第百三十話 策士&策士
「やっと着いたな」
エルヴィント帝国。
人口50万人を誇る帝都に、オナイユの街から4人の男女が辿り着いた。
冒険者カイとメル。
冒険者ギルドの買取官イライザと、同僚のレーダだ。
「来ちゃったよぉ...助けてレーダ」
何故か怯えるイライザ。
レーダは、「よしよし」と頭を撫でた。
「何恐がってるんだよ。おまえがなんかしたから、召喚状なんてももんが届いたんだろ?」
事情を知らないカイ。
ガタガタと震えるイライザを見やると、「フン」と鼻を鳴らした。
「カイ。怯えてる女の子に、そういう態度とるのは良くないよ。ちゃんと謝りなさい」
幼馴染のメルは、そんな態度のカイを叱る。
だが当のカイは、「めんどくせぇ」と吐き捨てると、1人スタスタと先を歩いた。
「ごめんね、イライザ。カイは性根は良いヤツだから、ホントは心配してるんだと思うよ?」
姉さん女房メル。
既にカイを尻に敷いていた。
いや、ずっと前から敷いている。
「うぅん...別に気にしてない....でも、どうしよう....私怖いよぉ」
ガタガタ震えるイライザ。
レーダに縋り付くと、上着の裾を強く掴んだ。
そして、低身長のホビットらしく、ウルウル瞳を滲ませて見上げる。
保護欲を掻き立てる仕草。
一般的な種族よりも身体の小さいホビットは、たまにこうして自己防衛を図る。
「まったく、わかったから。いつまでもそうやってしがみ付かないで。服が皺になるでしょ」
同僚レーダ。
もう何年も共に働き、イライザをよく理解している。
公私共に仲の良い、親友とも言えるレーダは、イライザの業の深さを知っている。
(ホント...あんな、おおっぴらに百合本なんか出すから、こうなったくせに)
その原稿料から、ご相伴に預かったくせに、まるで無かった事のようにするレーダ。
間違いなく腹黒いだろう。
「ほら、さっさと行くぞ~?」
前を歩くカイが、シビレを切らして告げてくる。
「観念しなさい」とレーダに言われ、しぶしぶながらもイライザは歩き出した。
小走りでカイの下へと向かったメル。
やっぱり幼馴染だ。
仲が良い。
婚約者だ。
羨ましい....
4人が連れ立って向かった先は、帝都の冒険者ギルド。
イライザに届いた召喚状には、「ここへ出頭するように」と書かれていた。
恐る恐る扉を潜るイライザ一行。
オナイユの街に比べて、帝都の冒険者ギルドはかなりの大きさを有していた。
「すげぇ繁盛してんなぁ....」
カイは玄関ホールの天井を見上げて、その広さに驚きながらクエストの木板前。カウンターに並ぶ冒険者。置かれたテーブルを囲む人々を見やる。
オナイユは『街』なのだから、『帝都』に比べると小さく感じるのは仕方がない。
カウンターに並ぼうと、カイが歩み出たところで、声を掛けられる。
「こんにちは。買取官のイライザさんですね?」
長身の人間。
身なりはかなり小奇麗にしており、大きなボタンが3つ付いた、真っ青なコートを羽織っていた。
「そうですが、あなたは?」
不審に思いイライザは聞いた。
「これは失礼しました。私はギルド長を勤めるエドアルドと申します」
深々とお辞儀をするエドアルド。
その姿はまるで貴族の様に思えるほど。
「それで、何の用だ?」
ずいっと間に入るカイ。
イライザを守ったのだ。
「いえ、私はある方の言い付けで、イライザさんをご案内するよう言われたのです。ところであなたは?」
話途中で割り込むという失礼を働いたカイに、エドアルドは特に気にした様子は見せなかった。
カイは眉尻を吊り上げる。
「俺はカイ。イライザは俺の友人だ。ところで、お前が本当にギルド長だと言うなら、証明してくれ」
突然現れたエドアルドを、カイはまったく信用していなかった。
どころか、本物かと疑いをかけた。
エドアルドはクスリと笑うと、ギルドカウンターへ歩み寄り、そこから職員を連れてきた。
「私はここのギルド長です。そうですね?」
エドアルドに問い掛けられ、女性職員は「そうですが何か?」と、不思議そうに見詰めた。
カイがコクリと頷くと、エドアルドは満足気に職員をカウンターに帰らせる。
「仲間思いなんですね」
笑みを浮かべるエドアルド。
カイは照れているのか「フン」とそっぽを向いた。
(カイったら...ちょっとカッコイイ....)
