第百二十三話 古城の出会い
『アルバシュタイン公国』東方から、アルバシュタイン城を目指していたカオル達一行。
オークの集団を倒し、貴種であるホワイトタイガーを手に入れた事で、カオルは大変ご満悦だった。
「ずいぶんご機嫌だな?カオル」
蒼犬の2人が偵察の為に先行し、ヴァルカンを先頭にカオル達は進んでいる。
「はい!めずらしい魔獣に出会えたので♪」
何故か、カルアとエルミアに手を引かれて歩くカオル。
嬉しそうに手をニギニギしながら歩くところは、まだまだ子供っぽい。
「そうか。ところで、そろそろ交代の時間じゃないか?」
ヴァルカンはそう言うと、カルアと換わってカオルの手を取る。
エリーも同じ様にエルミアからカオルの手を託されると、満足そうに微笑んだ。
どうやら、4人の様子を見るに、カオルと手を繋ぐのは交代制のようだ。
「それにしても、深い森ね」
エリーが言う通り、現在進んでいる『アルバシュタイン公国』東方は、未開の地と言ってもいい程に鬱蒼としており、魔境なのではないかと思わせるほどだった。
時折、木々の隙間から漏れ出る太陽の明かりだけが、唯一の光源であり、夜ともなると真っ暗で何も見えなくなるだろう。
「そうね。早く森を抜けたいところね」
同意するカルアに、エルミアも頷く。
そこへ、先行していた蒼犬の2人が駆け足で戻ってきた。
「どうした?」
「この先に、城らしき建物がございました」
ルチアの報告に、戦慄が走る。
(もうアルバシュタイン城に着いたの!?)
全員が驚愕とする中、地理に明るいルーチェが続けて話す。
「場所から察するに、おそらく前大公エルム.ド.ファム様の居城だと思われます。アルバシュタイン城は前大公の死後に建設されたものです」
ルーチェの言葉に、全員がホッと胸を撫で下ろす。
「そうか...だが、前大公の住まいとて、吸血鬼がいないとも限らん。なにせ、アルバシュタイン城にヤツが居るという確証は無いんだからな」
「気を引き締めるように」と付け加えるヴァルカンの言葉に、その場に居た誰もが顔を引き攣らせて緊張した。
そして、蒼犬の案内で建物までやってくる。
森の一部が切り開かれ、近くには小川が流れているのだろうか?
水流の音が微かに聞こえる中、前大公の居城は姿を現す。
それは古城。
大きさこそエルヴィント城ほど大きくはないが、石造りの建物はしっかりとしており、並んで聳え立つ塔は、天高く伸びていた。
静かに佇むその姿に、カオルは、エルヴィント城を初めて見た時のような高揚感を覚えた。
(おっきい....それにカッコイイ......)
何年も手入れがされていないのであろう。
外壁の所々は剥げ落ち、窓ガラスも割れているところがある。
即座に城内を偵察する事が決まり、ヴァルカンはパーティを分けた。
「では、パーティを分けるぞ?私とエリー。ルチアとカオル。ルーチェは、待機するカルアとエリーの護衛を頼む」
ヴァルカンの指示に頷き、それぞれが分かれると、空気が張り詰めていくのがわかる。
そして、家族に溺愛されているカオルにだけ「「「「気を付けて(るんだぞ)」」」」と声を揃えて心配され、驚きながらも「う、うん」と答えた。
(ボクもみんなが心配なんだけど....まぁいいか)
頭の上に?(はてな)を浮かべながら、カオルとルチアは西門から。
ヴァルカンとエリーは東門から、城内へと侵入した。
城内は薄暗く、割れた窓ガラスが散乱し、歩くたびにかなりの量の埃が舞っていた。
「カオル様。足元、お気を付けください」
まるで紳士の様なルチアのエスコートに、同性のカオルは何故か頬を赤らめた。
(ちょっと恥ずかしいかも....でも、こういうのもいいなぁ)
『残念美人』のヴァルカンの策略か、カオルは自身が丁寧に扱われる事に、喜びを覚えるようになっていた。
時折見せる、ヴァルカンの凛々しい姿に、カオルは心をときめかせ、顔を赤らめる事が多い。
さらに、ルチアの顔は妹のルーチェにとてもよく似ている。
美形とまでは言わないが、整った顔立ちはどこか中性的で、性別の区別がつきづらい。
「ありがとう、ルチア。でも、ルチアも気を付けてね?怪我したらすぐ言うんだよ?」
逆に心配されるルチア。
恥ずかしそうに顔を背けると、小さく拳を握りガッツポーズをする。
(やった!これで好感度アップだ♪)
兄ルチアもまた、妹のようにカオルに好意を抱いている事など、鈍感なカオルには知る由もない。
2人が厨房を抜け、食堂まで偵察を終えると、廊下の奥に1枚の肖像画を見付ける。
それは、所々の絵の具が剥げ落ち、衣服などは判別が付かないほどであった。
だが、顔だけは、はっきりとわかる。
長身の男性に寄り添うように佇む1人の女性。
男性は凛々しく正面を見詰め、女性は優しげに微笑んでいる。
「これは....前大公エルム.ド.ファム様とそのお妃様でしょうか?」
ルチアの言う通り、この肖像画は前大公の物なのだろう。
そうでなければ、王城にこれほど堂々と絵を飾る事などないはずだ。
ジッと絵を見詰めるカオルの瞳には、何が映っているのだろうか?
