間話 好々爺?いいえ、元剣騎です
「ほら!ちゃっちゃと準備しろよー」
『アベール古戦場』では、続々と集まるエルヴィント帝国の援軍の受け入れに大忙しだった。
既に、剣騎セスト・剣騎レイチェル率いる第一陣、第二陣がアルバシュタイン城へ向けて出発しており、第三陣と兵站を担当する冒険者達を近衛騎士団副長のアルバートが纏めていた。
「おう!進行具合はどうだ?」
忙しなく働く相棒に向かい、快活な足取りでレオンハルトがやってくる。
「まぁまぁってとこだな。そっちこそどうなんだよ?」
真面目にしていれば頼れる団長なのだが、今朝からレオンハルトの痴態しか見ていないアルバートは、かなりの心配をしていた。
「ん~クレール伯爵とオーブリー子爵、あとは男爵のエリク卿が来てくれたからな。ここに駐屯する軍は任せてきた」
貴族というのは、王様を除き、上から順に公爵.侯爵.伯爵.子爵.男爵を総合して五爵(5等爵)と呼ぶ。
もちろん、国や地方により呼び方が変わる事があるのだが、大雑把に分けると五爵だ。
レオンハルトとアルバートは騎士の称号を有しているので、男爵の下に位置している。
数十年ぶりの戦争の為か、元々は騎士である貴族連中が戦線に来たことで、アルバートは嫌そうに顔を引き攣らせた。
「げ!あの貴族のじぃさん達来たのか?俺、苦手なんだよなぁ....」
階級から、絶対に頭の上がらない相手の登場に、アルバートはガックリ肩を落としてうな垂れると、レオンハルトが可笑しそうに笑い出す。
「ハハハ!!まっさか。次男だよ次男。当主の爺様も大事な箱入り息子(長男)も、帝都から出てくるわけないだろ?」
それを聞いたアルバート。
ホッと胸を撫で下ろしながら同じ様に笑い出した。
貴族というのは襲爵の為、第一子の長男をとても大事にする。
そこで、嫡子である長男に『もしも』の事が無い様にと、子を沢山設けるのだ。
ひどい時には妾を何人も作り、野球チームでも作るのではないかと思わせるほど。
それに伴い、家中のごたごたが絶えないのだが、それはまた別の話し。
「それにしても貴族様は大変だな。どうせ見栄だろうけど、次男連中もたまったもんじゃないな」
自身は平民のため、貴族の苦労をよくわからないアルバートに、レオンハルトも同意した。
「だな。まぁ、どうせ前線には出ないんだ。放っておいても問題ないだろ?」
「ハハハ」と笑うレオンハルト。
そこへ古ぼけた外套を纏い、フードを目深に被った妙齢の男性が近づいてきた。
「おお、若いの。カオルちゃんがどこにいるか知らんか?」
突然現れた人物に、レオンハルトは眉を顰めると、アルバートが答える。
「なんだ?じぃさん。黒巫女ならとっくに出発したぞ?」
「う~む...一足違いか....残念じゃの....」
お年寄りはそう言うと、杖を突きながら寂しそうにトボトボとその場を立ち去った。
その姿を見送るレオンハルト。
(どっかで見た事ある気がするんだよな....何処で会ったんだっけか....)
顎に手を当てウンウン唸るが、どうしても思い出せなかった。
「おし!それじゃそろそろ行くか?レオン」
第三陣と、兵站を担当する補給部隊の準備が終わり、先行する第一.第二陣を追軍する2人。
魔族対人。
戦場の舞台は徐々に、整いつつあった。
「会えんかったのぉ....」
レオンハルト達からカオルの行方を聞き出した人物。
本陣近くの天蓋裏でフードを脱ぐと、大きく背伸びをして天を仰いだ。
「ヒマじゃし、バカガキ共のところにでも顔を出すとするかの」
雲一つない青天に向けて、嬉しそうに微笑む。
この人物こそ、剣騎セスト.剣騎レイチェルの師にして、育ての親の、元剣騎シブリアン.ル.ロワルドである。
人目を避けるように森の中へ入っていくその姿は、とても高齢とは思えない足取りだった。
「なんか美味いもん食えるといいのぉ」
のほほんとしているシブリアン。
たまたま襲いかかってきた狼を、瞬く間に徒手で打ち抜き屠るところは、まだまだ現役で通用するのではないだろうか。
シブリアンは北へ向かう。
最愛の弟子に、飯をたかる為に....
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