その様子を見ていたメル。
惚れ直しているのは言うまでも無い。
なんとか信用を勝ち得たエドアルドは、馬車を呼んで4人を連れ出す。
石畳の大通りを、馬車の歯車がガタゴトと音を鳴らして回っていた。
「どこに行くんですか?」
行き先が気になるメル。
ドナドナされるイライザは、相変わらずレーダに引っ付いていた。
「皇帝陛下の下へお連れします」
ニッコリ笑うエドアルド。
なかなかの美形なのだが、状況が状況だけにそんな事にはかまっていられない。
イライザ達4人は顔を青ざめる。
「や、やばいんじゃねぇか?」
小声で話すカイ。
「イライザ。ホントに何したの?」
心配そうに告げるメル。
「あわわわわ....」
「ちょっと、しっかりしなさい。たぶん大丈夫よ。良くて首吊り。悪くて火炙りだから」
慌てるイライザに、止めとばかりにレーダが煽る。
馬車の中で和気藹々とする4人を見詰め、エドアルドは笑っていた。
(冒険者。やはりいいな...こう仲が良いのは)
帝都、冒険者ギルド長のエドアルドは、かつて冒険者だった。
金色の髪の、赤い瞳を宿したエルフの女性とコンビを組み、数多くの魔境.ダンジョンを駆け回った。
若くして数々の偉業を成し遂げた彼は、『蒼麗』の二つ名を得る事になる。
だが、彼が24歳。
彼女が19歳の時に、転機が訪れる。
時の皇帝アーシュラ.ル.ネージュが、彼女を剣騎へと任命したのだ。
元々高位の魔術師である彼女。
エドアルドは諸手を挙げて喜び、彼女を送り出した。
それからエドアルドは、知人の勧めもあり冒険者ギルドで働く事となる。
そして、6年の歳月を経た現在。
30歳となったエドアルドは、帝都冒険者ギルドの長として、今尚活躍していた。
「もうすぐ、着きますよ」
馬車の小窓の隙間から、外を覗いたエドアルド。
イライザは、いよいよ頭を抱えて落ち込んだ。
エルヴィント城の中を歩く5人。
「カツンカツン」と足音が響く中、イライザは処刑台に赴く罪人の様な感情だった。
(あわわわ...どうしよう....ついにここまで来ちゃったよ)
だが無情にも辿り着く。
エドアルドが扉を叩くと、「だれじゃ」と声が返ってきた。
女性の声。
どこか威厳のある口調。
「エドアルドです。彼女を連れて参りました」
ややあって、静かに扉は開かれた。
メイドが扉を支えると、おずおずと5人は中へと入る。
赤い絨毯敷きの部屋の中は、大きなテーブルと椅子。
壁には暖炉。
柔らかそうなソファの奥には、丸められた羊皮紙が積み上げられた執務机が置いてある。
そして、そこに居た。
深々と豪華な椅子に腰掛け、黄色い髪にフサフサの三角耳を生やした、皇帝アーシェラが。
「よく参ったのじゃ。待っておったぞ」
アーシェラはそう言うと、テーブルへと5人を誘った。
傍のメイドに紅茶を淹れされ、対面するように座る。
所作のひとつひとつが優雅で、見るからに高貴な者と思わせる。
「さて、イライザよ。なぜここに来るよう申し付けたのか、わかっておるな?」
ジッと見据えるアーシェラ。
イライザは大量の汗を掻いて、「アワアワ」慌てた。
「ふむ...どうやら緊張しておるようじゃの。よいよい。何も、とって喰おうというわけじゃないのじゃ。わらわはある筋からこれを入手しての。事の顛末を聞きたいだけじゃ」
アーシェラはそう告げると、1冊の本を取り出した。
それは、イライザが己の欲望に赴くまま書き記した、『黒巫女×剣聖』物の同人誌。
いったい何者が、皇帝陛下にそれを渡したのか、それはすぐにわかる事になる。
怯えたイライザだったが、本を見るや即座に行動した。
「も、申し訳ございません!それは私が書いた物です!!黒巫女様と剣聖様が、あまりにも仲が良かったもので、書かずにはいられなかったのです!!」
テーブルに頭をぶつける程の心からの謝罪。
実際にオナイユの街、冒険者ギルドで起きた出来事も記載されているのだから、あながち願望だけではない。
そこへ、勢い良く扉が開く。
「お母様!!」
突然の皇女フロリアの登場に、黙って成り行きを見守っていたエドアルドを含めたカイ達4人は、驚愕とした。
そんな中を、我が物顔でフロリアは歩く。
「イライザさん。この本....なぜ私が、カオル様の相手ではないのですか!?」
一瞬、何を言っているのかわからなかった。
(えっと....どういうこと?)
