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間話 緊急退避グローリエル


 アベール古戦場を離れ、帝都へと帰還したエルヴィント帝国皇帝アーシェラと剣騎グローリエル。

 娘である、皇女フロリアが執拗にカオルの事を聞いて来るので、少し疲れていた。


「お母様!それでそれで!カオル様はたった6人で、1000のババル軍を打ち破ったのは本当なのですか!?」


 興奮し続けるフロリア。

 アーシェラはいよいよ頭を抱えた。


「本当ですよ。そうでしょう?グローリエル」


 これ以上構っていられないと、グローリエルに話しを投げる。

 公務中ではない為か、母親としての口調だ。

 アーシェラの私室で寛いでいた3人。

 完全に『残念美人』モードだったグローリエルは、マフィンを頬張っていた。


「....モグモグ...ゴクン。ん?陛下。何の話ですか?」


 話しすら聞いていなかった。

 アーシェラは頭痛を覚え、話題を変える事にした。


「ところで、グローリエル。貴女が着ているその毛皮のコート。とっても良い品ね。どこで買ったの?」


 室内だというのに、コートすら脱がないグローリエル。

 よほどお気に入りなのだろうか。


「ああ、これはカオルがくれたんだよ」


 その時、確かに部屋にビキリとひびが入った音がした。

 興奮していたフロリアは一瞬の内に熱が冷め、あたかも雪女の様に姿を変えた。

 引き攣った顔で固まるアーシェラ。

 なんとか話しを濁そうと企んだのが裏目に出てしまった。


「そ、そうなのね...それにしも良い毛皮だわ。何の獣かしらね?」


 どうやら、この空気を一掃することを諦め、毛皮の話しを続けるようだ。

 貴族、と一括(ひとくく)りには出来ないが、高貴な女性は毛皮を好む。

 その習性とも言える習慣に、一条(ひとすじ)の光を求めた。


「さぁ?高い物なのは確かだろうけど...あたいにもわかんない」


 先ほどからタメ口とも取れるグローリエルの物言いだが、公務中以外のグローリエルは、アーシェラと話す時はこんな感じ。

 実は、エルヴィント帝国には『御五家(ごごけ)』という物がある。

 帝国を建国した際に、有力者となった5種族が、その『御五家(ごごけ)』なのだが、その内訳は『狐耳族.人間族(ヒューム).ドワーフ族.ホビット族.エルフ族』だ。

 今は狐耳族のアーシュラ.ル.ネージュが皇帝を勤めているが、もしかしたら、帝国貴族フェルト家の長女グローリエル.ラ.フェルトがエルフ族の長として、皇帝の座に着いていたかもしれない。

 年齢こそ離れているが、幼い頃より親しくしていた2人。

 今は皇帝.剣騎の立場だが、公務以外では昔同様とても仲が良かった。

 アーシェラは「う~む」と呻ると、執務机から(ベル)を取り出し「チリン」と鳴らした。

 すると、隣の部屋からメイドが現れる。


「アゥストリを呼んでくれぬか」


 皇帝に戻ったアーシェラ。

 メイドはお辞儀をするとその場を立ち去った。

 しばらくして、扉をノックして宮廷魔術師筆頭のアゥストリがやってくる。


「お呼びですか?陛下」


 心許無い髪を揺らして膝を突く。

 彼の髪が薄い理由はなんなのだろうか?


「そう(かしこ)まらなくてもよい。アゥストリよ。この毛皮が何の獣なのか、わかるか?」


 そう言うと、グローリエルは立ち上がり、アゥストリの傍へ寄った。

 おずおずと伸ばされるアゥストリの手。

 裏地までしっかり調べると、驚愕の表情を浮かべた。


「これは....魔界の番犬ケルベロスの物!?いや....ケルベロスは灰色というし....ということは、オルトロス!?こんな魔獣をいったいどこで!?」


 慌てて、捲くし立てるようなアゥストリ。

 冷ややかに嫉妬の刃を向けていたフロリアも驚いていた。


「グローリエルよ。それは、カオルがくれたと申していたの。どういう経緯(いきさつ)で手に入れた物か、聞いておらぬか?」


「いや、カオルが前に倒した魔獣から作ったとしか聞いていませんが....」


 訪れる静寂。

 あまりにも荒唐(こうとう)無稽(むけい)な話しに、何と言っていいかわからなかった。

 やがて、アーシェラが笑い出した。


「ハハハハ!!カオルがオルトロスを倒したというのじゃな!!これは可笑しいの!!」


 驚く3人。

 だが、釣られるように笑みを浮かべた。


「そうですな!さすがカオル殿です!!まさか伝説とも呼べる魔獣を倒すとは!!!」


「ええ、カオル様はとても素敵な方ですから♪」


「いや~....まさかこの毛皮がそんなもんだったなんて....」


 嬉しそうに毛皮のコートを摘みあげるグローリエル。

 不意に笑い声が止んだ。

 物欲しそうに見詰める2人。

 グローリエルは「やばい!」と確信すると、慌てて後ずさった。

 

「グローリエルよ。素敵なコートじゃな...どうじゃ?わらわに譲るつもりは無いかの?」


 案の定、アーシェラは寄越せと言ってきた。

 尖った狐耳がピョコピョコ動いているところからも、興味津々なのはわかりやすい。


「へ、陛下。これはカオルからの贈り物ですから...差し上げるわけには....」


 1歩。1歩と、後ずさるグローリエル。

 そんな彼女に、フロリアの目が怪しく光る。


「剣騎グローリエル。カオル様からの贈り物ならば、なおさら、皇女である私に相応しいと思いませんか?」


 にじり寄るフロリア。

 完全に獲物を見付けた狐の瞳をしていた。


(狐耳族....獲物を前にするとこんな顔になるのか.....)


 努めて冷静に判断をするグローリエル。

 それは、冒険者として長年勤めてきたからこそ、出来るものだろうか。

  扉から、逃げられないようにと立ちはだかるのはアゥストリ。

 皇帝・皇女のただならぬ雰囲気に圧倒されていた。

 

 いよいよ追い詰められたグローリエルは、窓を勢いよく全開にすると、風を纏って飛び出した。


「あ、ずるいです!!!」


「逃げるとは卑怯じゃぞ!!!」


 慌てて追い掛ける2人だが、魔術師でもない2人には空を飛ぶ事は出来ない。

 残されたアゥストリは、(このままでは無理難題言われかねん!!)と慌てて扉から逃げ出した。

 彼がハゲた原因は、この親子のせいかもしれない....

 夥しい、罵詈雑言(ばりぞうごん)が窓から外へ向けられる中、グローリエルは空を舞った。


(しばらく城へは近づかないようにしよう....)


 そう堅く胸に誓うのだった。


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