第百四十四話 成人するまでに
長文が多くてすみません。
区切りが悪かったものでorz
「ついに...ついに完成したよ!!」
「よくやったイライザ!!」
エルヴィント城の一室で、ホビットと猫耳族の2人の女性は熱く抱擁していた。
「でも、まだよ!これはまだ序章に過ぎないわ!!」
「そうね!!私達の栄光の塔は、これから天高く聳え立つのよ!!」
2人の手で作り出したのは、1冊の本。
黒髪の幼い少年が、意地の悪い金髪の魔女に連れ攫われ、それを国の王女が助け出すという物語。
あまりにもチープな内容なのだが、このあと、この本は大ベストセラーとなる。(予定)
「できたのですね!!」
皇女フロリアが、作品の完成を聞きつけてやってきた。
「はい!原稿はすぐに商業ギルドへ持って行き、早ければ1週間程で製本されます!!」
「お待たせしてすみませんでした。続編も書かせていただきたいのですが!!」
「ええ、それはもちろん。オナイユの冒険者ギルドへは、私から良く言っておきますからご心配なく」
「な、なんてお優しい....わかりました。このレーダ。イライザと協力して、必ずやご期待に副える物を作りましょう!!」
「おまかせ下さい!なんだか、すっごくやる気に満ちているんです!」
実際に作品を生み出すのはイライザなのだが、アイデアを出しているのはレーダである。
けして(ふひひ...あとで美味しいものがいっぱい食べれるわぁ)なんて思ってはいない。
「まぁ!それは楽しみにしております。これからもどうぞ、よろしくお願いしますね」
「「はい!」」
エルヴィント帝国。
やはりここは変態の巣窟だ。
帝都南にある食堂で、昼食を終えたカオル達は、再会したレジーナとカイ.メルに見送られていた。
「じゃぁまた来るから!」
「うん!待ってるよ!いーっぱい食べに来てね!」
「っていうか、屋敷においでよ!ご馳走するよ?」
「ホント!?絶対行くよー!」
「お、俺達も行っていいか?」
「もちろん!」
「やったなメル!」
「ええ、楽しみにしてるわ!」
「それはそうと、カイ達はどこに泊まってるのよ?」
「俺達はこの食堂の裏に寮があってよ、そこに泊めてもらってるんだ」
「ふ~ん....新婚なのに?」
「ばっ!?まだ結婚はしてねぇよ!!」
「えー。もう結婚したようなものじゃない」
「いやこういうのはだな....」
エリーとカイの話しが盛り上がると、カオルはメルと内緒話を始めた。
「ねぇメル。これ少ないけど、お祝いに取っておいて」
カオルはそう言うと、アイテム箱から金貨を10枚取り出し、メルに手渡した。
10万シルド。
平民の年収が平均3~4万シルドのエルヴィント帝国では、約3年分の金額になる。
「こ、こんなに受け取れないよ!」
「ダメだよ。どうせ2人の事だから、結婚資金は自分達で貯めるだろうけど、家とか準備しなきゃなんでしょ?それに子供が生まれたらどうするの?これでも全然少ないくらいだよ」
突き返すメルに、カオルは「とっておいて」と懐に仕舞わせた。
「でも...」
「でもじゃなくて、受け取っておいて。これは、ボクとエリーからだと思ってくれればいいから。ね?」
「う、うん....」
しぶしぶメルが受け取ると、カオルは「それじゃ行こうか」と別れを告げた。
レジーナとカイとメルが見送る中、カオル達は二手に別れる。
「それじゃ、先にお屋敷に戻っておりますので」
「ご主人。ゆうはん」
「ヴァルカン。カオルちゃんをお願いね」
「カオル様。もう少しフードを目深に被られたほうが...はい。これで大丈夫です」
「ありがとうエルミア。アイナ。夕飯期待してるね?それじゃ、ちょっと行ってくる」
カルアとエルミア、メイドの2人を先に帰し、カオルとヴァルカン.エリーの3人は冒険者ギルドへと向かう。
「カオル。メルと何話してたの?」
「お祝いを渡してただけだよ。ボクとエリーからって言っておいたから」
「さすが気が効くじゃない」
「そうだな。カオル。よくやった」
