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第百五十四話 たった1人で

ご意見・ご感想をいただけると嬉しいです。

 エルヴィント帝国。

 人口50万人を超えるこの帝都。

 子爵家にしてはやや大きい屋敷の一室で、1人の従者が頭を抱えていた。


(なぜこんなことに....)


 彼の名前はセレスタン。

 灰色の短く揃えられた髪に、大きな三角耳を持った犬耳族の男性だ。


(ヘルマン様は浅はかだ。アベラルド様はまだ良かった。魔族と手を組むなどと下劣な事をしてしまったが、あの方はお家の事を考えていらっしゃった)


 セレスタンが仕える家は、エルヴィント帝国で代々選帝侯を勤めていた由緒正しき公爵家である。

 だが、自治領に重い税を課した為に没落し、伯爵へと降爵(こうしゃく)してしまった。

 そこまではまだいい。

 問題は、魔族と手を組み、国家転覆を謀ってしまった事。

 さらにその結果。

 前当主であるアベラルドは死去してしまった。


(あんな嫡子のおかげで、私までもがこんな羽目になろうとは....)


 彼は今悩んでいた。

 今回の戦争の立役者である、香月カオル伯爵に盾突く様な真似をしてしまった現当主ヘルマンについて。

 まさか夜会の最中で酒に酔って、あんな事を言うとは思っていなかった。

 しかも他家の使用人に対して食って掛かるなんて、想像だにしていない。

 屋敷に戻った後、酔いが醒めたヘルマンはこう言った。

 「あんな新興貴族の子供のせいで、フィン家は落ちぶれてしまった」と。

 実際はまったく違う。

 先代も含めて、能力が無かった為だ。


(どうしたらいいんだ....)


 セレスタンの手には、1枚の羊皮紙が握られている。

 ヘルマン直筆の汚い字で、こう書かれていた。


『来たる5月の末日。我がヘルマン・ラ・フィン子爵は、香月カオル伯爵と決闘を行う。そこで、力強き者を我は求める。腕に覚えの在りし者よ。我が剣となり、その力をおおいに振るうべし』


 これが、今一番のセレスタンの悩みの種である。

 文法も滅茶苦茶で、上から目線の物言い。

 こんな文章で、いったい誰が力を貸すのかと思えた。


「はぁ....」


 だが、こんな物でも効果はあった。

 各地から、貴族と繋がりが持てると、下賎の輩が集まってしまったのだ。

 人を集めたからには義務が生じる。

 宿の手配に、食事の世話に。

 やる事は多岐に亘った。


(ヘルマン様は駄目な主人だ。フィン家にはもう、お金は無いのですよ....)

 

 公爵の頃に比べ、明らかに減った使用人。

 自治領も取り上げられ、収入と呼べる物は何も無い。

 今は辛うじて残っていた金銭と、先祖伝来の骨董品を売りなんとかなるが、そのうちこの屋敷も売り払わなければならなくなるだろう。


「はぁ....」


 溜息しか出ない。

 

(もう辞めて田舎へ帰ろうかな....)


 自室の窓から空を見上げる。

 流れる雲に故郷を想い、楽しかった日々を想い出していた。


「セレスタン!!セレスタンはどこだ!!」


 屋敷中に響き渡るヘルマンの声。

 おそらく、また無理難題を突きつけられるのは目に見えている。


「今お伺いします。ヘルマン様!!」


 足取り重く、セレスタンは部屋を出た。

 向かうは主人であるヘルマン子爵の下。

 彼の憂鬱な日々はまだまだ終わらない。












 シルフと共に、エルフ王リングウェウの屋敷へと向かったカオル。

 玉座にも似た椅子が置かれた部屋で、リングウェウ・アグラリアン・エルミアの3人と対面していた。


「リングウェウ王。突然ですが、ボクは少しの間エルフの里を離れます」


「えっ!?」


 驚きの声が漏れた。

 カオルの言葉を聞いたエルミアは、顔面蒼白になりうろたえる。

 隣に立っていた王妃アグラリアンが、すかさずエルミアの手を握り、首を振った。


「....婿殿。理由(わけ)を、教えてはくれないか?」


 表情を変えず、威厳ある態度でカオルを見詰めるリングウェウ。

 王らしい姿にカオルは感服し、おずおずと理由を話した。


「ボクは、会わなければならない人が居ます。大切な家族である風竜の行方を、もしかしたら知る人物です。その人に会うには、ボク1人で行かなければならないと、シルフに教えられました。ここからそれほど遠くない場所です。すぐに戻ってくる予定ですが、正直何があるかわかりません」


 カオルの説明を聞いたリングウェウは、顎に手を当て思案した。

 カオルが会わなければならない人とは誰なのか。

 風竜とは『風竜王ヴイーヴル』の事であろう。

 その行方を知る人物で、この里の近くに居るという。

 