ポカンとするイライザに、アーシェラは笑った。
「すまぬな。イライザよ。そなたを呼んだのは他でもない。リアの言う通り、カオルとリアの本を書いてほしいのじゃ」
誰もが驚き、静まり返る中。
親友レーダが笑い出した。
「あはは!イライザ!!あなたに本を書いて欲しいそうよ?」
ようやく状況を理解したイライザ。
慌てて椅子から降りると、畏まる。
「わ、わかりました!!ぜひ書かせていただきます!!」
こうして、買取官のイライザに、『黒巫女×皇女』物の依頼が舞い込んだのだ。
呆気にとられる、エドアルド・カイ・メルの3人。
フロリアは嬉しそうに頬笑み、アーシェラは苦笑いを浮かべていた。
イライザとレーダをアーシェラが預かり、さっそくとばかりに執筆活動が始まった。
カイとメルは宿泊先を求めて、帝都へとやってきていた。
「まったく...なんだったんだよあれは」
呆れるカイに、メルはクスクス笑う。
「ホントね。心配して損しちゃった」
大通りを歩く2人。
2人の距離は、かなり近い。
「そ、それじゃ。カオルとエリーに挨拶でも行くか?」
少し顔を赤らめるカイ。
「挨拶に」ということは、「婚約した」と言う事だ。
「ええそうね。でもその前に、お昼でも食べない?」
メルの提案に、恥ずかしさからか「お、おう」と返事をするカイ。
お似合いの2人だろう。
帝都の南側にある商業区へ向かう2人。
『長蛇の列』とまではいかないが、中々に繁盛しているお店に入った。
広い店内。
並べられたテーブルには、食事を楽しく取っている、数多くの人々が居た。
「お、あそこ空いてるな」
運よく空いていた2人掛けのテーブルに着くと、2人仲良くメニューを覗き込む。
(ちょっとたけぇな....まぁ、たまにだしいいか)
書かれていた料理の値段を気にするカイ。
どうやらメルの分も出すつもりのようだ。
「何にする?」
「えっと....」
メルもまた、値段を気にしていた。
(高いよね...どうしよう....)
冒険者ギルドの手伝いをしている2人。
給金こそ出るが、正式なギルド職員ではないため、かなり安い。
そこへ、可愛らしくフリルたっぷりの給仕服を着た、犬耳族の店員がやってきた。
「いらっしゃいませ~♪お客さんカップルですか~?いいですね~~♪」
人懐っこく話しかける店員。
対人スキルは高そうだ。
「ああ?当たり前だろ。俺達はその....」
言いどもるカイ。
そこで気付く。
「レジーナじゃねぇか!?」
カイが名前を叫んだ事で、メルも気付いた。
「ここって、レジーナのお店だったんだ!?」
驚く2人。
レジーナもまた、旧友との再会に驚いていた。
「なんだ、カイとメルだったのね?所かまわずイチャイチャするカップルかと思ったわよ」
にやつくレジーナ。
カイとメルが婚約した事など、当然知らない。
「いや..まぁその....」
レジーナは、エリーと同じ様に、カイとメルが幼い頃から知っている友人。
気恥ずかしさからか、頬をぽりぽりと掻いた。
「なにその感じ...もしかして....メル!ついに告白したの!?」
メルがカイに好意を寄せている事を、レジーナは知っていた。
それはもう何度も何度も相談された事があるからだ。
「う、うん...実は、婚約したの」
俯いて頬を染めるメル。
やはり恥ずかしいのだろう。
「うっそ!?婚約!?恋人通り越して婚約!?よかったじゃないの!!」
我が事の様に喜ぶレジーナに、カイとメルも嬉しくなり、顔を赤らめた。
オナイユの街。
宿屋を経営する主人が、帝都に開いた食堂2号店。
そこそこ満員近くお客が入っており、3人の嬉し恥ずかし報告会は、周囲のお客が知る事にになる。
