングウェウに報告をしていた。
「よくぞ無事に戻った婿殿!!」
感激のあまり、泣きながらカオルに抱き付くリングウェウ。
勢いあまったのか、ついカオルのお尻を鷲掴みにしてしまい、即座に王妃アグラリアンに頭を叩かれ、渋々ながらカオルを離した。
(うわぁ....痛そう....)
リングウェウからセクハラを受けたカオルだが、アグラリアンが放ったあまりの大きさの衝撃音にその事を忘れてしまう。
「....ご心配をお掛けしました」
カオルは、驚きつつも礼式的に頭を垂れた。
傍でエルミアがおずおずと手を伸ばし、カオルの右手に縋り付く。
「カオル様.....」
言葉が出ない。
言いたい事は沢山あった。
「無事で良かった」
「心配していました」
「寂しかったです」
「大好きです」
「髪を舐めたいです」
しかし、カオルの無事な姿を見たら、言葉が喉に詰まり出てこなかった。
代わりに出てきたのは、涙だった。
感涙。
いつもと変わらずに愛らしいカオル。
エルミアは、カオルの右手をギュッと握って離さない。
「もう、どこにも行かないで」と言うように。
「ただいまエルミア。土竜に会って来たよ。ほら、契約もしてくれてね。とっても良い人だった」
白い騎士服の胸元をはだけさけ、2つの『音素文字』をエルミアに見せる。
リングウェウがいやらしく目元を下げて覗き込もうとして、再びアグラリアンに叩かれた。
「これ....は.....」
2つが対と成って並ぶ『音素文字』。
片方は以前からある『風竜王ヴイーヴル』の物。
もう片方は新たに描かれた『土竜王クエレブレ』の物。
おとぎ話と言われるドラゴンとの契約者の証が、そこには確かに存在していた。
「お?おかえりカオル君。うんうん。やっぱり無事だったね」
そこへやってきた風の精霊王シルフ。
無事なカオルの姿を見るや否や、朗らかに笑い掛ける。
手にした焼き鳥を口にしながら。
「あのね、シルフ。食べながら歩くのは行儀が悪いから止めた方がいいよ?」
そそくさと服のボタンを掛ける。
エルミアが名残惜しそうに「あっ...」と残念な声を上げたのは内緒だ。
「モグモグ...ボクは歩いてないよ?飛んでるから大丈夫」
(屁理屈を...)
忌々しげにシルフを見やり、カオルはプイッとそっぽを向いた。
可愛らしいカオルの仕草に、エルミアが歓喜の表情を浮かべる。
けして手は離さなかったが。
「ところで、シルフはちゃんとエルミアに精霊魔法を教えたんだろうね?どうなの?エルミア」
「は、はい。私が今使える魔法は、教えていただきました」
エルミアは、カオルが土竜の下へ向かっている間に、シルフから精霊魔法を教えられていた。
エルフの王族しか使う事の出来ない特殊魔法を。
「そっか。ん~...一応お礼を言っておくよ。シルフ、ありがとう」
「相変わらずカオル君は、ボクに対して辛辣だねぇ....ま、いいけど」
再びモグモグと焼き鳥を食べ始めるシルフ。
口元に油をコッテリ付けて、美味しそうに笑顔を見せる。
そこで、ふとカオルは気付いた。
(『精霊に愛される種族』のエルフの里で、なんで焼き鳥なんかを食べているのか)と。
「ねぇシルフ。もしかして、食文化の話しをしてくれたの?」
カオルはエルフの里を旅立つ時に、シルフと相談した事がある。
自然と共に暮らすエルフ達。
彼らの精神はとても素敵だと言える。
ただ、「食事くらいは好きに食べても良いのではないか」。
カオルはそうシルフと話していた。
「うん、ちゃんと話したよ~。そのおかげで、今やエルフの里は食材の宝庫となったのさ!!」
どこぞの料理番組で「味の宝石箱やぁ~」というフレーズが脳内再生されたカオル。
失礼ながらクスクス笑い、エルミアの顔を見上げた。
「カオル様♪あとで美味しい料理をご馳走しますね♪」
カオルに見詰められて、嬉しそうな顔をするエルミア。
隣で両親のリングウェウとアグラリアンも、微笑ましそうに笑顔を見せる。
エルフの里の食事事情は大幅に改善された。
雑穀を押し潰したオートミールは食卓から消え、替わりに小麦を使ったパンや麺類が並ぶ事が多くなった。
