第百四十九話 王女エルミアの想い
ここはエルヴィント帝国の帝都にあるお城の中。
城内の一室を与えられた、冒険者ギルドの買取官であるイライザとレーダが、皇女フロリアから相談を受けていた。
「あの...フロリア様。いったいどうなされたのでしょうか?」
思い詰めた表情のフロリアを、イライザとレーダが心配そうに見詰める。
(ま、まさか...あの同人誌が黒巫女様にバレタとか!?いやいやまてまて、寝取り本は来週発売予定だし、まだ大丈夫のはず...って事は!?『黒巫女×剣聖』の百合本がバレタの!?ど、どうしよう....)
フロリアの暗い表情から、自身の悪行を思い出したイライザが、隣のレーダに泣き付いた。
「れ、レーダぁ...どうしよう...アレがバレタのかも....」
「ちょ、ちょっと...フロリア様の前でしょ。しっかりしてよイライザ」
親友の2人はとても仲が良い。
物書きのイライザに、企画者のレーダ。
だが、その悪事はいつかバレルだろう。
「....あの、男同士の恋愛とはありえるものなのでしょうか?」
おずおずと話されたフロリアの言葉。
イライザが書いた百合物である『黒巫女×剣聖』本は全巻所持しているが、BL関係はまったく馴染みが無い物だった。
「ありえますよ!!薔薇物ですね!!!むしろ大好物です!!!」
フロリアの問い掛けに、『BL大好きっ子』を自認するレーダが、鼻息を荒くして答えた。
百合=女×女
薔薇=男×男
これ豆な?
「す、すみません。フロリア様。レーダはちょっと変わってて....」
百合物を書いているだけで、十分イライザも変わり者のはずなのだが、なぜかレーダを擁護した。
今尚興奮冷めやらぬレーダ。
目が血走り、イライザが止めなければ永遠と講釈を垂れ流しそうである。
「そ、それで、なぜそんな質問を?」
「実は、カオル様に好意を寄せている男性が居るのです。その方は、我が国の近衛騎士団長なのですけれど...」
「近衛騎士団長!?イライザ!!『黒巫女×近衛騎士』の出番よ!!早く書いて!!」
「えええ!?」
「待って...ここは正統派に『近衛騎士×黒巫女』もありね...ああ...迷うわ....」
とんでも発言を連発するレーダを、イライザはとりあえずベットからシーツを剥ぎ取り、それを使って簀巻きにする事で黙らせた。
ベットの上でモゴモゴもがくレーダだが、しばらくすると動かなくなる。
「申し訳ございません。フロリア様。それで、男同士の恋愛ですが、私もありえると思います。男性の多い冒険者同士で、というのも結構耳にしますし...」
冒険者ギルドで買取官をしているイライザ。
耳年増な彼女は、同僚などからそういった話を良く聞いていた。
「そういうものなのですか....」
「ええっと...フロリア様は、黒巫女様に好意を寄せる近衛騎士団長が容認できない。という事なのでしょうか?」
「はい。なんとかして排除したいと考えています」
「そ、そうですか...」
(排除って...フロリア様怖い...)
