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第百二十四話 ディアーヌ


「足元に、お気を付けて」


 王子カオルは先程のルチアに(なら)い、ディアーヌをエスコートする。

 手を引き、優しく寄り添うその姿は、まさに王子のそれだろう。

 大広間を抜け、赤絨毯の敷かれた階段を降りる。

 従者の様に一定の距離を取るルチアに、前を歩く2人の姿。

 荒れ果てた古城を歩く2人と1人。

 栄華を極めていた時代には、さぞ美しい光景だったであろう。

 通りざまに、ディアーヌがチラリと横目で肖像画を見やったのを、カオルは見逃さなかった。


(なんだろう...何かが引っかかるような....)


 そこでふと気付く。

 ディアーヌが纏う白いワンピースが、肖像画の少女が着ている物と酷似していることに。


(まさか....ね)


 カオルが感づいた事に、このあと家族は驚く事になる。

 正面玄関を抜け正門から古城を出ると、ヴァルカン達5人が慌ててカオルに駆け寄る。

 カオルが(うやうや)しく女性の手を引いていると、顔を真っ赤にして怒り出した。


「か、かおる!?その女性は誰だ!?まさか....浮気か!?」


「カオルちゃん...おねぇちゃんは許しませんよ!!」


「か、カオルは私の物なんだからね!!」


「カオル様。ナイフとフォーク、どちらで刺されたいですか?」


「カオル様の手を....うらやましぃ.....」


 三者三様の表情を浮かべ、悪鬼(あっき)羅刹(らせつ)と見まごうばかりに詰め寄る4人の家族とその他1(ルーチェ)

 呆れて苦笑いを浮かべるカオルの隣で、ディアーヌは驚いて身を竦めていた。


「みんな、淑女(レディ)の前ではしたないですよ?」


 目を瞑り、努めてにこやかに笑うカオルは、王子様モードを続けるようだ。

 普段とはまったく違うカオルの姿に、驚いたのは家族達。

 嫉妬という言葉はどこかへ吹き飛び、恋する乙女の様に瞳を潤ませ、急にモジモジし始める。


(まったく....可愛いんだから)


 薄目を開けてその様子を確認すると、満足そうに頷いた。


「ディアーヌ(じょう)。ボクの大切な家族を紹介します」


 1人1人丁寧に説明するカオル。

 ディアーヌは少し怯えながらカオルの話しを聞いた。

 

「...最後に、ボクの仲間の2人を紹介します。蒼犬のルチアとルーチェ。2人はエルヴィント国皇帝アーシェラ様の配下です」


 名前を呼ばれたルチアとルーチェ。

 カオルの前へ歩み出ると、まるで家臣のように(かしず)いた。


「先ほどは失礼いたしました。ルチアと申します」


「はじめまして。ルーチェと言います」


 主君と言わんばかりにカオルを見上げる2人。

 カオルは少し驚いてから、2人に微笑み掛けた。


 そこへ....


「ぐぅぅぅぅ~~~~~~~~~....」


 可愛くお腹の音が鳴り響く。

 「だれだ?」とみなが首を傾げる中、恥ずかしそうにディアーヌがお腹を押さえて赤面していた。

 カオルはニコっと笑うと「せっかくですから、食事にしましょうか♪」と提案し、ディアーヌを食事へ誘った。

 太陽が傾き、時間は既に夕方を過ぎている。

 安全を考慮し、城壁内の庭の一角に天蓋を設置して、篝火(かがりび)を蒼犬の2人に頼みながら、カオル達は夕食の準備をしていた。

 とは言うものの、食事は全てカオルのアイテム箱の中に出来たて熱々の物が入っている。

 あらかじめ設置していたテーブルに椅子を並べ、続々と料理を取り出した。

 季節はまだ4月半ば。

 エルヴィント帝国よりも北方に位置するアルバシュタイン公国は、山々の頂に残雪(ざんせつ)が見えるほど、まだまだ気温は低い。

 そこでとカオルが取り出したのは、温かい料理の品々。

 美味しそうに湯気を立たせるポトフは、アイナとカオルが。

 ローストビーフはカオルがレシピを教え、カルアとフランチェスカが作ったもの。

 他にも数品取り出して、まるで晩餐会のような装いの中、夕食会は開始された。

 テーブルに着こうとしない、ルチアとルーチェをカオルが(なだ)め、落ち着かない様子で席に座らせると、ヴァルカン達も満足そうに笑みを零す。


「それではいただきましょうか♪」


 嬉しそうに声を弾ませるカオルの姿は、やはりとても子供らしい。

 みんなが食事に手を伸ばす中、来賓(らいひん)であるディアーヌは、中々食事に手をつけようとしない。

 カオルはいぶかしげにディアーヌの様子を伺うと、あることを思い出した。

 それは、以前カオルが初めてエルヴィント帝国を訪れた時の話し。

 迎賓館で出された食事を、ヴァルカンは「....毒味だ」と告げ、エリーに毒味役(どくみやく)をさせていた。

 あの出来事は、幼いカオルにとって、とても衝撃的だった。


(....突然やって来たボク達を警戒するのは当然だよね)


 うんうんと頷くと、おもむろにポトフを一匙(ひとさじ)口へ運ぶ。

 アイナと協力して作り上げた、濃厚なブイヨンのおかげか、鳥の油と溶け出た野菜の旨みが口の中にじんわり広がった。


(とっても美味しい。これなら気に入ってくれるはず)


 「うん」ともう一度頷くと、木のスプーンで小さめのじゃがいもを掬い取り、ディアーヌの口元へ近づけた。

 突然目の前に差し出された食べ物に、ディアーヌは驚き目を丸くする。

 

