第百十九話 熱い男レオンハルト
「すごかったな....」
自身の天蓋近くの焚き木の前で、近衛騎士団副長のアルバートが呟く。
「ああ、黒巫女様は最高だ」
近衛騎士団長のレオンハルトも、その言葉に同意した。
つい先程見た光景に、誰もが興奮し、眠れずにいた。
近くの天蓋では、死した友に会ったのだろう、冒険者達のすすり泣く声が聞こえてくる。
「多くの仲間が...死んだな....」
アルバートの言葉通り、冒険者だけではなく、近衛騎士団にも少なからず被害が出ていた。
「これが戦争だ。死んだ者達がいるからこそ、勝てたんだ」
団長らしく振舞うレオンハルトに、アルバートはクスリと笑みを零す。
「ハハ...なんか団長らしいじゃねぇか」
しんみりしていた空気に、わざとおどけてみせる親友。
レオンハルトもまた、同じ様に口端を吊り上げた。
「なに言ってんだ。俺様は団長だぜ?そして、おまえは副長だ。死んじまったヤツの分まで、俺達が頑張らなきゃな」
差し出されるコップに、アルバートは手にしていたコップを打ちつける。
「カツン!」と小気味良い音を立てて、2つのコップがお酒を溢した。
「お!レオン兄貴ここに居たんだ?」
そこへ、剣騎セストが剣騎レイチェルを連れてやってきた。
「おい!いつまで兄貴って言うつもりだ?おまえは剣騎になったんだから、いつまでも兄貴って言うんじゃねぇよ」
レオンハルトに注意されるセストだが、悪びれる様子もなく「えへへ」と笑う。
「レオン兄さん、セストはまったく反省していません。もっとキツク!!!言ってやってください」
セストの相棒であるレイチェルの言葉に、同じ様に相棒から苦労をさせられているアルバートがウンウン頷いた。
「なんだ?アル?何か言いたいことでもあるのか?」
「別にねぇよ。良かったな?義兄弟と仲良さそうでよ」
傍目からは嫌味に聞こえるかもしれないが、レオンハルトにとって、幼い頃から剣技を教えていたセストは、まさしく弟の様に可愛い。
「まぁな...セストとレイチェルは、俺の弟と妹みたいなもんだからな。まぁ、剣の腕はとっくに抜かれちまったがな....」
どこか寂しそうなもの言いに、レイチェルがフォローする。
「い、いえ!確かに剣は強くなりましたが、レオン兄さんの様に文武両道というわけではありません。私もセストも、勉強は全然だめで...」
慌てるレイチェルに、レオンハルトは優しく頭を撫でる。
「ハハハ...レイチェルはセストと違ってホント良い子に育ったな。おいセスト!少しはレイチェルを見習えよ?」
意地悪そうなレオンハルトに、セストは口を尖らせる。
「ちぇー...あーあ...ホント、最近ついてねぇや...陛下に怒られるわ、迷子にはなるわ、女の子に助けられるわ」
自己嫌悪に陥るセストに、レイチェルはトドメを指す。
「全部、方向音痴のあんたが原因だけどね。まぁでも...カオルに出会えた事だけは感謝するわ」
『カオル』という単語に、レオンハルトはピクリと反応した。
「レイチェル....『カオル』って黒巫女様のことか?」
ワナワナと震えるレオンハルトに、どこか危機感を感じるレイチェル。
「黒巫女様ってなんですか?というか、レオン兄さん、どうしてそんなに震えて....」
「ああ、わりぃな。黒巫女様ってのは、貴族の香月カオル男爵の事だ。レオンのやつ、惚れちまっててよ。最近おかしいんだ」
アルバートの説明に、レオンハルトは立ち上がって抗議した。
「おかしいってなんだ!!黒巫女様はなぁ!!素晴らしいお方なんだぞ!!!見た目は超々々々可愛いのは言うまでもなく、そのお心はとても優しい...まさに女神の様な方なんだぞ!!!!」
捲くし立てる様なレオンハルトの言葉に、セストとレイチェルは驚いた。
(レオン兄貴のキャラが....壊れた)
(レオン兄さんが....変態に...)
呆然とする剣騎の2人に、レオンハルトは黒巫女の素晴らしさを次々に語った。
「いいか良く聞け。あれはオナイユで遠征軍に参加した時だ。黒巫女様は、その見目麗しいそのお姿で俺様達を激励して下さり.....」
聞いてもいないのに永遠話し続けるレオンハルト。
変わってしまった兄の存在に、レイチェルは呆れ、セストは何故か共感を得ていた。
「...というわけだ。どうだ!黒巫女様の素晴らしさがわかっただろう!!!」
誇らしげに胸を反らせるレオンハルトに、セストは満足そうに頷いた。
「さすが黒巫女様だぜ!!レオン兄貴が惚れるだけはあるな!!!」
「そうか!!わかってくれるか!!よし!いくらでも兄貴と呼ぶが良い!!!」
ガシッと手を組み合う2人を、冷めた表情でアルバートとレイチェルが見詰めていた。
時を同じくして、エルヴィント城では皇女フロリアと侍女のベルが、礼拝堂で祈りを捧げていた。
(どうか...どうかカオル様が無事に戻りますように....)
フロリアの懸命な祈りと同じ様にベルも静かに祈っていた。
(どうか、レオンハルト様との復縁を...どうか....)
侍女のベルは、先の一件で、不正を働いていた実家が取り潰しの憂き目にあい、近衛騎士団長のレオンハルトと別れていた。
代々近衛騎士を輩出してきたレオンハルトの家は、ベルを許さなかったのである。
(お願いします。もう一度、機会を下さい....)
まさか自分の隣で侍女がこんなことを願っていようとは、フロリアは気付かなかった。
「フロリア様。もう夜も更けて参りました。お部屋に戻ってはいかがですか?」
エルヴィント城に併設する、この礼拝堂には1人の司教が居る。
それが今、フロリアの身を案じている司教のエリゼオだ。
「司教様。もう少し...もう少しだけ、お祈りさせて下さい」
フロリアの切実な願いに、エリゼオは困惑の表情を浮かべる。
「ですが、香月卿が出陣してからというもの、毎日祈りを捧げておいでです。少しお休みになられた方がよろしいかと....」
心配しているという事を隠すことなく、1人の人間として、エリゼオは告げる。
だが、他人に迷惑を掛けようとも、フロリアの意思は曲げられなかった。
「...本当に、もう少しだけでいいのです。どうか...お願いします」
意志が固いと感じ取ると、やれやれといった様子で、エリゼオはフロリアの隣に跪いた。
「わかりました。それでは私も祈りましょう。皆の無事を....戦争の早期終結を.....」
目を閉じるエリゼオに感謝をしつつ、フロリアは再び祈りを捧げた。
(カオル様....どうか.....どうかご無事で.....)
一部始終を見ていたベルであったが、やはり祈るのはレオンハルトの事だった。
(お願いします!もうワンチャン!もうワンチャンだけでいいんで!!!)
自分勝手なベルに、神はけして微笑む事はないだろう。
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