第百二十七話 女王ディアーヌの加入
「おはよう、ディアーヌ。もうすぐ朝ごはんできるから、先に顔を洗っておいで」
すっかり馴染んだディアーヌにカオルはそう告げると、焚き木の前で川魚を焼いていた。
これは、今朝近くの小川でカオルとエルミアが取って来た物だ。
クルクルと焼き魚を回すと、香ばしい匂いが辺りに充満する。
朝から食欲を誘う香りに、朝支度を終えた者達が「はやくはやく」と目で急かす。
(まったく...みんな魚好きなんだね)
クスリと笑うカオル。
エルミアに手伝いをお願いし、焼きあがった魚をテーブルへと運んだ。
焼き魚を始めとして、並べられる料理の数々。
コーンスープにトマトのサラダ。
カオル考案の鶏もも肉の蒸し焼きは、限界まで油を落とした自慢の一品だ。
「それではいただきましょうか♪」
カオルの食事の挨拶と共に朝食が始まる。
気が付けば、食事の前には必ずカオルが挨拶をしていた。
ヴァルカンは、我先にと焼き魚を掴み取ると、ガブリと齧り付く。
口内に広がる魚の旨味。
あまりの美味しさに、ヴァルカンは(頬が落ちるんじゃないか)と思うほどだった。
和気藹々と進む朝食。
不意にディアーヌの手が止まった。
「どうしたの?」
傍にいたカオルが気付いて声をかける。
ディアーヌは少し俯き、ボソリと呟く。
「こんな...大人数で食事したの....久しぶりすぎて....」
そう言うと、瞳を潤ませる。
夕べは、あまりにも突然の出来事で、緊張と、それに警戒していたのだろう。
ダークエルフとして生を受け、両親の死後はたった一人で生きてきたディアーヌ。
食事や衣類などは、アルバシュタイン城から時々運ばれて来ていたが、それ以外に人と会うことなど無かった。
寂しそうなディアーヌに、カオルは努めて笑顔を作る。
「ボクも、ずっと孤独だったんだ。でも、師匠と、カルアと、エリーと、エルミア。それにルチアとルーチェ。ここに居る、みんなと出会えて、孤独じゃなく無くなったんだよ。....ディアーヌ。君は今、孤独じゃないよ」
カオルはディアーヌの手を握る。
不意に訪れた温もりに、ディアーヌが顔を上げると、カオルは再び笑顔を作った。
「食事は楽しく食べなきゃ。そうだよね?」
家族に、ルチアとルーチェに同意を求めると、「そうだ」と言わんばかりに頷く。
カオルも同じ様に頷き、「だから、元気を出して。ディアーヌは今、孤独じゃないでしょ?」
諭すような、勇気付けるようなその言葉に、涙を一筋流しながら、ディアーヌは頷き、そして笑った。
「それと、早く食べないと、師匠に魚取られちゃうよ?」
わざとらしくそう言うと、ヴァルカンも意を汲み取り、2匹目の魚に手を伸ばす。
ディアーヌは慌てて魚を確保すると、泣きながらそれを口にした。
どんな味がしたのだろうか。
焦げた魚の味か。
はたまた美味しい旨味か。
それとも....悲しみが喜びに変わった、言い得も知れぬ不思議な味だったのだろうか。
ディアーヌが食事を再開したことにより、ヴァルカン達も食事を始めた。
ものすごい速さで目減りした魚は、ヴァルカンと、こっそり食べていた猫耳族のエリーのせい。
(やっぱり猫だけに、魚が好物だったのかな?)
しっかり観察していたカオル。
無くなってしまった魚に肩を落とすヴァルカンに、こっそり自分の魚を渡していた。
(カオルきゅんの齧った歯型が!!ウヘ...ウヘヘ....)
さすがは『残念美人』。
その地位は揺るがない。
朝食が終わり、後片付けをする一同。
ディアーヌもしっかり手伝っていた。
「さて、ディアーヌ女王。あえて女王と呼ばせてもらう。その理由はわかるな?」
食後の一休みと称して紅茶を飲んでいた時に、ヴァルカンは昨夜の件を話し出した。
ただならぬ気配に姿勢を正すディアーヌ。
祖国の現状を知り得た今は、この先の事を考えていた。
「はい。兄の件ですね?それと...この国の」
ヴァルカンはコクンと頷くと、「ディアーヌ女王はどうしたい?」と聞き出した。
目を閉じて、悩むそぶりを見せるディアーヌ。
次の瞬間、スッと目を開いた。
「私を連れて行って下さい。本当に兄が死んでいるのか、私は確かめなければなりません。国の事はそれから考えます」
問題を先延ばしにしたような物言い。
だが、ディアーヌにそんなつもりは無い事など、カオル達にはわかっていた。
たった一晩。
されと一晩。
ディアーヌと接してきたカオル達は、彼女の人となりを理解していた。
ヴァルカンは力強く頷き、全員に同意を求める。
カルアも、エリーも、エルミアも、そしてルチアとルーチェも同じ様に頷くと、最後にカオルを見詰めた。
ヴァルカンを見上げるカオル。
「もちろんです」と言わんばかりに微笑むと、ヴァルカンは満足そうに笑った。
「というわけだ。ディアーヌ。短い旅になると思うが、よろしくな」
差し出されるヴァルカンの右手。
ディアーヌはそれを握ると、「こちらこそ.....よろしくお願いします」と返した。
こうして、『アルバシュタイン公国』女王ディアーヌ.ド.ファムを含めた総勢8人は、アルバシュタイン城へと向かう事となったのだ。
「ディアーヌ。荷物はそれだけでいいの?」
古城の隠し部屋へとやってきたカオルとディアーヌ。
アルバシュタイン城へ向けて旅をするために、荷物の整理をしていた。
「ええ、これだけでいいわ」
ディアーヌはそう告げると、自前のアイテム箱を取り出した。
突然目の前に現れるアイテム箱に、カオルは少し驚き、「ディアーヌは魔術師だったんだね」と問い掛ける。
ディアーヌは自慢気に笑うと「そうよ!私は水魔法を得意とする魔術師よ!」と胸を張った。
絶壁のエリーと比べれば、豊満ともとれる中々の大きさ。
だが、家族の中にカルアという『たわわに実った胸』の持ち主がいるカオルには、それほど大きく感じなかった。
「すごいね~」
お世辞のようなカオルの言葉。
ディアーヌは若干の苛立ちを見せつつも、カオルの家族の姿を思い浮かべた。
(むむむ....そういえば、カオルの家族はものすごい美形だったわね....むぅ)
褐色の肌にコンプレックスを抱くディアーヌ。
(勝ち目が無いな)と思いつつも、先日から優しく接してくれるカオルに、少なからず好意を抱いていた。
(でも、同性同士で、その...色恋とか....やっぱり建設的じゃないわよね....でもでも!この先私が恋愛する機会なんて、あるかどうかもわからないし....)
