第百三十四話 決戦直前
カオルがファルフに乗り飛び去った後、ヴァルカンはカルア達に詰め寄られ叱責されていた。
「ヴァルカン!なんでカオルちゃんを1人で行かせたんですか!?」
「カオル様にもしものことがあったら、どうするつもりですか!?」
「カオルが怪我したら...絶対に許さないから....」
普段、声を荒げる事が無いエルミアまでもが、眉を吊り上げヴァルカンに詰め寄る。
ルチア・ルーチェ・ディアーヌが、言葉を発せず態度で怒りを表現すると、いよいよヴァルカンの逃げ場は無くなった。
(まったく...カオルはみんなに愛されているな.......まぁ、一番カオルきゅんを愛しているのは私だがな!!!!)
『残念美人』剣聖ヴァルカン。
今はそんな時ではないぞ。
ヴァルカンは、フンッと鼻を鳴らして自慢気に胸を反らせた。
「カオルが心配なのは私も同じだ。だが、カオルは男だぞ?自分で考え自分で決めたのだ。吸血鬼を倒し、みんなを守りたい。その為にカオルは1人で立ち向かう事を選んだ。私達はカオルを信じる事が出来ないのか?『家族』なのだろう?」
ヴァルカンの言葉は、カルア達家族の胸に深く突き刺さった。
カオルは、ヴァルカンを、カルアを、エリーを、エルミアを、家族と呼んだ。
信用し、信頼し、傍に居る事を望んだ。
だからこそ、彼女たちもカオルの傍に居る。
血の繋がらない家族。
カルアとエリーの様な、義姉妹などではない。
はたから見ればおかしな家族であろうとも、カオルにとっては本当の家族だった。
「そう...ね」
「私は、カオル様を信じます」
「....ごめんなさい」
次々に言葉を漏らすカルア達。
カオルを信用すると言う事を胸の内で思い出したのだろう。
だが、ヴァルカンは浅慮だった。
ここには、家族以外の者達が居る。
「そんなまさか!?」
「カオル様は男性だったのですか!?」
「カオル、男なの!?」
驚愕の声を上げる、ルチア・ルーチェ・ディアーヌの3人。
3人は、この時初めてカオルが男だという事を知った。
(あ~...しまった)
『カオル男の娘化計画』
ヴァルカンが、カオルを独り占めしようと画策した物だ。
周囲にカオルが女の子だと思われれば、言い寄ってくるのは男性のはず。
そうなれば、カオルが同性愛に目覚めでもしないかぎり、寝取られるという心配は無い。
だが既に、この計画はある意味頓挫していた。
それは、『女性同士でもいい』という、おかしな価値観を持つ者が以外にも多かったからだ。
その結果、エルヴィント帝国皇女フロリアを初め、蒼犬のルーチェや出会ったばかりのアルバシュタイン公国女王ディアーヌですら、カオルに好意を寄せていた。
カオルの微笑みは、見た者全てが恋に落ちる。
『魔性の女』
オナイユの街、冒険者ギルドのベルが以前カオルをこう呼んでいた。
それはまさに、的を射た表現だっただろう。
(う~む...そろそろ潮時か?カオルが男だと公言してしまうか?)
顎に手を当て悩むヴァルカン。
ライバルが増えると危惧するカルア達も、同じ様に悩んでいた。
(まぁ...それは後で考えるか。とりあえず、この場をなんとかしよう)
「ひとまず」と性別問題を頭の片隅に追い遣り、ヴァルカンはルチア達に向き直った。
「よく聞け。カオルは男だ。だが、あれだけの可愛らしさを持っている。時として、美人に見える事もあるだろう。そこで私はカオルの性別を隠している。なぜだかはわかるな?貴族の女性に言い寄る男は、基本的に高位の貴族くらいだ。平民から言い寄るような真似は、恐れ多くけして出来ないからな。だが、貴族の男ならば?平民だろうがお構いなしに言い寄ってくる。なにしろ、本妻に成れずとも『妾』になれる可能性があるからな」
もっともらしい事を思い付きで話すヴァルカン。
あんた策士やったんか。
「な、なるほど...そうですね」
そしてそれを鵜呑みにするルチア達。
ヴァルカンが(チョロイな)と思うのは当然だろう。
ウンウン頷くカルア達家族。
あんた達も酷いな。
「それでは行くか」
完全に場を掌握したヴァルカン。
話はここまでと歩き出した。
だがそんな中、ディアーヌは悩んでいた。
(カオルが男だなんて.....それなら.....私と結婚してこの国を一緒に.....だって、「手伝ってくれる」って言っていたもの.....うふ....うふふ....)
