第百二十八話 前線
「おい!あんま前に出すぎるんじゃねぇぞ!!!」
アベール古戦場から北方へと進軍していた剣騎セストと剣騎レイチェル率いる、エルヴィント軍の第一.二陣。
山脈を抜けた所。
以前、剣騎の2人が迷子になった森で、待ち構えていた魔物達と交戦していた。
「まったく....数ばっかり多いわ...ねっ!!」
襲い掛かるオーガを愛用の三日月斧で切り裂きながら、レイチェルは愚痴を零した。
エルヴィント軍。
第一、第二陣は、近衛騎士.冒険者の複合部隊。
総勢3000人の精鋭が、若輩者の剣騎と共に、その力を振るっていた。
「これじゃ、いつまで経っても前に進めねぇぞ!?」
事実、セストの言う通り、エルヴィント帝国が誇る精鋭達の前には、通常考えられない程多くの魔物が行く手を遮り、交戦してから丸1日が経過していた。
(やべぇな...これじゃ、こっちがジリ貧だぜ)
負傷者を多く出している現状に、焦りの色が濃く見える。
「文句ばっか言ってないで、あんたも戦いなさいよ!!」
相棒がサボっている事に業を煮やしたレイチェル。
当のセストにそんなつもりはないのだが、イライラしていたレイチェルは、手近に居た幼馴染に八つ当たりしたのだ。
「なんだよその言い方!戦ってるっちゅうの!!」
大剣を力いっぱい握り締め、八つ当たりの八つ当たりをトロールに向けて放った。
上段から繰り出される重量武器により、身体を左右に一刀両断されるトロール。
血が盛大に吹き上がり、霧となって辺りに霧散した。
そして、赤黒く変色し、大地を黒く染め上げる。
丸一日交戦したことにより、4月という時期本来の、新緑が華やかに彩る静観な森は、不気味な色へと変わっていた。
「うっさいわねぇ!!いいからさっさと倒しなさいよ!!」
「あんだと!?戦ってるじゃねぇか!!」
「はぁ!?全然数が減ってないじゃないの!!」
「てめぇが倒せばいいだろうが!!」
「やってるわよ!!」
ついに口喧嘩へと発展した2人。
指揮官である、剣騎2人の錯乱とも言える行動に、奮戦を続けていた近衛騎士や冒険者達に戦慄が走る。
そこへ....
「お前達はバカか!!」
近衛騎士団長レオンハルトが剣騎2人を一喝した。
第三陣及び、数多くの物資を積み込んだ荷駄隊を率いていたレオンハルトは、1日遅れで剣騎達と合流したのだ。
「もういい!!お前らは下がれ!!俺様が指揮を執る!!第三陣前へ!!前線を入れ替えるぞ!!荷駄隊、補給の準備だ!!」
颯爽と現れた救世主とも言えるレオンハルト。
疲れ果てていた第一・二陣の者達は、安堵の溜息を漏らす。
副長のアルバートに、疲弊した騎士達の受け入れを頼み、レオンハルトは前線へと参戦した。
襲い掛かるオークやゴブリン達を、愛用の曲剣で次々と倒しながら、呆然としてる剣騎の2人を怒鳴りつける。
「さっさと下がって休め!!お前達は剣騎なんだぞ!!騎士や冒険者の見本にならなくちゃいけねぇんだ!!若いからってなんでも許されると思うな!!」
義兄としての言葉だろうか。
剣では既にレオンハルトを凌ぐ力を持つセストとレイチェルに、レオンハルトは心構えを必死に伝えているのだ。
茫然自失状態のセストとレイチェルだったが、レオンハルトの言葉で我を取り戻した。
「ごめん、レオン兄貴」
「レオン兄さん。ごめんなさい」
謝罪する2人。
「いいんだよ!!さっさと休んで来い!!戻ってくるまで、俺様が踏ん張っててやるからよ!!」
頬を吊り上げニカッと笑うレオンハルト。
『黒巫女様』という枷さえなければ、かなりのイケメンである。
レオンハルトが鼓舞すると、入れ替わりで戦線へと躍り出た第三陣が、獅子奮迅の活躍を見せる。
大型の魔物に、三位一体となって果敢に攻撃を加える騎士に、遠方より弓矢を使い援護する冒険者。
普段は『騎士』と『ならず者』という対極に位置している彼らだが、数十年ぶりの戦争に、その身に確かな意思を持ち、一つの塊となって『生きて』いた。
レオンハルトはそんな彼らを見やり、クスリと笑みを零すと、手にした曲剣を魔物へと突き出す。
エルヴィントの民。
彼らの国は、他国に類を見ないほど、数多くの魔境やダンジョンに囲まれている。
普段から魔物と接する機会が多い事が、彼らの力を強くしていた。
勢いづいたエルヴィント軍。
アルバシュタインの魔物達に果敢に攻め入ると、一筋の光明と言える、好機が舞い込んだ。
それは1人の老人。
打ちつけ合う鉄。
入り乱れる人と魔物。
舞い散る血潮。
そのどれもが、まるで自ら避けるように老人の前から移動する。
悠然と歩くその姿は、まるでモーゼの十戒のよう。
そして、老人が歩いた場所には、夥しい数の魔物が崩れ落ちた。
レオンハルトは刮目した。
(この光景を.....俺様は知っている)
それは幼い頃の話し。
父に連れられて帝都近くの森へ狩りに赴いたレオンハルトは、そこで幼い少年と少女を連れた1人の男性と出会う。
驚いたのは、その男性が『目にも留まらぬ速さ』で、襲い掛かる魔物達を次々に倒していたのだ。
迫り来る魔獣の牙。
男性は仁王立ちのまま、あわやという瞬間に、魔獣の身体は地面へ崩れ落ちた。
驚くレオンハルトに、父は語った。
「よく見ておきなさい。あれは、剣騎シブリアン.ル.ロワルド。徒手空拳の使い手にして、現帝国最強の剣騎と恐れられる人物だ」
誇らしげに語る父。
レオンハルトは眼前で行われた光景に、憧れを覚えた。
その後、父は親しげに剣騎シブリアンと挨拶を交わし、幼い少年と少女を紹介された。
セスト10歳。
レイチェル10歳。
レオンハルト12歳。
今から10年前の出来事だ。
(そうだ...あのじぃさんは....元剣騎のシブリアン.ル.ロワルドだ!!!)