2人に褒められて嬉しそうなカオル。
カイとメルの事は友人だと思っているので、当然の事をしたまでだろう。
ほどなくして、冒険者ギルドへ辿り着くと、買い取り窓口へと向かった。
「こんにちは。買取官のレリアです....あら?お二人は剣聖様とエリーさん、ですね?」
ヴァルカンとエリーが窓口へと近づくと、レリアは驚いたように話しかけた。
「そうだ。今日は買取を頼みたい。エリー。後は頼む」
「ええ。私は準2級冒険者のエリーよ。知っているみたいだけど」
「はい。先日のパレードでお見かけしました。それでは解体場へご案内しますね」
レリアに案内され、ギルド奥から隣の建物へと向かった。
広い倉庫の様な場所で、カオルは次々にアイテム箱から魔物を取り出す。
「す、すごいですね.....そのアイテム箱」
尋常ではない魔物の量に、レリアは戸惑っていた。
腕や頭部を失ったオーク達。
その数何と564体。
その他、トロールやらオーガが数十体とオオカミなどの魔獣が30体前後。
たった2日と半日で、カオル達5人と蒼犬の2人が屠った魔物の数だ。
「えっと.....私1人では無理なので、応援を呼んできますね。少しお待ちください!」
レリアはそう告げると、大急ぎでギルドへと向かって行った。
「やっぱり多いですよね?」
「うむ。まぁこれだけ倒せたのは、蒼犬の2人とエリーのおかげだろう。よくやったな、エリー。おまえの索敵能力はとても高い」
猫耳族のエリー。
カオルと出会い、数々の戦闘を繰り返して来た事で、その戦闘能力は跳ね上がっていた。
「もう立派な冒険者だな」
ヴァルカンに頭を撫でられ、照れながらもエリーは嬉しそうに目を細める。
「すごいねエリー!さすがは準2級冒険者だよ!尊敬する!!」
カオルもそれに参加して、エリーはとうとう天狗になった。
「まぁ!私がホンキを出せばこんなものよ!!どう?見直したでしょ?」
薄い胸を張り上げて、エリーは自慢げに語った。
だが、そうは簡単にいくわけもない。
「エリー。確かに索敵能力はすごいが、戦闘技術は別だ。帰ったらしごくからな」
ヴァルカンの一言でエリーは沈む。
あまり調子に乗ってはいけない。
「はい。わかりました....」
落ち込むエリーをカオルは慰める。
「でも、すごいのは本当だから。尊敬するよ」
そこへ、レリアが同僚を引き連れて戻ってきた。
「お待たせしまた。それでは、査定させていただきますね」
レリアの先導で、買取官達が次々と査定を開始する。
ズタズタに引き裂かれたオークは、何度もひっくり返しながら。
「ほほう...これはすごい数ですね」
買取官と共にやってきた、真っ青なコートを羽織った長身の男性が声を掛けて来た。
「ん?ああ、先日会ったな。剣聖ヴァルカンだ」
ヴァルカンが挨拶したのは、エルヴィント帝国、帝都冒険者ギルド長のエドアルドだった。
「これはこれはご丁寧に。先日は挨拶もできずに申し訳ございません。ギルド長を勤めておりますエドアルドです。エリーさんがものすごい数の魔物を持ち込んだと聞きましてね。様子を見に来ました。ん?これは香月伯爵もご一緒でしたか」
外套のフードを目深に被っているにもかかわらず、一目でカオルと見抜いたエドアルド。
さすがは『蒼麗』の二つ名を持つ、元冒険者にしてギルド長とでも言うべきか。
「初めまして。香月カオルです。正式な場ではないので、カオルと呼んで下さい」
カオルはそう言うと、フードを脱いでエドアルドと握手を交わす。
なかなかの美形なエドアルドと、可愛らしい姿のカオル。
その光景は、絵画の一枚の様に見えた。
「そうですか。ではカオルさんと呼ばせていただきましょう。さすがですね。これだけの数の魔物を倒せるとは....」
忙しなく働く部下の買取官を見やりながら、エドアルドは嬉しそうに目を細めた。
「ここにあるのは、家族と蒼犬の2人で倒した物だけですよ」
「ええ、存じ上げております。これ以外に、15000の魔物の軍をたった1人で倒したとか。いやぁ、私も見たかったですね」
