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第百四十五話 レオンハルトとヴァルカン達


「やっと帰ってきたな」


 撤収作業も終わり、ようやく帝都へと帰還した近衛騎士団長のレオンハルト一行。

 随行する冒険者達にお礼を言い、エルヴィント城へと戻って来ていた。


「あーマジで風呂入りてぇ」


「ホントだな。っていうか、せめて着替えてぇ」


「それじゃ、レオン兄貴。俺達帰るぜ」


 レオンハルトと共に帝都へと帰還した剣騎セストとレイチェルの2人。

 城門前で別れの挨拶をしていた。


「ああ、皇帝陛下には俺様から報告しておく」


「ありがとうございます。レオン兄さん」


「別に、これくらいどうってことねぇよ。2人共、よく頑張ってくれたな。ありがとう」


「い、いいって!!俺達だって、レオン兄貴の力になれて嬉しいんだからよ...お礼なんか言わないでくれよ!!」


「そうですよ。レオン兄さん。セストがこんな殊勝(しゅしょう)な事を言っているんです。甘んじて受け取ってください」


「なんだその言い方は。疲れてるのか?レイチェル」


「そうだぜ。俺はレオン兄貴を尊敬して...」


「はいはい。わかったから、さっさと帰るわよ。レオン兄さん、それじゃ私達はお先に失礼します。ほら行くわよ!!」


 剣騎セストの話しを途中で遮り、レイチェルは襟首を掴んでズルズル引きずって立ち去った。

 尚も文句を言い続けるセストの姿が、どこか情けなく見える。


「なんっつぅか、アレだな。姉さん女房的な感じだな」


「ああ。あの2人はアレでいいんだよ。仲良さそうでいいじゃねぇか」


 遠ざかる義弟妹の2人を、生暖かく見送るレオンハルトとアルバート。

 城門を守護する近衛騎士の部下が、微笑ましそうに見詰めていた。


「さてと。それじゃ、陛下に帰還報告でも行きますか」


「そうだな」


 近衛騎士との職務として、2人はエルヴィント城へと入城する。

 疲れきった身体に鞭を打ちつつ....












「コンコン」


 アーシェラの私室へと赴いた2人。

 扉を叩くと中から声をかけられた。


「だれじゃ?」


「近衛騎士団長のレオンハルトと、副長のアルバートです」


「おお。入って良いぞ」


 アーシェラの許可が出ると、メイドが扉を開いて2人を室内へ案内した。

 真っ赤な絨毯を踏み締めながら、2人はアーシェラが待つ執務机へと向かう。


「よく戻ったのじゃ!」


「はい。おかげさまで、無事に帰還する事ができました」


 アーシェラの前に跪き、レオンハルトは頭を垂れる。

 アルバートはレオンハルトから1歩下がり、同じ様にしていた。


「うむ。此度の戦。死者も多かったようじゃな。じゃが、皆の奮戦により、早期終結する事ができた。実に大儀であった」


「もったいないお言葉です。ですが、これが我々の職務でございますので...」


 レオンハルトは努めて冷静に対応した。

 アーシェラの言う通り、今回の戦闘では多くの死者が出ていた。

 冒険者のみならず、自身の部下である近衛騎士にも被害があったのは言うまでも無い。

 だが、アーシェラはそんな彼らを無下(むげ)に扱うような人間ではない事など、百も承知なのだ。


「戦死者達の家族には、アーシュラ.ル.ネージュの名において、手厚く弔慰金(ちょういきん)を贈ることを約束しよう。レオンハルト。アルバート。本当にありがとう」


「いえ...」


「戦死者達を慰霊する式典は、また別に行うつもりじゃ。カオルからは『アベール古戦場に慰霊碑を建てて欲しい』とお願いされたしの」


「黒巫女様が...ですか?」


「うむ。カオルはこのたび陞爵(しょうしゃく)し、男爵から伯爵となった。我がエルヴィント国民にもなってくれての。やっと領地を渡せて、わらわも肩の荷が下りた思いじゃ」


 それは、レオンハルトにとって、あまりにも衝撃的な内容だった。


(黒巫女様が伯爵だと!?そんな....それじゃ、俺様は気軽に話し掛けられないじゃねぇか....)


