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第百三十八話 待ちわびる人々


 終結した人対魔族との戦争。

 策士こと、「エルヴィント帝国」皇帝アーシェラの暗躍により、ババル共和国との和平及び、アルバシュタイン公国への不可侵条約が結ばれた。

 莫大な賠償金を請求されると思っていた『ババル共和国』元首のデュドネだが、アーシェラは通常通りの賠償額の請求に止めた。

 ただし、アルバシュタイン公国の復興に尽力するよう持ちかけたが。


「まぁこんなものじゃろうな。あとは我が国の戦死者達じゃが、冒険者ギルドにも協力してもらおうかの。よいな?エドアルド」


「それはもちろんです。手厚く見舞金を出しておきましょう」


 アーシェラの私室に集められた、冒険者ギルド長エドアルドと宮廷魔術師筆頭アゥストリ。

 エルヴィント帝国の首脳とも言える3人は、それぞれ満足そうに頷いた。


「それで陛下。報奨金についてですが、いかがなさいましょうか?」


「うむ。此度の戦では多くの魔物が手に入ったからの。それを売却し、足りない分は国庫から出すとするかの。わざわざ税を上げるつもりもない。カオル達のおかげで、予想より犠牲者も少なかったからのぉ」


 嬉しそうに頬を緩めるアーシェラ。

 アゥストリとエドアルドも満足そうに笑った。


「それで、アルバシュタイン公国ですが、いかがなさるつもりですか?大公亡き後、国を纏める者が必要になります」


「そうじゃのぉ....アルバシュタインからの避難民の中に、いくつかの貴族がおった。その中から選ぶ他無いかもしれぬ」


 「う~ん」と呻る3人。

 そこへ、扉が叩かれた。


「だれじゃ?」


 アーシェラが問い掛けると、「蒼犬(そうけん)です」と返事が。


「おお!!入れ!!」


 声を弾ませるアーシェラ。

 この時を、今か今かと待ちわびていたようだ。


「失礼します」


 メイドが扉を開けると、入ってきたのはルチアとルーチェの2人。

 早馬に乗って、カオル達より先に帝都へと戻っていた。


「待っておったぞ!!して、カオル達はどれくらいで戻ってくるのじゃ!!」


 挨拶もせずに問い掛けるアーシェラ。

 どこか子供の様にウキウキしている。

 椅子に座る3人の前で、ルチアとルーチェが跪き、粛々と報告を始めた。


「カオル様と剣聖様達は、現在アルバシュタイン公国を抜けアベール古戦場へと向かっている頃かと。何事もなければ、あと2日程で帝都に到着すると思われます」


「うむうむ。そうかそうか。して、(みな)無事なんじゃな?」


「はい!疲労はしておりましたが、皆様ご無事です。それで、別にご報告したき事があるのですが...」


「よいよい。申せ」


「ありがとうございます。アルバシュタイン領地にて、亡き前大公エルム.ド.ファム様の居城にて、ご息女様と対面しました。そのご息女様ですが、今はカオル様達と行動を共にしています。おそらく、ご一緒に帝都へと参られるかと...」


 ルチアの報告に、アーシェラ達は驚き目を剥いた。


「な、なんじゃと!?女王が生きておったというのか!!して、名はなんと申すのじゃ?」


「ディアーヌ・ド・ファム様とお聞きしました。ただ....」


 言い淀むルチア。

 アーシェラは「じれったいのぉ!良いから申せ!!」と捲くし立てた。


「畏れながら。ディアーヌ様は、ダークエルフでございました。カルア様のお話では、先祖返りではないかと」


「ダークエルフとな....う~む.....」


 報告を受けて呻るアーシェラ。

 黙って聞いていたアゥストリとエドアルドも、同じ様に呻っていた。


 ダークエルフ。


 エルフとは、元々『精霊に愛される者』という種族である。

 見目麗しい姿に、ある一定の年齢を過ぎると成長を止める。

 もちろん老化もしないため、死ぬまでずっとその姿だ。

 他の種族と変わらぬ寿命ではあるが、老化しないことから特別視される事が多い。

 だが、ダークエルフは違う。

 他の種族と同じ様に老化するのだ。

 年老いる褐色のエルフ。

 自身を『高貴なる者』と呼ぶ、貴族などの一部のエルフからは、忌み嫌われる存在だ。

 

「困ったのぉ....アルバシュタイン公国の正統後継者というのは間違いないのじゃが....ダークエルフとな....」


「そうですね。非難してきた貴族の中に、エルフは居るのですか?」


「うむ。居るな。子爵のカテリーナ.エ.ルワン一族じゃな。代々続く子爵家じゃ。まぁ、我先にと自国から避難してきた臆病者じゃし、何も言ってこんと良いのじゃがのぉ...」


