第十四話 カオル+ヴァルカン=?
2016.6.30に、加筆・修正いたしました。
ゴーレムや鉄人形。ドラゴンゴーレムとの死闘から今日で2週間。
カオルは未だベットで寝ていた。
「師匠? もう、いい加減怪我人扱いはやめてください....」
「ダメだダメだダメだ! カオルは怪我をしてるんだ! 絶対安静なんだ! だから私の看護をおとなしく受けるんだ!!」
カオルに見せた事の無いヴァルカンの姿。
発言から、心底心配していた様子はわかる。
だが、まるで買い物中に欲しい物を強請る幼児の様な駄々っ子な行為はいかがなものか。
これでは、さすがのカオルも愛想が尽――く訳が無かった。
「ですけど....師匠? 毎食毎食鶏肉に塩を振って焼いただけの食事じゃ、栄養が足りないと思うんです...」
ヴァルカンは料理ができない。
それも焼く以外の工程を知らない。
カオルが来るまでどんな食事をしていたのか...
(お酒だけで生きてたの?)
なんてカオルがバカな事を考えるのも当然。
「肉を食っておけば、なんとかなるって聞いたぞ!」
(だれだ、そんないい加減な事教えたの...)
ヴァルカンの目は本気。
誰がそんな事を吹き込んだのか。
カオルは知らないが、今尚【カムーン王国】で現役として活躍する剣聖だったりする。
「いいですか? 師匠。料理はバランスです。それを踏まえ、目で見て、音を聞いて、匂いを感じて、食感と味を楽しむ物なんですよ。もちろん温度も重要ですが」
「では、夕食は鳥の醤油焼きということでいいな?」
だめだこの人。
きっと、塩=無色 醤油=赤黒とか思っているのだろう。
そして塩味が醤油味に成ろうとも、あまり関係は無い。
「モウソレデイイデス」
カオルはうな垂れ諦めた。
これは、一刻も早く回復に専念せねばならない。
カオルは決意を新たに拳を握る。
「そ・れ・よ・り・も」
ヴァルカンが、怪しい笑みでカオルに近づく。
カオルの足下から、ギシリとベットが軋み、のそりと這い乗る猛獣。
壮絶な戦いを経て、ある意味戦士と成ったカオルでも、背筋にゾクリと嫌な何かが奔るほど。
「2日間どこに行っていたのかと、その怪我の理由は...?」
カオルが帰ってきてから2週間。
初めは高熱が続き、意識は朦朧。
全身傷だらけで、特に肩口と背中はひどい怪我だった。
そして多くの血が失われ、ヴァルカンの手厚い看護がなければ死ぬ寸前。
熊脂や買い置きの軟膏のおかげでなんとか命を繋ぎとめた。
寒気に震えるカオルを、何度ヴァルカンが抱き締め介抱した事か。
その為、今日の今日まであの出来事を話せずじまい。
だから、多少体調も落ち着いた今をずっと待っていた。
手ぐすね引いて心待ちに。
「えっと....実は.....」
カオルは語る。
砂糖を探しに出掛け、そこで石柱を見つけた事を。
その後、凄まじい戦闘になった事を。
風竜に助けられた事を。
2日間の出来事を聞いたヴァルカンは、最初驚き次に呆れ、最後に怒った。
「カオル!! しばらく探索禁止!!」
ヴァルカンはそう言って頬を膨らませ、腕を組んで"私怒ってますよ"ってポーズをした。
(ちょっと可愛い...)
カオルにとってヴァルカンは、善き師であり、今は亡き両親と同じ家族である。
だから、無茶をした自分を怒ってくれるのも嬉しい。
確かに、言い付けを守らず油断して背中を斬られたあの瞬間。
カオルは死を覚悟した。
いや、覚悟なんて出来ていなかったかもしれない。
「まぁ、だいたいわかった。それで、一番気になるのはその『銀の腕輪』なんだが?」
『銀の腕輪』
風竜がカオルに贈った代物。
ドラゴンゴーレムの『蒼い目』。
『魔宝石』が埋め込まれている。
「風竜がくれたんだったか? それ、男なのか? 女なのか?」
尚も頬を膨らませ、仏頂面のヴァルカン。
面白い訳がない。
なにせヴァルカンにとってカオルは、大切で、大事にしたい嫁だから。
当然風竜に向ける思いもヤキモチ。
ドラゴンにヤキモチ焼くとか、やっぱり残念なお頭。
ドラゴンvsエルフの構図で勝てると思っているのだろうか?
