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第百四十三話 再会と報告


「あ、これとこれをお願いします。アイナ、フラン。こっちにきて」


 朝食を終えたカオル達は、帝都南にあるいつもの衣料品店へとやってきていた。


「うん。アイナは白のワンピースドレスにしようか。妖精さんみたいで可愛いよ♪」


 カオルはそう言うと、吊り下げられた白のワンピースドレスをアイナに手渡した。


「わかったご主人」


 店員に連れられて試着室へと入るアイナを見送りながら、カオルは次に黄色いドレスを物色する。


「あの、ご主人様。これはいったいどういう.....」


 状況が飲み込めないフランチェスカ。

 カオルは1着のドレスをフランチェスカに渡した。

 

「明日、お城で晩餐会があるんだ。師匠達はもちろん。フランとアイナにも出て貰うから、着飾らないとね♪」


 先日。

 皇女フロリアと皇帝アーシェラより晩餐会の誘いを受けたカオルは、「せっかくの機会だから」とメイドの2人も参加出来るようお願いした。

 待望の『毛皮のコート』を受け取ったアーシェラは、二つ返事で了承したのは言うまでも無い。


「それじゃ着替えてみて。きつかったりして直すところがあるなら、店員さんに言えばいいから」


 カオルは押し込むようにフランチェスカを更衣室へと向かわせると、傍に控える店員に声を掛けた。


「すみません。忙しいのに、特急で仕事をお願いしてしまって」


「いえいえ。とんでもございません。あの香月伯爵様のご家族の皆様のためなら、いくらでもお時間をおとりします。ところで、本日『ご当主様』はいらっしゃらないので?」


 『蜃気楼(シムラクルム)の丸薬』で、大人の姿へと変身しているカオル。

 まかさ目の前の人物が、その『ご当主様』だとは思うまい。


「はい。今日は屋敷に居るそうです」


「左様でございますか。それにしても、貴方様はご当主様の親族の方ですか?以前、私もご当主様をお見かけした事があるのですが、貴方様はとてもよく似ていらっしゃる」


 まじまじとカオルを見詰める店員。

 多くの種族が居るエルヴィント帝国ではあるが、黒髪はとてもめずらしいのだ。


「はい。遠縁なんですが、一応親族です。ここはとても良いお店だと、カオルからも聞いています」


 あくまで別人を装うカオル。

 こうでもしないと外出できないのだ。











 遡ること1時間前。

 カオルが家族達と屋敷を出ようとすると、門の前に人だかりが出来ていた。


「騒がないでください!!香月伯爵のご迷惑になります!!」


 門番の兵士が人だかりを必死に制止している。


「一目だけでいいんだ!!英雄の顔を拝ませてくれー!!」


「黒巫女様ーーー!!!」


「カオルちゃんはどこだー!!」


「でゅふふ...」


「なんだお前きめぇな」


「ちょっと!押さないでよ!!」


「「「せーの、香月様~~♪私と結婚して~~♪」」」


 どこぞのアイドルを出待ちしているような光景。

 アーシェラが言っていたのはこういう事か。


「これは...まずいな」


「そうですね師匠。これは無理です」


「あらあら♪カオルちゃん大人気ねぇ♪」


「なんで、おねぇちゃんは嬉しそうなのよ...」


「カオル様には、指一本触れさせません」


「買い物にも行けないなんて...」


「バナナ」


 食べかけのバナナをアイナから手渡され、カオルはなんだかよくわからないがそれを食べた。


(モグモグ....とりあえず、見た目は大人だし、後で皆と合流すればいいかな....)