楽しそうにエドアルドが語る。
冒険者の血が疼いたのだろうか。
「あれってホントだったんだ....」
レオンハルトから、カオルが倒した魔物の数を告げられていたエリーだが、どこか信じていなかった。
変態の言う事だからとでも思っていたのだろう。
「数は数えていなかったのでわかりません。それに、ボクには帰りを待ってる家族がいたので、なんとか帰らなきゃって....もう二度とやりたくないですけど」
「そうだな。私も、カオルが『広域殲滅魔法』を使えるから行かせただけだ。アレがなければ行かせるわけがない」
カオルの頭を撫でながら、どこか誇らしげにヴァルカンはカオルを見た。
「『広域殲滅魔法』ですか。おかしいですね。私が聞いたのは、最初の1回だけ局地魔法を使い、あとは刀を振るっていたと聞いたのですが....」
おずおずとカオルを見詰めるエドアルド。
カオルはちょっと困ってヴァルカンを見上げた。
「カオル。今の話しは本当か?遠くから魔法で殲滅して、残った少ない魔物を斬ったのではないのか?」
「えっと....そう...ですね」
疑いの眼差しを向けるヴァルカンに、カオルはどう答えようか迷っていた。
(やばい...『テスラ』は魔力の消費が激しいから、何発も撃てないなんて師匠は知らないだろうし...どうしよう)
「カオル。どうなの?もしかして本当に....」
エリーまでもが疑い始め、とうとうカオルに逃げ道は無くなった。
「....エドアルドさんのおっしゃる通りです。最初に範囲魔法を使って、あとは敵陣に斬り込んだというか、なんというか....」
お茶を濁すカオルの物言いに、ヴァルカンとエリーは青ざめた。
「ば、バカかカオル!?なぜそんな無茶をしたんだ!!一歩間違えば死んでいたんだぞ!?」
「何考えてるのよカオル!!100や200じゃないのよ!?桁が違うわ桁が!!!」
口々にカオルを叱責する、ヴァルカンとエリーの家族2人。
まさかカオルがそんな無謀な事をしていたなんて、思ってもいなかった。
「で、でも、あの時は仕方がなかったんです。数え切れないほどの魔物が、エルヴィント軍に向かっていて.....それでも最初の魔法で半分くらいは減っただろうし.....」
「もうだめだな。エリー、今夜家族会議決定だ。カオルの考えは、あまりにも浅はかすぎる。徹底的に教育しなければならない」
「賛成ね。いくらカオルの魔法がすごくても、7000以上の魔物と斬り合いしたんでしょ?ばっかじゃないの?」
だだ下がりのカオル株。
もう取り返しの付かない事になっていた。
「ん~そうですね。それはさすがに無謀だと、私も思います。ですが、そのおかげで助かった命があるのですから、ほどほどにしてあげて下さいませんか?」
「え、エドアルドさん......」
減罪しろと言うエドアルド。
カオルには後光が射しているように見えた事だろう。
「ギルド長。集計が終わりました」
「そうか。では精算を」
「は、はい。あの、香月伯爵様。握手をお願いしてもいいでしょうか?」
査定を終えた買取官のレリア達。
何故かカオルの前に並んでいた。
「握手ですか?別にいいですよ」
カオルはそう言い右手を差し出すと、レリアは嬉しそうにその手を握った。
「あ、ありがとうございます!!」
「あの、私達もお願いします!!」
「ええ。では順番に....」
次々とカオルと握手するギルド職員。
ちょっとした握手会の様相を呈していた。
「エリー....これは、いよいよまずいな」
「ええ...これも家族会議の議題ね」
「コホン。君達、職務中じゃなかったのかな?」
ギルド長のエドアルドに促され、蜘蛛の子を散らすように退散する職員達。
ちゃっかり全員握手をしていた。
「面白い人達ですね♪」
「いえ、本当にお恥ずかしいところを....」
気まずそうなエドアルドに、話しが有耶無耶になって喜ぶカオル。
ヴァルカンとエリーはしっかり覚えてますよ!
