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第百二十二話 敷物はやっぱり虎だよね


「『ファルフ』」


 カオルの呼び声に答え、1羽の魔鳥(まちょう)が姿を現した。

 巨大な体躯に、鷹の様にくの字に曲がった嘴。

 こげ茶色の羽が幾重にも重なり、一目見ただけでフサフサなのが良くわかる。

 ファルフは頭を垂らすとカオルに近づき、優しく頭を擦りつける。

 柔らかい羽毛が何度も顔をくすぐり、カオルはくすぐったそうに身じろいだ。


「それじゃ、カオル。頼む」


 ヴァルカンの声と共に、ファルフに乗り込むカオル.ヴァルカン.エリーの3人。

 カルア達が見送る中、ファルフは翼を羽ばたかせて舞い上がると、北東の山脈へ向けて飛び立った。


(クッ....やはり高いな.....)

 

 高所恐怖症のヴァルカンにとって、ファルフに乗る事は苦渋(くじゅう)の決断だっただろう。 

 グングン高度を上げるファルフに、ヴァルカンは怯えて声を出した。


「か、カオル!も、もう少し低空を飛んでくれ!!下の様子を探りたい!!」


 あきらかに弱気なヴァルカンの姿に、悪戯心(いたずらごころ)に火が付いたカオルは、口端をニヤリと吊り上げる。


(これは...アレだよね?芸人さんが『押すな押すな』ってやるヤツだよね?)


 風竜に身体を乗っ取られた時の記憶がまったくないカオルにとって、ヴァルカンが高所恐怖症だということは知り得ていなかった。

 カオルがファルフに向かい耳元でボソボソと話したかと思うと、ファルフは一気に高度を下げるために急降下した。


「クワァ!」


 可愛く鳴くファルフ。

 やっている事はドSの極みだ。


「~~~~~~~~っ!?」


 声も出せずにブルブルと震えしがみ付くヴァルカン。

 隣でエリーは楽しそうに笑っていた。

 やがて、地面すれすれまで高度を下げると、一気に上昇を始め、元の高度で滞空した。


「師匠。魔物は居なかったみたいですね」


 惚けるカオル。

 ヴァルカンはそれどころではない状況だった。


(か、カオルがこんなに意地悪(サディスト)だったとは....知らなかったぞ)


 顔面蒼白のヴァルカンに、エリーはけたけたと笑い掛ける。

 目的地に着くまで、ヴァルカンは一切口を開く事は無かった。

 その後、都合3度の折り返しを経て、カオル達はアルバシュタイン公国の東側の森へと辿り着いた。

 昼間だというのに光源が乏しく、どこか魔境じみた森の中。

 蒼犬の2人が先行し、ヴァルカンを先頭にカオル達は西へと進んでいた。


「なんか暗いわねぇ~」


 手持ち無沙汰に黒大剣(バスタードソード)を振り回すエリー。

 カオルが(あぶないなぁ)と思いつつも、重量武器を手足の様に自在に操り、軽々振るうエリーの姿はかなりカッコよかった。

 師匠のヴァルカン。

 弟子のカオル。

 エリーは2人に追い付きたくて、死に物狂いで練磨(れんま)を続けた結果、中級冒険者の枠をとっくに越えていた。

 だが、ヴァルカンもカオルもそれ以上だ。

 剣聖(けんせい)として研鑽(けんさん)を積んできたヴァルカンは言うに及ばず、その弟子であるカオルは、風竜のおかげもあり魔法に優れ、生来(せいらい)からの能力によって、遥か高い力を身に付けていた。


(もっとがんばらなきゃ...)


 黒大剣(バスタードソード)を力強く握り締めると、エリーは再び決意を新たにした。


「魔物です!」


 木々の隙間を縫う様に走ってきた蒼犬の2人が、カオル達に魔物の襲来を告げる。

 「わかった」とヴァルカンが言うと、カオル達は臨戦体勢を取った。

 やがて現れる魔物達。

 猪のような頭、全身青い毛むくじゃらで2足歩行のオークの集団が、行く手を遮るように立ちはだかった。


「40匹くらいか...」


 ボソっと呟くヴァルカンに、エリーが頷く。


「いくぞ!」


 ヴァルカンを先頭にエリーが続き、蒼犬の2人もそれに追随する。

 進路上に立ち塞がる木々を右へ左へ避けながら、駆ける4人の姿は風の様だ。

 誰よりも早くオークと切り結んだのはヴァルカン。

 上段から振り下ろされる両手斧を素早く避けると、腰から愛刀(イグニス)を引き抜き、横へ一閃。

 上下に分断されるオークの身体を、蹴り飛ばし、反動を利用して隣のオークへ斬りかかる。

 負けじとエリーが黒大剣(バスタードソード)を振り下ろし、戦闘へと参戦する。

 打ち鳴らされる金属音を遠くに感じながら、カオルはカルアとエルミアの護衛をしていた。


(いいなぁ...ボクも....なんて言っちゃいけないよね。カルアとエルミアを守らないと)


