第百二十一話 戦支度と陽気な冒険者
『アベール古戦場』北西に駐屯するババル軍。
高そうな服を着た1人の人物が、城へ帰還するために荷物と格闘を繰り広げていた。
「元首様。そろそろ迎えの馬車が到着します」
『元老院』肝煎りのジョゼフ将軍を更迭した事により、副官であったユーグは将軍代理に任命されていた。
「わかっておる!だが、こうも荷物が多くてはな...」
たった2日の駐屯なのだが、元首デュドネ.シ.フェルは夥しい数の荷物を持ち込んでいた。
(まったく...人柄は良いんだが、このお方は浅慮なのが欠点だな)
ババル共和国は大小様々な部族が身を寄せ合い、国王というものが存在しない。
ゆえに、国民から代表を選出し、元首として統治している。
だが、その国民性からか、1人の元首に全てを委ねる事は危険と判断し、元老院という、統治機関を設けている。
主に、元首への助言を目的としている機関なのだが、度重なる元首の交代に形骸化しており、元首よりも発言力を有している場合がある。
「ああ!!!もういい!!後はユーグに任せる!!我は先に戻るぞ!!!」
デュドネは荷造りを押し付け、天蓋を出て行った。
取り残されるユーグは、渋々荷物を鞄に詰め込んだ。
(はぁ....エルヴィントに亡命しようかな.....)
出来もしない事を心の中で呟くと、全身に疲労感が押し寄せる。
『アベール古戦場』をエルヴィント軍に任せ、ババル軍は一路『都市コルドナ』へ向けて進軍していた。
「元首様。必ずやコルドナを取り戻して見せます」
ユーグは、先日のカオルの戦いを見て、気が高ぶっていた。
あの凄まじい一撃に、心を揺さぶられ、自身に眠る騎士としての本能に、力を漲らせていたのだ。
「ああ、頼んだぞ!城で吉報を待っている」
嬉しそうに笑みを零すデュドナだが、どこか表情に影を落としていた。
「なにか、気掛かりな事でもあるでしょうか?」
「いやなに....やはり黒巫女が欲しいと思ってなぁ....」
顎を擦りながら物欲しそうな顔をすると、ユーグもそれに同意した。
「そうですね。カオル様はとてもお強いです。それに可愛らしい。ババル共和国に来て頂ければ、どれだけの国益に繋がるか....」
そこで、ふと気付く。
「元首様。賠償金の件ですが、元老院にはなんと説明されるおつもりですか?」
ユーグの言葉に一瞬で顔を青ざめると、馬車の上で頭を抱えてのた打ち回る。
「がぁぁぁぁ!!!そうだった!!!どうしよう!!!!」
元首という仮面が剥がれ落ちたその姿は、本来のデュドナ、その人なのだろう。
(やっぱり亡命かな....)
