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第百十八話 敵も味方も


 戦闘も終わり、満員になった治療所のすぐ近くで、近衛騎士や冒険者達が休息を取っていた。


「いや~すごかったなぁ...」


 焚き木を囲んでいた冒険者が感嘆(かんたん)の言葉を漏らす。


「だなぁ....」


 待ってましたとばかりに、周りの冒険者達も口を開いた。


「あんな美少女が、まさかあんなに強いなんてなぁ」


「だなぁ....」


「でもよぉ、普通なら気味悪がると思わねぇか?」


「だなぁ....」


「そうなんだよ。あんな力見ちまったら、恐くて仕方ないはずなんだけどよ。不思議とそう思わねぇんだよな」


「だなぁ....」


「やっぱあれだな。あんだけ可愛いからじゃねぇかな?」


「いやいや、それもあるけど、お前見てなかったのか?あの子、敵の騎士を斬れなかったんだぞ?」


「だなぁ....」


「そうなのか?俺、途中からしか見てねぇからよ...」


「なんだ、そうだったのか。すごかったんだぜ?剣聖がひっぱたいて喝入れたらよ、黒巫女様が飛び上がってあの一撃をお見舞いしたって寸法よ!」


「へぇ....ところで、なんで口調が変わったんだ?」


「いやー...親方がドワーフでよぉ...うつっちまって、興奮すると口調が変わるんだよ」


「だなぁ....」


「そうなのか...とりあえず、こいつはったおそうぜ?」


「了解」


「だな...っちょ!?いきなり何するんだよ!!」


「うるせぇ!!だなぁばっかり言いやがって!!」


「ペッペッ!!」


「唾飛ばすなよ!!きたねぇなぁ!!」


 大騒ぎする冒険者達。

 

「お前らうるせぇぞ!!静かにしろ!!怪我人の近くで何やってやがんだ!!!」


 粛清(しゅくせい)を始めた、近衛騎士団長のレオンハルトによりその場は収まるが、この後、朝まで説教を続けた事は言うまでも無い。












「カオルは大丈夫なのか?」


 心配そうな面持ちで、ヴァルカンはカルアに問い掛ける。


「ええ、外傷は背中に打撲があった程度よ。今は疲れて眠っているわ」


 カルアの治療により、ヴァルカン達はホッと胸を撫で下ろした。

 カオルは文字通り、全身全霊の力を放って、吸血鬼(ヴァンパイア)従者(サーヴィター)のほぼ全てを切り倒した。

 今は剣騎のセストとレイチェル達が、散り散りになった魔物を追撃している頃だろう。


「それにしても、カオル様の力は素敵です」


 エルミアの感動の言葉に、誰もが頷いた。


「だが、カオルはまだ子供だ。力に心が伴っていない」


 ヴァルカンの指摘に、カルアも同意する。


「そうね。でも、この先もっと厳しい出来事が起きるのでしょ?」


「ああ。風竜が語った通りならな...」


 それは風竜が家族に託した言葉。


『これから3年後、幼子のカオルが15歳になった時、カオルに災厄(さいやく)が降りかかる』


 いったい何が起きるのか。

 災厄とはなんなのか。

 この時のヴァルカン達には、何を指している言葉なのかはわからなかった。


「邪魔するよ!」


 そこへ、剣騎グローリエルと皇帝アーシェラがやってきた。


「カオルの具合はどうじゃ?」


 心配そうにアーシェラがカオルを見詰めると、カオルは静かに寝息を立てた。


「大丈夫です。カオルは眠っています」


「そうか。それを聞いて安心した。わらわは明日帝都へ戻るが、アルバシュタイン城へは、カオルが目覚めてゆっくり準備が出来てからでよい。蒼犬の2人も随行(ずいこう)するのでな。よろしく頼む」


