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第百四十八話 街造りの為に その壱


 朝食中。

 カオルが用意した食事を無言で食べる家族達。

 時折カオルをチラチラ見やるその様子から察するに、やはり昨夜はキス魔が猛威を振るったのだろう。


(なんだか....みんなの視線が痛いんだけど...)


 黙々と食べる家族達。

 どこか自分と距離を感じたカオルは、落ち込んでしまう。


(やっぱり....あの薬は、しばらく封印しておこう)


蜃気楼(シムラクルム)の丸薬』


 カオルが気軽に街を歩く為に作り出したこの薬は、とある服作用が存在する。

 微々たるものではあるが、服用する事により体内の一部。

 主に肝臓の働きが活発になり、あたかも『酔った』状態になるのだ。

 一時的とはいえ、お酒の免疫の無いカオルには、これは身体に大きく負担がかかる。

 そして、カオルは酔うと淫らな淫獣(キス魔)へと姿を変えるのだ。


「あの...」


 カオルが声を掛けると、一斉に俯いてしまう。

 カオルの隣に座ったアイナだけが、顔を上げていた。

 

(もしかして、ボクのキスってすごいの?)


 まったく身に覚えのない出来事に、カオルは首を傾げた。

 ヴァルカンとならば、何度も濃厚なキスをした事がある。

 それは覚えている。

 オナイユの街で、霊薬である『エリクシール』をヴァルカンが口移しでカオルに飲ませた時だ。

 目覚めたカオルはこの時初めて、ヴァルカンと『ディープキス』をしたのだから。


(エルミアがキス魔って言ってたけど、もしかして、みんなにもアレをしたのかな...)


 俯きながらほんのり頬を赤く染める家族達。

 メイドである、フランチェスカでさえモジモジしているのだから、きっとカオルはアレをしたのだろう。

 黙々と食べ続けた朝食が終わり、居間へと場所を移したカオル達。

 前日にアイナと仕込んだフルーツタルトと紅茶をみんなに振舞うが、ここでもやはり誰も口を開こうとはしなかった。


(...もういいや。忘れよう)


 気まずい空気に耐えられなくなったカオルは、昨夜の出来事を忘れる事にし、家族みんなに話し出した。


「えっとね。昨日の話しなんだけど、アーシェラに仕切りを頼んだから、そのうち連絡が来ると思うんだ。それで、決闘の事は特に心配してなくてね。その後の事を言っておきたくて...」


 キスの事を有耶無耶(うやむや)にして話し始めるカオル。

 ヴァルカン達も、昨夜のあまりにも甘美な出来事を頭の隅に追い遣り、カオルの話しを聞き入った。


「ボクは、奴隷制度をなんとかしたい。やっぱりおかしいと思うんだ。人がお金で人を買うって行為もそうだけど。何より、同じ人間を軽く扱うのが許せない」


 昨夜、カオルに物言いをつけたヘルマンは、奴隷であるアイナを罵った。

 もちろんカオルはアイナを受け入れる時に、それ以上の光景を目の当たりにしていたし、ヴァルカンからそういう文化なのだと窘められた。

 だがやはり、到底納得出来るものではない。


「だから、ボクは奴隷の街を造ろうと思うんだ。そこから、ここに住む全ての人の価値観を変えようと思う」


 それはつまり、将来的に奴隷制度を廃止させると言う事。

 並々ならぬ労力と時間が必要になる事だろう。


「...カオル。とても素晴らしい事だと思う。だが、前にも言った通り、奴隷に成る者にもそれなりの理由がある。借金を返せない者。悪事を働いた者。両親が奴隷だという理由で、生まれながらに奴隷の者もいる。その全てを、救うと言っているのか?」


 確かにヴァルカンは以前そう言った。

 そして、『目に映る人だけでも、私達が救えばいい』とも。


「覚えています。人殺しや他人を蔑む人を救おうだなんて思いません。むしろ、ボクは救うのではなく押し付けるんです。ボクの自己満足と、心の安寧(あんねい)の為に。自分勝手に押し付けるんです」


 カオルの必死な物言いに、ヴァルカンは口を閉ざした。

 呆れたわけではない。

 あまりにも真剣なカオルの表情に、なんと言葉を掛けていいのかわからなかったからだ。


「...ねぇカオルちゃん。街を造るって言うけれど、どれだけ大変な事がわかってる?カオルちゃんが天寿を全うした後も、街は残さなきゃいけないの。そのためにしなければならない事は、本当に沢山あるのよ?お金だって掛かるし...」