 モグモグゴックンと飲み込んで、カオル達は二手に別れた。


「師匠。衣料品店の場所は、エルミアとフランが知っているので、教えてもらってください。ボクはアイナと先に向かいます」


 カオルはそう告げると、ヴァルカンから借りた外套のフードを目深に被ってアイナを抱きかかえた。


「それでは...」


 『飛翔術』を使い、風を纏って颯爽と上空へ消えるカオルとアイナ。

 徐々に小さくなるカオル達の姿を見上げながら、ヴァルカンは唸った。


「くぅ...羨ましいが仕方がない。私達も行くぞ」


 大人へと姿を変えたカオルは、『蜃気楼(シムラクルム)の丸薬』の副作用で酔ってしまう。

 だが、アイナが居ればその心配は無い。

 なぜかはわからないが、アイナにはカオルを抑制する何かがあるようだ。











(さてと、ボクも服を探そうかな)


 ヴァルカン達が、家族の中で一番のおしゃれさんである、エルミアにドレスを見立てて貰っている間に、カオルは店内を物色した。

 そこで見覚えのある1着の服を見つける。

 トルソーに着せられた白い布地に黒く縁取られた騎士服。

 アルバシュタインでの戦闘で、ボロボロになってしまったあの服だ。


(もう1着あったんだ....)


 カオルは即座にそれを購入すると、今の姿でも着れる服を探す。

 すると、同じ意匠(いしょう)が作ったと思われる黒い騎士服を見つけた。


(これもカッコ良い...よしこれも買おう。というか着て行こう)


 店員を呼び寄せ、試着室へと入る。

 黒い布地に金で縁取られたその服は、今のカオルにとても似合っていた。


(中は白シャツでいいか。あとは...革のブーツでも買って、外套は師匠に返さなきゃだし新しいのを買おう)


(どうせ街中でしか着ないのだから)と、こげ茶色の革のブーツと灰色の比翼仕立てのチェスターフィールドコートを買い、ヴァルカン達の下へ戻った。


「師匠。ドレスは決まりましたか?」


 ああでもないこうでもないと議論をしていたヴァルカン達。

 黒い騎士服を纏ったカオルの登場に色めき立った。


「か、カオルきゅん!?」


「カオルちゃんカッコ良い♪」


「カオル素敵....」


「カオル様...今夜、お待ちしています」


 顔を赤く高揚させ、見惚れるようにカオルを見詰める家族達。

 カオルは慌てて近づくと、ヴァルカンとカルアの唇に指を立てた。


「し、シー!静かに!ボクがカオルだって気付かれちゃうでしょ!?」


 アイナとフランチェスカの着付けをしている店員達。

 奥のキャッシャーでは、首を傾げた店員が、訝しげにカオル達を見ていた。


「そ、そうだな。すまない。あまりにも素敵な姿だったからつい...な」


「ええ、本当にカッコ良いわぁ♪」


「ま、まぁまぁね!でも、私の隣を歩きたいって言うなら...特別に許可するわ....」


「とても魅力的です。今すぐ、お父様とお母様にお会いしていただきたいほど...」


 カオルの姿を褒め称える家族達。

 少し照れながらも、まんざらでもない顔をしていた。


「えっと....ボクの事は、か....カルロって呼んで下さい」


 安易にカオル(kaoru)をもじってRの一文字を付け足した。

 それでいいのか。


「わかった。カルロだな。それでは私の事はヴァルと呼べ」


 朝、ベットの上でカオルに愛称の『ヴァル』と呼ばれた事がとても嬉しかったのだろう。

 カオルは恥ずかしそうにしながら、「...ヴァル」と声に出した。

 満足そうに頷くヴァルカン。

 だが、カルア達3人はとても面白く無い。


「ヴァルカンばっかりずるい!おねぇちゃんはじゃぁ...カルア(ねぇ)って呼んで!!」


「おねぇちゃんもずるい!私なんて特に何も....」


「では、カルロ様。私の事は姫とお呼び下さい」


 エリーは仕方がないとは言え、エルミアはどうなんだ...って問題ないのか。

 実際に王女なのだから。

 

