第百二十六話 明るい月
泣き疲れた女王ディアーヌが寝てしまい、「仕方ないな」とヴァルカンが抱き上げて、天蓋の中へ運んだ。
革の敷物に横たわせ、カオルが毛布を掛けてあげた。
「ずっと....寂しかったのかもしれませんね」
カオルがそう呟くと、ヴァルカンは肯定した。
「そうだな。カオルには私が居るが、ディアーヌには居なかったのかもしれないな」
そっとカオルの手を握ると、嬉しそうに笑みを零す。
見詰め合う2人。
2人の胸は高鳴る。
ヴァルカンが膝を折り、カオルの顔が間近に接近する。
2人の口が、あと5cmと近づいた時に、「ごほん!」と誰かが咳払いした。
慌てて離れる2人。
恐る恐る振り返ると、6つの眼光が妖しく光っていた。
それは、カルア・エリー・エルミアの瞳。
あきらかに怒りの意思が篭った瞳に、ヴァルカンは一瞬たじろぐ。
「ま、待て!今のは未遂だっただろう!?そ、それにカオルも嫌がってはいなかった!!」
言い訳を始めたヴァルカンに、カオルは可笑しくて笑った。
そして詰め寄る3人に、いよいよヴァルカンの逃げ道は塞がれる。
(や、やばいな....)
ただならぬ3人の雰囲気に、ヴァルカンは怯えた。
そこへカオルが助けに入る。
「3人共。ディアーヌが寝てるから、外へ行こう?」
空気を変える様にそう告げると、3人を外へ連れ出す。
ヴァルカンだけにウィンクをひとつして、カオルは颯爽と去って行った。
九死に一生を得たヴァルカン。
膝が笑い、その場にカクンと崩れ落ちると、天蓋の入り口を見詰める。
(カオルきゅん....)
すっかり王子様の様に成長したカオルに、惚れ直したのは言うまでも無い。
天蓋の外では、蒼犬のルチアとルーチェが護衛する中、カオル達は紅茶を飲んでいた。
時折、梟だろうか?
「ホーホー」と何かが鳴く声が聞こえる。
篝火が、「パチパチ」と火花を散らす。
「さて、ディアーヌのことだが...」
ヴァルカンが重々しく口を開くと、カオルは、啜っていたカップをソーサーへと置いた。
『アルバシュタイン公国』女王ディアーヌ・ド・ファム。
後ろに聳える古城の、元主にして、前大公エルム・ド・ファムの娘だ。
カオル達は、早急に結論を出さなければならない。
ディアーヌをどうするのか、ということを。
現状を説明するヴァルカンに、カルアが答える。
「それは...連れて行くのかどうか。という話しかしら?」
「そうだ。このまま、ここへ置いて行くのは忍びない。できれば、彼女には大公としてこの国を導いてほしいからな」
ヴァルカンが発した言葉に、家族達は驚いた。
だが、剣聖としてのヴァルカンは、当然の事の様に話した。
「現大公ダニオ.ド.ファムの生死は不明なんだ。いや、相手が吸血鬼なのだ。おそらく魔物へと姿を変えているだろう。それならば、王族であるディアーヌが大公となるのが筋ではないか?」
確かに、ヴァルカンの言葉はその通りなのだろう。
導く者が居なければ、国は途絶える。
故国『マーショヴァル王国』と同じ様に、『アルバシュタイン公国』も荒れ果てた大地へと姿を変える事になる。
「ですが...彼女はダークエルフです。民達が納得...いえ、従うとは思えませんが?」
エルフの王族であるエルミア。
彼女も、王族の何たるかは知っている。
「それでも、やるしかないのが現状だ。それとも、魔族を倒してそれで終いにするか?魔物が蔓延る地になるか、又はババル共和国辺りに侵略されるぞ?」
ヴァルカンの言葉は正論だ。
だが、家族に対して言っているのではなく、どこか自分に向けて話している印象を受ける。
カオルは如実にそれを感じ取っていた。
(師匠...ディアーヌに会ってから、ずっとイライラしてる....)
