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第百二十話 愛されるエリー


「すぅ....すぅ...」


 『アベール古戦場』で死者を送り出してから一夜が明ける。

 カオルはずっと眠っていた。


「よく眠っているな」


 ボソリとヴァルカンが呟くと、カルアがそれに同意した。

 

「ええ、きっと疲れが溜まっていたんでしょうね。もう少し寝かせておいてあげましょう」


 姉らしく優しい口調でそう告げると、カオルの頭を撫でる。


「それでは、私は陛下の見送りに行って来る。カルアは治療所に顔を出すんだろう?」


「ええ。エルミア、一緒に来てくれるかしら?また手伝って欲しいの」


 カオルの傍に座っていたカルアが見上げると、エルミアはコクンと頷いた。


「それじゃ...エリー。カオルの事、頼むぞ」


 ぶっきらぼうなヴァルカンの物言いに、エリーは慌てて「うん」と答える。


「私達も行きましょうか」


 カルアとエルミアが出て行き、ヴァルカンもそれに続いていくと、天蓋にはカオルとエリーの2人だけとなる。

 可愛く寝息を立てるカオルに、エリーはそっと近づいた。


(まったく...安心しきった顔で寝てるんだから....)


 無防備なカオルの姿に、エリーはクスリと笑みを零す。


(ちょっとだけなら...いいよね?)


 急にキョロキョロ周囲を見渡し、周りに誰も居ない事を確認すると、そっとカオルへ顔を近づける。

 無垢なカオルの表情に、エリーの心は何度目かの衝撃を受けた。


(可愛い..........じゃなくて!い、いくわよ!!)


 「ゴクッ」と生唾を飲み込み、一大決心を固めたエリーは、優しく口付けた。

 

 触れるだけのキス。


 唇からカオルの体温を感じ、「ドクン」と鼓動を速めながら、エリーの目的は達成された。

 名残惜しそうに唇を離すと、カオルの呼吸を肌に感じ、益々エリーは顔を赤らめる。


(柔らかかった....)


 今まで何度もカオルと口付けて来たが、全てその場の勢いでやってしまい、純粋に『味わう』事などなかった。

 この時初めてエリーは、本当の意味での『(ファースト)キス』を迎えたのだろう。

 恋する乙女のエリーの前で、カオルは小さく身じろいだ。


「うぅん....」

 

 呻き声と共に、毛布から左腕が投げ出され、(あらわ)にされた鎖骨が、エリーの情欲を誘う。


(こ、これって....行っても良いって事よね!?)


 完全に思考回路が暴走(ショート)しているエリー。

 1匹の雌猫と化したエリーの前に、カオルというご馳走は、さぞ美味しく見えただろう。

 ゆっくりと伸ばされるエリーの腕が、いよいよカオルの胸に触れようとした時、カオルはついに目を覚ました。


「うぅん...エリー?....おはよう」


 瞼をごしごし拭うカオル。

 伸ばされたエリーの手は虚空を掴み、悔しそうに握り締めた。


(あとちょっとだったのにぃ!!!)


 まさかあのエリーが、眠る自分に毒牙を剥こうとしていたとは露知らず、カオルは欠伸をしながら身体を起こす。


「あれ?みんな居ないの?」


 寝惚けているカオル。

 上体を起こした為に、毛布はずり落ち、寝間着にしている白のスリップが腰上まで(あらわ)になる。


(も...もう無理!いただきます!!!)


 エリーはついに劣情を爆発させた。

 突然飛び付かれるカオル。

 寝起きの頭には、何が起きているのか理解出来なかった。


「ちょっとエリー!?どうしたの!?」


 全身を這い回るエリーの手が、カオルの弱点を容赦なく攻め立てる。


(ああ、カオルの身体すべすべしてる.....ここがいいのね!?)


「ん...ひゃっ!?そこ...だめ!!」


 カオルの口から漏れる艶かしい吐息と、喘ぎ声。

 エリーの熱気が最高潮に達した時、天蓋の幕が開いた。


「エリー...何をしているんですか....」


 怒気を込めた低い声。

 声の主はつかつかとエリーまで近づくと、思いきり頭を叩いた。

 

「いたっ!?ちょっとエルミア!そんなに強く叩く事ないでしょ!?」


 盛大な音から察するに、かなりの痛みを生じたのだろう。

 エリーは涙目でエルミアに抗議した。


「嫌がるカオル様を襲った罰です。足りないようでしたら、もう一度やりましょうか?」


 冷ややかなエルミアの視線に、エリーはたじろぐ。


「わ、わかったわよ....ごめんね、カオル」


 しぶしぶといった感じで謝罪をすると、取り残されていたカオルは、ポカンと口を開けていた。


「....カオル様。エリーを許さないのでしたら、後は私が」


 「チャキッ」と腰のレイピアに手を添えるエルミアに、エリーは慌ててカオルに泣き付く。


「カオル!!ホントにごめんなさい!!だから許して!!じゃないと私死んじゃう!!」


 泣き縋るエリーに、なんだかよくわからないカオルは「許します」と告げたのだった。












「それでは、作戦を説明するぞ」


 カオルが目を覚ました事により、カオル達5人と、蒼犬の2人.近衛騎士団長のレオンハルトは、エルヴィント軍の本陣へと来ていた。


「まず、レオンハルト率いる本隊は、このまま北上してアルバシュタイン城を目指して進軍する。それに呼応して、ババル軍が都市コルドナの奪還を始める手はずだ。私達と蒼犬のルチアとルーチェは、山を迂回して東側からアルバシュタイン城を目指す。ここまではいいな?」