 長年、聖騎士教会で治癒術師として勤めていたカルアは、街の運営がどれだけ大変な物なのか、おおよそであるが理解していた。

 オナイユの街を運営する街長と呼ばれる代官や、教会の司教に聖騎士団の騎士長。

 そして、各種ギルド長が齷齪(あくせく)働き身を(やつ)していたのを知っているから。


「わかってるつもりだよ。街の運営がどれだけ大変かも。ボクが、どれだけ荒唐無稽(こうとうむけい)な話しをしているのかも」


 カオルがこの世界に来る前、『香月町』という場所に住んでいた。

 名前の通りカオルの家は代々続く大地主で、そもそもはカオルの祖先が日本武尊(ヤマトタケル)熊襲(くまそ)退治に(こう)があり香月君の号を許され、香月荘などの荘園(しょうえん)として、この土地を与えられたと伝えられている。

 そしてこの香月荘が、後の『香月町(こうづきちょう)』なのだから。

 カオルの父親は毎日忙しく、仕事に、そして母親とカオルの為に時間を使っていた。

 その姿をカオルは間近で見ていたのだから、街ひとつを維持する事が、どれだけ大変かも理解はしている。

 だが、如何(いか)に大変であろうとも、カオルには譲れない願いがあった。


(人が人を支配するなんて、それじゃまるであの『濁った目』の大人達じゃないか。ボクは、絶対にそうは成りたくない)


 両親の死後、ハイエナの様にカオルと両親の資産を奪って入った親戚達。

 彼らの目は酷く淀んでいて、カオルの心に深い闇を落とした。


「...ボク1人じゃ出来ないかもしれない。でも、挑戦したいんだ。あんな汚い大人に、ボクは成りたくない!」


 大粒の涙を流し、カオルは家族に懇願した。

 アイナを蔑むような大人に、自分が誰かを支配するような大人に、カオルはけして成りたいとは思わないのだから。


「...そうか。それで、私は何をすればいい。言っておくが、私は剣を振るう事しかできないぞ?あとはせいぜい鍛冶が出来るくらいだ」


「おねぇちゃんも、回復魔法が使えるくらいよ?あ、毎日祈るのは任せてね♪」


「わ、私は冒険者だし...魔物退治とか?」


「それでしたら、私もエリーのお手伝いができます。それと、カオル様の警護です」


「あ、あの...メイドの私には家事くらいしか...」


「ご主人。ごはんまかせる」


 カオルの想いが通じたのか、ヴァルカン達は協力を申し出る。

 メイドの2人までもがカオルの情熱に打たれ、手を貸すと言ってくれた。


「...ありがとう。本当にありがとう...」


 届いた想い。

 カオルは涙を流して、家族達に抱き付いた。


『街を造る』


 それはとても壮大であり、また困難な事である。












 お昼前に、皇帝アーシェラから一通の書簡が送られてきた。


『決闘の日時が決まったのじゃ。今から一月後、五月の終わりに、香月カオル伯爵と、ヘルマン.ラ.フィン子爵の決闘を執り行うのじゃ。場所は帝都北東にある円形闘技場(コロセウム)とする。それとじゃな、カムーン王国親善大使元剣聖ヴァルカン。聖騎士教会助祭カルアの両名は、ただちに登城するように』


 書かれていた内容を読み終えたカオルは、首を傾げた。


「師匠。親善大使って、まだ続いてたんですね」


「...そうみたいだな」


 すっかり忘れていたヴァルカンも、思い出したかのように手を打った。

 元々は策士アーシェラの策略により、カオルと皇女フロリアを2人きりにする為に任命された役職なので、覚えている方が不思議であった。


「それにしても、私だけではなくカルアもか?いったい何の用だ....」


「う~ん...わざわざ聖騎士教会助祭なんて書くんだから、お仕事かしらね?」


(本当に何の用だ?カルアの様に、カムーン王国に関係する何かか...)