出来もしない事から、出来るかもに格上げされたユーグの思い。
『都市コルドナ』まで、あと数時間の距離まで迫っていた。
木々が鬱蒼と生い茂る中、ぽっかりと空いた平地『アベール古戦場』
その南側を駐屯地としていたエルヴィント軍は、先日の戦闘から引き続き、大陸北側に築かれているアルバシュタイン城へと向けて、行軍の準備に追われていた。
近衛騎士団員と冒険者達が入り乱れる中、間を縫う様にトコトコと歩む、見た目は美少女。
でも実は男の子。
香月カオルが、手持ち無沙汰にのんびりしていた。
「ルチア!!ルーチェ!!」
カルアとエルミアが居る治療所を後にしたカオルは、丁度通り掛かった蒼犬の2人を呼び止めた。
「「か、カオル様!?」」
蒼犬のルチア。
蒼犬のルーチェ。
2人は実の兄弟であり双子でもある。
兄ルチア、妹ルーチェ、共に15歳だ。
蒼犬とは、エルヴィント帝国皇帝アーシェラの私兵。
密偵を主とした任務に就き、アーシェラを影から支えている。
突然声を掛けられ、2人は慌ててその場に跪くと、カオルも驚きそれを止める。
「わわ!やめてください!立って立って!!」
カオルに促され、不思議そうな面持ちで2人は立ち上がると、カオルは満足そうに笑い掛けた。
蒼犬の2人は市井の出で、皇帝アーシェラに拾われて蒼犬となった。
平民が貴族に対して傅く事など、当たり前の事なのだ。
だが、カオルはそれを嫌う。
たとえ貴族だろうと平民だろうと、同じ人間なのだから対等でいるよう努めているのだ。
「2人はもう準備できたの?」
カオルが問い掛けると、ルチアが口を開いた。
「はい。いつでも出陣出来ます」
畏まり、丁寧な口調で話すルチアに、カオルは居心地の悪さを感じていた。
(う~ん...もう少しフレンドリーというかなんというか....仲良くなれたらいいんだけどなぁ)
どこか寂しそうな表情を浮かべた後、頭を抱えてうんうん唸るカオルに、ルチアとルーチェは首を傾げた。
そこで、ルチアの腰に目を向けると、短剣の収まっていない鞘を見付ける。
「ねぇルチア。その鞘どうしたの?たしか、前に見た時には、短剣持ってたよね?」
蒼犬の2人は双短剣使いである。
普段から左右の腰に2本づつ、計4本の短剣を帯剣している。
「あ、これは...先日妹の援護に向かった時に紛失してしまいまして...」
恥ずかしそうに頬を掻くルチアに、ルーチェは申し訳なさそうな顔をした。
「そうなんだ....」
カオルは悩んだ。
手持ちのアイテム箱には様々な武器が収めてある。
だが、風竜から贈られた武具を差し出す事は出来ないし、家族以外に武器を渡す事を恐れていたからだ。
それは、とある人物が関係する。
オナイユの街で金物屋を営む1人のドワーフ。
ぶっきらぼうで、ある意味人見知りのシル。
彼は、生存する唯一のダマスカス鋼の錬鍛師として、帝都で鎚を振るっていた。
そんな彼に、ある衝撃的な出来事が起きる。
家を留守にしている間に、自らの作り出したダマスカスの剣で、最愛の家族を惨殺されてしまったのだ。
鍛冶師。
特に武器に携わる者にとって、その凄惨とも言える光景は、心を深く傷付けた。
本来であれば、ここ数十年の間、人間同士の戦争など起きていないこの大陸で、人が手にする刃は魔物へと向けられてきた。
時折、盗賊や物取り等の罪を犯す者も確かに居たが、自分自身に向かってならまだしも、まさか家族が襲われるだなど、到底思わなかった。
だが、実際に悲劇は起きた。
それからというもの、シルは一切の刃物を作る事無くダマスカス鋼の錬鍛師も辞め、兄レギンの住まうオナイユの街で金物屋を営んでいる。
そんなシルに共感し、カオルは家族以外に武器を渡した事など無いのだ。
カオルはしばらく悩み、そして二振りの短刀をアイテム箱から取り出す。
白銀の短刀。
刀の構造を理解するために、玉鋼を白銀で代用し、鉄と合わせた3枚合わせ構造の、およそ9寸の短刀。
鞘を黒漆で塗り上げ、それに合わせて柄糸も黒で結い上げた。
(2人は、これから一緒に戦う仲間だ.....だから.....)