朝から肉料理を食べる事もでき、エルフの民達は最初こそ戸惑っていたが、今ではすっかり馴染んでいる。
美味しい料理が気軽に食べられるのだ。
嬉しくない訳がない。
「楽しみにしてるね♪」
エルミアの作る料理は、お世辞にも美味しいとは言えない。
エルフの王女として暮らしてきた彼女は、エルフの里を出るまで満足に料理などしなかったのだから。
それでもカオルと一緒に居る様になって、料理を作るカオルやカルアの手伝いをしながら着実に料理の腕を上げてきた。
見た目や彩こそ悪いものの、エルミアの料理はカオルの心をホッとさせる味がある。
やはり家族というものは、カオルにとって特別なものなのだろう。
「あ、そうだ」
カオルは思い出したかの様にアイテム箱から『ある物』を取り出す。
それは土竜にお願いして譲って貰った物。
掌サイズの四角い銀版に、小さな押しボタンがいくつも付いている。
土竜は「こんな物を欲しがるとは、カオルは変わっているな」と言っていたが、実はこれ。
離れた相手と会話の出来る『通信用の魔導具』なのだ。
内部に希少な魔宝石が埋め込まれており、現代では失われた技術で作られている。
あまりにも便利な物であるのだが、土竜にとってはゴミ同然と思っていた。
(こんなとこに居るくらいだから、ぼっちなんだろうなぁ....)とカオルが気付いてしまうのは仕方がない。
土竜の部屋で死蔵していた『通信用の魔導具』は、およそ50個ほど。
その全てをカオルは譲り受け、アイテム箱に仕舞って持ち出していた。
「これをリングウェ.....」
そこで考えた。
離れた相手といつでも会話出来るような代物は、使い方によっては危険な物へと切り替わる。
使用者を登録する面倒さはあるものの、もし戦争などに利用されれば絶大な威力を発揮するだろう。
それならば、しっかりとした、分別のある人物に渡すべき。
(リングウェウ王よりしっかりした人....)
それは....
「アグラリアン王妃。これをお渡しします」
エルミアの母であり、リングウェウの手綱をしっかりと握る人物。
どこぞの男の子にセクハラをする様な人間に、危ない物を持たせてはいけない。
「これは?」
「通信用の魔導具です。実際使って見せますので、使用者の登録をしましょう」
カオルはアイテム箱から小さな針を取り出し、アグラリアンの指先をチクリと刺す。
一滴の血を魔導具の背部分に押し付けて、そこへカオルの血も同じ様に垂らす。
すると、魔導具が淡く輝き使用可能になった事を告げた。
「エルミアも」
もう一台の魔導具を取り出し、同一の事を繰り返す。
カオルの血が必要なのは、カオルが認めた者以外が使う事を出来なくするため。
不要な争いが起きない様に、カオルは配慮していた。
「じゃぁ、離れて通話してみてください」
リングウェウとアグラリアンを部屋に残し、カオルとエルミアは庭へと向かう。
使い方は口頭で説明済みだ。
「それじゃエルミア。左上のボタンを押してみて」
「はい」
カオルに言われるままボタンを押してみる。
ややあってボタンが緑色に輝くと、魔導具から声が聞こえてきた。
「...こ、これでいいのかしら?」
「婿殿に教えられた通りに押したのだろう?」
戸惑っているアグラリアンの声だ。
傍にいるリングウェウの声もキチンと聞こえる。
「お、お母様ですか?」
「っ!!エルミア!?聞こえるわ♪」
はしゃぐアグラリアン。
リングウェウも歓喜の声を上げて、少々やかましい声が聞こえてくる。
「これがあれば、手紙の必要もなくなります。本当は、王女であるエルミアをエルフの里に帰すべきなのでしょうが、ボクはエルミアと離れたくありません。こんな事しかできませんが、これからもエルミアの傍に居てもいいでしょうか?」
カオルは告げた。
エルミアへの想いを。
エルミアがエルフの里を出てから約4ヶ月。
親元を離れる事は寂しいだろう。
突然両親を失ったカオルは、その辛さをよく知っている。
だからこそ、土竜にこの魔導具をねだったのだ。
「カオル様....」
「カオルさん....」
「婿殿....」
3人は、静かに涙を流した。