 思案を巡らすヴァルカンだが、書簡を持参した近衛騎士が、「馬車の用意ができております」と2人を急かした。


「...エリー。一緒に行くぞ。昨日のバカが何か仕掛けてくるかもしれん。カルアが居るから前衛は2人居た方がいい。それに、エリーとエルミアは親善大使である私の共と決まっていただろう?本当はエルミアも一緒に登城しなければならないが、カオルを1人にするわけにはいかん」


「えー...」


 ヴァルカンは、昨夜の相手であるヘルマンを警戒していた。

 ここは帝都であり、ヘルマンは元はと言えど、公爵家の人間なのだ。

 犯人がすぐに判明する毒殺は無いにしても、闇討ちくらいはありえるだろう。


「文句を言うな。これも仕事だ」


「そ、それならカオルも一緒に...」


「あの女狐(アーシェラ)が私とカルアを召喚したんだぞ?おそらくカオルに聞かせたくない話しなのかもしれん。いいからさっさと支度をしろ」


 ヴァルカンに急かされ、しぶしぶながらも支度を始めるエリー。

 カルアとヴァルカンも慌てて自室へと着替えに戻る。


「ねぇエルミア。アーシェラ様の話しってなんだろうね?」


「なんでしょうか...想像できないです」


 残されたカオルとエルミアが首を傾げ、使用人のフランチェスカとアイナは関係ないとばかりに昼食の用意を始めた。

 大急ぎで支度を終えたヴァルカンとカルアとエリーの3人。

 カオルとエルミアに見送られ、近衛騎士が用意した馬車に揺られて、エルヴィント城へと向かって行った。


「なんか...昨日よりも男性が増えてない?」


 屋敷の玄関先で3人を見送ったカオルとエルミア。

 門前に集まる人垣に、女性ばかりか男性の姿が増えている事に気が付いた。


「エルミアとかみんなが綺麗だからとか?」


「いえ、おそらく仕官の(たぐい)ではないでしょうか」


「仕官?」


「はい。カオル様は若くして伯爵と成りました。今のうちにカオル様に召抱えて貰えば、要職に着けると思ったのでしょう」


 貴族というものはとにかく兄弟が多い。

 長男・嫡子ならばお家を継げるから問題は無いのだが、予備の次男やそれ以下の三男四男は自力で将来を切り開かねばならない。

 運良く他家の後継ぎがいない家に婿に入れる事など、早々無いのだ。


「なるほど...」


「それと、カオル様は寄り親.寄り子という物をご存知ですよね?」


「うん。アーシェラ様が男爵に襲爵(しゅうしゃく)した時に、冊子をくれたから読んだよ」


「そうですか。今現在カオル様の寄り親は、エルヴィント帝国の御五家(ごごけ)である『ネージュ家』となっています。名前の通り、皇帝であるアーシェラのところですね。ですが寄り子が居ません。ですから、余計な横槍が無いうちに...と、下級貴族や腕に覚えのある者達が集まっているのでしょう」


 エルミアの言う通りである。

 横繋がりが無いカオルは、官僚を目指す者にとって、いいカモにさえ見える。

 そればかりか、カオルがアーシェラから下賜(かし)された土地は、帝都から程近く、交通の便がとても良い。

 運良く自警団や護衛に着ければ、将来は安泰と言えるだろう。


「そうなんだ。エルミアはよくそういう話しを知ってたね?」


「いえ、カオル様が男爵に成られた時に、アーシェラから教えられました」


「ああ。ボクがリアと一緒の時?」


「そうです。カオル様があの女狐の娘と一緒に居た時です」


「....なんだか、言い方がトゲトゲしいんだけど」


「気のせいではないでしょうか?さ、カオル様。中へ入りましょう。美味しい紅茶が飲みたいです」


「う、うん...」


 エルミアが詳しく解説してくれたが、なぜかフロリアの話しが出てきた時に、妙にキツイ言い方をしていた。

 おそらく、カオルを短時間でも独り占めした事に嫉妬したのだろう。

 フランチェスカとアイナが用意した軽食を取り、カオルが自慢のアッサムティーを淹れて3人に振舞う。

 くせが少なく芳醇な香りが室内に充満すると、とっておきの濃厚なミルクを紅茶へ混ぜた。


(やっぱりアッサムはミルクティーだよね♪....身長が伸びるかもしれないし)


 ミルク=牛乳の構図は、カルシウムが多く成長を促す。

 身長が伸びる事を信じて止まないカオルにとって、牛乳とは神が授けた崇高(すうこう)な飲み物なのだ。


「そうだ。せっかくだから、視察に行こうか?」


「視察ですか?」


「うん。領地を貰ったからね。街を造るなら見ておきたいし」


「わかりました」


 フランチェスカとアイナにお土産を約束し、カオルとエルミアは魔鳥(まちょう)姿の『ファルフ』に乗って、屋敷の庭から飛び立った。

 グングン空高く舞い上がるファルフの背中で、カオルはエルミアと手を繋ぐ。


「大丈夫?エルミア」


「はい。ですが、もう少し繋いでいて下さい」


 本当はまったくもって問題無いのだが、せっかくの2人きりなのでとエルミアは怯えて見せた。


(これって...デート)