 戦闘に参加できず、ちょっといじけるカオルは、まだまだお子様なのだろう。


「カオル様、別方向からも来ます!」


 エルミアの指示した方向から、今度は魔獣が現れる。

 全身真っ白な体毛が覆い、剥き出された2本の牙が特徴的な4足歩行のホワイトタイガー。

 今まで見た事がないその姿に、カオルはとても興奮した。


「カルア、エルミア!虎だよ虎!!」


 戦闘中だというのに、飛びあがって喜ぶカオルの子供らしい姿に、カルアとエルミアは笑みを零す。


(カオルちゃんったら...そんなに喜んじゃって)


(カオル様....可愛すぎます)


 ニコニコする2人を尻目に、カオルは足のグリーブ脇から投げナイフを引き抜くと、ホワイトタイガー目掛けて放った。

 視認出来ないほどの鋭い投擲。

 一直線に引かれる銀の線が、見事にホワイトタイガーの頭部に直撃し、ぐらりと身体を揺さぶり崩れ落ちる。


「い、一撃....」


 呆気に取られるエルミアに、興奮したカオルは、頬に口付けた。

 突然のキスに、傍にいたカルアも啞然とする。

 エルミアは頬に手を当てて、うっとりとした表情を見せる。

 もう一度と言わんばかりにカオルに頬を差し出した。


「エルミアばっかりずるいです!おねぇちゃんも!!」


 プンスカ怒るカルアだが、カオルは既にホワイトタイガーの下へ向かっていた。

 遠目では気が付かなかったが、この魔獣はかなり大きい。

 おそらく、魔鳥姿のファルフとあまり変わらない大きさではないだろうか。


(カッコイイなぁ....)


 ジッと憧れの存在にでも出会ったかのように、カオルは魔獣を見詰めた。

 やがて、投げナイフを抜き取りアイテム箱へ仕舞うと、決心する。


(よし!毛皮を居間に敷こう!!)


 短絡的、とても言うのだろうか。

 貴族が集める骨董品を、カオルも同じ様に求めたのだ。


 後にカオルはホワイトタイガーを居間へ敷くことになる。

 メイドのフランチェスカとアイナが「掃除しにくい」と(なげ)くのだが....


「あらかた片付けたな」


 最後のオークをエリーが黒大剣(バスタードソード)で屠り、戦闘の終わりを確信したヴァルカンは、カオルを呼んで魔物をアイテム箱へ仕舞わせた。

 辺りにはオークの血生臭い臭いが残り、地面は赤く染められた。

 返り血を拭う4人の姿に、カルアは満足そうに頷いた。


「みんな強いわねぇ...おねぇちゃんの出番は無さそうだわぁ♪」


 治癒術師としての出番が無いという事は、誰も怪我をしなかったという事。

 それはとても喜ばしい事であり、カルアが嬉しそうにするのも頷ける。


「そうだな。ルチアとルーチェの戦闘を初めて見たが、なかなかやるな」


 ヴァルカンが褒めると、蒼犬の2人は恐縮しながら嬉しそうに笑みを浮かべた。


「....ところで、その短刀なんだが」


 不意に、ヴァルカンはルチアとルーチェの腰に帯びた短刀を指差す。

 それは、ここへ来る前にカオルが送った二振りの短刀だ。


「師匠。それは、ボクが2人に贈った物です。『仲間』ですからね」


 ルチアとルーチェに(るい)が及ばない様にと、カオルが答える。

 ヴァルカンは非常に嫉妬深い。

 先程、エリーに甘い所を見せてしまったカオルは、2人がヴァルカンに執拗(しつよう)に責められない様にと危惧(きぐ)したのだ。


「カオル....エリーばかりではなく、この2人にも贈り物をしたのか!?私とカルアとエルミアには、なにもくれな....ん?なんだ?カルアとエルミア。なんでそんな嬉しそうに小指を....ま、まさか!?」


 カルアとエルミアが、嬉しそうに左手の小指を眺めている事にヴァルカンが気付く。

 そこにはカオルが贈った長い黒髪が巻かれていた。


(まぁ...抜け毛なんだけどね....アレでよかったのか、今でも不安ですよ)


 大切な宝物でも見るような2人の視線に(まぁいいか)とカオルは納得した。


「かおるぅぅぅぅ....」


 一人だけ()け者にされて大号泣するヴァルカン。

 やれやれといった様子でカオルが近づくと、耳元で囁いた。


「『ご褒美』あとでしますよ?」


 小悪魔カオルの言葉で、一気に回復するヴァルカン。


(ちょろいなぁ)とカオルが思う程に、単純だろう。


「では、行きましょうか?」


 何事も無かったかのようにカオルが言い放つと、ヴァルカンの行動に驚いていた蒼犬の2人がコクコクと頷く。

 いつもの光景に、カルア・エリー・エルミアの3人は、特に慌てた様子はなかった。

 カオル達7人は西へ進む。

 アルバシュタイン城へ向けて....


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