目を見開くレオンハルト。
士気が最大限に高まっていたエルヴィント軍は、シブリアンの登場により、完全に優勢となっていた。
やがて....訪れる静寂。
あれだけ居た魔物達も、1人の老人と奮起する騎士.冒険者の手によって、殲滅という結果に終わっていた。
倒された魔物達の処理を部下へと任せ、レオンハルトはシブリアンへと近づく。
飄々としたシブリアンは、白髭を撫でながら、満足そうに頷いていた。
「剣騎シブリアン殿。ご助力感謝します」
レオンハルトが感謝を告げると、シブリアンは振り返る。
「な~に、バカガキ共の様子を見に来たまでじゃ。ついでに、飯をたかろうと思ってな」
わざとらしく「ふぉっふぉっふぉ」と笑い出すシブリアンに、レオンハルトも笑みを見せる。
「ご冗談を。心配で来たのでしょう?あなたは昔からそうだ。まるで、あの2人を我が子の様に可愛がっておられる」
シブリアンには子供がいない。
貴族として生まれた彼には、最愛とも言える妻が居る。
だが、不幸な事に子供に恵まれなかった。
そこでシブリアンは、諸国漫遊と称して、自身の技を受け継ぐ者を探した。
そして見付けたのが、セストとレイチェルである。
2人には、才能があった。
古びた田舎で、燻らせるには勿体無い程の才能が。
シブリアンは剣騎の名を使い2人を両親から引き取ると、次代を担う剣騎と成るべく英才教育とも言える訓練を施したのだ。
その結果、若くしてセストとレイチェルは剣騎となった。
まだまだ成長途中ではあるが、戦闘の実力だけはたいしたものだ。
ニヤリと白い歯を見せるシブリアン。
「何の事だかわからんのぉ」と惚けると、話題を変えた。
「ところで、カオルちゃんはどこじゃ?姿が見えんが....」
『カオルちゃん』という言葉に、レオンハルトが気付く。
「一昨日、アベール古戦場に居たのはあんたか!!『黒巫女様』をつけ回して何の用だ!!」
突然起こり出すレオンハルトに、シブリアンは何か自分と同じ物を感じた。
(もしやこやつ....カオルちゃんの事を.....)
ジッと瞳を見やるシブリアン。
レオンハルトもシブリアンの想いに気が付き、負けじと応戦した。
熾烈な戦いが火蓋を切る。
魔物の死骸を騎士や冒険者達がいそいそと処理する中、元剣騎と近衛団長は目で戦っていた。
しびれを切らし、先に口を開いたのはシブリアン。
「カオルちゃんは、ワシが先に見付けたのじゃ」
それは、カオルが初めてエルヴィント帝国にやってきた時の話し。
皇帝アーシェラに謁見し、その場には元剣騎シブリアンも列席していた。
「へぇ...どこで会ったって言うんだ?」
「フン!帝都で陛下に拝謁した時じゃ!!」
だが、レオンハルトがカオルと出会ったのはもっと前。
オナイユの街で聖騎士団と共に近衛騎士団が遠征軍を結成した際、レオンハルトはそこでカオルと出会っていた。
剣聖ヴァルカンが挨拶し、その後ろからおずおずと姿を見せるカオル。
艶やかな長い黒髪、黒水晶のように透き通った無垢な瞳。
超絶美少女(レオンハルト談)と、レオンハルトは出会った。
「あまいな...俺様は、もっと前....遠征軍で黒巫女様と共に戦っている」
勝ち誇るレオンハルト。
年甲斐もなく「ぐぬぬ」と悔しがるシブリアン。
そこへ、仕事を終えたアルバートがやってきた。
「おう、レオン。こっちは終わったぞって、何やってんだ?」
不思議そうに対峙する2人を見ると、シブリアンに驚く。
「うぉ!?元剣騎殿じゃないですか。セストとレイチェルなら、向こうで休んでますよ?」
荷駄隊の一部を指差すアルバート。
だが、シブリアンは見向きもせずにレオンハルトと睨み合う。
「なぁ...レオン。どうしたんだ?」
小声でレオンハルトに訪ねると、ボソボソと状況を伝えた。
「なるほど...それなら簡単じゃねぇか。こう言えばいい。『奥さんに話しますよ』」
「ビシッ」と、音がした。
シブリアンを取り囲む、空間が割れる音が。
次の瞬間、シブリアンはうろたえる。
「ひ、卑怯じゃぞ!!それでも騎士か!!」
だが、アルバートから伝えられた『伝家の宝刀』は、今のレオンハルトにとって最高の武器だ。
「ほほう....奥さんにばらしても良い。ということですね?」
いやらしそうに笑みを浮かべるレオンハルト。
シブリアンは「おぼえてろぉぉぉぉ!!」と叫びながら、荷駄隊へと向かって走った。
「...元気なじぃさんだな」
「まったくだ。あれで70近いとか、バケモンだぜ」
小さくなるシブリアンを見ながら、レオンハルトとアルバートは溜息を吐いた。
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