 頬を赤く染めてチラチラとカオルの横顔を見やる。

 カオルは無邪気に笑い、ひさびさのファルフとの散歩を楽しんでいた。


「ん~~!良い景色だね♪」


「はい」


「ファルフもそう思う?」


「クワァ!」


 アーシェラに下賜(かし)された領地上空を、ファルフに乗ったカオルとエルミアは飛んでいる。

 以前フロリアと訪れた海岸に、大きな山が連なる山脈が3つ。

 眼下に広がる深緑の森は、魔境と思われる物が4つほど見て取れた。


「魔境があるのかぁ...」


「はい。全部で5つあると、アーシェラが言っていました」


「さすがエルヴィントだね。魔境と地下迷宮(ダンジョン)が多いや」


「そうですね。地下迷宮(ダンジョン)も3つあると聞いてます」


「なるほど...あ、あそこなんか良さそうじゃない?」


 カオルが指差したのは平野だった。

 半径が5(キロ)程の大きさで、街を造るには大きすぎる場所かもしれない。


「あの...カオル様。どれほどの規模の街を造られるおつもりですか?」


「ん?でっかいの♪」


「いえ、通常は街ではなく村程度の規模の物を造り、そこから徐々に大きくしていくものかと...」


 楽しそうに語るカオルに、さすがのエルミアも頭を抱えた。

 だが、とても嬉しそうに笑うカオルの姿は愛くるしいものがあり、それ以上は言えなかった。


(水源は...あの川から支流でも造ればいいとして、問題は安心して住める環境だよね...)


 連なる山脈の袂から、かなり大きな河が流れている。

 ある程度治水は必要であろうが、魔法を使えるカオルにとっては、容易に事を成せるだろう。


(防壁は必要だよね。あとは定期的な魔物狩りかな...)


 エルヴィント帝国はとにかく魔境が多い。

 地下迷宮(ダンジョン)から溢れる魔物の数はそれほど多くは無いのだが、普通の森続きにある魔境は、集落にとって一番の脅威とも言える。


(生活インフラと士農工商に家令(かれい)かぁ...やっぱり大変だよね)


 街路に上下水道。

 衣食住の確保に主体となる産業。

 そして、それを取り纏める機関に領主の代わりとなる家令。


 人手。

 特にあらゆる人材が必要だ。


(...お金もね)


 カオルは、現代日本で培った、様々な知識がある。

 それに加えてこの世界に来てから得た知識と、『ego(えご)黒書(こくしょ)』で覚えた錬金術があるのだから、金策などはあまり心配してはいなかった。


「エルミア。ちょっとあの山頂見てくるから、ここで待ってて」


 カオルはそう告げると、返事も聞かずに風を纏い、ファルフの上から飛び立った。

 先ほど視察をした時に、チラリと見えたあるものが気になっていたのだ。


(たぶん、あれは...)


「『魔装【騎士(エクウェス)】』」


 上空で魔法を唱え、お気に入りの普段着から白い騎士服へと姿を変える。


「『桜花』」


 加えて愛刀である赤漆の鞘の桜花を腰に携えると、速度を増して自治領内の山へと向かって行った。

 四月も終わりだというのに、未だに山頂付近には雪が残っている。

 どうやら沸き出る地下水だけではなく、この雪も麓の河の源流の様だ。


(やっぱり....ここは....)


 カオルが調べたかったのは源流ではない。

 そこにあったものは、ワイバーンの巣であった。

 体躯5m程の硬い鱗を持つ小翼竜。

 尖った牙と爪を得物(えもの)に、集団で狩りをする魔獣だ。


(か、カッコイイ....背中乗せてくれないかな....)


 以前、アベール古戦場近くの山に、小型竜種である『ワイバーン』の住処があると剣騎グローリエルが話していた。

 カオルは、それを聞くや否や(背中に乗りたい!)と思ったものだが、意を察したヴァルカンに咎められた。

 『ワイバーンは獰猛(どうもう)な上に、群れで襲ってくるぞ。のんびり背中に乗るなんて余裕は無い』

 ヴァルカンのこの言葉で、カオルはすっかり落ち込んでしまった。

 だが、やはり男としては竜騎士などの憧れるものであり、チャレンジしてみたいのだが...


