第百二十五話 哀れイライザ帝都に散る?
「イライザ。帝都から召喚状が来ているぞ」
オナイユの街にある冒険者ギルドの中。
魔物専用買い取り窓口の受付で、ヤームに声を掛けられたイライザは振り返った。
「ヤームさん。召喚状ってなんですか?」
不思議そうに首を捻るイライザに、ヤームは丸められた羊皮紙でポンと頭を叩く。
「召喚状は召喚状だ。お前に来いって言ってるんだ。詳しくは中を読め」
ヤームはそう言うと羊皮紙を手渡し、自分のデスクへと戻った。
デスクには、羊皮紙の束が天高く積み上げられており、ヤームはそれを忙しそうに処理し始めた。
(召喚状って誰からだろう....)
イライザは渡された羊皮紙をクルクルと開くと、おずおずと中を確認する。
『冒険者ギルド、オナイユ支部の買取官イライザ。左記の者は直ちに帝都冒険者ギルドへ出頭する事。第18代エルヴィント帝国皇帝アーシュラ.ル.ネージュ』
イライザは凍り付いた。
なぜならば、召喚者名がエルヴィント帝国の皇帝陛下だったからだ。
(ど、どうしよう....)
青ざめるイライザに、同僚で親友のレーダが、猫耳を可愛く動かしながら近づいた。
「どうしたの?イライザ。そんな不幸そうな顔して」
事態を知らないレーダは、さも可笑しそうに笑いながら、イライザの頬を突く。
身動きひとつ出来ないイライザ。
調子に乗ったレーダは、身長の低いホビットの頭を、グシャグシャと撫でまわした。
乱れる髪に、ようやく意識を取り戻したイライザが吠える。
「うがーー!!何するのよ!!レーダ!!」
興奮して、フシューフシューと呼吸をするイライザ。
乱れた髪が逆立ち、あたかもライオンの様になっていた。
「アハハハ!!やーっと気付いた♪」
親友の可笑しな姿に一頻り笑い、「ごめんごめん」と手櫛で髪を整えると、イライザは泣きそうな顔をしていた。
「ちょっと...そんな悲しい顔しないでよ....ホントごめんってば」
両手を合わせて謝るレーダ。
だが、イライザが泣きそうになっているのは、そんな理由ではない。
「レーダ....どうしよう.....私、皇帝陛下から召喚状が送られて来ちゃった」
とうとう泣き出したイライザに、レーダは驚き目を丸くする。
ひったくるようにイライザから羊皮紙を取り上げると、急いでそれに目を通した。
やがて読み終えると、おでこに手を当て気まずそうにする。
「...あちゃー。アンタ、何かやらかしたんじゃない?」
レーダの不審そうな物言いに、イライザはある事に思い当たる。
それは、以前行った即売会(戦場)での出来事。
いつもの様に参加したイライザは、この日最高の武器(同人誌)を携えていた。
巷を騒がす有名人。
黒髪の巫女と、剣聖ヴァルカンのイチャイチャを描いた『黒巫女×剣聖』本だ。
「布教しなければ」と、この日イライザが用意したのは100冊の本。
人生最大の冒険は、即完売という栄誉の元に、幕を閉じた。
だが、話はそこで終わらない。
帝都の商業ギルドに勤める女性が「もっと沢山書いて欲しい」と依頼してきたのだ。
突然舞い込んだ機会に、イライザは飛び付いた。
眼前で行われた『黒巫女×剣聖』の行為を、信者は全ての同士(百合っ子)に伝えなければいけない。
たとえ殉教者となろうとも....