魔導具越しで、2人の表情は窺い知れない。
それでも、涙を流し鼻を啜る音は聞こえてきた。
我が子をこんなにも想ってくれる。
リングウェウとアグラリアンは、それがとても嬉しかった。
「カオル様!!」
感極まったエルミアが、カオルにギュッと抱き付く。
嬉しさと愛おしさが込み上げて、感謝の言葉が出て来ない。
(カオル様は、こんなにも私を想ってくれている.....もう絶対に離れない.....私は、エルミアは、カオル様を愛しています)
抱き合う2人。
そんな2人の姿を、シルフが空から口元を緩めて見ていた。
しばらくエルミアと抱き合った後、カオル達4人と精霊1人は、何故かエルフの里の広場へ来ていた。
理由は、「壊れてしまった家をボクが直す」とカオルが言ったから。
エルミア達は訝しげに思いながらも「とりあえず」と案内をした。
広場では、エルフの民達が作業をしていた。
巨大な姿の大蛇により、崩壊してしまった多くの家屋。
泥に汚れた、かつて藁葺きの屋根に使われていたであろう部材。
戦闘から約1週間が経過した今でも、抉れた大地と崩れた壁が凄惨な傷跡を残していた。
「カオル様だ!」
「おお!!」
「カオル様!!」
リングウェウに連れられてやってきたカオルを見つけて、エルフの民達が歓声を上げる。
事前にリングウェウからカオルの存在を教えられていた彼らだが、カオルの力を目の当たりにし、感銘を受けたのは言うまでも無い。
里を救い、傷付き倒れた者を介抱したカオル。
彼らにとってカオルは、リングウェウ王に並ぶ英雄なのだ。
「あ...ど、どうも....」
注目されて挙動不審になるカオル。
大勢に囲まれる事に慣れてはいない。
「あの....カオル様。先日はありがとうございました。おかげで、この子もすくすく成長しています。あの....できれば、この子の名付け親になってくださいませんか?」
そこへ、1人の若い夫婦がやってきた。
彼女が抱き抱えているのは、生まれたばかりの女の子。
カオルが人生で初めて取り上げた子だ。
「な、名付け親ですか!?」
カオルは驚いた。
ちょっと土竜の力を手に入れたから、新魔法を試しに来ただけなのに、とんでもない事になってしまったのだから。
「カオル様。ぜひ受けてあげてください。この子は、カオル様がいなければ、産まれてこれなかったかもしれません」
エルミアに窘められて、カオルは一生懸命に悩んだ。
名付け親。
はっきり言ってカオルにセンスは無い。
ファルフの名前を決める時でさえ、適当に各国語を並べただけだ。
「うぅ.....」
うろたえるカオル。
そこでふと女の子を見た。
懸命に母親の指をしゃぶり、愛らしくパッと花の咲いたような顔をした赤ん坊を。
「ミー....リエル....この子の名前、ミーリエルなんてどうですか?愛らしい花。この子はきっと、可愛らしい美人さんになると思います」
元々、エルフは男女の区別無く容姿端麗である。
ある一定の年齢を過ぎると、そこから成長する事無くずっとそのままの姿だ。
リングウェウとて齢40近いと言うのに、見た目は20代前半だろう。
そんな中でも、この赤ん坊は可愛らしい一面を垣間見せている。
カオルの言う通り、成長したらさぞ美しい外見に可愛らしさを併せ持った美人さんになることだろう。
「素敵な名前をいただき、ありがとうございます」
「感謝します。カオル様」
満足そうに笑う夫婦に、カオルは安堵の溜息を漏らす。
エルミアも気に入ってくれたのか、何度も赤ん坊の名前を呼んでいた。
「じゃ、じゃぁ、家を造るので、みなさん離れてください」
恥ずかしさから赤面したカオル。
周囲に集まっていたエルフ達を急かし、瓦礫の周りから退避させた。
(ま、まったく....緊張しちゃったよ。さてと、それじゃ始めようかな)
カオルはイメージした。
丈夫で長持ちする、エルフの里に合った住居を。
石壁に、天井も石材で覆って、固い地盤と生活音の漏れない防音性を兼ね備えた物を。
大地に両手を突く。
(みんなが安心して住める家。家族団欒がある、そんな素敵な家を.....)