本当に可愛い『残念美人』だ。
「師匠? ボクの一番は、師匠ですから」
カオルはクスリと笑い微笑んで、自身に跨るヴァルカンの脚に触れる。
だぼだぼの麻のズボンの上からでもわかる。
徐々に熱くなるヴァルカンの体温が。
だから――
「そ、そんな事を聞いてるんじゃ...ないんだ..ゾ?」
両手を頬に当て、"やんやん"したヴァルカンが照れた事などお見通し。
(チョロイんだから....師匠)
恥ずかしいけど、やっぱり嬉しい。
カオルを大事にしてくれていると、否応なくわかってしまう。
2人だけの家族だから、傍にずっと居てほしい。
カオルはまだまだ子供だから。
(そういえば...)
カオルは、腕輪に付いた『魔宝石』とヴァルカンの瞳を見比べる。
(やっぱり似てる)
綺麗で透き通った青――サファイア――。
そして、いつのまにか落ち着きを取り戻したヴァルカンが、ジッと見詰めていた。
「この『魔宝石』と師匠の瞳。宝石のサファイアに似ていますよね? とっても綺麗です」
思ったままに言葉を紡ぐ。
いつも腕から家族が見ていてくれている。
カオルはそう想い、愛おしく感じた。
「もう! カオルはすぐそうやっておだてるんだから!」
カオルの言葉を聞いて、不思議そうにしていたヴァルカン。
デレッデレの顔に変身していたのにも驚いたが、おっさんからおばさんにクラスチェンジした様に見える。
だけど、もしもカオルがそんな事を考えていたとばれたら....大変な事になるよ?
「そうだ。この『魔宝石』、《魔法箱》になるんですよ」
カオルは即座に空間魔法を使用する。
腕に篭る、風竜との思い出。
2人じゃなかった。
カオルには、ヴァルカンと風竜。
全部で3人の家族が居た。
「お? ホントだな。まぁ、金持ちの魔術師は普通持ってる物だから、めずらしくはないな」
目の前に現れた箱を突っつき、"教師"面した魔法剣士のヴァルカン。
じゃぁ、なぜヴァルカンは持ってない?
理由は本人が口にしている。
「金持ちの魔術師」ではないから。
そもそも、魔術師の定義とは何か。
それは"攻撃できるだけの魔法"が放てるかどうか。
指先に火を灯す程度の《種火》や、桶一杯分の水を溜める《流水》。
所謂下級魔法ならば、一般人でも使用可能。
それでも並々ならぬ努力をし、数年~数十年研鑽を積まねばできはしない。
それだけ先天的に魔力を持つ者は少ない。
だから魔術師は希少な訳だし、カオルという存在が如何に貴重か。
《火炎球》や《火の魔法剣》を使えるヴァルカンにもわかっている。
ただ――いい加減な性格で浪費家のヴァルカンは、お金を貯められなくて『魔宝石』を買えなかった。
それだけの事。
そして、ふとカオルは思い出す。
風竜の助言で、倒した鉄人形を《魔法箱》に入れっぱなしだった事に。
「師匠。鉄材要りません?」
「...使わないならストック用に欲しいが...その中に入ってるのか?」
「はい、ここじゃ狭いので庭へ行きませんか? 外の空気も吸いたいですし」
以前は1年以上引き篭もっていた。
でも、この世界に来てから外の楽しさを知った。
今では外で過ごすのが好きになったくらいだ。
ごはん食べるのも、外の方が気持ちが良い。
ゆっくりと起き上がり、ヴァルカンに支えてもらいながら庭へ向かい歩く。
階段を降りる際に軽々とカオルを抱き上げたヴァルカンに、(やっぱりカッコイイな)なんて思ってしまうのは、男としてどうだろう。
まぁ...一回り以上年齢が違うのだから、仕方が無いか。
無事に庭へ辿り着いたカオルは、《魔法箱》をひっくり返すかのようにポンポン中身を取り出す。
くしゃげた鉄人形。
10、20、30、40....よくもまぁこんなに入ってたものだ。
総勢100くらい? 千切れたりしてるのが多いから、正確な数は不明。
(あ...これ...)