 アーシェラの言葉に、ヴァルカン達は頷く。


「では、わらわはもう行くが....どうか無事に帰ってくるんじゃぞ?怪我などしたら許さんからの?」


 普段見せないアーシェラの心配そうな物言いに、ヴァルカン達は笑みを零した。


「わかりました。では戻ったら、美味しい料理でも振舞っていただきましょうか?」


 ニヤリとヴァルカンが笑うと、アーシェラもそれに続く。


「あい、分かったのじゃ。リアと2人、みなの帰りを待っていよう」


 微笑みながら立ち去るアーシェラに、母親らしさを垣間見る。


「それじゃ、あたいも行くけど....ホント、無茶だけはするんじゃないよ?いい?絶対だよ?」


 しつこいくらいに心配するグローリエルに、ヴァルカン達はとうとう笑い出した。


「ハハハ!わかったわかった。ちゃんと帰ってくるから、さっさと行け。殊勝(しゅしょう)なグローリエルなんて見たく無いぞ?」


「なっ!?ち、ちがうよ!あたいは心配しただけだぞ!?まったく...いい?絶対帰ってくるんだからね!!」


 ブツブツ文句言いながら、ヴァルカン達の天蓋を後にするグローリエルに、ヴァルカンは「ありがとう」と小さく呟いた。


「さて...それじゃ、私とエリーは武具の手入れをするか。カルアとエルミアはカオルを頼む」


 ヴァルカンはそう告げるとエリーを連れて天蓋を出て行った。


「まったく...ヴァルカンも自分勝手なんですから....」


 取り残されたカルアとエルミア。

 カルアはアイテム箱を取り出して、戦の準備を始めた。


(カオル様....)


 スヤスヤと眠るカオルの傍に座ると、エルミアはそっと頭を撫でる。


(ご無事で...本当によかったです....)


 髪を撫でる度に、カオルは小さく身じろぐ。


「うぅん...」


 不意にカオルが寝返りを打つと、エルミアの膝の上に頭が納まった。

 突然の膝枕に、エルミアは頬を染める。


(か、カオル様ったら....カワイイ.....)


 モジモジするエルミア。

 カオルの温もりを膝に感じ、なんとも言えぬ幸福感に包まれる。


「エ~ル~ミ~ア~?」


 いつのまにかエルミアの背後に立っていたカルアから、鋭い殺気が放たれる。


「ち、ちがうんですカルア姉様!!こ、これはカオル様から頭を乗せてきたんです!!」


 言い訳を始めたエルミアに、カルアは羨ましそうな視線を向ける。


「ずるいです!ずるいです!!私もカオルちゃんに膝枕したいです!!!」


 言い争いに発展する2人。

 そこへ、カオルが寝言を漏らす。


「ん~...エルミア...カルア....だいすき.....」


 「ボンッ!」という音と共に、耳まで赤く染めて2人は照れ始める。


「も...もう....カオルちゃんったら♪」


「か、カオル様.....」


 2人仲良くカオルを囲み、交互に頭を撫でたのだった。










 カルアとエルミアにカオルを託し、ヴァルカンとエリーは天蓋近くの森へとやって来ていた。


「エリー。私は吸血鬼討伐に、おまえを連れて行こうか迷っている」


 ヴァルカンから告げられた言葉に、エリーは驚いて目を見開いた。


「ど、どういうことよ!!」


 慌てるエリーに、ヴァルカンは冷めた目付きで答える。


「おまえは未熟だ。これから戦うのは『吸血鬼(ヴァンパイア)』魔族相手になる。私も、そしてカオルも、カルアとエルミアを守りながら戦うだけで精一杯だろう。これ以上、不安要素を連れて行ける余裕はない」


 剣聖として、師匠として、ヴァルカンはエリーに現実を突き付けたのだ。


(そんな....)


 確かにエリーは未熟だった。

 先の戦闘でも、ヴァルカンとカオルに付いて行くのがやっとの状況で、剣の腕も2人には到底敵わない。

 おまけに、カルアのように魔法を使う事もできず、エルミアのように遠距離から援護すらできない。


「アーシェラの話しでは、今回の任務は少数精鋭で事に当たるのが望ましいとのことだ。私もそれに同意した。言っている意味がわかるな?」


 ヴァルカンの言葉に、劣等感(れっとうかん)を感じていたエリーは、何も言い返す事が出来ない。


(そんなの...イヤよ.....)