隣の席のおじさんが「おめでとう!若いのにやるな!!」と2人を祝福すると、同じ様にアチコチから「おめでとう!」と声が上がる。
恐縮する思いのカイとメル。
益々顔を赤くして、ペコペコとお辞儀をしていた。
一通り祝福されると、辺りはいつもの活気が戻る。
レジーナは「ご、ごめんね。恥ずかしかったでしょ」と謝罪をすると、2人はまんざらでもない顔をしていた。
「ああ、カイとメルが帝都に来たのってエリーに報告するため?」
「う、うん」
「ああ。そうだぜ」
肯定する2人。
レジーナはそこで「あちゃー」と顔を歪ませた。
「エリーね、今帝都にいないんだよ。なんでも、アルバシュタイン公国とババル共和国が戦争を始めて、エルヴィントの北側になんだっけ....戦線?ああ、防衛線を張るとかなんとかで、そこへ行ってるの。もちろん剣聖様とカオルも」
レジーナの説明を聞き、戦争が起きている事を初めて知ったカイとメル。
皇帝アーシェラは、帝都以外の地が混乱する事を危惧し、冒険者ギルド.商業ギルド.鍛冶ギルドなどのギルドに指示し、戦争に関するあらゆる情報を規制していた。
『エルヴィント帝国』第18代皇帝アーシュラ・ル・ネージュ。
彼女の皇帝としての才覚は言うまでもなく、貴族から下級の民まで、帝都に住まう全ての者が、彼女を慕っていた。
その結果。
帝都から半日という距離にある、オナイユの街ですら、戦争が起きている事を知らなかったのだ。
「せ、戦争してるのか!?国同士で!?」
驚愕とするカイ。
数十年ぶりの人対人の戦争。
冒険者の自分は、(もしや参加しなければいけないのか)と驚いたのだ。
そんなカイと同じ様に、メルも驚いていた。
「カイ....」
2人は、手を取り合い、震えを必死に押さえ込んだ。
そんな2人を、レジーナがひやかす。
「なぁに?2人だけの世界作っちゃって...ちなみに、もう騎士も冒険者も出発しちゃったから、あなた達の出番はないよ?」
しれっとした顔で話すレジーナ。
カイとメルが冒険者だということを知っている。
そして、あの遠征軍から2人が少し臆病になっている事も気が付いていた。
だからこそ、ちょっとだけ皮肉を込めて、そして安心させるように話したのだろう。
「ま、マジか...そうか....」
ドッと冷や汗を流すカイに、メルもまた、安堵した表情を見せる。
(よかった...)
「ふむふむ」と観察するレジーナ。
その目は、いつまでも繋ぎ合っている2人の手を見詰めていた。
やがて、「よし!」と気合を入れると、厨房に声を掛けた。
「おっちゃん!2人の婚約祝いに、何かとびっきり美味しいもの作ってよ!!」
食堂中に聞こえる声。
厨房からはドワーフの野太い声で、「おう!任せな!!」と返事が聞こえた。
レジーナは満足そうに頷き、2人に振り返る。
「ってわけだから、今日は私から2人に奢るね♪ゆっくりしていってね♪」
颯爽と踵を返すレジーナに、カイとメルは呆気にとられたま「「あ、ありがとう」」とお礼を返した。
周囲のお客達が「俺もごちそうするぜ!」と飲み物を奢られ、若い冒険者の2人を囲んでお祭り騒ぎになったのは言うまでもなく...
店内の活気が最高潮に達し、平日の昼過ぎだというのに、飲めや歌えの大宴会となる。
次々と運ばれる食事と飲み物。
厨房の影で「にしし♪これで売り上げアップ♪」とレジーナが笑っていた。
オナイユの街で、カオルを『黒髪の巫女』に祭り上げた策士。
エルヴィント帝国。
変態と策士の国。
この国は、いつまでも安泰だろう....
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