《魔法箱》中で、縦横約1mくらいの白い破片を見つける。
ドラゴンゴーレムの破片。
大部分が粉々に砕け、残ったのはこれくらいしかなかった。
(....これはとっておこう)
白銀は高価。
もちろんヴァルカンを信用していない訳ではない。
ただ、本当になんとなく必要だと思った。
いつか、これで何かを作るかもしれない。
カオルはそう予想し、ヴァルカンに内緒にする事にした。
「すごい...な。まさか、これほどの量を収納できとは」
ヴァルカンは驚いた。
カオルの怪我の理由は聞いた。
風竜と再会した事も知った。
だが、まさかこの大量の敵と遭遇したとは思っていなかった。
話し半分くらいに聞いていたのは、風竜に嫉妬していたから。
なにせ、カオルは風竜の話しをする時、決まって笑っていた。
嫁が他の風竜の話しを嬉しそうにするなんて、夫に耐えるのは無理。
だから――
「というか、《魔法箱》も驚いたが、カオル。よく無事だったな」
今更ながら安堵する。
カオルを後ろから抱き締め、いつしか感情が高ぶった。
「....よかった。無事でホントよかった」
涙が止まらない。
カオルの治療をした自分が一番理解している。
本当に、命に係わる重傷だった。
あと一日どころか、数刻遅れれば間違い無くカオルの命は消えていた。
カオルは「試練」と言っていたが、考えれば不思議なものだ。
出会った場所は地下迷宮の最深部。
それも、薄着1枚の姿で。
挙句の果てにドラゴンと契約していた。
ヴァルカンだって王立騎士学校で教わった。
遥かな昔、神々との戦争で勝利に導いた立役者。
エルフに加護を与えた精霊王達も助力していたが――間違い無く風竜、四大竜王の力があったからこそ勝てた。
史実では『異形の者』と伝えられ、後の世に竜王と呼称される。
それは、彼等の存在が嘘偽り無い事が判明したから。
神々との戦争後、この世界に新たな秩序が齎される。
一種族による統括ではなく、生き残った神々は新たな人種を生み出す。
妖精種――エルフやドワーフなど。
獣人種――猫人族や犬人族、狐人族や兎人族など一番数が多い。
人種――人間。
多種多様な人種が生まれたが、数千年の間に秩序も崩壊し、やはり台頭してきたのは人間だった。
怜悧狡猾。
かつて栄華を極めた人種は自分達だと、人種差別は根強く残り、国によっては王族のみならず貴族位までもが人間の人種制。
もしも今の世を神々が見ていたら、悲観するのも当然かもしれない。
だからだろう。
世界は戦争で溢れかえっていた。
侵略や独立。異宗教による争い。資源。内乱。
魔物という脅威がいるにも関わらず、人種は同胞と争い続けた。
そんな時に、一筋の光明が現れた。
それが、『勇者』と呼ばれる存在。
悪しき行いをする者――魔物の主、魔族だったり人種であったり――を『魔王』と周辺各国で命名し、『勇者』は挑む。
戦いは壮絶を極める。
だが、『勇者』に選ばれた者は、一様に絶大な力を持っていた。
独力で魔力を有する魔の武器であったり、神々が残した神聖な武器であったり。
そして...四大竜王から力を授けられた者だったり。
人格者が多かったと史実には刻まれている。
国災を防いだ第一級冒険者や、世捨て人だった賢者。
一国の王が選ばれた時代もあった。
(もしかしたら....カオルは....『勇者』の器なのかもしれない....)
ヴァルカンの脳裏に、そんな不安が過ぎる。
考えれば考える程、カオルの存在が異様に思える。
剣聖として活躍していたからこそわかる事もある。
相次ぐ内乱に隣国【イシュタルト王国】の不穏な動き。
彼の国は人種差別が特に激しい。
自国【カムーン王国】ですら根強く残っている文化。
それでも、【エルヴィント帝国】と同盟を結んだ今ならば、多少なりともマシになった。
だが、いつ、どこで、なにがあるかわからない。
それがこの世界の常識で、もしもカオルが『勇者』を望むなら...ヴァルカンは....