 元々、準貴族として代々騎士爵を継いでいるレオンハルトの一族ではあるが、軽々しく貴族や諸侯と話せる立場ではない。

 アーシェラが皇帝の座に着き行った数々の構造改革のおかげで、二爵位上。

 つまり、騎士爵であるレオンハルトは子爵や城伯程度であれば、こちらから話し掛けることができる。

 だが、いくら階級の隔たりが薄くなったとは言え、階級を重んじる貴族はまだまだ多い。

 『下賎の者』と平民を揶揄(やゆ)する昔ながらの上級貴族が居る以上、アーシェラの構造改革は行き詰ってしまっていると言えるだろう。

 

「式典は盛大に行うつもりじゃ。そなた達にも出てもらうつもりじゃからの。そのつもりでおるようにな」


「....はい」


 レオンハルトは何も言えなかった。

 遠い存在となってしまったカオル。

 たとえ同性だとわかっていても、レオンハルトはカオルを諦めきれなかった。


「...次に、そなた達に褒美を授ける。まずはアルバート」


「はっ!」


「やっとこれをそなたに渡す事ができるの。そなたには騎士爵を授ける。永続的な爵位じゃ。子々孫々。わがエルヴィントの為に、尽力してほしい」


「....あ、ありがとうございますっ!」


 近衛騎士団副長アルバート。

 彼は、裕福ではない家に生を受けた。

 つまり、平民の出自である彼は、準騎士として近衛騎士団に従軍しているのだ。

 だが、彼には才能があった。

 とても奇異な才能と言っていいだろう。

 情勢を正しく認識し、的確な指示を出せる司令官としての才能だ。

 数年前、近衛騎士達が座学を学んでいる時に、アーシェラはアルバートを見つけた。

 アルバートは、当時の上官であるレオンハルトの父から問い掛けられた質問に、言いよどむ事無く全て答えて見せた。


 それからだ。

 アーシェラが近衛騎士の将来を見据え、アルバートを特別視して来たのは。

 『より多くの知識を』と、エルヴィントには無い、カムーン国の騎士学校へ通わせ、戦術理論課程で学位を取らせた。

 それは、エルヴィント帝国とカムーン王国の友好の懸け橋としても、おおいに役立つ結果となったのは言うまでも無い。

 

「ほんに良かったの。アルバートよ」


「はいっ!陛下!!」


 喜ぶアルバートに、満足そうにアーシェラは頷いて見せた。

 念願叶ったアルバート。

 今後、彼は益々頭角を現す事になる。


「さて、レオンハルト。そなたには....」


「陛下!俺様...欲しい物があります!!」


 褒美を告げようとしたアーシェラを、レオンハルトが遮った。

 それはとても危機迫る物言いだった。


「なんじゃ?欲しい物とは....あまり高い物は無理じゃぞ?」


 カオルが願った、百万シルドの壷の件が、ここでも長く尾を引いていた。


(さすがにレオンハルトが高価な物を欲しがるとも思えんが...)


 だが、レオンハルトが望んだ物は、とんでもない物だった。


「黒巫女様と....一日『お(デー)()い』がしたいんです!」


 アーシェラは呆気に取られた。

 レオンハルトの隣で、正式に騎士を拝命し喜んでいたアルバートも、驚いて口をあんぐり開く。


「レオンハルトよ。戻ってきたばかりで知らぬのかもしれぬが、カオルは叙勲式の際に『男』と公言しておる。まさか、『同性とお(デー)()いがしたい』というわけではおるまい?」


 もっともらしいアーシェラの言葉。

 だが全てを知っているアルバートは、口を開いたまま固まっていた。


「陛下。俺様は、黒巫女様が男だって事は知っています。それでもいいんです!!どうか、願いを聞き入れてはくださいませんか!?」


 男でもいいと言うレオンハルト。

 言葉さえ....言葉さえ真っ当ならば、かなりカッコイイのだが.....