 またも呻る一同。

 光明(こうみょう)かと思えた女王ディアーヌの登場に、難色を示した。


「陛下。実は、カオル様はディアーヌ様にこう仰っていました。『この国のために何かをするのなら、力を貸す』と、それと『独りじゃない』とも。カオル様が協力されるのでしたら、誰も文句など言えないのではないでしょうか?」


 ルーチェがそう告げると、アーシェラはお腹を抱えて笑い出した。


「ククク....あはははは!!そうかそうか!!カオルがそんな事を言っておったのか!!それならば問題無い!!次期大公は、女王ディアーヌに決定じゃな!!さっそくババル共和国へ使者を送ろう。なに、文句でも言うのであれば、カオルの名を出せば良い。何も言わなくなるじゃろう」


 可笑しそうに笑うアーシェラ。

 面識のあるアゥストリと蒼犬の2人は、可哀想なカオルの姿を思い浮かべて、苦笑いをしていた。

 そこで、アーシェラは気付く。

 

「ルチア、ルーチェよ。その短刀はなんじゃ?わらわは、それほど高そうな物を下賜(かし)した覚えは無いのじゃが....」


 蒼犬の2人。

 エルヴィント城内で、騎士の様に帯剣する事を許されている。


「あ、これはカオル様が下さったんです」


 ルチアがそう言い、ルーチェと2人で短刀を差し出すと、アーシェラはそれを受け取りしげしげと眺めた。

 黒漆の鞘に、黒い柄糸(つかいと)で結い上げられた柄。

 引き抜いてみると、美しい白銀(ミスリル)の刃がキラリと輝く。

 およそ9寸の白銀(ミスリル)の短刀。

 カオルが刀の構造を理解しようと、自作した物だ。


「これは....見事じゃの」


「ええ、白銀(ミスリル)ですね。さすがはカオル殿」


「ふむふむ....1本あたり、およそ800万シルドといったところでしょうか」


 即座に貨幣価値を算出したエドワルド。

 さすがは元冒険者といったところだろうか。


「800万!?そんなにするんですか!?」


「うそ....」


 貨幣価値を聞いて驚いたのはルチアとルーチェ。

 平民の年収が数万シルドのエルヴィント帝国では、とても考えられない金額だった。


「むぅ....カオルがくれた物か.....いいのぉ...わらわも何かくれんかのぉ....」


 先日、剣騎グローリエルが黒い毛皮のコートを着ていた事を思い出したアーシェラ。

 とても良い品だっただけに、未だに欲しがっていた。


「そ、それにしても、カオル殿はどこで白銀(ミスリル)を手に入れているんでしょうか?やはり剣聖であるヴァルカン殿の伝手でしょうかね?」


 話題を変えようとアゥストリが告げる。

 どうやら、グローリエルから毛皮を剥ぎ取ろうとしたのが相当恐かったようだ。


「そうじゃろうな....鎧もいくつも持っておったからのぉ.....帰って来たら聞いてみるかの」


「ええ、そうですね。白銀(ミスリル)は高価ですが、非常に使い勝手がいいですし」


「そうですね。高ランクの冒険者は、好んで使っております。もっとも、数が少ないのが難点ですが」


「う~む...カムーン国のように高位の錬金術師でおればいいのじゃがのぉ....」


 エルヴィント帝国にも錬金術師は居るが、白銀(ミスリル)を練成出来るような高位の錬金術師はいない。

 代わりに居るのが魔工技師だ。

 エルヴィント帝国はその立地から、多くの魔境やダンジョンを有している。

 そのおかげで、純度の高い魔宝石や前時代の遺物『アーティファクト』が産出されているのだ。


「あの....陛下。そろそろ短刀を返していただけると....」


 中々手放そうとしない短刀を返してほしいと懇願するルチアとルーチェ。

 アーシェラが物欲しそうな顔をしていたのを危惧していた。


「な、なんじゃ!?取ったりはせんぞ!?....たぶん」


 名残惜しそうに短刀を返すと、ルチアとルーチェは慌てて仕舞った。

 取られないように懐へ。

 ジッと2人の懐を見詰めるアーシェラ。

 そんなに欲しかったのだろうか。












 アーシェラが高笑いをしている頃、皇女フロリアの私室では、2人の女性がコソコソ話し合っていた。


「フロリア様。見せたい物とはなんでしょうか?」


 ビクビクと怯える冒険者ギルドで買取官をしているイライザ。

 フロリアの依頼で、とある書物を書く為、エルヴィント城へと滞在していた。


「着いて来ればわかります。ただし、この事はけして誰にも話してはいけませんよ?それと、むやみに物を触らないように。もし、言う事を聞かなければ....わかっていますね?」


 ギロリとイライザを見やるフロリア。

 あまりの迫力に、イライザは言葉が出なかった。

 フロリアは、大量のヌイグルミを掻き分けて壁まで辿り着くと、石壁の一部を押し込んだ。


 次の瞬間。


 「ガコン」と石壁が音を立てて、人ひとりがやっと通れる様な大きさの隠し通路が現れた。


(す...すごい!!)