押し黙るヴァルカンの腕へカオルの小さな手が添えられる。
迷走するヴァルカンの思考を、カオルは静かに止めた。
「...師匠の身体、とってもあったかいですね♪」
痛む身体を追い遣り、カオルはヴァルカンの顔を覗き見る。
溢れる涙をそっと拭い、何もかも包みこむ様に微笑んだ。
「カオル....」
ヴァルカンは考える事を止めた。
ただ1つだけ決めた。
自分は、"何があろうとカオルの傍を離れない"と。
だから、精一杯笑い返した。
「エヘヘ♪」
まだまだあどけなさの残る幼顔。
11歳の子供なのだから当然。
だけど、ちょっぴり大人びてみた。
だって家族が泣いていたから。
でも――
(師匠の手、あったかいな....ボクよりちょっと大きくて、身長だってボクよりずっと高くて...
それに綺麗で...ちょっとだらしない時もあるけど...こんなに心配してくれて....なんだか恋人みた...い?)
カオルの心臓がドキリと跳ねる。
カオルがヴァルカンへ向けるのは、家族愛だ。
本人からも「家族として扱う」と言われている。
それなのに、カオルは一瞬とはいえ、恋人みたいと意識してしまった。
考えてみよう。
一つ屋根の下、2人で暮らす若い男女。
カオルは確かに11歳の子供。来月には12歳になる。
ヴァルカンは24歳の成人。
一回り以上違うとは言っても、さすがに実子とは呼べない。
血の繋がりも無いし、種族すら違う。
(というか、この世界の風紀はどうなっているのかな?
突然、おまわりさん的な憲兵や兵隊さんが来て「不純異性交遊はいかんよ、チミチミ」とか言ってくる可能性もありえなくはないよね?
ああ、いけない....偏った知識は、お父様の書斎にあった変な本のせいだ)
今度はカオルが困惑している。
だが、実際ヴァルカンはカオルの事をどう思っているのか。
(ボクが抱き付くのを嫌がっては...いない...と、思う)
なにせ、この2年間、事あるごとにカオルと過度なスキンシップを謀るヴァルカンだ。
お風呂に全裸で突撃してくる事もあるし、ベットで寝る時は、いつの間にか隣で添い寝してたりする。
さすがにトイレに着いて来た時はカオルが激怒していたが、どうなのだろうか。
(ん~...でも前に、「カオルを拾ったのは正解だったな」とか言ってたような...家政婦と勘違いされてる?)
悩みに悩む。
ベットで添い寝してくれるのも、寒いから湯たんぽ代わりなだけの可能性も捨てきれない。
カオルはヴァルカンのお世話をする事に喜びを感じている。
しかし、両親以外の親しい人が居なかった為、男女の機微についてまったく免疫も無ければ恋愛すら何の事だかわからない。
良い意味でも悪い意味でも朴念仁。
それが香月カオル。
「師匠?」
カオルは小さな勇気を出す。
わからないなら聞くしかない。
否定されたら立ち直れないかもしれない。
だけど、男の子だからがんばらなくちゃ。
「なんだ? カオル」
(あっ!? ヤバイ...師匠の声が耳に直接....)
ここでくじけちゃダメだ!
頑張れカオル!
「ボ、ボクのこと、す、好きですか...?」
「ああ、大好きだぞ? カオル」
間髪入れず答えたヴァルカン。
巡り巡った無駄な思考を追いやって、素直に本音を口にした。
むしろ口にしてわかる。
自分が如何にカオルを必要としているかを。
これほどまでに愛おしく想い、胸の内に激情を渦巻かせる存在がこの世に居るはずがない。
だから、カオルを抱き締めた。
むしろ――カオルの方が大変だ。
(うわぁ! うわぁあ! 大好きって!? やばい! 嬉しい!! ど、どうしよう...なんて返そう...
ああああああああ――自分から聞いておいてなんだコレ!?)
ヴァルカンは、抱き締めていた腕をふっと解くと、カオルの正面にまわる。
急に解かれた腕にぬくもりを取られ、寂しげにヴァルカンの顔を見上げた。
見詰め合う2人。
クスっと笑ったヴァルカンは、カオルへ顔を近づけて頬に口付ける。
カオルは驚いて目を見開き、ヴァルカンは唇を離し再び見詰め合う。
お互い幸せそうな顔をしたあと、恥ずかしそうにうつむくのだった。
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