今は亡き、両親の姿を重ねているのだろうか?
カオルの両親もとても仲が良く、幼いころから間近で見てきたカオルにとって、この絵はまさに両親の姿そのものなのではないだろうか?
長い時間その場に留まるカオルを、ルチアは心配そうに見ていた。
やがて、カオルが静かに目を閉じると、笑みを浮かべてルチアに告げる。
「....ごめんね。行こうか」
どこか物悲しげなカオルの表情。
努めて明るく接する姿に、ルチアの胸は締め付けられる。
(カオル様....)
カオルが両親と死別している事を知らないルチアに、掛ける言葉は見付からない。
薄汚れた廊下を進むと、古城正面の上り階段へと辿り着く。
そこにも肖像画が飾られており、椅子に座る4人の姿が描かれていた。
(家族...かな.....)
先程と同じ男性と女性の間に、2人の利発そうな男女の子供の姿が見てとれる。
だがそこで、白いワンピース姿の女の子の顔だけぼやけている事に気付く。
(なんでこの子だけ...)
隣の男の子が目元から鼻筋まではっきり描かれている事から、絵描きがわざとそうしたのだろう。
不思議に思うカオルだが、答えを持たない自分達ではどうする事も出来ず、そのまま階段を上がった。
2階には謁見の場とも言える、大広間があり、中は閑散としていた。
住む者・手入れをする者が居なくなると、こうも建物は荒れ果てるのかと嘆きながら、かつて玉座があったであろう場所へ辿り着くと、1枚の扉を見付ける。
(今まで通った場所の扉は開いていたのに、ここは閉まってる?)
ルチアへ一瞥してから、警戒を強めて静かに扉を開く。
1歩中へ踏み入れると、豪華な天幕がかつて付いていたであろう、大きなベットが鎮座していた。
(寝室?)
丁寧な細工を施された柱が四隅に聳え、黒く煤けた暖炉が、正面中央に設置されている。
調度品はベット以外には一切無く、辺りは静まり返っていた。
(なにも...ない)
ルチアと共に室内を捜索するが、特にこれといった発見は無かった。
「拍子抜けだね」
クスリとカオルが笑みを零すと、同じ様にルチアも笑う。
いざ戻ろうとした時に、ベットの下が僅かに光った。
(なんだろう....?)
いぶかしげに周囲を見渡すが、先程捜索した通り特に不審な物はない。
慎重にカオルがベットの下へ潜り込むと、銀の閂が付いた木製の引き戸がそこにはあった。
「ルチア!」
カオルが慌ててルチアを呼び、2人でその引き戸を開けると、そこには人ひとりがやっと通れる程の隠し階段が現れた。
頷き合う2人。
アイテム箱からカンテラを取り出し、ルチアを先頭に2人は潜った。
数m進んだ後、階段は終わりを告げて、ジメッとした通路に繋がった。
幾重にも積み上げられた石の壁。
カンテラが無ければ通路内は真っ暗闇で、自分がどこにいるかわからないだろう。
大人であれば中腰になる高さも、子供のカオルには問題なく歩ける。
カオルよりも身長の高いルチアは屈んでいたが。
(ボク...身長伸びるのかな....)
前を歩くルチアを羨ましそうに見詰めるカオル。
12歳という年齢から考えると、150cmは平均的なはずなのだが、一切伸びる気配が無い事に、両親を恨んだ事もあった。
「子供心は難しい」とは、ヴァルカンの談。
やがて、前方に扉を見つけると、ルチアが小声でカオルに告げる。
「カオル様。カンテラの明かりを消して下さい」
言われた通りに火を落とすと、前方の扉から明かりが漏れ出ている事に気付く。
(だれか...いるの?それとも外に通じているの?)
2人の心臓が鼓動を速め、緊張した面持ちでゆっくりと扉を開く。
するとそこには.....
天井高く積み上げられた本の中、木製のロッキングチェアをギシギシ揺らしながら、本を読み耽る1人の女性の姿が。
亜麻色の長い髪を無造作に後ろで縛り上げ、おもむろに木製のロッキングチェアの上からクッキーを摘み上げると口元へ運ぶ。
指にクッキーの欠片でも残っていたのだろうか?