 驚くイライザ。

 フロリアはイライザを一瞥し、コクンと頷くと、隠し通路の奥へと進んで行った。

 恐る恐る着いて行く。

 隠し通路の奥は小部屋になっており、エルヴィント城が襲われるような緊急時に、非難するための物の様だ。

 だがそこで、イライザは見てしまった。

 壁一面を取り囲むように並べられた品物の数々を。

 黒く長い髪をした、ぱっちり黒目の人型のヌイグルミ。

 背高いチェストの各棚には、真っ赤な布を敷かれた食器やカトラリーの数々。

 所々汚れている様から見るに、使用後洗っていないのだろうか。


「これは....なんですか?」


 (いぶか)しげに周囲を見回したイライザが、嬉々としてヌイグルミを抱えるフロリアに問い掛ける。

 フロリアは満面の笑みを浮かべると、驚愕の言葉を口にした。


「いいでしょう?全てカオル様の使用済みなんですよ♪ああ、カオル様の匂いが....」


 食器に顔を近づけ、光悦(こうえつ)とした表情を見せるフロリア。

 いつの間にかヤンデレと化していた。


(や、やばいよ....フロリア様は真性(しんせい)だ....)


 自身も百合物の同人誌を書き、かなりの腐女子を自覚していたイライザだが、フロリアのあまりにもぶっとんだ姿に、一抹の恐怖を感じていた。


「さぁイライザさん!これで創作意欲が沸いたでしょう?早く書いて下さい!!私とカオル様の愛の序章を!!!」


 眼前へと迫るフロリア。

 目が完全に逝っている。


「わ、わかりました....がんばります.....」


 フロリアに威圧され、恐怖で両足を震わせる。

 一度引き受けた以上、彼女に逃げ場など無かった。

 フロリアの私室を辞した後、イライザは自身に宛がわれた部屋へと来ていた。


「あら、イライザ。早かったのね?」


 同室にされた相棒のレーダが、椅子に腰掛け午後(ミッディ)紅茶(ティーブレイク)を取っていた。

 イライザはレーダの姿を見るや否や、即座に縋り付く。


「レーダどうしよう!!私、書けない!!」


 大粒の涙を流すイライザに、レーダは慌ててカップをソーサーへと戻した。


「ちょ、ちょっと!?どうしたの!?書けないって....」


「グスグス」と泣き、ひきつけを起こすイライザの姿に、レーダはどうしたいいのかわからなかった。


 とりあえず、と、優しく頭を撫でるレーダ。

 その甲斐あってか、次第に落ち着きを取り戻すイライザだが、表情は曇ったままだった。


「それで、何があったのかわからないけど、イライザが書かないと、私達はいつまで経っても帰れないよ?ギルドの仕事もあるんだし....」


「グスッ.....うん....わかってるけど.....」


 泣き止まないイライザに、レーダはある提案をした。


「....それじゃ、黒巫女様に、会ってみればいいんじゃない?書けるかもよ?」


 それは苦肉の策だ。

 カオルに内緒で執筆しているイライザは、万が一ばれた時にどんなオシオキをされるかわからない。

 肖像権という物を、イライザはきちんと理解している。


「でもそれって....よくないよね?」


「うん。よくない。けど、このままじゃいつまで経っても帰れないよ?ギルドを首になってもいいの?」


「それは...だけど.....」


 言いどもるイライザにレーダは悪魔の囁きをする。


「それにね....『黒巫女(クロ)×皇女(リア)』本はフロリア様公認なんだよ?エルヴィントの皇女直々の依頼なんだから、何も問題ないんじゃない?売り上げは全部私達の物にしていいって言ってたし....」


 皇女の威光を惜しみなく使おうとするレーダ。

 間違い無く腹黒い。


「そ、そうよね!!フロリア様たってのお願いなんだもんね!!よし!!私書くわ!!ものすっっっごいの書いてやろうじゃないの!!!」


 意気込むイライザ。

 あんた本当に最低や。

 イライザがやる気を見せ、机へと向かうと、レーダはニヤリと笑った。

 作戦が成功し、また2人で美味しい物でも食べようと思っているのだろう。


(ぐへへ....これで宴が出来るね.....ジュルリ)


 哀れイライザ帝都に散る。

 犯人はまさしくレーダだろう。


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