またここに1人。
お菓子が付いて汚れた指を、衣服で拭うほどの『残念美人』が、カオルに恋をしていた。
報われないとは思うが。
ヴァルカンを先頭にして進むカルア達。
蒼犬のルチアとルーチェが先行し、魔物に気付かれない道を突き進んだ。
一路アルバシュタイン城へと向けて。
ようやく辿り着いたアルバシュタイン城。
湖畔を気付かれないように進みながら、ヴァルカン達が城へと潜入した頃、近衛騎士団長レオンハルトは、エルヴィント軍の前線へと合流していた。
「ヒャッハーーー!!皆殺しだぜぇぇぇぇぇーーーーーーー!!!!」
「おらおらおらおら!!!!」
何かヤバイキノコでも食べたのだろうか?
剣騎レイチェルとセストが、おかしなテンションで重量武器を振り回していた。
「なあアル....」
指揮を執っていた近衛騎士団副長アルバートの傍へ歩み寄るレオンハルト。
目の前の剣騎の姿に、どこか怯えていた。
「なんだ...レオン....」
「あれ、なんだ?」
「おまえの弟分妹分の剣騎だ」
「いや...それはわかるんだが....なんか変なもん喰ったのか?」
「さぁな....お前が黒巫女様んとこ行ってから、ずっとあんな調子だ」
「そうなのか....初めて見たぞ.....」
アルバートは押し黙った。
それは剣騎2人の姿に呆れていたのではない。
黒巫女様。
カオルの姿に、驚愕としていたのだ。
(まさか、たった1人で1万5千の魔物を倒しちまうとは....ありえねぇ.....)
それは、本当にありえない事。
幼少の頃憧れた、英雄達の冒険譚の様な話しだ。
だが、アルバートは実際にその目で見た。
傷付きボロボロになりながら戦うカオルの姿を。
それはお世辞にもカッコイイとは言い難いものだった。
齢12歳の子供が、その身を賭して、魔物達の進軍を食い止めた。
普通ならば、やはり人外とも思えるカオルを恐れるのだろう。
だが、カオルの必死な姿は、見る者に感動を与えた。
誰かを守る為。
しかも、自分達エルヴィント軍を守る為に、カオルは命を賭けて戦ってくれたのだから。
(黒巫女様...か....)
親友のレオンハルトは、以前から何度もカオルの素晴らしさを説いていた。
アルバートは話半分に聞いていたが、つい先ほど目の当たりにした出来事で、その話しは全て真実だったと感じた。
「なぁ....レオン」
アルバートが、どこか遠くを見ている事にレオンハルトは気付く。
長年友人を続けていた彼だからこそ気付けたのだろう。
「なんだ?」
「黒巫女様って....すげぇんだな....」
親友がポツリと漏らした言葉に、ニヤリと笑うレオンハルト。
「ようやく理解したのか?黒巫女様は最高なんだぜ!」
嬉しそうに声を弾ませる。
アルバートはそんなレオンハルトを見やると、同じ様に笑みを浮かべた。
「ああ、最高だな!!」
男2人が友情を深め合っている頃。
最前線では剣騎セストとレイチェルが、重量武器を振り回していた。
おかしなテンションで。
「うらうらうらうら!!!かかってこねぇのかよ!!!!」
叩き降ろされる大剣。
大型のトロールもろとも地面を抉り、盛大に血の花を咲かせる。
「ヒャッハー!!!切り刻んでやんよーー!!!!!」
その隣では三日月斧が、斜めに横に振り回されて、オークの集団を細切れにしていた。
剣騎2人のあまりにも傍若無人な戦いぶりに、同士討ちを恐れた騎士や冒険者達が慌てて距離を取る。
「とりあえず、アル。あれ...なんとかしないとな....」
「そうだな....近づけないがな」
ガクっと肩を落とすレオンハルトとアルバート。
剣騎2人は尚も大暴れしていた。
アルバシュタイン城、城門前にて、エルヴィント軍が奮戦を続けた事で、城内のほとんどの魔物が応戦へと狩り出される。