 そこでふと、カオルの隣で浮かんでいるシルフに目を向ける。

 シルフは黙って頷き、安心させるように「大丈夫」と告げた。


「....わかった。しばらくエルミアは私が預かろう。だが婿殿。無事に戻ってくる事を約束して欲しい。それが出来なければ、行かせる事はできない」


 アグラリアンの隣で震える(エル)(ミア)をチラリと見やり、リングウェウはカオルに提案した。

 本当ならば行かせたくはない。

 だが、カオルの力強い目力(めぢから)は、確かな意思を伝えている。

 リングウェウとて、むやみに断る事は出来なかった。


「...お約束します。ボクがいない間に、シルフがエルミアに精霊魔法を教えてくれるそうです。ご両親の前で言うのは失礼ですが、エルミア。精霊魔法を覚えて、ボクを助けてくれる?」


 カオルはエルミアを見た。

 両目に涙を浮かべ、「行かないで」と今にも口にしそうなエルミアを。


「エルミア?カオルさんは、行かなければならない理由があるのですよ。『家族』なら、笑顔で見送りなさい。今生の別れではないと、カオルさんも言って下さいました」


 カオルの意を汲んだアグラリアン。

 震えるエルミアと手を繋ぎながら、諭すように話した。

 だが、エルミアは何も言えなかった。

 カオルと離れたくないと。

 たとえ1日でも。

 たとえ一瞬でも。


 カオルはエルミアに近づく。

 話せずに涙を流しうろたえるエルミアに。


「ごめんね。エルミア....すぐ戻ってくるから、行かせてほしい。いつも、ボクは我が侭ばっかり言ってみんなを心配させちゃうけど、行かなきゃいけないんだ。風竜は、ボクを救ってくれた。もちろん、エルミアだってボクを救ってくれたよ。でも、今風竜はボク達の傍にいない。帰って来るって手紙には書いてあったけど、ボクは迎えに行きたいんだ。そのために、ボクは会ってくる。『土竜王クエレブレ』に....だから、泣かないで?」


 そっとエルミアを抱き締める。

 エルミアの肩に頭を擡げて、カオルはゆっくり力を入れた。

 苦しいほどに、愛おしいほどに強く抱き締める。

 離れている間に、自分を忘れない様にと。


「....行って....らっしゃいませ....」


 エルミアは、勇気を振り絞った。

 行かせたくない。

 一緒に行きたい。

 本当はそう言いたかった。

 でも、言えない。

 今のカオルは、確かな意思を持っていた。

 我が侭と言っていたけど、エルミアにはそうは感じなかった。

 助けたいんだ。


 思い出されるのはアルバシュタイン公国での出来事。 

 15000の魔物達を、カオルは単身で迎え撃った。

 エルヴィント軍を救う為に。

 そして、ボロボロの身体で、ジャバウォックを一撃で倒した。

 『家族』を救う為に。


 カオルはいつもそうだった。

 我が侭なんて言っても、結局は他人の為に必死で戦ってきた。

 知人。友人。そして、『家族』。

 カオルはこれからも戦い続けるだろう。

 大切で、大事な人を守る為に。

 身体を傷付け、ボロボロになりながら。


(それなら.....私も力を身に付けます。カオル様を助けられる様な力を.....) 


 エルミアは再起した。

 離れる事は辛いけど、カオルの為に強くなろうと。

 カオルのおかげで得た精霊魔法(ちから)を、愛しいカオルの為に使おうと。


「ありがとうエルミア。大好き」


 カオルはエルミアの頬に口付けた。

 両親の前という事も忘れ、いつもの様に柔らかく。

 

「私も、カオル様が大好きです」


 見詰め合う2人を、リングウェウとアグラリアンが微笑ましそうに見ている。

 居場所なさげに漂っていたシルフ。

 二流映画でも見ている様な気分で欠伸を掻いていた。


「ごほん!....婿殿。これを持って行くといい」


 娘のラブシーンを見て恥ずかしかったのか、リングウェウが照れながらカオルにある物を差し出した。

 それは、サラリとした液体の入った小さな小瓶であった。

 

「....霊薬『エリクシール』ですね」 


 カオルは知っていた。

 『ego(えご)黒書(こくしょ)』で得た知識に、エリクシールの作り方もあったのだ。


 だが、おかしい。

 このエリクシールを作るには、世界樹の新芽が必要なはず。

 風の精霊王シルフが大蛇(ラハム)に掛かりきりの状態で、世界樹は成長できたのだろうか。


「リングウェウ王。もしかしてこれ....最後のひとつではないですか?」


「うむ。婿殿の言う通り、それはエルフの里に残る最後のひとつだ。だが、婿殿の役に立つならもって行くといい。なに。シルフ様が無事だったのでな。時期に世界樹も発芽するだろう」