「そ、そうなのか.....う~む.....では、カオルに聞いてから答えるとするかの。それまでは保留とする。そなた達の叙勲式は、追って執り行うゆえ、その時まで待つがよい。それとじゃな。明日の夕刻より晩餐会を催す予定じゃ。正装して出席するのじゃぞ?」


 アーシェラは言葉を濁しつつ、回答を待つようにレオンハルトに告げた。

 まさかレオンハルトが同性愛(BL)に進むなど、到底予想出来る事ではなかったのだ。







 困惑した表情を浮かべたアーシェラを残して、レオンハルトとアルバートは私室を後にした。


「な、なぁ....『お(デー)()い』って本気か?いや、黒巫女様の良さは十分理解してるつもりだけどよ。さすがにその...褒美で貰うもんじゃねぇだろ?」


 親友であるレオンハルトの願いが、まさかカオルとの『一日お(デー)()い券』だとは、アルバートは想像だにしていなかった。

 だが、レオンハルトの意思はとても固かった。


「ああ。このままじゃ、俺様は黒巫女様に話し掛ける事すらできなくなる。その前に、なんとかお近づきにならねぇと....」


 眉を(しか)め、切羽詰った表情のレオンハルトに、アルバートは何も言えなくなってしまった。


(レオン....本気なんだな.....)


 相棒として。親友として。ここはなんとかしてやりたいとアルバートは思った。


「わかった。じゃぁ、俺も力を貸すぜ!!おまえにはずっと世話になってるしな!!」


「アル....すまねぇ....」


「止せよ。俺とレオンの仲じゃねぇかっ!!」


 ガシッと握手を交わす親友の2人。

 そこまでしてカオルとデートがしたいのか。


「それじゃ、一度帰るか」


「そうだな。書類なんて明日にしようぜ」


「だな」


 数十年ぶりの行軍で、近衛騎士団詰め所にある自身達の執務机の上には、おそらく膨大な量の始末書や報告書が天高く積み上げられているだろう。

 無事に帰還した今日くらい、サボったって罰は当たらないはずだ。


「そういや、アル。礼服なんか持ってるのか?」


「あー...騎士服じゃダメか?」


「いや、それでいいんだろうけど、騎士服の換えがあるのか?」


「....ねぇな」


「だな。着替え用に持ってったヤツ、ほとんどボロボロだしな」


 行軍中。

 迫り来る敵から何度も攻撃を受けていた近衛騎士や冒険者達。

 身奇麗にしていたつもりだが、傷付けられた服をとっかえひっかえしていた為に、予備の着替えなど当の昔にボロボロになっていた。


「やべぇ...どうしよう」


「家に寄ってけよ。俺様のお古で良けりゃ、やるからよ」


「マジか!?超たすかる!!」


「別に気にするなよ。その代わり、黒巫女様の件頼むな?」


「おう!任せとけ!」


 2人は笑い合いながら、夕暮れ時の帝都を歩いて行った。

 親友で仲良しな2人。

 次代のエルヴィント帝国を担う、若い近衛騎士は、1人どうしようもない変態なのだが....











 帝都北西。

 上級貴族街の一角であるこの場所に、香月伯爵の屋敷はあった。

 両隣をエルヴィント帝国、五種族の選帝侯である、公爵(こうしゃく)家。

 そして、裏手に地方の下級貴族を纏める侯爵(こうしゃく)家(辺境伯)と、お向かいに伯爵家がある。

 元々はオナイユの街で行われた、聖騎士教会とエルヴィント帝国合同の遠征軍でカオルが活躍し、褒美としてこの屋敷と名誉爵位の男爵を叙爵(じょしゃく)された。

 本来この場所には、男爵などの下級貴族は住むことができない。

 物理的には金の力で可能ではあるのだが、新参者の下級貴族がそんなことをすれば、古参の貴族が黙ってはいない。

 では、なぜカオルはこの屋敷に住むことができたのか?

 それはひとえに皇帝アーシュラ.ル.ネージュの暗躍によるものだ。

 『カオルは、必ずわがエルヴィントに繁栄を(もたら)すだろう』

 何の根拠も無いのだが、アーシェラは自身満々に『五種族評議会』でそう発言した。

 その結果、御五家(ごごけ)である『狐耳族.人間族(ヒューム).ドワーフ族.ホビット族.エルフ族』の選帝侯達は、カオルを認めたのだ。

 理由はまったく不明だ。


 皇帝となり頭角を現したアーシェラ。

 彼女が行った数々の改革で、エルヴィント帝国はこれまでとは一線を画する程の繁栄を見せた。

 だが、理由はそれだけだろうか?