無事に査定を終え、魔物と魔獣の買取額は97000シルドとなった。
お金の価値観が麻痺しているカオル的には、(ちょっと少ないんじゃないかな?)と思ってしまう額だ。
エドアルドと別れ、冒険者ギルドを後にしたカオル達。
屋敷へ向かう道中で、エリーが金額について話し出した。
「結構高かったわね」
「まぁあんな物だろう」
「そうなんですか?」
「そうよ。オークはギルドで懸賞金を掛けてるから、結構高いのよ?」
「ああ。オークは人間の女を攫うからな。数が増えやすいんだ。前に教えただろう」
「それは覚えていますけど....なんか少なく感じてしまって....」
「そりゃ、カオルはオークキングとか倒してたから、少なく感じるかもしれないけど....普通にオークを倒しただけなら、こんなもんよ」
「オーガとかトロールも居たよ?」
「あんなの、でかいだけじゃない。オークと変わらないわよ」
「いや、オークよりも買い取り額は多いんだがな」
「そうなんですか....う~ん....冒険者って大変なんですね」
「何よ。いまさら私の偉大さがわかったの?」
誇らしげなエリー。
ちょっと煽てただけで、すぐ調子に乗る。
「うん。エリーはすごいと思うよ?可愛いし」
「そ、そう?ま、まぁ私が可愛いのは当然よね!」
相変わらずカオルに(ちょろい)と思われるエリー。
本当にちょろい。
「師匠。このお金は7等分でいいですか?蒼犬のルチアとルーチェも一緒でしたし」
「ああ。それでいいと思うぞ?遠慮するかもしれないから、カオルから渡すといい。断れないはずだ」
「そうなんですか?」
「今やカオルは伯爵という上級貴族だからな。受け取らないと色々とまずい事になる」
「どういう事ですか?」
「何、簡単だ。言わば、蒼犬の2人はアーシェラの私兵だ。上級貴族のカオルが『やる』と言っているのに、受け取らなければ、『どんな教育をしているんだ!』とアーシェラにつけこむ隙ができるわけだ」
「なんですかそれ....」
「まぁ...色々面倒くさいものなんだ」
ヴァルカンはそう言うと、ちょっと疲れた顔をした。
剣聖時代に色々とあったのだろう。
日が傾き始めた頃、ようやく屋敷が見えてきた。
なぜようやくかと言うと、人の数が多いのだ。
「.....これは無理だな。屋敷の裏手に回ろう」
「わかりました」
「そうね」
正門へ詰め寄る、人人人の群れを迂回し、屋敷の裏手へとやってきたカオル達3人。
とくに裏門があるわけではないので、カオルがエリーを抱えて『飛翔術』でこっそり入った。
「エリー、下ろすね」
「ありがとう。カオル」
「どういたしまして」
カオルがエリーを地面に下ろすと、遅れてやってきたヴァルカンが、ブスッと膨れた顔をしていた。
「なぁカオル。私も抱きかかえてくれないだろうか?」
「え?師匠は『飛翔術』使えますよね?」
「いや、そうなんだが....」
ただ抱き付きたいだけのヴァルカン。
たまに鈍いカオルには、そんな乙女心はわからない。
「はいはい。いいから中に入りましょ。寒くなってきたし」
「あ、うん。行きましょう?師匠」
「ああ...」
何故か落ち込んでいるヴァルカンに、カオルはこっそり手を繋いだ。
小さな子供のカオルの手だが、とても温かかった。
(カオルきゅん....)
嬉しすぎるサプライズに、ヴァルカンは涙を浮かべて喜ぶ。
お前今朝、もっとすっっっごいことしただろうが!