 ヴァルカンが軍議を指揮し、それぞれの役割を確認すると「理解した」と頷く。


「では、ここからが重要だ。万が一『吸血鬼(ヴァンパイア)』と遭遇したら時間を稼ぐだけに努めてくれ。おそらく、近衛騎士だけでは勝つ事はできない」


「俺様達騎士が信用できないのか!?」


 声を荒げるレオンハルトに、ヴァルカンは首を横に振った。


「そうではない。本隊には別の目的があるだろう?魔物の注意を惹き付け、私達別働隊を戦いやすくするのが本来の目的だ。それに、もし、仲間が吸血鬼(ヴァンパイア)従者(サーヴィター)となったら、おまえに斬れるのか?」


 ヴァルカンの冷酷(れいこく)な瞳に、一瞬たじろぐレオンハルトだが、すぐに反論した。


「...斬れる。俺様は騎士だ!誇りの為、名誉の為、剣を振るう事に戸惑いは無い!!」


 胸を反らせ、確かな意思を瞳に宿したレオンハルト。

 だが、ヴァルカンは戒めるように言葉を紡いだ。


「そうか....相手がカオルでも...か?」


 『カオル』と言う言葉に、レオンハルトの顔は曇った。


「それ...は....」


 心弱げにカオルを見やると、カオルは小さく頷いた。


「私は斬れるぞ。たとえ相手がカオルであろうとも....それは、カオルも望んでいる事だ」


 見詰め合うカオルとヴァルカンに、己の意思の弱さを痛感する。


「レオンハルトさん。大丈夫ですよ。必ず吸血鬼(ヴァンパイア)はボク達が倒しますから。だから....」


 優しく笑みを零すカオルに、レオンハルトは唇を噛んだ。


「すみません...黒巫女様....ありがとうございます」


 どこか悲しげなその姿に、カオルはアイテム箱から金平糖を取り出すと、レオンハルトの口に放り込んだ。


「だめですよ?近衛騎士団長がそんな弱気だと、戦うみんなの士気に影響します。悲しくて辛い時でも、胸を張って堂々としていて下さい」


 元気付けるようなカオルの言葉に、レオンハルトの変態性が顔を出した。


「く...くろみこさま....おれ...俺!」


 「ガバッ」っとカオルに抱き付くレオンハルト。

 慌ててヴァルカンが正拳突きを食らわし、カルアとエリーが息の合ったエルボーをお見舞いすると、エルミアとルーチェが踏み付ける。

 ぼろ雑巾(ぞうきん)と化したレオンハルトに、ルチアが熱い紅茶を掛けた。


「バカは放って置いて話を続けるぞ。私達7人は北東の山脈を越えなければならない。だが、普通に登っていたんじゃ時間が足りない。そこで、嫌々だがカオルの持つ魔鳥(まちょう)に乗って山を越える。1度に運べるのは、カオルを除いて2人だから、計3回の往復になる。合流地点を確保するために、まずは私とエリーが。続いてカルアとエルミア。最後にルチアとルーチェを運んでもらう」


 6人はそれぞれ頷くと、戦闘のための準備を始めた。

 近衛騎士団副長のアルバートが探しに来るまで、レオンハルトはその場に倒れていた。











 数日前から戦闘準備を済ましていたカオルに、特に戦仕度(いくさじたく)は必要無かった。

 そこで、パーティーメンバーの激励(げきれい)と様子を見に陣内を歩いていた。


「師匠。何か必要な物はありますか?」


 エリーと共に、剣を研いでいたヴァルカン。

 カオルがやってきた事に喜び、思わず抱き付いた。


「カオルきゅん!クンカクンカ...」


 鼻先をカオルの頭に近づけ匂いを嗅ぐと、ほのかに甘い良い香りがヴァルカンの体内に侵入する。


「し、師匠!止めて下さい!!」


 慌てるカオルだが、暴走しているヴァルカンは止まらない。


(『残念美人』め!!こんなところで発情しないでよ!!)