チラリとカオルを見やると、カオルは積み上げられた本を手に取り、物色していた。
項を捲るごとに揺れる黒髪。
黒水晶の瞳が忙しなく動き、真剣さが見て取れる。
(カオル...カッコイイって思ってたけど、こうしてみると可愛くて美人よね....)
見惚れるディアーヌ。
そこで不意に、昨夜の出来事を思い出した。
それは、カオルが差し出した木のスプーン。
「毒味はしました。美味しいですよ?ぜひ食べて見て下さい♪」
顔を綻ばせて笑っていたが、あのスプーンはカオルが先に口をつけており、間接キスだったのではないだろうか....と。
一度意識してしまうと、気になって仕方がないのが乙女心だろうか。
カオルの口元に目が向いてしまい、ディアーヌは目が離せなくなってしまう。
(柔らかそう....)
もちろん、鈍感カオルには、ディアーヌがそんな事を考えている事に、まったく気が付かない。
驚くべきスピードで本を1冊読み終えると、ディアーヌに向き直った。
「おもしろい本だね♪とっても楽しかった♪」
ニッコリ笑うカオル。
ディアーヌは、見惚れていた事に気付き、顔を赤くしながら誤魔化すように、アイテム箱へ荷物を仕舞い出した。
(私ったら、なんて事考えてるのよ!!)
自分を戒めるかのようにブツブツと呟き、そそくさと荷物を片付ける。
「ディアーヌ?本は置いていっちゃうの?」
そんなディアーヌに、カオルが質問を投げると、目も合わせずに「ええ、もう全部読んじゃったから」と返答をした。
「そうなんだ....」
膨大な量の本を見回すカオル。
やがて「貰ってもいい?」とディアーヌに聞いた。
頭の中に全ての内容が入っているのか、あまり固執する事なく「どうぞ」と返すディアーヌ。
「やった♪ありがとう♪」
無邪気に笑うカオルは、自分のアイテム箱を取り出すと、まるで詰め物でもするかのように、次々に本を仕舞う。
天高く積まれ、膨大な量を有していた蔵書が、あっという間に無くなった。
露にされる隠し部屋の全容。
壁中ぎっしりと本棚に囲まれ、ベットと木製のロッキングチェア、サイドチェストにテーブルが設置されていた。
隣へと続く狭い扉の奥はシャワーとトイレだろうか。
(意外に広かったのね....)
部屋の主が、そんな感想を思い浮かべるほど、なかなかに快適な空間だった。
しかし、驚くところはそれだけではない。
あれだけの量の蔵書を、意図も容易く仕舞える、アイテム箱の存在だ。
ディアーヌが驚いていると、カオルはアイテム箱を大事そうに抱え「家族から貰った大切な物なんだ♪」とはにかんで見せた。
(また『家族』....カオルの『家族』って何者なの?)
悔しそうに口を尖らせるディアーヌだが、子供らしいカオルの前で、考える事を止めた。
ディアーヌと共に、ヴァルカン達が待つ古城の中庭へと向かうカオル。
途中、古城正面の階段で、前大公エルム・ド・ファムとその家族の肖像画を2人で眺め、幾ばくかの時間を過ごした。
「持って行く?」とカオルが気を利かせると「この絵は、ここにあるから価値があるの。だから、置いて行くわ」ともの悲しげに語る。
別れを惜しむように、1歩。また1歩と歩み始める。
時折振り返り、遠ざかる絵に手を振り、2人はその場を後にした。
(あの絵は、家族と過ごした、大切な時間を切り取った物なんだろうな)
隣を歩くディアーヌに、カオルは言葉を掛けなかった。
自分自身も両親と死別しており、少しだけだがディアーヌの気持ちがわかる。
ヴァルカン達の下へ戻ったカオルは、家族にいっぱい甘えた。
それは、12歳の子供にとって、至極当然の行為なのだろう。
やたらと抱き付きたがるカオル。
家族達も、どこか気落ちしたカオルの姿を感じ取り、何も言う事は無かった。
『残念美人』を除いて.....
(ムッハァー!カオルきゅんの匂いだ!!クンカクンカ♪)
(カオル様の身体、とっても柔らかいです....黒髪も素敵です....ハムハム)
さすが片足を『残念美人』に突っ込んだエルミア。
このままいけば、完全体に成る日も近いだろう。
撤収も完了し、8人となったパーティは歩き出す。
吸血鬼が待つ、アルバシュタイン城へと向けて。
ご意見・ご感想をいただけると嬉しいです。