「えっと...じゃぁカルア姉。エリー..ちゃん。姫。改めてこれからよろしくね?」


 頬を染めて名前を呼ぶカオル改めカルロ。

 3人は満足したようで、嬉しそうにモジモジしていた。


「ところで、ドレスは決まりましたか?」


 これ以上耐えられなかったカオル。

 話題を変えようと、3人が持つドレスを見やった。


「ええ、おねぇちゃんとエリーちゃんとエルミアは決まったわ♪でもヴァルカンがね....」


「私は着ないぞ!剣聖だからな!この騎士服でいい!!」


 頑なに拒否するヴァルカン。

 確かに剣聖なのだから、いつもの赤い騎士服が正装なのだろう。


「ヴァル。ボクの為にドレスを着てくれないか?」


 ズイッとヴァルカンにカオルが近づく。

 右手をヴァルカンの腰に回し、左手を絡めた。

 どうやら、アイナが居ない為に、酔っているようだ。


「い、いや...私にはそんな物似合わないだろう」


「いいや。ヴァルはとても綺麗だ。どうかボクの為に、ドレスを着てくれないか?」


 見詰め合う2人。

 積極的なカオルに対し、怯えたヴァルカンは、視線を落とした。


「そうだね...この赤いドレスはどうだろう?きっとヴァルの美しい髪に、とても良く映えると思うんだ」


 グイグイ押し付けるカオルに、ヴァルカンはとうとう観念して首を縦に振った。


「ありがとうヴァル。楽しみにしているよ。いや...今すぐにでも君を抱こ...」


「はいそこまで。カルロ、アイナちゃんが来ましたよ」


 カオルの暴走を、カルアはアイナを連れてくる事で迎撃した。


「ご主人。きた」


 可愛らしく、白いワンピースドレスで着飾ったアイナは、とても良く似合っていた。


「.....アイナ!良く似合ってるね♪可愛いよ♪」


 正気に戻ったカオルは、アイナをその場でクルクルターンさせて喜んだ。


「ホント、どうなってるのかしらね?」


「わかんない。でも、カオ...カルロには、常にアイナを一緒にしておかなきゃ危ないわね」


「はい。気をつけておきましょう」


 1人呆然とするヴァルカンは、速まる胸の鼓動を必死に抑えていた。

 

(あの姿のカオルきゅんは脅威だ....この私が、ああも言いくるめられるとは....)


「さ、ヴァルカン。試着しましょ」


 カルアはそう告げると、赤いドレスを掴んでヴァルカンを試着室へと連れて行った。

 うな垂れるヴァルカン。

 まさか弟子の前で、一度言った事を撤回する事など出来なかった。


「あの...ご主人様。どうでしょうか....」


 黄色いドレスを纏ったフランチェスカが、おずおずと試着室から出てくる。

 可愛い猫耳と尻尾が垂れ下がり、かなり自信なさげだ。


「とても良く似合っているよ。そうしていると、どこかの国の王女様みたいだ。ね?アイナ?」


「お姉ちゃん。きれい」


 カオルとアイナに褒められて、フランチェスカは嬉しそうにはにかみ「ご主人様もとても素敵です」と笑い掛けた。

 だが、カオルの表現がまずかった。


「カルロ様。王女は私です。私を見て下さい」


 怒った顔をしたエルミアは、カオルの手を引いて試着室へと入って行く。


「え!?ちょ、ちょっと!!」


 慌てたカオル。

 エリーはアイナを連れて、急いで後を追う。


「そこで見ていてください。エリー、アイナ。着替えるので手伝って下さい」


 有無を言わさぬエルミアの物言いに、呆気に取られたエリーとアイナは従うしかなかった。

 試着室の隙間からフランチェスカが覗き込み、エルミアは即座に服を着替える。


(うわぁ...み、見えちゃってるよ!!)