そのおかげで当初の作戦通り、ヴァルカン達は易々と城内へと潜入した。
「ルチア、ルーチェ。城内の様子はどうだ?」
人目の付かない一室に、身を潜めたヴァルカン達。
探索から戻ったルチアとルーチェに報告を受けていた。
「はい。城内の魔物は、そのほとんどがエルヴィント軍へと向かって行きました」
「大型の魔物は居ないようです。ただ....」
そこでルーチェは言葉を濁した。
「ただなんだ?」
「ただ、城の中央部分にある、大広間だけは探索できませんでした。なんと言っていいのかわかりませんが、人を寄せ付けないというか近づけないというか...」
どこか怯えたように話すルーチェ。
心なし、少し震えているようだ。
ヴァルカンはそんなルーチェを見やる。
「ふむ....どうやら、そこに吸血鬼が居るのかもしれんな」
合点がいったのか、ルーチェは「あ..」と声を漏らした。
魔族である吸血鬼。
ルーチェは本能的に危険を察知し、大広間には近づけなかったのだ。
「というわけだ。敵の場所がわかった。これより討伐に入る...が、カオルが居ないからな。ルチアとルーチェはカルアとディアーヌを守れ。エルミアは援護を。私が中心で戦うが、エリー...あまり無茶をするなよ」
ヴァルカンはそう告げると、パーティを一瞥する。
「わかった」と、みんなが目で答える中、エリーはどこか落ち着かない様子だった。
「ヴァルカン。えっと...」
「エリー。前に言ったはずだ。お前はお前の身を守る事に専念しろ。まぁ、余裕があったら私の援護を頼む。気をしっかり持て。お前は私の弟子だろう?」
師匠としての言葉。
窘めると共に、ヴァルカンは激励を贈った。
「う、うん」とエリーが頷くと、その場に居た誰もが気を引き締める。
アルバシュタイン公国を乗っ取り、かの地を蹂躙した魔族。
決戦は、いよいよ始まろうとしていた。
一方、15000もの魔物.魔獣の軍を打ち破ったカオルは、元剣騎シブリアン.ル.ロワルドと共に、アルバシュタイン城の上階より進入していた。
魔鳥姿のファルフを腕輪へ戻し、薄暗い螺旋階段を下る。
「カオルちゃん。あまり無理せんと、少し休むかの?」
カオルの体調を心配するシブリアン。
たまに触れるカオルのお尻を、しっかり堪能していた。
「おじぃさん。あまりセクハラを続けていると、斬りますからね?」
ニッコリ笑うカオル。
その目には殺意を帯びていた。
「す、すまんの.......別に減るもんじゃなし、そんなに怒らんでも....」
謝罪をしつつも、ブツブツ文句を言うシブリアン。
カオルは(連れてきて失敗だったかも)と考え初めていた。
やがて螺旋階段を下りきると、広い廊下へ繋がった。
アルバシュタイン城西側。
中央の大広間を囲むように、いくつもの回廊が伸び、それに沿うように小部屋が沢山ある。
広い廊下は回廊で、城内をぐるりと一周囲っている。
「魔物がいませんね」
ポツリとカオルが呟くと、シブリアンも頷く。
時折カオルは苦しそうに立ち止まり、息を整えていた。
(はぁはぁ...身体が痛いや....あまり戦えないかも.....)
先の戦闘で負傷していたカオル。
外傷こそ治癒術師の手によって回復していたが、血を多く失い、体力もあまり残ってはいなかった。
「ふむ。やはりどこかで休もうかの?丁度良い。そこの部屋にベットがある。どうじゃ?休んでいかんか?」
明らかに下心が見えるシブリアン。
あんたカオルを連れ込んで何する気だ。
「大丈夫です。家族が待っていますから、先を急ぎましょう」
丁寧に断るカオル。
シブリアンの下心など、お見通しだ。
(つまらんのぉ....ワシの熟練のテクでこう....)