「毒味はしました。美味しいですよ?ぜひ食べて見て下さい♪」


 顔を綻ばせるカオルに、ディアーヌは恐る恐る口を開いた。

 差し入れられるジャガイモとスープ。

 おっかなびっくり噛んでみると、口腔内(こうくうない)になんとも言い得ぬ幸福感を(もたら)した。


「おいしい....」


 口元に指を添えてディアーヌが感想を漏らすと、カオルは「よかった♪」と笑顔を見せる。

 一部始終を見ていた狼達(家族と2人)。

 「ぐぬぬ...」と呻いた所から、後で大惨事は確定だろう。

 (そうぞう)々しくも、和気藹(わきあいあい)々と夕食会は続いた。

 始めこそ『借りてきた猫』の様な姿だったディアーヌだが、カオルのおかげでだいぶ慣れたようだ。

 夕食が終わり「せっかくですから、食後の紅茶(アフターディナーティー)もご一緒に♪」とカオルが誘うと、ディアーヌは「喜んで♪」と返すほどに打ち解けていた。

 カオルはアイテム箱を覗き込み、ちょっとの間悩んでハーブティーのセットを取り出す。


(たまにはローズヒップもいいよね♪)


 エルミアが手伝おうと立ち上がると、それを丁寧に断り、慣れた手付きで人数分のハーブティーを淹れていく。

 貴族のカオルが自ら給仕を勤めた事に驚くルチアとルーチェの傍で、ヴァルカン達はいつもと変わらず平然としていた。


「冷めないうちにどうぞ♪」


 声を弾ませてカップを差し出すカオル。

 おまけとばかりにウィンクまでした。

 「ズズッ」と誰一人音を立てないところから、みんなマナーは知っているのだろう。

 美味しそうに顔を綻ばせる姿を見ると、カオルは嬉しそうに頬を緩めた。

 和やかな空気の中、カオルは本題とばかりに口を開く。


「....ディアーヌ。聞きたい事があるんだけど...いいかな?」


 敬称を無くし、親しみを込めて名を呼ぶと、ディアーヌは慌てて姿勢を正す。

 

「何を....聞きたいのですか?」


 隣に座るカオルへ身体を向けて、ディアーヌは聞き返した。


「この国は今、魔族によって蹂躙(じゅうりん)されている。ボク達は...うぅん。エルヴィント帝国とババル共和国は、この国に居る吸血鬼(きゅうけつき)を倒しに来たんだ」


 悲しげなカオルの言葉に、その場に居た誰もが口を閉ざして聞き入る。

 事の顛末(てんまつ)を知らないディアーヌは、驚きながらも顔を曇らせた。


「それでね、ディアーヌ。君はもしかしたら.....前大公(ぜんたいこう)エルム.ド.ファムの関係者...いや....家族じゃないかな?」


 唐突に突き付けられたカオルの言葉に、ヴァルカン達は驚愕の表情を浮かべる。

 だが、ディアーヌは目を瞑り、やがて神妙な面持ちで「...そうです」と答えた。


「やっぱり...そうなんだね」


 それは、古城の階段を降りる時に、ディアーヌがチラリと見やった一枚の肖像画。

 前大公(ぜんたいこう)エルム.ド.ファムらしき人物と、家族3人が寄り添う姿。

 その中でも、顔を(ぼか)されていた白いワンピースの少女。

 ディアーヌが今まさに纏うワンピースは、それと酷似していた。

 8人が静まり返る中、ヴァルカンが問い掛ける。


「それでは、あなたは前大公(ぜんたいこう)エルム.ド.ファムの娘...と言うことか?」


 ディアーヌはコクンと頷き「ふぅ...」と深呼吸をひとつした。


「私は、女王ディアーヌ.ド.ファム。父エルムの娘にして、現大公ダニオ.ド.ファムの妹です」


 先ほどまでは、戸惑いながらもカオルの言葉に一喜一憂していたディアーヌ。

 どこか大人しい印象だった彼女だが、自らの名を名乗った事により、威厳とも言える貫禄を示した。

 そんな誰もが一驚(いっきょう)する中、ヴァルカンは話を続ける。


「そうでしたか...では王族としての貴女に聞きたい。女王である貴女が、なぜこんなところに居るのですか?国民が苦しめられているのに、貴女は何をしているのですか?」


 カムーン国の剣聖として、ヴァルカンはあえて声色を強めて聞いた。

 それは、この場に居る他の誰にも出来ることではないだろう。

 国を守ってきたヴァルカンだからこそ、口に出せた事だ。

 唇を噛み締めるディアーヌに、カオルはそっと手を添えた。


「師匠は、とても失礼な事を聞いているのはわかります。ですが、どうか....話してはいただけませんか?」


 不意に訪れるカオルの温もりに、ディアーヌは目に涙を浮かべながら話し出す。


「私は....ダークエルフなのです。この肌も...そして、この耳も.....家族の誰とも違っていました。そのために、私は一人、この城で暮らして来たのです」


 涙を流すディアーヌ。

 カオルは優しく手を握る。


「では、貴女は先祖帰りなのですね?家族の誰とも違う....ごく稀にですが、そういった身体で生まれる者が居ると聞いたことがあります」


 補完とばかりにカルアが話すと、ディアーヌは小さく頷いた。

 辺りが静まり返る中、虫の羽音が微かに聞こえる。

 カオルは椅子から立ち上がると、優しくディアーヌを抱き締めた。


「ごめんなさい...それと....ありがとう」

 

 耳元で囁くカオルの声に、安らぎを求めたディアーヌは縋り付く。

 すすり泣く声が指揮するように、虫達は音色を奏でた。


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