(うん。師匠は正しかった。無理!!)


 カオルが物音も立てずにこっそり近づいただけで、異変を察知した1匹が雄叫びを上げる。

 あっという間に数十匹のワイバーンに取り囲まれてしまったカオルは、嫌々ながらも戦闘を余儀なくされた。

 迫り来る鋭い3本の鉤爪を持った前足が、カオルが1秒前に居た場所に繰り出される。

 数々の戦闘とヴァルカンから鍛えられているカオルは、ワイバーンの動きは手に取るようにわかっていた。


「はぁあああああああ!!!」


 腰溜めから放たれる白銀の刃。

 神速の抜刀術をもって、攻撃を仕掛けたワイバーンは頭と胴体を別れさせられた。

 吹き上がる魔獣の赤き血。

 カオルの身体を容赦無く染め上げるも、臆する事なく放たれるカオルの反撃は止まらない。

 頑強な牙を持つ顎がカオルに喰らいつく。

 すんでのところで身体を捻り回避したカオルは、またも刀を鞘に奔らせ首を落とす。


(なんか、思ったよりも強くない...?)


 小型竜種と聞いていたカオルは、風竜の様な強い竜をイメージしていた。

 しかし、実際に戦ってみると、トロールやオーガと大差無いように感じる。


「グギャァアアアアアアアアアアアア!!!」


 雄叫びを上げるワイバーン。

 カオルに近接戦闘で敵わぬとみると、20匹ほどが空へ飛び上がり、上空で大きく口を開いた。


(まさか!?)


 カオルはこの動作を知っている。

 遠征軍に出た時に対峙したドラゴンが、同様の動作をしていたからだ。


「グォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!」


 ワイバーンの口から放たれたのは紅蓮の炎。

 火炎放射器にも似た赤き炎は、20匹にも及ぶ炎が相まって、灼熱の業火の様相を呈している。


(すっごいなぁ...これは魔法が使えないと無理だろうなぁ....)


 業火の中心で、カオルは平然としていた。

 自身の周囲に『風の障壁』を張り巡らし、温度さえも遮断していたのだ。


 やがて、炎を形作る体内のガスが切れたのだろうか。

 ワイバーンの放つ紅蓮の炎が徐々に弱まり、息切れと共に地面へと落下していった。


(う~ん...確かに強いんだろうけど、魔術師相手には弱いのかな?)


 カオルを取り囲む『風の障壁』の外は焦土(しょうど)と化していて、ワイバーンの放つ火炎はそれほどまでに強い物なのだろう。

 その後、弱りきったワイバーンの首を次々に切り落とし、カオルはアイテム箱に全てを仕舞った。


(ああそうだ。このワイバーンで騎士隊の防具を作ろう。竜騎士隊とかいう名前を付けて....誰も竜に乗って無いからダメか....)


 バカみたいな事を考えつつ、カオルは当初の目的の物を探すため、ワイバーンの巣を調べてみた。

 周囲の森から集めたのであろう木々が、折り重なって寝床を作る。

 厚い殻が散乱しているのは、ワイバーンが卵から孵化(ふか)したあとだろうか。


 そして...


「おお!!!これだよこれ!!!」


 思わず叫んでしまったカオルが見つけたのは『光苔』。

 ワイバーンが生息する場所には、必ずこの苔類(たいるい)が存在する。

 なぜならば、ワイバーンは定期的にこの『光苔』を食さないと体内のガスが膨れ上がり死んでしまうからだ。


(よかったよかった。ここを確保できれば後は楽勝だね♪)


 カオルは、街を造る為にありとあらゆる計画をしていた。

 その一つ、金銭に係わる物を作る為に必要だったのが、この『光苔』なのだ。

 アイテム箱から陶器製の大釜を取り出し、釜いっぱいに『光苔』を採取する。

 ある程度残しておけば、次に来た時にまた採取出来るであろう。

 むしろ、時間さえあれば、自身で養殖するつもりである。


(あとは『あの人』を説得すればいいだけか...)


 カオルが今から作り出そうとしている物は、とても画期的な物であった。

 歴史が変わると言っても過言ではない。


(さっそく作らなきゃ♪)


 目的の物を得られたカオルは、ウキウキ気分でその場を後にする。

 だが、そこへある人物が....