齢68歳のシブリアン。
あんたもう捕まってしまえ。
警戒しながら回廊を進むカオル達。
そこへ、城内を警備していたオークが、柱の影から現れた。
オークはカオルを見つけるやいなや、大鎚を振り上げ襲いかかってくる。
ドスンドスンとその身を震わせ、大鎚を振り下ろそうとした次の瞬間。
その身がグラリと傾き、地面へと崩れ落ちた。
驚いてシブリアンを見上げるカオル。
シブリアンは両手を腰に構えて仁王立ちしていた。
(すごい....今、オークに向かって拳を突き出してた)
それは徒手空拳。
虚空を突き上げ、相手を倒す元剣騎シブリアン.ル.ロワルドが得意とする技だ。
無手から繰り出される見えない拳。
エルヴィント帝国最強と謳われたシブリアンは、この技1つで最強と言わしめた。
「びっくりしたのぉ」
飄々と話すシブリアン。
しかしカオルはしっかりとその技を見ていた。
「そうですね。空気の断層を斬るのではなく、押し当てるなんて、すごい技を持っていらっしゃいますね?」
ヴァルカンとの数々の修練をこなしていたカオル。
剣技・魔術だけではなく、その目も確かに成長していた。
「フォッフォッフォ....一目で見破ったか。良い目をしておるのぉ」
とても嬉しかったのか、シブリアンは笑った。
目を細めて、それはそれは楽しそうに。
(う~む....ワシの弟子にでもなってくれんかのぉ.....)
セストやレイチェルを育てた時のように、シブリアンは胸が高鳴っていた。
カオルの才能に、エルヴィント帝国の将来を預けてみたいと思ったのだ。
「どうじゃカオルちゃん。よければワシの弟子にならんかの?」
さっそくとばかりにカオルを勧誘するシブリアン。
だがカオルは首を横に振った。
「せっかくのお誘いですが、ボクには大事な師匠がいます。カムーン国、元剣聖のヴァルカン。いい加減で、ずぼらで、お酒が大好きな手の掛かる人ですけど。とっても優しくて、カッコイイ素敵な師匠なんです。だから...ごめんなさい」
嬉しそうに微笑むカオル。
その表情は誇らしそうで自慢気だが、ほんのりと頬を赤く染めて、まるで恋する乙女の様だった。
「うむ...そうじゃったな。すまんすまん。カオルちゃんがあまりにも眩しくてのぉ....つい勧誘してしもうた」
正直に話すシブリアン。
カオルのお尻を触ってさえいなければ、かなり好感度が高かっただろう。
「おじぃちゃん。右手と左手、どちらを切り落としましょうか?」
腰後から黒短剣を引き抜くカオル。
目は殺る気だった。
「ひぃ!?」
シブリアンが恐怖で顔を引き攣らせたその時、城内に異変が起こった。
支柱が震え、窓ガラスは割れ、大地が悲鳴を上げた。
「地震!?」
慌ててその場に跪く2人。
シブリアンは、崩れ落ちる天井の破片からカオルを守ろうと、その身を盾にした。
「いや...地震じゃないようじゃな....大気が震えておる」
冷静に判断するシブリアン。
剣騎として過ごしてきた数十年が、彼の経験となって生きていた。
(大気が震えてるって.....それ!!)
「師匠達が交戦してるって事ですね!?」
驚き目を見開くカオル。
シブリアンは冷静だった。
「そのようじゃな。どれ、震源へと向かってみようかの」
シブリアンはそう言うと立ち上がり、次々に拳を撃ち出す。
「行く手を遮る物は全て」、と言わんばかりに、アルバシュタイン城を壊し始めた。
崩れ落ちる天井。
裂ける壁。
それは、カオルの身体を気遣い、安全を確保するというシブリアンなりの優しさだった。
かなり豪快だが。
「....ありがとうございます」
シブリアンの優しさにカオルは感謝を述べた。
(エッチなおじぃさんかと思ったけど、優しい人なんだろうな.....剣騎の2人も、素敵な先生に出会ったんだね)
クスリと笑うカオル。
シブリアンはそんなカオルの頭を撫で、2人は向かって行った。
震源に居るであろう、ヴァルカン達。
ひいては吸血鬼の下へと。
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