 カオルは慌てて顔を両手で塞ぐ。

 さすがにマズイと判断したのだろう。

 やがてエルミアが着替え終わると、カオルは声を掛けられ目を開いた。


 それは漆黒のドレスだった。

 透き通るような白い肌に、長い銀色の髪が良く映える。

 威厳ある存在感が、エルミアを王女だと認識させた。


「いかがですかカルロ様。私が王女です」


 誇らしげに胸を反らせるエルミア。

 確かに王女なのだが、自称紳士のカオルは、フランチェスカのアフターケアも忘れてはいけない。


「とても美麗で、見惚てしまいそうだよ。エルミアが王女なら、フランは貴族の令嬢だね。どちらも美しい」


 カオルはそう告げると、フランチェスカを室内へ入れ、エルミアと共に抱き寄せた。

 エリーとアイナに、パチリとウィンクをして。


「わかっていただければそれでいいのです。カルロ様」


「は、はい。とても嬉しいです。ご主人様」


 なんとかごまかす事に成功したカオル。

 アイナが「かるろ?」と不思議そうにしていた。











 全員分のドレスとその他もろもろを購入すると、カオル達はひさびさに外食する事にした。

 ドレスの購入金額は、25000シルドを越えていたが....


(やっぱりドレスは高いよね。まぁいいや。ボクの服も買えたし♪)


