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第百十六話 不安


 翌朝。

 偵察に出ていた蒼犬の2人と冒険者達が『アベール古戦場』へと戻ってきた。


「陛下。アルバシュタイン公国より、大規模な軍と魔物が、こちらへ進軍してきます」


 偵察部隊からもたらされた情報は、瞬く間にエルヴィント.ババルの両陣営を駆け巡る。

 さっそく、エルヴィント帝国皇帝アーシェラはその報告を元に、ババル共和国元首デュドネと協議を開始し、迎撃作戦を展開した。

 一方、剣聖ヴァルカンを1人、軍議(イケ)(ニエ)加させ、カオル・カルア・エリー・エルミアの4人は、軍従者達の疲労回復にと、カオルお手製の金平糖(こんぺいとう)を振舞っていた。


「よかったら食べて下さいね♪」


 カオルが(ほが)らかに笑い金平糖を手渡すと、エルヴィントの近衛騎士や冒険者達は鼻の下を伸ばしてそれを受け取る。


「疲れた時には甘いものが良いんですよ♪」


 黒髪の美少女...もとい『黒巫女』が直接手渡した事もあり、男女問わず、贈られた者は大変喜んだ。


「カオルってば、ホントよくこういうこと考えつくわよね」


 カオルから離れて作業をしていたエリー。

 エリーの呆れたような声に、姉のカルアがすぐさま反応した。


「そうねぇ。カオルちゃんが貴族になってからは、特に優しくなったわ~」


 カルアはそう言うと、ニコニコと笑いながらカオルを見詰める。

 エリーはそんな姉の姿を横目に、カオルとの事を思い出していた。


(確かに....カオルは優しい。皇帝陛下からのお願いもけして断らないし、皇女があんな事したのに、一言も怒らなかった。それに、私のために、こんなステキな大剣とか、すっっっっごい高い防具も作ってくれた....)


 そこでふと気付く。


(あれ?これじゃ、私....みんなと同じ....)


 カオルが、エリーに対してしてきた事は、この騎士達と同じ、単なる優しさからなのだろうか...

 武器や防具を贈ったのも、親切心からか....

 エリーの頭の中で、言い得ぬ不安が渦を巻く。


(でも....前に大好きって言ってくれた.....)


 以前に1度だけ、カオルは屋敷の居間で家族に向かって「大好き」と零した事がある。

 エリーはその時以外、カオルに『好き』と言われたことがない。


(どうしよう。なんだか怖い....)


 今すぐにでも、カオルの下へ駆け出したいのだろうが、拒絶される事を恐れて実行できない。


(私....ホントに弱い....)


 先日の演武や剣劇を見てから、カオルやヴァルカンに対する劣等感は、より一層強くなっていた。

 未熟な腕に引かれる様に、エリーの心は弱りきっていたのだろう。

 そんなエリーに、いち早く気付いたのはカルアだった。

 幼い頃に両親を亡くし、親代わりをつとめていたカルアには、手に取るようにエリーの心が分かる。


(エリーちゃん....)


 慈愛(じあい)の満ちた瞳で、エリーを見詰めると、もの哀しげなエリーの瞳には、微笑みながら金平糖を配るカオルの姿が映っていた。


「これで終わりかな?」


 騎士や冒険者達に金平糖を配り終え、カオルが背伸びする。


「はい。カオル様、ご苦労様でした」


 カオルの隣で補佐をしていたエルミアが、空になった籠を片付け始める。

 「ん~っ」ともうひとつ伸びをしてカオルが振り返ると、(うつむ)いて作業をするエリーの姿に気が付いた。


(どうしたんだろう?なんだか、元気がないような....)


 心配になり、トコトコと歩いてエリーの傍までやってくると、元気なさげに垂れる尻尾を掴んだ。

 突然の感覚に「ビクッ!?」と全身を痙攣(けいれん)させたエリー。

 慌てて振り返ると、カオルが楽しそうに尻尾を握っていた。


「ちょ、ちょっと!?」


 犯人がカオルと分かり、先程感じた情けなさと尻尾を握られた恥ずかしさが入り混じった感情で、エリーはどうしたらいいのかわからなかった。


「なんか元気無いね?だめだよ?エリーは、元気に笑っている方が可愛いんだから」


 エリーが何を悩んでいるのかなどお構いなしに、子供らしい態度のカオル。

 カオルの突然の行動と笑顔に、エリーの不安はすっかり消えていた。


(も、もう!可愛いとか....ホントに魔性の(おとこ)なんだから.....)


 照れてモジモジし始めたエリーに、カオルは追い打ちをかけた。


「エリー、口を開けて」


 不安に感じながらも、言われるがままに口を開くと、カオルは小さな何かを放り込む。

 口の中をコロコロ転がると、ほのかな甘さが広がり、なんだか心が落ち着くのを感じる。


(甘い...これって....)


 驚いてカオルを見詰めると、満足そうに微笑んだ。


「美味しいでしょ?金平糖。悩みがあるなら言っていいんだよ?ボクじゃ頼りないかもしれないけど、エリーの事大好きだから。心配なんだよ?」


 気恥ずかしそうに頬を染めるカオルに、エリーは感激の涙を流した。


(嬉しい...私の事、大好きだって。心配してるって。カオル....私も、大好き)


 突然エリーが泣き出してしまい、カオルはアタフタと慌てた。


「ご、ごめんね!なんか変な事言って!!ど、どうしよう!?」


 そこへ、一部始終を温かく見守っていたカルアが助け舟を出す。


「カオルちゃん。エリーちゃんは嬉しくて泣いてるの。だから大丈夫」


 おねぇさんらしくそう告げると、カオルとエリーを抱き締める。


「...カオル、おねぇちゃん。ありがとう」


 涙声でお礼をすると、エリーは2人の温もりを感じた。










 そんな3人をすぐ近くで見ていた人物が...

 それはエルフの王女エルミア。


(エリー....カオル様に『あーん』をしてもらうなんて....私にもしてほしいです)


 この後、エルミアに執拗(しつよう)に迫られて、カオルがしぶしぶ『あーん』をしたのは言うまでも無い。


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