指を咥え、飴玉でも舐めるかのように指をしゃぶると、着ていた白のワンピースで拭い取る。
『残念美人』のようなその行動にも驚くところだが、何よりも驚くのはその肌だ。
褐色の肌。
カオルを含め、家族の皆は白い肌が多い事からも、エルヴィント帝国.カムーン国のイーム村を含め、めずらしい肌色だろう。
2人が慎重に部屋へ踏み入ると、女性はまったく気付かずペラリとページを捲る。
(どんだけ気が付かないんだろう....)
ルチアを含め、カオルは呆れていた。
侵入者が間近に居る事を、まったく気が付かない女性に。
戦時下のはずなのに、まったく危機感が無い女性に。
どうしてやろうかと考え始めたところで、やっとカオル達に気が付いた。
「え!?ちょ、ちょっと誰よあんた達!!」
慌てて立ち上がろうとする女性。
だが、振り子となったロッキングチェアが後ろに傾き、姿勢を崩した女性は崩れるようにその場に倒れる。
転んだ拍子に黒い下着が露にされると、大急ぎで手で隠しながら、恥ずかしそうに立ち上がった。
カオル達を睨みつける女性。
間違い無く魔族などではなく、おっちょこちょいな人間だろう。
可笑しすぎて、おもわず吹き出すルチアに、カオルは口元を押さえて笑みを隠す。
張り詰めていた緊張など、とっくにどこかへ吹き飛ばして、室内にはカオルとルチアの静かな笑いが響き渡る。
「....失礼しました。ボクは香月カオル。この者はボクの仲間です。突然おじゃましてしまい、申し訳ございません」
笑ってしまった事.勝手に踏み入った事を謝罪し、努めて貴族らしく振舞うカオル。
ルチアは、突然豹変したカオルに驚き、あんぐりと口を開いた。
女性は、不審人物の2人を見やると、溜息を吐く。
「せ、戦闘の意思はありません!」
慌ててカオルの補佐をしようとルチアが口を開くと、女性は面倒臭そう頭を掻いた。
(う~ん....あまりこんなところで時間を使いたくないなぁ)
ヴァルカン達『家族』が心配する事を危惧したカオル。
この後、とんでもない事をする。
カオルは、帯刀していた『桜花』をルチアに預けると、1歩前へ歩み出て片膝を突いた。
「驚かせてすみません。私達はエルヴィント帝国から参りました。この国『アルバシュタイン公国』の現状について、何かご存知でしたら教えていただけませんか?淑女」
そして、相手の手を取ると、そっと手の甲に口付ける。
キザったらしい仕草も、美少女(美少年)のカオルがすると、様になる。
「チュッ」と音を立てる口元から、女性の顔を見上げる。
驚きながらも頬を染める女性に、止めとばかりに微笑んだ。
王子ともとれるカオルの姿に、ルチアも驚愕の表情を浮かべ、女性の胸には印象深く刻まれた。
(成功...かな?)
カオルが行ったこの行為は、『女性が1度は憧れるシュチエーションベスト10』のひとつだ。
他にも壁ドン、股ドンなどがあるのだが、それはまた後日披露することになるだろう。
うっとりとした表情でカオルを見詰める女性に、王子カオルは問い掛ける。
「淑女お名前を、お聞かせ下さいませんか?」
声代わりを終えていないカオルの声は、元々女性のように高い声だが、努めて声色を変え、あたかもハスキーボイスかと思えるほどに魅力的な声を出すと、ルチアも女性もその声に聞き惚れる。
カオルの凛然たる態度に、呆気に取られていた女性だが、ややあって、やっと正気に戻り質問に答えた。
「わ、私はディアーヌよ。現状って言われても...私ずっとこの部屋に住んでたから.....」
悲しげに肩を落とすディアーヌに(聞いちゃいけないことだったのかな?)とカオルは心配になる。
そこへ、傍観者となっていたルチアが、カオルの耳元で囁いた。
「カオル様。そろそろ剣聖様と合流しませんと....」
ルチアの言う通り、カオル達がこの古城の捜索を始めて、かなりの時間が経っていた。
カオルは小さく頷くと、ディアーヌに提案をした。
「ディアーヌ嬢。よろしければ、ボクの仲間にお会いいただけませんか?是非、貴女のお話を聞かせていただきたいです」
片膝を突いたままのカオル。
見上げる黒水晶の瞳に、ディアーヌは胸をときめかせる。
「は、はい....行きたいです......」
恥ずかしがるディアーヌに、口端を緩めて柔らかく笑うカオル。
『万能の黒巫女』に、できない事は無いのだろうか....
ご意見・ご感想をいただけると嬉しいです。