 ヴァルカンとエリーが、頑なにドレス姿を見せてくれなかったので、押し付けた側のカルアも「明日を楽しみにしててね♪」とお預けにされた。


(どちらにしろ、明日見れるし...いいか)とカオルも納得した。


「あ、ここよ!かお...カルロ。今日はここでお昼にしましょ!!」


 エリーに案内されて向かったのは、レジーナの働いているお店だ。

 お昼前ということもあり、店内は中々混雑している。


「座れるかな?」


「大丈夫よ!私に任せない!!」


 何故か自信あり気なエリー。

 こう言う時は絶対に何かやらかす。


「レジーナ~!食事しに来たわよ~!!」


 我が物顔で店内に入ると、可愛らしい給仕の格好をした犬耳族の店員を捕まえる。


「おー!エリーじゃない。昨日はカッコ良かったよ~」


 カオル達が凱旋した時に、その姿を見たのだろう。

 レジーナは嬉しそうにエリーの手を取った。


「でしょでしょ!まぁ、私がカッコイイのは元からだけどね!!」


 エリーは胸を反らせ自慢気に語る。

 駆け出し冒険者の頃のエリーを知るレジーナは、可笑しそうに笑っていた。


「はいはい。それで、今日はどうしたの?食事に来てくれたのかな?」


 急に揉み手を始めたレジーナ。

 どこぞの商人(あきんど)の様だ。


「ええ、そうよ。えっと....7人なんだけど....」


 店内をぐるりと見渡し、明らかに座る場所は無い。


「ふふ。大丈夫よ。とっておきの部屋に案内してあげる。それと剣聖様。お久しぶりです。覚えておいででしょうか?オナイユの宿屋で働いていた、レジーナです」


 エリーの背後にヴァルカンが居る事に気が付いたレジーナは、さっそく挨拶をした。

 ヴァルカンはコクンと頷くと「ああ、覚えているぞ。あの時は世話になったな」と挨拶を返す。


「それで...カオルは居ないの?」


 カオル達を一瞥し、レジーナは小声でエリーに聞いた。


「うん...ちょっとね」と、エリーははぐらかし、レージナは首を傾げつつも、2階の部屋へと案内した。


 そこは一風変わった部屋だった。

 部屋の四隅に観葉植物が飾られ、中央には丸いテーブルが置かれている。

 どことなく、高級中華料理屋をイメージさせた。


「へぇ...良い部屋じゃない♪」


「でしょ~?宿屋の主人の趣味でね。よく、商業ギルドの会合とかにも使われるんだよ~」


 レジーナの言う通りこの部屋の扉は厚く、1階の喧騒などほとんど聞こえないほどしっかりとした防音処理をされていた。

 『オナイユの街』宿屋の主人は、やはりやり手の商売人だったようだ。


「でもいいの?こんな部屋、勝手に使っちゃって」


「大丈夫。カオルの関係者なら、使ってもいいって言われてるから。ところで....あのイケメンは誰よ?カオルの兄弟とか?」


 エリーに近づき内緒話を始めるレジーナ。

 大人の姿のカオルを見やり、こそこそとし始めた。


「あー...えっとね。カルロ。話しちゃっていい?」


 エリーが気まずそうにしていると、カオルは笑ってレジーナに近づいた。


「レジーナ隊長。お久しぶりです。わかりませんか?」


 いつもの様に笑い掛ける。


『レジーナ隊長』

 それはカオルとレジーナが出店を開いた時に、呼んでいたあだ名の様なものだ。


「レジーナ隊長って....もしかしてカオルなの!?」


 あまりの驚き様に、口をあんぐり開いてしまうレジーナ。

 カオルはクスリと笑い「そうだよ」と答えた。


「うそっ!?い、いつのまにそんなに大きくなったの!?オナイユで会ってから、まだ一月ちょっとしか経ってないのに...というか、本当に男だったんだね」


 「信じられない」とでも言うように、レジーナは驚いていた。


「これは...魔法みたいなものだよ。こうでもしないと外を歩けなくて。それにしても、レジーナ、帝都に来て居たんだね。ごめんね。聞いていたのに来るのが遅くなっちゃって」


「いいよいいよ。それにカオルは伯爵になったんでしょ?これからは気軽にカオルなんて呼べないね。アハハ」


 以前、レギン親方の工房で黒曜石の短剣を鍛錬した時に、倒れたカオルをレジーナは介抱した事がある。

 その時にレジーナから『食堂の2号店を帝都に出す』と聞いていたのだ。


「うぅん。これからも気軽にカオルって呼んでよ。あ、この姿の時は偽名を使ってるから、カルロって呼んでね」


 ひさびさの再会に話が弾む2人。

 屋台という戦場で、2人は戦友となっていた。


「って、いつまでも話してる場合じゃなかったね。カルアも久しぶり。今日は厨房に助っ人も居るから、じゃんじゃん料理頼んでよ!!」


 レジーナはそう言うと、一度部屋を出て行った。

 テーブルに着くカオル達。

 エルミアから若干どす黒いオーラが滲み出ていた。


「どうしたの?姫。なんか怖い顔してるけど....」


 めずらしくカオルの隣を陣取ったエルミアに、カオルはおずおずと聞いてみた。


「カオル様。あのレジーナという給仕ですが、以前カオル様を抱き締めたと本人から聞きました。真実ですか?」


 思わぬ爆弾が、エルミアから投下された。

 今はカルロなのだが、そんな事はどうでもいいとばかりに、わざわざカオルと口に出して。


「ええっと....か、カルア(ねぇ)は知ってるよね!?レギン親方の工房で、みんなの短剣作った時に倒れたんだけど....そ、それを介抱してくれたのが、レジーナなんだ....」


 しどろもどろになりながらも、なんとか説明を終える。

 ヴァルカン達はジトーっとした目でカオルを見やるが、カオルから黒曜石の短剣を受け取っているので、それ以上追求はしなかった。


「....そうですか。介抱ですか。それならば良いのです。ですが、あまり女性に近づかないようにお願いします。特に、今のカオル様は大人の姿なんですから、何かが起きてからでは遅いのです」


 エルミアはそれだけ告げると、いつものように無表情(ポーカーフェイス)に戻った。


(な、なんでボク、こんなに怒られなきゃいけないんだろう....)