 黒巫女と呼ばれ、オナイユの街の住民から慕われたカオル。

 カムーン国の元剣聖であるヴァルカンに連れられ、遠征軍に参加した彼は、そこで伝説とも言われるドラゴンを、一対一で倒すという偉業を成し遂げた。

 それは、エルヴィント帝国の上級貴族として生まれた彼らにとって、おとぎ話のような話だったであろう。


 幼い、12歳の子供。


 将来性を見据えてアーシェラが語った言葉に、五種族の誰もが希望を見たに違いない。

 だからこそ、誰もが(うらや)むこの場所に、男爵のカオルは屋敷を持てたのだ。

 もっとも、策士アーシェラの策略により、幸か不幸かあっという間に伯爵に叙爵(じょしゃく)されたのだが....


「なんだ...カオルは寝ているのか」


 晩餐会を明日に控えたカオル達は、いつもの様に家族みんなで夕食を食べ、屋敷の居間で寛いでいた。

 買い物の疲れも出たのだろう。

 カオルはエルミアに膝枕をしてもらい、居間にあるソファの上で寝息を立てていた。


「ええ。『家に帰って来た』っていうのもあるのかもしれないわ....カオルちゃんはずっと頑張っていたから」


「そうですね。カルア(ねぇ)さん」


 寄り添う様にカルアとエルミアが座り、静かに眠るカオルの頭を交互に撫でる。

 時折身じろぎ毛布がずれると、カルアはそっと掛け直す。

 2人の息はぴったりで、遠い親戚というのも、どこか頷けてしまう。


「そうか....ならば丁度良い。(みな)に聞きたいことがある」


 ヴァルカンがそう告げると、離れてソファに横になり、船を漕ぎ始めていたエリーを呼び寄せた。

 カオルを除いた家族4人の、小さな声で『家族会議』が始まった。


「実はな。夕食前にカオルがアゥストリと話していた事なんだが、カオルは『成人するまでに嫁を決めたい』という話しをしていたよな?....アレはつまり、今から3年後という話しだろう?風竜が言っていた『カオルが15歳になった時、カオルに災厄(さいやく)が降りかかる』というのは、まさかその....結婚の話しではないのか?」


 あまりにも突拍子の無い想像に、カルア達は一瞬呆けてしまう。

 まさか『風竜王ヴイーヴル』ともあろう者が、こんな事を危惧し頭まで下げて願い出るだろうか。

 それと、カオルは『成人するまでに決めたい』とは言ったが、嫁を決めるなどとは一言も言っていないのだが...


「あのね、ヴァルカン。さすがに、それは無いとおねぇちゃんは思うわ」


「私もそれは.....」


「そ、そうだな。さすがに無いか」


 誰もが口を揃えて杞憂だと言い、ヴァルカンも(考えすぎか)と口を揃える中、エルミアは神妙な面持ちで語り出した。


「.....ですが、完全に無いとは、言いきれないのではないでしょうか?カオル様はとても可愛らしいお方です。今でこそ、『家族』である私達は和解していますが、他の方達はどうなのでしょうか?たとえば、エルヴィント帝国の皇女フロリアと、アルバシュタイン公国の女王ディアーヌが、もしもカオル様を取り合い争ったのだとしたら...それは国同士の(いさか)いになる可能性はありませんか?」


 エルミアの物言いが示唆するもの。

 それはつまり....


「カオルを取り合い、2カ国で戦争が起きるという事か?」


「え....それって....」


「エルミアは、カオルちゃんが『最終戦争(ハルマゲドン)(トリ)(ガー)になるかもしれない』って言いたいのね?」


 荒唐無稽(こうとうむけい)な話し。

 だが、ヴァルカンにはある予感があった。


(もしも、カオルがエリーシャ女王陛下に会ったとしたら....ありえない話しではなくなるのかもしれないな....)


 『カムーン王国』女王エリーシャ・ア・カムーン。

 以前、エルヴィント帝国北方にあるダンジョンで出会った、王女ティルの母親にして、カムーン王国の全権を握る人物だ。


(ありえないなんてことは、ありえない。それに、私は一度カムーン王国に顔を出さなければいけないしな...)


 女王エリーシャに下賜(かし)された、愛刀『イグニス』を壊してしまったヴァルカンは、その報告に行かなければならない。

 

 それに....