「カオル様。いったい何をしておられたのですか...」


 ファルフに乗ったエルミアが、鬼の形相でカオルを見詰めていた。

 怒気の篭った声色に、恐る恐る上空を見上げる。


「えっと...エルミア。もしかして怒ってる?」


 1人で行動する事を許されてはいないカオル。

 先日のヘルマンの件もそうだが、いつ魔族(アスワン)がカオルに魔の手を伸ばすかわからないからだ。


「怒っています。なんですか、このありさまは。もしかして、魔物と戦闘でもしていたのではありませんか?」


 焼き崩れた大地に、夥しい量の血の池。

 攻撃魔法こそ使わなかったので雷撃音などはしなかったが、間違い無く戦闘が行われていたのは容易に見て取れる。


「あ、あのね...その....」


 目が吊り上がり、あまりにも怖いエルミアの姿に、カオルは言葉を詰まらせる。


(ど、どうしよう。エルミアがものすごく怖いんだけど...)


 言いくるめられたのであろうか。

 どことなくファルフの目も鋭く、眼下に居るカオルを静かに見詰めている。

 エルミアは、ファルフを地面へ着地させると、ファルフの背から飛び降り、ツカツカとカオルに歩み寄った。


「...あまり、心配させないでください」


 優しくカオルを抱き締めるエルミア。

 声は掠れ、薄っすらと目に涙を浮かべていた。


「ごめん。エルミア」


「無事でよかった。勝手にいなくならないでください...」


 寂しそうなエルミアの声に、カオルは申し訳ない気持ちでいっぱいになる。

 心配してくれる家族が居る事が嬉しくもあり、また、自分勝手に行動した事を戒めた。


「ごめんね。エルミア...それと、こんな時に言うのもアレなんだけど、お願いがあるんだ」


「なんでしょうか?」


「実は、エルミアのお父さんに、エルフ王に会わせて欲しいんだ」


「それって...」


 王女エルミアは、エルフ王リングウェウの娘である。

 カオルが先ほど言った『ある人』とはリングウェウの事であり、これから作り出す物は、リングウェウの許可が必要だったからだ。

 だが、カオルの言い方がまずかった。

 

『エルミアのお父さんに会わせて欲しい』


 要約するとそう取れる言い方は、『娘さんに挨拶をさせて欲しい』とも取れるだろう。

 ということは、『エルミアをボクに下さい』とエルミアが脳内変換しても不思議ではない。


「ぜひお会い下さい!!なんでしたら今すぐにでも!!!」


 歓喜の声を上げるエルミア。

 ついにカオルがエルミアを嫁に受け入れると言ったのだから。


「え、えっと。今すぐじゃなくて、明日でもいい?あ、待てよ....うん。今日行こう。ちょっと支度があるから、それから出発しよう」


 別に急ぐ必要は無かったのだが、エルミアがとても嬉しそうなので急ぐ事にした。


(ひさびさに両親に会えるんだもんね。エルミアが喜ぶはずだよ)


 エルミアがエルフの里を出てから約4ヶ月。

 ひさびさの帰郷に喜んでいると、カオルは勘違いをしていた。


 その後、ファルフに乗ったカオルとエルミア。

 メイドの2人のお土産にと、自治領内の海岸へ赴き、『広域殲滅魔法(テスラ)』を使って海中の魚と魔物を屠った。


「浮き上がったやつ取ってくるから、ちょっと待ってて」


「はい♪お気をつけて♪」


 カオルが、両親に婚約の挨拶に行くと勝手に思い込んだエルミアは、カオルが1人で行動しても怒る事はなかった。

 というよりも、『広域殲滅魔法』で漁をするとか、カオルはどれほど常識はずれなのか。


「エルミア!!いっぱい取れたよ!!」


「さすがはカオル様です♪」


「じゃぁ、帰ろうか。エルフの里に行く前に、作らなきゃいけない物もあるし」


「はい♪」


 恋する乙女のエルミアは、完全に舞い上がっていた。


(ついにカオル様と婚約を♪正妻は私で決まりですね♪)


 ファルフの背に乗るカオルとエルミア。

 カオルは目的の『光苔』と大量の魚を手に入れてご機嫌で、エルミアはカオルと婚約出来ると勘違いをし、2人は帝都の屋敷へと戻って行くのだった。


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