 やるせない気持ちになるカオルだが、突然そこで「ポン」と破裂音が響いた。

 慌ててヴァルカン達がカオルを見ると、破裂音と共にカオルの周囲から白い煙が立ち上り、カオルの身体は元の姿へと戻ってしまった。


「あらま....う~ん連続使用すると効果時間が短いのか.....気をつけないと」


 ぶつぶつとカオルが論評する。

 ブカブカになってしまった黒い騎士服やコートなどが、なんとも可愛らしい感じだ。


「元に...戻った....」


「そう...ね」


「カッコ良かったのに....」


「でも、いつもの可愛らしいカオル様も素敵です」


「なんて不思議な....」


「いつものご主人」


 なんとも残念そうな顔をするヴァルカン達。

 大人だろうと子供だろうと、カオルはカオルのはずなのだが...


(むぅ....小さくちゃいけないって言うのか!!)


 カオルは怒った。

 けして声に出さなかったが。


「『魔装【騎士(エクウェス)】』」


 効果時間がわからなかったため、『蜃気楼(シムラクルム)の丸薬』を使わず、魔装(まそう)換装(かんそう)を唱えて買ったばかりの白い騎士服に着替える。

 白銀(ミスリル)の鎧も付いてきてしまったため、鎧を脱いでアイテム箱へと仕舞った。


「あ、師匠。外套ありがとうございました」


「あ、ああ」


 借りていた外套をヴァルカンに返し、エリーと料理を話し合う。

 

「エリー。おすすめはあるの?早く頼んじゃおうよ」


 ほどほどにはお腹が空いているカオル達。

 アイナはとっても空いているようだ。


「ご主人。ごはん」


「はいはい。今頼むから待っててね」


「わかった」


「それじゃ、私が頼んでくるわ!みんなもおまかせでいいわよね?」


「ええ、エリーちゃんお願いね♪」


「エリー。私も行きます」


 エリーとエルミアにお願いし、食事の注文を頼んだ。


「あの、ご主人様。今、一瞬で着替えませんでしたか?」


 あっという間に着替えたカオルを、フランチェスカが不思議そうな顔で見ていた。


「うん。魔法なんだけどね。とっても便利なんだ」


「そ、そうですか...魔法ってすごいんですね」


 カオルが凄腕の魔術師だと言う事は、フランチェスカはもちろん知っている。

 だが、見た事もない魔法を、いとも容易くカオルが使用した事に驚いていた。


「まぁ...その魔法は、カオルしか使えないがな」


「ええ。おねぇちゃんも、カオルちゃん以外がその魔法を使う所なんて見た事ないわ♪」


 『魔装(まそう)換装(かんそう)

 『ego(えご)黒書(こくしょ)』で得た古代魔法だ。


(う~ん。みんなも教えて欲しそうだけど、どうやって使うか理解出来ないだろうしなぁ....)


「えっと、4次元ってわかりますか?」


「...なんだそれは?」


「0次元は点.1次元は線.2次元は縦と横.3次元は縦、横、奥行き.4次元の物体、または4次元の立方体は3次元がその面になっているんですけど....」


「カオルちゃん。さっぱりわからないわ」


「ああ。わからん」


「...何の話なんでしょうか?」


「ご主人。ごはん」


「あー...いえ、なんでもないです。アイナ。もうちょっと待ってようね」


 説明したところで当然解るわけもなく、カオルは魔法を教える事を断念した。


(これで心理相対性理論とか出したら変人扱いされそうだ...)