カオルは、意を決してルチアとルーチェに手渡す。
「それは、ボクが作りました。2人を....大切な人を守る為に使って下さい」
確かな意思を込めたカオルの瞳に、ルチアとルーチェは戸惑った。
「「い、いただけません!」」
カオルの、悲痛とも言える面持ちに、ただならぬ気配を感じた2人は、慌てて短刀を突き返す。
カオルは黙って首を横へ振ると、ルチアとルーチェの顔をそれぞれジッと見据えた。
「受け取ってください。2人は、大切な仲間だから。だから......お願いします」
優しく、聖母とも思えるカオルの様子に、ルチアとルーチェはそれ以上拒む事など出来なかった。
カオルの思い。
仲間を、家族を守りたいという強い意思が、二振りの短刀に込められた瞬間だった。
黙って頷く2人に、カオルは満足そうに微笑み掛けた。
カオルと別れ、ルチアとルーチェは陣の中を歩いていた。
先程渡された短刀を、強くしっかり握りながら、カオルの思いを噛み締めていた。
「兄様」
先に口を開いたのは妹のルーチェ。
目に涙を浮かべ、兄ルチアを見詰める。
「カオル様は....とてもお優しい方ですね」
掠れるようなその声に、ルチアは黙って頷いた。
「本当に...おやさしい....」
とうとう泣き出すルーチェを、ルチアは優しく抱き締めた。
「そうだね。あんな素敵な人に仕えられたら、幸せだね」
安心させようと呟いた言葉に、ルーチェは涙声でクスリと笑った。
「...兄様。まるで、陛下にお仕えしたくないみたいな言い方ですね」
ぐすぐす泣きながら突っ込むルーチェの姿に、ルチアも笑みを零す。
「ハハ!そんな事は言ってないよ?陛下には恩もあるしね。でも、カオル様はとても魅力的だから....」
おどけてみせるルチアに、驚いて豹変したルーチェが噛み付く。
「兄様!もしかして、カオル様を好いているのではありませんか!?ダメですよ!カオル様は私が!!」
ムッとするルーチェに、ルチアも負けじと抗議した。
「な、なんだその言い方は!女性同士なんて不純だぞ!!」
普段、とても仲が良く喧嘩なんて滅多にしないのだが、カオルの事で言い争いに発展した2人。
そこへ、熱狂的なカオル信仰者が通り掛る。
「何喧嘩してんだおまえら?ん?『カオル様』だと?黒巫女様は俺様のもんだぞ!!!!」
蒼犬の2人の戦いに、近衛騎士団長のレオンハルトが参戦した。
「いいえ、レオンハルト様!これだけは絶対に譲れません!!!」
「だめだルーチェ!女性同士はいけない!!」
「ああ、もう。うるせぇうるせぇ!!黒巫女様は俺様の物だって言ってんだろうが!!!」
3人の女々しい戦いを、我関せずと遠巻きに見ていた冒険者達が、なんだなんだと集まって、賭けを始めた。
「おらぁ蒼犬のじょうちゃんに100シルド。紅一点だ。ぜひ頑張ってもらいてぇな!」
「いやいや、ここは手堅く騎士団長殿でしょう。500シルド」
「まてまて、蒼犬の兄貴にも頑張って欲しいだろう?同じく500シルド」
「かぁ~。賭けってものをわかってねぇな!!おし!俺もじょうちゃんに1000シルドだ!!!」
「オオ!!」とどよめきが起こる中、3人の戦いは続く。
周囲をぐるりと冒険者達が取り囲み、どこから持ち出したのか、木製板を立て掛けると、払い戻し倍率と掛け金を書き出し始めた。
進軍の準備を進めていた近衛騎士団も参加し、とうとう見世物となってしまった時に、副団長のアルバートが止めに入った。
「おまえら、何こんなとこでサボってやがんだ!!こぉらレオン!!団長が率先して遊んでんじゃねぇ!!!黒巫女に言い付けるぞ!!」
学園寮の寮母の様なアルバート。
その声はエルヴィント軍の陣一帯に響き渡り、騎士と冒険者達は蜘蛛の子を散らす様に逃げ惑った。
取り残される4人。
鬼の形相と化したアルバートに、レオンハルトとルチア・ルーチェの両名は、ただただ平謝りを繰り返すのだった。
「やはりレオンハルトはバカだな」
「ええ、掛け値なしのバカね」
黙々と戦支度をしていたヴァルカンとエリー。
アルバートの声に、ボソリと呟いた。
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