そこで、イライザは、新たに作品を作る。
何冊も何冊も作り上げ、『黒巫女×剣聖』本はついに4冊の連載物となったのだ。
イライザの書き上げた本は、帝都で飛ぶように売れた。
先日とある筋から手渡された原稿料は、買取官として働くイライザの給料の、軽く5倍はあったほど。
「にしし」と頬を緩め、レーダと共に露店を巡り歩いたのは、言うまでも無い。
「....たぶん、同人誌の件だと思う」
顔面蒼白としたイライザに、秘密を知るレーダも顔を青くする。
「「どうしよう」」と2人が悩む中、ギルドの手伝いに来ていたメルが話しかけた。
「どうしたの?2人共。具合悪そうだけど薬でも飲む?」
心配するメルに、涙を浮かべた2人は縋り付く。
「うわぁぁん!!メルちゃん助けてぇぇぇぇ...」
「メル。どうしよう....イライザが...イライザがぁ....」
何も知らないメル。
縋り付く2人に苦笑いを浮かべつつ、頭を優しく撫でた。
「よしよし...なんだかよくわからないけど、いつまでも泣いてちゃだめだよ」
なだめるメル。
2人の泣き声がひときわ大きくなった時、資料室の奥からカイが現れた。
カイは幼馴染のメルに縋り付く2人を見やると、大急ぎで走り出した。
「くぉぉらぁぁぁ!!俺のメルに何してんだぁぁぁ!!」
脱兎のごとくスピードを乗せて、カイはそのままイライザとレーダに突撃した。
吹き飛ぶ2人。
「ぷげっ」「うひゃっ」と悲鳴をあげて、縺れ合うように飛んで行った。
実は、カイとメルは先日婚約したばかり。
ギルド内で働く者は、その事を知っている。
肩で息するカイに、「俺のメル」と言われた当のメルは、恥ずかしそうに頬を染めていた。
イライザとレーダは、「「ぐぬぬ」」と立ち上がる。
忌々しげにカイを見詰める。
「ちょっと!!何するのよ!!」
吠えるレーダに、カイはメルを庇うように前へ歩み出ると、両手を開いた。
「メルに触るな!メルに触っていいのは俺だけだ!!」
まるで姫を守る勇者の様なカイの姿。
庇われたメルはさらに頬を赤く染め、モジモジとし始めた。
そこへ....
「ぽかり」と音が鳴り響く。
「お前達は毎度毎度.....静かに出来ないのかぁぁぁぁあああ!!!!」
黙々と業務をこなしていたヤームが怒り、カイの頭を叩いたのだ。
痛みから頭を押さえるカイ。
ヤームはイライザとレーダに向かって行くと、同じ様に頭を叩いた。
蹲る2人を見下ろし、「次は無いからな...」と言い捨て、自分のデスクへと帰って行く。
オロオロするメルを、他の職員が遠巻きに見ていた。
「で、なんであんなことをしたんだ?」
場所を移して、冒険者ギルドの食堂。
怒られた3人と1人は、向かい合うようにテーブルに座っていた。
「じ、実はね....」
イライザが召喚状である羊皮紙を取り出すと、カイとメルはそれを覗き込む。
読み進める内に段々と表情は曇って行った。
「おまえ...何やらかしたんだ?」
先ほどのレーダと同じ物言いに、苦笑いを浮かべる。
イライザは『同人誌』の事をはぐらかしつつ、「どうしようか」と愚痴を零す。
「行くしかないんじゃねぇか?」
「そうですね....皇帝陛下の召喚を無視なんてしたら...打ち首でしょうし」
それしかないと告げる2人に、レーダも同じく同意した。
(うぅ....行きたくないよぉ.....)
自業自得のイライザ。
俯きながら目を潤ませた。
「あ、そうだ。どうせなら俺とメルも一緒に行ってやるよ。エリーに報告したいし」
突然のカイの提案に、メルも頷いた。
「そうね。私達が....その....婚約したって、伝えたいし....」
段々と小声になるメルに、カイは恥ずかしそうに頬を掻いた。
(このリア充共め.....)
呪詛を込めるレーダ。
イライザも黙って瞳に呪いを浮かべた。
「じゃぁいつ出発するんだ?レーダも来るんだろ?」
間近で込められる呪詛に、まったく気付かないカイ。
実は大物なんじゃないだろうか?
「ん~...休み取れるか聞いて来る」
レーダはそう言うと立ち上がり、自分の部署へと消えて行った。
イライザも同じく立ち上がると、重い足取りで上司の下へ。
(死刑宣告が.....近づいている気がする)
イライザの頭の中では、黒巫女と剣聖が仁王立ちしている姿が思い描かれている事だろう。
帝都では何が待ち構えているのか、それは行って見なければわからない。
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