「そうだカオル。明日のドレス、カオルは買っていなかったが、アーシェラから贈られたドレスを着るつもりか?」


 唐突に告げられるヴァルカンからの不思議な質問。

 カオルは男だと公言したのだから、いまさらドレスは必要ないはずなのだが。


「ドレスですか?ボクは、この騎士服で出るつもりなんですけど...」


 当然の様にカオルは答えた。

 あの魔のコルセットは、二度と着けたくはないのだ。


「それはだめだな。カオルは言っていたじゃないか。『ボクは『とある理由』でドレスを着ています』と。急に男装するなんて、貴族連中が慌ててしまうぞ?」


 もっともらしくヴァルカンは告げる。

 カルアも「そうよ」と言わんばかりに頷いていた。


「あの、でも...明日はリアと踊る約束をしているんです。さすがにドレスという訳には...」


 この日、2発目の爆弾が投下された。


「踊る約束だと!?明日行われるのは晩餐会(食事会)だぞ!?」


「いいえ、ヴァルカン。おそらく、晩餐会の後で行われる夜会(舞踏会)の事を言っているのでしょう。さすがはあの皇帝陛下のご息女ね。私達の知らない間に、カオルちゃんと約束しているなんて....」


「クッ!!私はああいう行事がキライだからな....今までほとんど参加した事などないんだが...まさかこんな事態になろうとは....」


 「口惜しい」と言わんばかりに、ヴァルカンとカルアが残念がる。


(別に踊るだけなんだけど....)


 カオルはただ踊るだけのつもりなのだが、ヴァルカン達はそこを怒っているのではない。

 カオルと初めて踊るのは、フロリアではなく『私だ』と言っているのだ。


「じゃぁ、順番にみんなと踊りますよ。もちろん、アイナとフランもね♪」


 ニコッとメイドの2人に笑い掛ける。

 それだけでフランは破顔(はがん)し、トロ顔を見せた。


「ひゃいぃ....」


(フランは本当にちょろいな....いいのかそれで....)


 ドMのフランとS気味のカオル。

 相性は抜群だ!

 そんな中、「ご主人。ごはん」と催促するアイナは、やはりまだまだお子様なのだろう。


「うん。そろそろ来るんじゃないかな?アイナは何が好き?」


「...たると」


「そうか。約束してたもんね。あとで作ろうか、タルト」


「うん」


 嬉しそうに笑うアイナの頭を、優しくカオルは撫でる。

 本当に可愛い妹の様に。


 そこへ...


「おっまたせ~~」


「おまたせしました」


 エリーとエルミアがわざわざ料理を持って登場した。

 その後ろから、見覚えのある2人の人物が。


「「カオル!!」」


 カイとメル。

 冒険者ギルドの買取官である、イライザとレーダに随行して帝都へとやって来ていた2人は、帝都に居る間、レジーナの紹介でここの食堂で働いていた。


「カイ!それにメルも!!ひさしぶり!!」


 ひさびさの再会に、カオルはとても喜んだ。

 まさかレジーナだけではなく、カイとメルが帝都に来ている事など、もちろん知らなかったからだ。


「聞いてよカオル!カイとメルったら、厨房で働いてたのよ!もう、見つけたときはびっくりしたわ!」


「しょ、しょうがねぇだろう?帝都って、結構物価が高いんだぜ?宿屋に泊まるのも、飯食うのも金がいるんだよ」


「そうよ。それに...今はお金を貯めなきゃだし....」


 急にもじもじするメル。

 カイは顔を赤くしていた。

 