俯き、どこか一点を見詰めるフロリアの姿。
その目には、確かな殺意とも取れる意思が込められている。
「あの...私には、買取官以外に物を書くくらいしかとりえが無いので、良かったら書きましょうか?」
「書く?」
「はい。『黒巫女様に言い寄る近衛騎士団長を、王女様が倒す物語』とか...」
苦肉の策であったであろう。
思い詰めた様子のフロリアが居ると、部屋の空気が重くなる。
いい加減耐えられなくなったイライザは、そう提案した。
「いいですね!そうしましょう!ではさっそく依頼します。私の為に、その本を書いてください!」
イライザのばかげた提案だったが、フロリアはすかさずそれに乗った。
「では。さっそく書かせていただきます。概案が纏まり次第、一度相談しますね」
「ええ。お願いします。イライザが来てくれて、本当に良かったです♪」
「いえいえ。私なんかがフロリア様の役に立てるなら、本望です」
ガシッと握手を交わす2人。
お互いを褒め称え、忘れ去られたレーダはベットの上でピクリとも動かないでいた。
その後、エルヴィント帝国の帝都では、1冊の本が発売される。
先だって発売された、『金色の魔女と黒髪の少年』は、発売すると同時に即完売し、増刷が決まるほど大好評となっていた。
そして、新たに発売されたのが、『陰湿な騎士と黒髪の少年』である。
どちらの本も結末は、『見目麗しい王女と、黒髪の少年が、お互いに惹かれ合い恋に落ちる』という物だった。
とても古典的な恋愛物で、高価な紙を使った物だったにも係わらず、帝都では近年稀にみる大ベストセラーとなる。
「イライザ!おめでとう!」
「ありがとう♪レーダ♪」
「いやぁ...良い友を持ったと、私は神に感謝したいよ」
「何言ってるの。レーダがいっぱいアイデアをくれたから、あれだけ沢山売れたんじゃない」
「いやいや~。それを文章にしたのはイライザだから、やっぱあんたのおかげだよ」
「そ、そんな煽てたって何もないからね♪あ、おじさん、ビール追加で~」
「私も~!」
「あいよ!!いっぱい飲んでってくれよ!!羽振りの良い嬢ちゃん達!!」
「まっかせといて~」
本の印税が入った事で、イライザとレーダは、帝都で一番と噂される食堂へと赴いていた。
だがそこで、最大の悲劇が起きるのだが、それはまた後のお話。
「ただいまー」
自治領である、『香月伯爵領』から帝都北西に構える屋敷へと戻ってきたカオルとエルミア。
朝と変わらず、門前には多くの人で賑わいを見せていた。
(なんかすごい増えてるんだけど...ご近所さんから苦情とか来ないといいなぁ....)
カオルが住まうこの屋敷の周囲には、御五家と呼ばれる選帝侯の公爵家と、伯爵家の上位に値する侯爵家が存在する。
真向かいの犬耳族であるクレール伯爵家は、カオルと同列のためにそこまで気にしていなかった。
問題は公爵・侯爵の両家である。
(そのうち「うるさいぞ!」とか言って乗り込んできたり....)
貴族という物をあまり理解してないカオルは、挨拶回りで出会った公爵達を、下町の『雷親父』という認識をしていた。
石畳の玄関を通り抜け、カオルとエルミアは食堂へと顔を出す。
そこではメイドのフランチェスカとアイナが、仲睦まじく夕食の下拵えを行っていた。
「ただいま。フラン、アイナ。お土産持ってきたよ」
メイドの2人に話し掛けると、振り返り、嬉しそうに顔を綻ばせる。
可愛らしい仕草にカオルも笑みを浮かべると、アイテム箱から2匹の大きな魚を取り出した。
「これ、夕食に出してあげて。師匠とエリーはお魚が好物だから」
「ありがとうございます。大きな魚ですね。ブリにタイですか...」
「おおきい」
頭が少し小さくて、体が上から見て扁平な感じがするブリに、体型が立派で色彩も鮮麗なタイ。
とても美味しそうなのだが、問題は体躯が1m近い事だろうか。
「大きいんだけど、大味にならないかな?」
「あの、ブリとタイは、大体この大きさなのですが...」
姿形を知っているカオルではあったが、海で自分が漁をしたのは初めてであった。
この世界の海水魚が、これほど大きい物だということは知り得るはずも無いだろう。
「そ、そうなんだ。それとね。これから所用を終えたら、ちょっとエルミアの実家に行って来るから、留守をお願いね」
『とある理由』でカオルはエルフ王の許可を貰わなければいけない。
その為に、王女であるエルミアの実家である、『エルフの里』へ行かなければならないのだ。
「お出掛けになられるのですか?」
「うん。師匠達はまだみたいだから、間に合わなければエルミアと2人で行って来るよ」
魔鳥サイズのファルフに乗って行くつもりなので、どちらにしろ後1人しか乗る事ができない。
(どうせすぐ帰ってくるし、わざわざ待っても...)とカオルは考えていた。
「畏まりました。食事はいかがなさいますか?」
「えっと...」
後ろに立つエルミアに振り返る。
エルミアは黙ってコクンと頷いた。
「向こうで用意してくれるかもしれないし、無ければ帰ってきたら食べるよ」
「では、戻られた時に食べられるよう準備を...」
挨拶だけ終えたら帰るつもりのカオル。
だが、エルミアはそうではなかった。
「いえ。数日泊まる事になりますので、帰って来た時にお願いします」
「え?」
「お父様が、前々から『カオル様とじっくりお話がしたい』と言っておりました。数日は覚悟しておいてください」
エルミアはそれだけ告げると自室へと向かって行った。
口端に笑みを浮かべて...