 涙ぐむエリーに、ヴァルカンは努めて冷静に話す。


「これから始まる戦いは、自分の身を守るのはもちろん、必ず魔族を倒さなければならない。これ以上被害が増えれば、アルバシュタインだけではなく、エルヴィントとババルの両国も滅びる事になるだろう」


 事の重大さに、エリーの心は打ちひしがれる。


「....ここまでは剣聖として、おまえの師匠としての言葉だ。それで、エリーはどうしたい?」

 

 突然ヴァルカンの声色が変わり、優しく問い掛けられる。


「え...?」


 涙を流していた顔が、驚いた顔へと移り変わる。

 

「エリーはどうしたいんだ?カオルの家族として、傍に居たくはないのか?」


 姉が妹へ聞くようなそんな優しい口調に、エリーはその身を振るわせた。


「...居たい。ずっと一緒に居たい!!離れるなんて絶対イヤよ!!!」


 溢れ出る心からの言葉に、ヴァルカンは満足そうに微笑んだ。


「そうか。ならば傍に居ればいい。ただし、自分の身は自分で守れ。今はそれでいい。だがな、必ず強くなれ。カオルを...家族を守れるくらい強くな!!」


 ヴァルカンの力強い言葉に、エリーは頷く。


「うん!!」


 空では月が、エリーの誓いを優しく見守っていた。










「あれで...よかったのか?」


 エリーとエルミアが、カオルと寄り添いながら眠る頃、ヴァルカンとカルアは焚き火を囲んでいた。


「ええ、十分です。ごめんなさいね、嫌な役を押し付けて」


 ヴァルカンの持つグラスへお酒を注ぐと、同じ様に自分のグラスにも注ぎ直す。


「いや、エリーが私達に劣等感を感じているのは知っていたからな。だからこそ、ダンジョンにも付き合ったし、日々の訓練もきつくしてきた」


 静かにグラスを(あお)ると、ワインの芳醇(ほうじゅん)な香りが鼻から抜けて、口内に強い酸味が広がる。


(ふぅ...ひさびさの酒はやっぱりいいな.....)


 ヴァルカンはカオルと出会ってから、ノンアルコール以外のお酒を口にする事は無かった。

 というよりも、カオルに禁止されていた。


「ふふ...ホント、美味しそうに飲むのね。後でカオルちゃんに言いつけなきゃ♪」


 意地悪そうなカルアに、ヴァルカンは慌てる。


「ちょ、ちょっとまて!これは、エリーのために手を貸したから、その報酬としてだな!!」


 しどろもどろになるヴァルカンに、カルアはクスリを笑みを零した。


「冗談よ♪でも、飲みすぎない様にしなくちゃね。カオルちゃん、臭いで気付いちゃうから♪」


 クスクス笑うカルアに、ヴァルカンは気まずそうな顔をした。

 そこへ、天蓋から黒い髪の少女が現れる。


「ぶっ!!か、カオル!?」


「カオルちゃん!?」


 飲み掛けていたお酒を噴き出し、慌て始めるヴァルカンとカルア。


(まずい!酒を飲んだ事がばれる!!)


 だが、カオルはどこかボーっとした足取りで、エルヴィント軍の陣にある、小高い丘の上へ歩き出した。


「ど、どこへ行くんだ!?カオル!!」


 お酒のグラスを地面へ落とし、慌ててカオルの後を追い駆ける2人。

 カオルは丘の上までやってくると、両手を空へと掲げた。


「おいカオル?どうしたんだ?」


「カオルちゃん??」


 不思議そうに見詰める2人の前で、カオルは突然歌い出した。

 透き通るような歌声に、陣に居た騎士や冒険者達が気付く。


「な、なんだ!?どこから聞こえてくるんだ!?」


 冒険者の1人が騒ぎ出すと、天蓋の中で休んでいた者達が次々に姿を現す。


「なによ...」


「カオル様はどこですか!?」


 エリーとエルミアも起き出して来て、カオルの姿を探し始める。


「カオル...この歌は.....」


 そこでヴァルカンが気付く。


(以前オナイユの墓地で見た、あの歌だ)