 シルフは大きく頷いて見せた。

 世界樹はもう心配ないと。

 霊薬はこれから作れるようになると。

 そう目で語っていた。


「....ありがとうございます」


 カオルはエリクシールを受け取り、アイテム箱に大事そうに仕舞った。

 これから行く場所は過酷な所だろう。


『土竜王クエレブレ』


 彼が居るのは、風竜の巣である『アネモスの地下迷宮』と同じ様な場所。

 大陸南東部にかつてあった、故国『マーショヴァル王国』から大陸中央寄りに存在する。


『フムスの地下迷宮』


 神話の時代以後『土竜王クエレブレ』が根城(ねじろ)にしていたという、巨大地下迷宮の1つだ。


「あの....リングウェウ王。アグラリアン王妃。お願いがあるのですが....」


 カオルは俯き加減でおずおずと願い出た。

 (なんだろう?)と首を捻る2人に、カオルは告げた。

 「抱き締めてもいいですか?」と。


 呆気に取られる2人。

 エルミアも驚き呆けていると、リングウェウが笑い出した。


「ハハハハ!!!ああ!!もちろん良いぞ!!婿殿!!」


 カオルは抱き付いた。

 子供の様に、ギュッと力を入れて。

 リングウェウはカオルの父親とは違う感触がした。

 だが、とても安心出来る心地良い雰囲気を纏っていた。


「さ、カオルさん。私にも抱かせてください」


 アグラリアンはカオルを優しく抱き締めた。

 リングウェウとも、エルミアとも違う、包まれるような抱擁。

 どことなくカルアに....いや、カオルの母親に近い感じがした。


(お母様....)


 カオルは寂しかった。

 昨夜からずっとピアノを弾きながら、両親の姿を想い出していた。

 ほがらかな笑顔を浮かべて、一緒にお菓子を作った母親。

 忙しく時間の無い中、カオルの為に家族の時間を作ってくれた父親。

 学校では辛い事が多かったけれど、カオルは幸せだった。

 家族3人仲良く、笑い合っていた。

 あの突然の別れの日まで。


「....ありがとうございます。エルミア。もう一度良い?」


「はい♪」


 最後にもう一度、カオルはエルミアを抱き締めた。

 ずっとカオルを心配して傍に居てくれたエルミア。

 家族の中で一番口数が少ないけれど、エルミアは誰よりも家族を見てくれていた。

 たまにカオルの髪を食べようとしたりするけれど、エルミアはヴァルカン達と同じ様に優しかった。

 カオルを1番に考え、故郷であるエルフの里を離れて寂しいはずなのに、エルミアは愚痴を零した事なんて一度も無かった。


「エルミア。すぐ戻ってくるからね」


「お待ちしています。私は、カオル様がいないとダメなんです」


 その後、カオルはリングウェウとアグラリアン・エルミア・シルフの4人に見送られ、ファルフに乗って飛び立った。

 風竜の行方を掴もうと、『土竜王クエレブレ』に会う為に。












「行ってしまったな....」


 小さくなって行くカオルの姿を見詰め、リングウェウは悲しげに言葉を紡ぐ。

 アグラリアンは黙って傍に寄り添い、手を握った。


「まぁ、あまり心配しなくても大丈夫だよ。カオル君は強いしね」


 のほほんとしているシルフ。

 3人のエルフが眼光鋭く見やると、慌てて柱の影に隠れた。


「それにしても、『土竜王クエレブレ』とは....婿殿は、とてつもない使命を帯びているのだろうな」


 いやらしく目尻を下げてシルフを見詰めるリングウェウ。

 どこか楽しそうに思える程だ。


「そうだねぇ~....ボクは、カオル君の使命については知らないけど、近いうちに何かが起きるんじゃないかとは予想できるかなぁ~」


 いつの間にかクッキーを片手にしていたシルフ。

 どうやら、部屋のテーブルに置いてあったお菓子を見つけて、無断で食べているようだ。


「あの、シルフ様。特訓をお願いします」


 雑談を交わす2人を無視して、エルミアは告げた。

 カオルの為に力が欲しいと。

 いない間に少しでも強くなりたいと。


「うん。いいよ。そのかわり、美味しい料理が食べたいな♪という訳で、エルフの里の食文化を解禁します。好きな物を食べれるようにしましょう!!」


 唐突だった。

 先祖代々続けてきた文化を、シルフは一瞬で粉々に打ち砕いたのだ。


「「「...............」」」


 衝撃的過ぎて言葉の出ない3人。

 この後エルフの里では食文化が大躍進する。

 戻ってきたカオルが驚くほどのスピードで。


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