「堅牢なる土塊よ!堅守たる壁よ!我が前に現れ出でよ!『アエディフィキウム』」
長文呪文。
紡がれし言葉は魔力とマナへの回路。
造り出されしは堅牢な建物。
カオルの叫びと共に、地面はボコボコと音を立てて変形し、瓦礫の山は溶け出した。
やがて姿を現す。
石造りで2階建ての住居が。
元々建てられていた物に比べれば、豪邸とも言える家。
隣り合う建物の間はたっぷりと距離を取り、広い間口や窓が開放感を想像させる。
室内は鏡面と思わせるほどキレイに磨かれた石畳で、各部屋の壁は厚みのある堅牢な造りをしている。
「こんなもんかな?扉や窓は、木製の物を造ってください。一応暖炉も造っておきましたけど、家具とキッチン周りはまだ何も無いので、お任せしてもいいですか?」
カオルは、無事に魔法が成功して喜んだ。
土竜が与えた土魔法。
攻撃には雷と風があるため、戦闘にはあまり貢献しないかもしれないが、それ以外には絶大な力を発揮する事になるだろう。
現に、カオルが造り出した建物を見て、エルミア達は驚愕としている。
いとも容易くこれほどの物が、魔法で造れるものだろうか。
おそらく、魔法文明の発達した太古ならば沢山居たかもしれない。
だが現代ではカオル1人だけだろう。
なぜなら、絶大な魔力を必要とするのだから。
「えっと.....気に入らなかったですか?」
誰も意見を言わない事から不安に思ったカオルは、悲しくなり目に涙を浮かべる。
この状況でさすがにそれは卑怯かもしれない。
見た目可愛い美少女が、瞳を潤ませて見上げてくるのだ。
たとえどんなに駄目でも、「駄目だ」などとは言えないだろう。
「....か、カオル様!!素敵です!!!」
「これは.....すごいな.....」
「カオルさんは偉大な方ね♪」
呆気に取られていたエルミア達が、やっとの事で現実へと戻ってきた。
口々に称賛の言葉を述べて、カオルを煽てまくる。
そんな中、シルフが笑い出した。
「あははは♪さすがはカオル君だね♪そうだ、他の家も造ってあげたらどうだい?みんな同じ家の方がいいだろう?」
シルフの提案により、エルフの民達は豪華な家を得た。
土壁の藁葺き屋根から、堅牢な石造りの家へと移り住む。
その結果。
エルフの里は元々の質素な暮らしから一変する事となった。
自然と共に暮らすエルフの里。
食文化も変わり、今では豪華な家に住む、見た目裕福な種族となる。
後にエルフの里は人口が増加する。
閉鎖的なエルフ達は外交的になり、積極的に他の種族と取引をした。
活気付くエルフの里。
風の精霊王シルフの守護もあり、安寧の地として誰も離れる事がなくなるが、これはまた別の話し。
ご意見・ご感想などいただけると嬉しいです。