(元剣聖として、自由にやらせて貰っているしな。はぁ....)


 エルヴィント帝国皇帝アーシェラよりも、カムーン王国女王エリーシャの方が、ヴァルカンにとっては手強い相手なのだ。

 元主人にして、恩人。

 ヴァルカンには絶対に頭が上がらない相手であり、既にカオルとティルが出会っている以上、気まぐれな女狸(めだぬき)と称されるエリーシャが、このままカオルを放っておくなど考えられなかった。


「わかった。『最悪の場合に、そういった事も起きるかもしれない』とだけ考えておこう。何、どうせまだ時間があるんだ。じっくり対策を練るとしよう」


「そうね。まだ時間はあるもんね」


「それなら、カオルちゃんの正妻を決めてしまえばいいのね♪」


「なん...だ...と!?」


 重い空気を消し飛ばすかの様に、カルアはとんでもない爆弾を投下した。

 カオルの正妻の座。

 カオルから既に『言質(げんち)』を取っているので、あとは序列を決めて他の(おんな)が加わる隙を作らなければ良いと判断したのだ。


「それでしたら、私ですね。エルフの王女ですから」


「あら。私だってエルフの王族の血を継いでいるのよ?」


「私は順番なんてどうでもいいわ。か、カオルの側に居られるなら....」


「あらあら♪じゃぁ、エリーちゃんは側室さん3番ね♪」


「待て!正妻の座は私だろう!何と言っても、カオルと最初に出会ったのは私だからな!!それに師匠なんだぞ!!」


「いいえ。カオル様は貴族なのですから、正妻になるには格という物が必要だと思います」


「そうね♪だから、私かエルミアが正妻ね♪」


「ず、ずるいぞ!」


 正妻争いを始めるヴァルカンとカルアとエルミア。

 エリーはいち早くその争いから抜け出し、エルミアの膝で眠るカオルを、そっと自分の膝の上へと退避させていた。


「ヴァルカン。いい加減諦めて下さい」


「私は諦めないぞ!な、なんだったら剣聖に復帰したっていいんだ!!」


「あらあら♪ヴァルカンが剣聖に戻ったら、エルヴィント帝国には居れなくなっちゃうわね♪カオルちゃんは、エルヴィントの貴族ですもの。離れ離れね♪」


「ぐっ....くぅ....」


 八方塞(はっぽうふさがり)の状況で、とうとうヴァルカンは追い詰められた。


(カオルってば、ホント無邪気に寝ちゃって....可愛いわね♪)


 言い争う3人を尻目に、エリーはカオルの顔をまじまじと見詰め、(えつ)に浸る。


「んっ...んん.....」


 時折カオルは身じろいて、エリーの腹部に顔を埋めると、左手を伸ばして『あるもの』を掴んだ。


「ひゃっ!?」


 慌てるエリー。

 カオルが掴んだのは、細く長いエリーの尻尾だった。


(ちょ、ちょっと!?カオルってば!!そんなに尻尾を掴んだら....)


 寝惚けたカオルは、エリーの尻尾全体を何往復もしごくように触り出した。

 やがて尻尾の付け根に辿り着くと、くすぐるようにワサワサと手を動かす。

 おそらく、夢の中で野良猫と遊んでいるのではないだろうか。


(だ、だめよカオル!!そこは...敏感なんだか...らっ!!)


 エリーは身悶えた。

 猫の尻尾の付け根には、神経が集中しているのだ。

 猫耳族のエリーにとって、猫と同じ様にそこは敏感な部分。

 顔を赤く染め、息も絶え絶えにカオルを見やる。

 幸せそうな表情を浮かべたカオルの寝顔は、やっぱり可愛かった。


(はぁ...はぁ...ず、ずるいわよ...カオル)


 手を出す事を戸惑うほど愛らしいカオルの姿に、エリーは怒る事も出来ずにいた。


「な、ならば、正妻の座はカオルに決めて貰うしかないな!!」


「そうねぇ♪おねぇちゃんはそれでいいわよぉ♪」


「わかりました。カオル様ならば、必ずやエルフの王女である私を選んで下さいます」


 まさかエリーがカオルに蹂躙されているとは、露にも思わない3人。

 言い争いは未だに続いていたのだった。


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