家族の中で、誰よりもカオルに接してきた時間が長いヴァルカン。
カオルも同じ様に長いのだから、ヴァルカンの異変はすぐにわかる。
誰もが口を閉ざす中、エリーがボソっと呟く。
「私は、難しい事はよくわかんないけど。結局はディアーヌ次第なんじゃない?国を継ぐにしろ、放棄するにしろ、女王のディアーヌが決めなきゃ。それに、まだ私達は吸血鬼を倒してすらいないんだし」
縛られるものが無い。
王女でも、剣聖でも、神の徒でもないエリーだからこそ、この場で発言できたのだろう。
カオルは笑みを浮かべて、「エリーの言う通りだね」と、同意した。
他でもないカオルの協賛を得て、エリーも満足そうに頷く。
「わかった。では、この話しは、吸血鬼を倒すまで置いておこう。着いて来るかどうかは、ディアーヌが目を覚まし次第、聞く事にしよう」
ヴァルカンがそう告げると、家族達は一斉に頷いた。
その様子を、ルチアとルーチェが遠くから、ハラハラしながら見詰めていた。
交代で見張りをする事になり、カオルとエリーを残して、皆が天蓋へと入って行った。
雲ひとつない空に、月がのんびり浮かんでいる。
そんな中、焚き火の前に座るカオルとエリー。
エリーがポツリと言葉を零した。
「.....ねぇカオル。なんでカオルはそんなに強いの?」
それは弱音だったのだろうか?
劣等感を抱えるエリーが、自身が目指す頂に居るカオルへの質問だった。
カオルはエリーに目を向けると、首を横へ振った。
「ボクは強くないよ。みんながいないと何も出来ない、臆病者だから」
カオルもまた、弱音を吐いた。
両親の死後、ずっと1人で暮らして来たカオル。
『濁った目』に怯え、今でもあの目に出会うと、全身を震えが襲う。
だが、この世界へ来て、風竜に、ヴァルカンに、家族に出会ったからこそ、ここまで強くいられたのだ。
エリーはカオルの黒い瞳を見詰めると、「ふぅ」と溜息を吐いた。
「そっか....でも、私は強くなりたい。カオルを、みんなを守れるくらい、強くなりたい....」
自分の膝に顔を隠し、カオルに見られないようにするエリー。
悔しさからか、悲しさからか、泣き顔をカオルに見られまいとするその姿に、カオルは気付いた。
(エリー....)
カオルはそっとエリーに近づくと、寄り添うように腰を落とした。
「それじゃぁ....一緒に強くなろう。家族なんだから、助け合わなくちゃね」
カオルの優しさを間近に感じ、エリーは益々顔を上げられない。
そんなエリーを見透かすように、カオルは言葉を紡ぐ。
「それにね?ボクがエリーに防具を作る理由も同じなんだ。ボクがエリーの防具を作る時に、『エリーを守ってね』って、お願いするんだ。大切な『家族』...だからね」
恥ずかしそうに笑うカオル。
エリーは膝で隠れながらも、しっかりとその笑顔を見ていた。
(ずるいよカオル。そんな笑顔されたら、何も言えないじゃない)
焚き火の明かりに照らし出される2人を、天蓋の隙間から覗いている人物が居た。
「ぐぬぬ....ちょっと近すぎじゃないか?あの2人」
「あらあら♪エリーちゃんったら、中々策士さんね♪」
「私もカオル様に寄り添っていただきたいです...」
「いいなぁ....」
「ルーチェ。いい加減同性での恋愛は止めた方がいいんじゃないか?」
「兄様こそ、横恋慕しないでください!」
「なんだその横恋慕とは!カオル様には恋人が居ないはずだぞ!?」
「ルチア....カオルは私の家族だ。大概にしておけよ」
「いいえ、剣聖様。恋愛だけはお譲り出来ません。だいたい、家族こそ恋愛なんてありえないじゃないですか!」
「よし!いい度胸だ!!表へ出ろ!!」
「わかりました。蒼犬の名に恥じない戦いを見せましょう!!」
「あらあら♪」
「兄様!!冷静になってください!!剣聖様に勝てるはずありません!!」
「いいんだルーチェ。男には、やらなければならない時があるんだ!!」
「よく言った!!ひさびさに本気を出してやろう!!」
ヒートアップする2人を、ルーチェが必死に止め、カルアは「あらあら♪」とのんびり構えていた。
我関せずなエルミアは、カオルの肩に頭を乗せたエリーの姿を目に焼き付ける。
(エリー.....後でオシオキ決定です)
天蓋の中がいよいよ騒がしくなる中、ディアーヌは鼾を掻いて眠っていた。
さすがは女王。
中々に大物である。
「師匠達、寝ないのかな?」
「どうせ、いつもの喧嘩でしょ」
完全に気付いている2人。
カオルが苦笑いを浮かべ、エリーは呆れて目も向けない。
月の明かりが、やけに眩しい夜だった。
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