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第百十五話 忙中有閑

サブタイトルですが、忙中有閑(ぼうちゅうゆうかん)と読みます。

意味は、忙しいなかにも、ほっと一息つくわずかな暇があるの意。

また、どんな忙しい時でも、心に余裕があること。


「ウフフフフフ.....」


 アルバシュタイン城の玉座に、1人の女性が腰掛けていた。

 窓には暗幕が張られ、外光(がいこう)が入り込める隙間は無い。


「ああ、もうすぐ...もうすぐ始まるのね....私の演劇(あそび)が......」


 愉快そうにそう言うと、おもむろに立ち上がる。

 すると、背中から羽が開いた。

 それは『魔族』の証。

 アルバシュタイン公国を魔物の楽園へと変え、自らの欲望のままに行動する人物。

 カオル達が倒さなければならない吸血鬼(もの)だ。


「ああ...早く来なさい.....私は退屈がキライよ....」


 2つの赤い瞳を輝かせ、嬉々とした表情を見せる。

 両手を胸に掲げると「キラリ」と何かが煌いた。

 

「楽しみねぇ....アナタもそう思うでしょ?」


 掌に向かい語り掛ける。

 そこにはキラリと光る、小さなガラス玉があった。

 慈しむように、両手でそっと包み込む。

 透明のガラス玉の中で、黒い雲が渦巻いていた。


「そう....アナタも楽しみなのね.....」


 言葉を話さない無機物(ガラス玉)。

 吸血鬼は何を感じ取ったのだろうか...


「ウフフフフ....」


 閑散(かんさん)とする、アルバシュタイン城内で、1人の女性の笑い声が響き渡った。











 『アベール古戦場』で行われた、軍議と言う名の調印式の後、カオルは自陣の天蓋へと戻っていた。

 

「ん...エルミア、ありがとう」


 先日の戦闘から、聖魔法の『浄化』をお風呂代わりにしていたカオルだが、いい加減キチンと汗を流したいと、エルミアに濡れタオルで体を拭ってもらっていた。


「いいんですよ、カオル様。頼っていただけて嬉しいです」


 優しく笑みを浮かべるエルミアに、カオルは感謝した。


(はぁ....それにしても、とんでもない事になっちゃったなぁ)


 遡ること数時間前、エルヴィントとババル間で執り行われた停戦の調印式で、カオルは吸血鬼討伐を決定した。


(また、みんなに迷惑かけちゃうよ....)


 吸血鬼の悪行に対し、カオルは正義感から討伐に名乗りを上げたが、自分のせいで家族が危険に晒されることに罪悪感を覚えた。

 もちろん、その場に居たヴァルカンやカルアを含めて、エリーやエルミアにも、カオルが罪悪感を感じている事など、百も承知だ。


(カオル様の背中、とっても綺麗...)


 だが、小悪魔的というかマイペースというか、毒舌家というか、自己中心的というか....

 『残念美人』に片足を突っ込んでいるエルミアは、慰めるという行為よりも、今現状でカオルの背中を流す栄誉を独り占めしている事に、意識が集中していた。


(な、舐めてみても....いいでしょうか.....)


 エルミアが、己の欲望と葛藤(かっとう)を繰り返している事など、深く自省(じせい)していたカオルは気付かない。

 ついに、エルミアの中の悪魔が天使を倒し、カオルの背中に舌を這わせようとした時、天蓋の帆を(めく)りヴァルカンが入って来た。


「カオル、グローリエルから聞いたんだが、剣騎の2人が演武(えんぶ)を見せてくれるらしいぞ」


 ヴァルカンの声に気付いてカオルが振り返ると、舌を伸ばしたエルミアと目が会う。

 エルミアが驚き目を(まばた)かせると、カオルも釣られて同じ様に瞬きをした。


「えるみあぁああああ!!!抜け駆けかぁあああああああああ!!!!!」


 カオルの、しっとりとしてきめ細やかな白肌を、エルミアが独占していた事に憤慨(ふんがい)するヴァルカンは、大声で叫んだ。

 エルミアは大慌てで姿勢と正すと、いつのも無表情な顔を造り出した。


(いや、エルミア....舐めようとしてたよね?)


 軽蔑の眼差しでエルミアを見詰める。

 何事もなかった様に、タオルを絞りなおすと、カオルの背中を拭い始めた。


「かおるぅぅ....言ってくれれば、私がやるというのに....」


 ヴァルカンは湯桶からタオルを掴み取ると、おもむろにカオルの腕を拭った。


(何故か師匠が参加しているんだけど....)