「あの...」
「...という訳みたいだから、帰ってきてからお願い。時間が合ったら一緒に作ろう。まだまだ教えたい料理があるし」
「はぁ...」
残されたカオルとフランチェスカとアイナの3人。
アイナが寂しそうにカオルの袖を摘みながら、そんな会話を交わすのだった。
その後、カオルが練成所に篭り『ある物』を作り出すと、間に合わなかったヴァルカン達を置いて、エルミアと2人でエルフの里へと向かって行った。
帝都上空を離れたカオルとエルミア。
ファルフの背中でこんな会話を繰り広げていた。
「エルフの里ってどんな所なの?」
「エルフの里は、神聖な森の中にあります。森中を結界で蔽い、何者も立ち入れなくしています」
「そうなんだ。じゃぁ魔物とかに襲われる心配はないんだね?」
「はい。ですが、近隣の森には魔獣が居る為に、狩りなどを行います。生活をするためとも言いますが」
「食料にするんだ」
「はい。エルフの里に居る者は、『森の民』とも呼ばれ、自然と共に生き精霊の加護の下、その生涯を終えるのです」
「高潔な種族って、そこから着いたのかね?」
「そうかもしれません。ですが、里以外のエルフは普通の人々と、何ら変わりはありません。あくまでエルフの里の住人の話しです」
『エルフの里』を強調するエルミアは、やはり他のエルフとは一線を引いているのだろう。
実際エルミアの言う通りで、エルフの里=純潔であり、それ以外は不潔であると公言する者も居る。
(エルミアは王女様だし、仕方ないのかな...でも、親族のカルアは置いておいて、同じエルフの師匠とか、グローリエルと仲が良いよね)
それはカオルのおかげであった。
ヴァルカンとカルアに出会った頃のエルミアは、2人を警戒していた。
外の常識を知らなかったエルミアにとって、2人は不思議な存在であり、どう接していいのかわからない。
そこへ、霊薬『エリクシール』のおかげで命を吹き返したカオルが登場し、エルミアは一目で恋に落ちたのだ。
静かに眠る、黒髪の美少女。
口惜しくも、ヴァルカンが口移しで霊薬を飲ませ、カオルは目を覚ました。
そして、『風竜王ヴイーヴル』の登場で、エルミアは決心する事となる。
『生涯をカオルの側で過ごそう』と。
それからのエルミアは、苦手な事から逃げる事無く取り組み、カオル達を見続けた。
けしてめげないカオル。
カオルの師として、影から支えるヴァルカン。
カオルを包み込む、心温かい包容力を持ったカルア。
カオルに命を救われ、その恩を返そうと必死に努力するエリー。
エルフの王女であるエルミアは、そんなカオル達を見て優劣をつけることがバカらしく思えた。
そして、そんな4人を、いつしかカオルは『家族』と呼ぶようになる。
正直、エルミアは嬉しかった。
閉鎖的なエルフの里で過ごした彼女は、兄弟がいないという事もあり、ヴァルカン達の存在はとても大きい物となった。
だが、メイドのフランチェスカとアイナが登場し、加えてエルヴィント帝国皇女フロリア。
剣騎グローリエル。
蒼犬のルーチェの登場で、エルミアは焦りを感じていた。
(カオル様の周りには、女性が多い)
これからも増え続けるだろう。
なにせ、カオルはとても魅力的なのだから。
エルミアは強かだった。
最初は妾でも良いと思っていた。
だが、あまりにも増え続ける異性達に、『いつしかカオルを奪われてしまうのではないか』という危機感を覚えた。
だからこそ、妾から正妻に成りたいと思ったのだ。
そして、今。
チャンスが訪れた。
カオルと2人きりで実家であるエルフの里へ向かっているのだ。
『エルミアのお父さんに会わせて欲しい』
カオルにこう言われた時、エルミアは天にも昇る気持ちになっていた。
とうとうカオルは『自分を選んでくれた』のだと、思ったからだ。
ファルフに乗る2人は行く。
エルミアの実家であるエルフの里へ向けて。
『婚約の挨拶をする』と勘違いしたエルミアを乗せて...
ご意見・ご感想などいただけると嬉しいです。