「レクイエム....」


 カオルの姿を見付けたのか、エルミアとエリーが丘までやって来て、小さく呟く。


「これがあの歌...」


 カルアとエリーも知っているのだろう。

 オナイユで見せたあの奇跡を。

 カオルの歌は響き渡る。

 『アベール古戦場』を、遠くババル軍の陣まで....

 哀しみを照らす太陽のような歌声に、騒ぎ始めた者達は静かに聞き入り始めた。


「綺麗な声....」


 エリーが声を漏らすと、辺り一面に小さな淡い光が現れ始めた。


「精霊だ」


 ヴァルカンの言葉に、エリーが驚く。

 

「これが精霊!?私、初めて見た...」


 本来、精霊の姿を見る事が出来るのはエルフのみである。

 気まぐれな彼らは、時折姿を見せては、いたずらをしたり力を与えてくれる。

 カオルがこの世界に現れてからは、沢山の贈り物をしてくれた。


「精霊が...歌い始めました」


 数え切れないほどの精霊達が、カオルの歌と同調し歌を奏でる。

 幻想的な光景に、誰もが見惚れ、涙を流し始めた。


「なんて...神秘的な光景なんでしょう....」


 カルアが感想を述べると、カオルの前に精霊がやってくる。

 掲げた手に寄り添うと、精霊達の輝きが増した。

 『アベール古戦場』の空一面を、金色の光が包み込むと、地表から次々に淡い光の人影が生まれる。


「ルキーノ!!」


 冒険者の1人が人影に向かって走り出し、それに続くように次々と騎士や冒険者が人影へ向かう。


「お前死んだはずじゃ...」


 涙を流し抱き締めようと手を伸ばすが、触れる事が出来ずに困惑する。


「あれは...魂かの....」


 いつの間にか来ていたアーシェラが呟くと、エルミアが答える。


「はい。レクイエムは死者を送る精霊の歌。あの方は、この戦場で亡くなったのでしょう」


 触れられずに悲しむ冒険者に、ルキーノと呼ばれた戦死者はニコリと笑い返した。


「う...うわぁぁぁああ!!!」


 泣き叫ぶ冒険者を、傍にいた仲間が抱き締める。

 死者の魂を囲むように、知人や友人が再会に涙を流した。


「そうか...この戦いで....これだけ多くの者が命を落としたのじゃな.....」


 目の前の光景に、アーシェラはそれ以上言葉を話せなかった。


「アレを見て下さい!」


 慌てた様子でカルアが指差すと、そこには全身に(フル)(アーマー)を纏った騎士の姿が。


吸血鬼(ヴァンパイア)従者(サーヴィター)か!?」


 慌ててヴァルカンが右手を刀の柄へ当てると、エルミアがそれを止める。


「よく見て下さい。彼らは既に亡くなっています」


 エルミアの言葉通り、吸血鬼(ヴァンパイア)従者(サーヴィター)は淡い光に包まれて、赤い双眸は消えていた。

 そして、吸血鬼(ヴァンパイア)従者(サーヴィター)がカオルに向けて敬礼をすると、静かに姿を消していく。


「カオルちゃんに....感謝...したんでしょうね」


「そう...だな」


 ゆっくりと消え始める人影に、友人や家族であるのだろう冒険者と騎士達が別れを惜しむように大きく叫ぶ。

 やがて、全ての人影が消える頃、精霊達の姿も消え、カオルは崩れるようにその場へ倒れた。


「カオル!?」


 慌てて駆け寄り抱き起こすヴァルカン。

 カオルは目を閉じたまま、一筋の涙を流した。


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