「ただいまー!」
玄関からカオル達が屋敷へ入ると、カルア達が出迎えた。
「お帰りなさい。カオルちゃん」
「ただいま。カルア達は大丈夫だった?表にすごい沢山人が居たけど」
「ええ、助けてもらいましたから」
「誰に?」
「私ですよ。カオル殿」
居間の方から声を掛けられた。
そこに居たのは、かなり頭髪が後退した1人の男性。
「アゥストリ!」
カオルはいそいで居間へ行くと、アゥストリと握手を交わした。
「カオル殿。先日は、きちんとご挨拶が出来ずに申し訳ありません」
「うぅん!ボクが居ないな間に、アイナとフランがお世話になったみたいで、本当にありがとう」
「いえいえ。たいした事も出来ず心苦しいばかりです」
アルバシュタイン公国へと向かう際に、カオルはアゥストリにメイドの2人をお願いしていた。
まさか浴室を増築するとは思っていなかったが。
「それにしても、カオル殿の武勇は聞き及んでおりますよ。本当に素晴らしい」
「うぅん!ボクなんて全然だよ」
「カオル。さっきも言ったけど、謙遜も行きすぎると嫌味になるのよ」
「あ、うん...えっと、がんばりました」
エリーに窘められ、何を言おうかわからくなってしまったカオル。
アゥストリは可笑しそうに笑っていた。
「本当に、カオル殿は可愛らしいお方だ。男性というのがとても信じられない」
「あはは...黙っていてごめんね」
「いえいえ。ただ...そうですね。男の人生の先輩として、苦言を呈しておきましょうか。ここに居る女性達の事です」
アゥストリがそう言うと、帰ってきたばかりのヴァルカンやエリーに、ソファに座っていたカルアとエルミアまでもが一斉に立ち上がった。
「カオル殿。彼女達を『家族』と言っているそうですが、どういう意味でしょうか?」
ついにこの時が来た。
カオルの家族の定義にメスを入れる時が。
「家族は家族ですよ。母であり、姉であり、妹です」
ガックリうな垂れるヴァルカン達。
やはり家族とはそういう意味だったのか。
「カオル殿。本当にそれだけですか?私は妻が3人居ます。カオル殿も、同じ様に彼女達を娶るというのはいかがですか?伯爵に成られたのです。妻が何人いようとも、特に問題はございません。むしろ居なければなりません。カオル殿は帝国民になられたのです。子孫繁栄。ひいては、帝国を豊かにする事になるでしょう」
捲くし立てるアゥストリ。
むしろ妻が3人も居た事に驚きだ。
「なるほど。確かにアゥストリの言う通りですね」
「そうでしょう。それに、彼女達の幸せは、カオル殿と共にいる事なのでしょう?そうですよね?」
まるで台本でもあったかのようにアゥストリが問い掛けると、ヴァルカン達は力強く頷いた。
「と、いうわけです。男ならば、甲斐性という物をお見せになるべきでは?」
もっともらしいアゥストリの物言い。
とても芯の通った、素晴らしいものだった。
「わかりました。ボクはまだ子供なので、成人するまでに決めたいと思います」
「そうですか!さすがはカオル殿です。それと、何も家族に拘る必要は無いのですよ。恋をし、恋愛をしてからでも遅くはありません。成人するまでの間、しっかりご成長してください」
アゥストリはそう言うと、満足そうに紅茶を啜った。
(((((ハゲ、でかしたーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!)))))
言質を取ったヴァルカン達。
カオルがついに、自分達との結婚を考えると言ったのだ。
「ご、ゴホン。カオル、私達は食堂で少し相談があるから、アゥストリとゆっくり話しておくといい」
ヴァルカンはそう言うと、返事も聞かずにカルア達を連れて行った。
(家族会議かな..?)
首を傾げたカオルだが、前々からアゥストリにお願いしたい事があり、せっかくなので聞いてみた。
「アゥストリ。魔法を教えてくれない?あのボクと最初に会った時に使ってた魔法」
「ああ、アレですか。良いですよ。アレは私が生み出した独自の魔法でしてね」
饒舌に語るアゥストリ。
宮廷魔術師筆頭と魔術学院長を兼任している彼は、人に何かを教えるのがとても好きなのだ。
「魔力の帯かぁ....すごいね!アゥストリ!!」
「いやいや。カオル殿の方が素晴らしいですよ」
「うぅん。ボクには思いつかなかったよ。なるほど、物体を魔力で包み、それを自身から帯状に伸ばした魔力で操作するんだね」
「そうです。とは言っても、せいぜい距離は2~3mほどしか使えませんし、精密作業をするには膨大な魔力が必要です。私には、せいぜい剣を数本振り回すのが限界でして」
そう言いカップとソーサーを実際に持ち上げて見せる。