「とりあえず座ろうか?カイとメルも食べるでしょ?」


「おう!ゴチになります!」


「そ、それじゃぁ遠慮なく...」


 カイとメルを交えたカオル達。

 総勢9人ともなると壮観だ。


「それじゃ、いただきます。アイナ。いっぱい食べるんだよ?」


「わかった」


 アイナをフランチェスカに任せ、カオルは食事をしながらカイ達と話した。

 ヴァルカンやエルミアは特に気にした様子は無い。

 おそらくカイが男性であり、メルがカイにべったりなのに気付いたのだろう。


「うそ!?カイとメル、婚約したの!?」


「メルやったじゃない!!念願叶ったのね!!」


 カイとメルから婚約した旨を伝えられ、カオルとエリーは喜んだ。


「お、おう。それで今、結婚資金を貯めてんだ。ギルドも非常勤だけど雇ってくれてさ。帝都には、エリーとカオルに報告に来たんだ」


「うん。でも私達の方が驚いたわよ。カオル。貴族になったんだってね?それも男だったなんて、全然気が付かなかったよ?」


「ああそうだぜ。しかも伯爵だろ!?」


「あはは。秘密にしててごめんね。それと貴族になったのは、たまたまで....」


「いやいや。カオルには命を救って貰ったからよ。俺にはわかるぜ。カオルが貴族になった理由が」


「そうね。カオルは帝国を救ったんだもの」


「そうよ!カオルはすごいんだから!あんまり謙遜すると嫌味になるのよ!わかった?カオル」


「う、うん...」


 カイとメルがカオルを褒めると、エリーも自慢気に話す。

 その様子を微笑ましそうにカルアが見詰め、カイとメルに「おめでとう」と言っていた。


「なぁカオル。エリーの事なんだけどよ」


 カルアを交えてメルとエリーの話が盛り上がると、カイはこっそりカオルと話した。


「うん。エリーがどうしたの?」


「あいつさ、カオルが倒れた時、すげぇ心配してたんだ。『私のせいでカオルが死んじゃう』って。だからよ。これからもエリーの事、よろしく頼むな?俺、小さい頃から3人でつるんでるからわかるんだけど、エリーはカオルの事ホントに好きなんだよ。だからさ、よかったらエリーと...」


 メルの好意に気付かないカイであったが、エリーがカオルを思う気持ちには気付いていたようだ。


「大丈夫だよ。カイ。エリーはボクの家族だから、ずっと一緒に居るよ」


 カイの心配そうな顔を見て、意を察したカオルは、安心させるようにそう告げた。

 それを聞いたカイは満面の笑みを浮かべて、「そうか!さすがカオルだな!」と嬉しそうに答えた。


(カイは本当に良いヤツだ。エリーの心配するなんて。大丈夫だよ。エリーはボクの姉兼妹だし)


 勘違いをしているカオルとカイ。

 カイは『エリーを嫁に貰ってくれ』という意味で言ったのだが、カオルには通じなかった。


「ちょっと!何、内緒話してるのよ!カイ!あんた悪口でも言ってたんじゃないでしょうね!!」


「カ~イ~...もしかして、カオルにやらしいことしてないわよね?あんた、カオルの事好きだったもんね~?」


「ば、バカ!!ちげぇよ!!確かにカオルは男に見えねぇくらい可愛いけど、今は違う話しをしてたんだよ!!」


「ホントかしら....ねぇカオル。ちょっとカイに笑い掛けてみてよ」


「え!?なんで!?」


「いいからやるのよ!!私の言う事が聞けないの!?」


 無理難題をエリーに押し付けられ、カオルはしぶしぶカイに向かって微笑んだ。

 カオルの微笑みは、見る者全てを魅了する。

 同性だろうと関係なく。


(....やべぇ可愛い)


 あまりにも可愛いカオルの姿に、つい赤面してしまったカイ。

 メルの身体がゆらりと揺れて、次の瞬間にはカイは物言わぬ塊になっていた。


「ぐぅ.....」


「ねぇメル。今からでも遅くないから、結婚なんて止めたら?」


「そうね...ちょっと話し合いが必要かも....」


「か、カイ!?大丈夫!?」


「あらあら♪はい、治療しましょうね~♪」


 カルアに介抱され、なんとか生き返ったカイ。

 メルの瞳は妖しく煌いていた。


「面白い人達ですね」


「ああ、1人バカが居るがな」


「そ、それにしても、あの人タフですね」


「ご主人。あ~ん」


「ん?アイナが食べさせてくれるの?ありがとう」


「どういたまして」


「モグモグ...どういたしまして。だよ」


「どうたいまして?」


「本当に可愛いねアイナは」


「ご主人。かわいい」


「ありがとう」


 ひさびさに幼馴染と再会し、羽目を外すエリー。

 カオル達はそんなエリー達を見ながら、楽しく食事をしていた。


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