 内心、とても嬉しいのだが『残念美人』は矯正しなければならない。


「ヴァルカン。私も居るって事を、忘れてるようね...」


 エリーはゆらりと立ち上がると、ヴァルカンとカオルを引き剥がす。

 芳しい香りが消えた事に、ヴァルカンは肩を落とした。


「ありがとうエリー。助かったよ」


 ニコッと笑うカオルに、エリーは頬を赤く染めた。


「と、当然よ!カオルは私の物なんだからね!!」


 ツンデレ全開のエリーさん。

 ひさびさにお帰りなさい。


「む...エリー、その剣.....」


 丁度研いでいたであろう、鉄製の片手剣(ショートソード)

 剣先が欠けている事にカオルが気付いた。


「ああ、これ?前の戦闘で欠けちゃったのよね。まぁ先っぽだし、別にいいかなぁと思って」


 悪びれた様子も無く、エリーは軽々片手剣を手に取った。

 それは、ヴァルカンとカルアと共に出掛けたダンジョンでの出来事。

 ミノタウロスとの一騎討ちで、黒大剣(バスターソード)を足場に、片手剣(ショートソード)黒短剣(オブシアナダガー)で止めを刺した時に欠けた物だった。


(その片手剣(ショートソード)は、ボクがエリーにあげた物なんだよ?なんかぞんざいに扱われると腹が立つよ!!)


 ムスっとしたカオルは、エリーから片手剣(ショートソード)をひったくると、アイテム箱に仕舞った。


「ちょっと!返してよ!!」


 カオルの突然の行動に、エリーは怒りを現す。


「エリー。あの剣は、ボクがあげたってこと覚えてるよね?」


 頬を膨らませて不満を表現すると、エリーは黙って俯いた。


(知ってるわよ....とっても嬉しかったもの......)


 カオルが怒っていると理解したエリーは、恐る恐るカオルを見やる。


「もう...いいよ。わかってくれてるみたいだし。だけど、これからは武器が壊れたり、傷ついたりしたら、すぐにボクに言うんだよ?武器や防具は身を守る物だから、何かあってからじゃ遅いんだよ?」


 エリーの事を心配するカオルに、益々頭が上がらない。

 カオルは、アイテム箱から予備の片手剣(ショートソード)を取り出すと、エリーに手渡す。


「新しい剣だよ。約束、忘れちゃだめだからね?」


 微笑むカオルに「うん」と返事をするエリー。

 とても温かい雰囲気が2人を包み込む。

 だが、そうは問屋は卸さない。

 復活したヴァルカンが吠えたのだ。


「またエリーにだけ贈り物かぁぁぁぁぁ!!!エリーばっかりずるいぞーーー!!」


 憤慨(ふんがい)するヴァルカン。

 その言葉通り、カオルはエリーにとても甘い。

 防具2(セット)に始まり、大剣2本.片手剣2本.短剣1本をカオルはエリーに贈っている。

 金額だけでもかなりの額になるはずだ。

 しかし、無形という意味では、家族の中で一番ヴァルカンがカオルから愛されているだろう。

 寝食を共にするのはもちろん、お世話をされ、カオルとの(ファースト)キスもヴァルカンだった。

 隣の芝生は青く見えると言うが、まさにそれだろう。


「師匠。エリーの武器を調えるのは、パーティーにとって必要な事だと思います。もちろん、他のみんなもですけど」


 至極(しごく)真っ当なカオルの言葉に、ヴァルカンは「ぐぬぬ」と悔しがる。


(本当に可愛い人だなぁ....)


 カオルは、ヴァルカンに近づいて背伸びをすると、耳元で囁いた。


「師匠。あとで『ご褒美』あげますね♪」


 小悪魔的な物言いに、ヴァルカンは期待で胸を熱くする。


「わ、わかった.....」


 両手を胸に当てて恥ずかしがる仕草に(やっぱり可愛い)と思ってしまうカオルは、どうしようもないのかもしれない。

 ヴァルカンとエリーに別れを告げて、治療所へとやってきたカオル。

 治療所の中では、カルアとエルミアが忙しなく働き、怪我人達の治療を行っていた。


「手伝います」


 突然やって来たカオルの申し出に、その場に居た騎士や冒険者が驚いて目を丸くする。


「お、恐れ多いです!!大丈夫ですから、どうぞお戻り下さい!!!」


 戦場での力を見せ付けられ、又、昨夜の鎮魂歌(レクイエム)の一件から、恐縮する一同に、カオルの居場所は無かった。


(むぅ....少しくらい、いいじゃん)


 膨れるカオルに、カルアとエルミアが近づく。


「カオルちゃん。ここは私達おねぇちゃんが居るから大丈夫よ。他のみんなのところに行ってあげて」


 (たしな)めるようなカルアの言葉に、エルミアも頷いて賛同する。


(むぅぅぅぅ!!!)


 これ以上はどうしようもないかと思い、せっかくなので2人に何か渡そうとアイテム箱を探るが、武器や宿泊用品.食べ物くらいしいか見当たらない。


(う~ん........あ、そうだ)


 両手で髪を梳くと、丁度2本長い黒髪が抜け落ちた。


「手を出して」


 カルアとエルミアにそう告げて、いそいそと左手の小指に結わき付ける。


「それじゃ!」


 満足そうに笑みを浮かべると、颯爽(さっそう)と去って行った。


「なんかのおまじないか?」


 冒険者の一人が不思議そうに首を傾げる中、カルアとエルミアは嬉しそうに小指を見詰めた。


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