(なるほど...マナが集まった気配が無かった。ということは、本当に魔力だけで操作しているんだ)
アゥストリがカップとソーサーをローテーブルへと戻すと、カオルは同じ様に操作してみた。
魔力をカップへと伸ばす。
カップが浮かび上がり、そこへポットから紅茶を注ぎ込んだ。
「な、なんと....もう習得なされたのですか!?」
あっという間に使えるようになったカオル。
理論と実際に見て理解できれば『香月本家』の力があるのだから、こんなことは容易い。
「出来たよ!でも本当にすごねアゥストリは。魔法理論を1から組み立てるなんて、ボクには出来ないよ!!」
「いやいや....魔法理論は得意でして....」
カオルはアゥストリを褒め称えた。
あっという間に魔法を覚えただなんて、気持ち悪いと思われたかもしれない。
「そういえば、カオル殿はもちろん明日の晩餐会には出席なさいますよね?」
カオルに追加の紅茶を淹れて貰い、アゥストリは話しを続けた。
「うん。アーシェラ様からも、『是非に』って言われたよ」
「そうですか。フロリア様が大変お喜びでしたので」
「ああ、ボクと踊るって約束したからかな?」
「なんと!?それは大変よろしゅうございますな。フロリア様は、ご存知のように私の教え子です。どうか仲良くしてあげて下さい」
「もちろん。同い年の友達って、リアくらいしかいないしね」
「そうですかそうですか。っと、もうこんな時間でしたか。私はそろそろ、お暇させていただきましょう。紅茶、大変美味しかったです。それではまた、明日に」
「うん。色々ありがとうね。アゥストリ」
そう言って、アゥストリが立ち去ると、カオルは食堂へと向かった。
食堂では、メイドの2人を交えて、ヴァルカン達が円陣を組んでいた。
「アゥストリは帰りましたけど....何をしているんですか?」
不思議そうにヴァルカン達を見詰めるカオル。
ヴァルカン達は円陣を崩してカオルに向き直ると「な、なんでもない」とはぐらかした。
(むぅ...1人だけ除け者?)
頬を膨らませて不快感を表現する。
ヴァルカン達は見て見ぬふりをして、思い思いに部屋へ戻った。
「ねぇフラン。何の話をしていたの?」
夕食の準備をする為に残ったフランチェスカとアイナに、カオルは詰め寄る。
「い、いえ。本当に何でもないんです....」
「フラン。こっちを見て」
「ご、ご主人様。本当に何でも....」
振り向こうとしないフランチェスカに、カオルは執拗に問い掛けた。
「フラン。教えてくれないかな」
「ひゃ、ひゃう....本当に何でもないんですよ....」
いよいよ逃げ場を無くしたフランチェスカに、救世主が現れる。
「ご主人。たると」
アイナはカオルに泡だて器とボールを手渡した。
(むぅ...まぁいいか....)
「わかったよ。美味しいタルトを作ろうね」
「うん」
カオルは聞き出す事を諦めて、アイナと2人で果物のタルトを作る事にした。
(いつか絶対に聞き出す)と、心に誓って。
<おまけ>
カオルがアゥストリと2人で会話をしている時、ヴァルカン達が何の話をしていたかと言うと....
「皆聞いたな」
「ええ♪おねぇちゃんははっきり聞いたわ♪」
「もうこれって決定って事よね?」
「そうですエリー。カオル様は『成人するまでに決めたいと思います』と言いました。これは婚約です」
「あ、あの...私もいいんでしょうか?」
「アイナも」
「うむ....2人はこれからだろう。別に私は2人ならいいぞ。本当はカオルと2人きりが良いのだが、それは皆も一緒だろう」
「そうねぇ。みんな一緒が一番ね♪」
「私、あんまり貴族とかそう言うのわかんないんだけど....私達って姉妹になるの?」
「厳密には違いますが、感覚的にはそれで間違い無いかと思います」
「はわわ...お、お母さんになんて言おう...」
「まてまて。カオルは『成人するまで』と言っていたんだ。これは秘密にしておこう。なに、あと3年もすればカオルは15歳だ。それまで待てばいい」
「そ、そうですね...」
「ああ...おねぇちゃん待ち遠しいわぁ♪」
「子供は何人くらいになるのでしょうか?」
「そうね。7人は確定として...20人くらい?」
「大家族ね♪」
「アイナ、がんばる」
「えっと、アイナがあと3年しても、13歳だから、まだ子供を産むのは早いかなぁ...」
こっそりと、こんな会話がなされていようとは、この時のカオルには知る由もなかった。
かなりゆっくりと進行している本編ですが、どうぞお付き合い下さい。
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