 自らも参加するという事で、カオルとのスキンシップを図るヴァルカン。

 いつの間にかカオルは、家族に対する申し訳なさを忘れていた。






 身奇麗にしたカオルを連れて、ヴァルカンとエルミアはエルヴィント軍の陣屋中央に来ていた。

 そこでは今まさに、剣騎セストと剣騎レイチェルによる演武が行われている。

 2人を取り囲む様に円陣が組まれ、観客と化したエルヴィント帝国の近衛騎士や冒険者達が、時折歓声を上げる。


「お、来たねカオル」


 日傘を片手に、優雅に椅子に腰掛けるグローリエル。

 その隣では、皇帝アーシェラが剣騎の2人を見詰めていた。


「まぁ座りなよ。どうだい?あのバカ2人も、なかなかやるもんだろ?」


 グローリエルに促されて椅子に座ると、自慢気にセストとレイチェルについて語られた。


「ふむ...大剣(トゥーハンドソード)と、三日月斧(クレセントアクス)か....」


 ヴァルカンはそう呟き、豪快(ごうかい)に重量武器を振り回す2人を見やる。

 セストは重量を感じさせぬ、細やかな動きでトゥーハンドソードを操り、レイチェルは大雑把な動きでクレセントアクスを地面へ叩きつけていた。


(おー!すごいなぁ....さすが剣騎だぁ)

 

 初めて見る演武に、カオルは感激していた。


「あの...なぜ、突然演武を始めたのでしょうか?」


 エルミアが不思議そうな顔をして、そう訪ねるとアーシェラが口を開いた。


「それはな、何十年ぶりの行軍ゆえ、士気が落ちるのを危惧(きぐ)しての事じゃ。今、蒼犬(そうけん)の2人と熟練の冒険者を偵察に出しておるが、もうすぐアルバシュタインから多くの魔物共が押し寄せて来るじゃろう。いざ戦いが始まる時に、使い物にならなければどうしようもないからの」


 目線は剣騎の2人から外さず、神妙そうに説明する。


(なるほど...そういう意味があるんだね)


 ただ連れてこられたカオルには、そんな事まで考えていなかった。


「そうだ、カオルもやってみたらどうだい?あたいは魔術師だから、演武なんて出来ないけど、カオルは魔法剣士なんだ。演武くらい出来るだろ?」


 突然グローリエルから提案され、カオルは慌てた。


「ぼ、ボク、演武なんてやった事無いよ!?」


 拒否するカオルに、アーシェラが(たしな)める。


「カオル。貴族というのは、元々は騎士じゃ。演武のひとつも出来んようでは、イカンぞ?」


 いやらしく口元を吊り上げる。

 アーシェラは年齢に似合わず、いたずらっぽく笑みを零した。


(うわぁ....女狐モードだ.....断れない雰囲気だ)


 せっかく身奇麗にしたばかりだというのに、早くも冷や汗が吹き出していた。


「カオル、せっかくの機会だ。やってみろ。なに、いつも訓練で剣を振るっているだろう?同じ事をすればいいだけだ」


 師匠であるヴァルカンが駄目押しをし、いよいよカオルに逃げ場はなくなった。


(まったく...人事だと思って....この『残念美人』め.....)


 呪詛を込めてヴァルカンを見詰めるが、当のヴァルカンはニコニコと笑っていた。


「はぁ...」と、盛大な溜息を付き、アーシェラの言葉に従った。


「わかりました。でも、演武なんてやった事無いですからね?どんな結果になっても知りませんよ!!」


 吐き捨てるようにそう告げ、演武の終わった剣騎の2人と入れ替わるように円陣の中央へと向かうカオル。

 ヴァルカンの「たまには和服が見たい!!」という希望の言葉に、カオルの足取りはさらに重くなった。


(師匠のバカ!後でオシオキしますからね!!)


 円陣の中央までやってくると、魔法を唱える。


「『魔装【舞武(まいぶ)】』」


 発動と同時に、纏っていた黒いコートから、桜色の短着に紅いスカート状の袴姿へと変身した。


(はぁ...風竜も、なんでこんな服を作ったんだか....)


 自分の姿に嫌悪感を抱きつつも、続けて魔法を唱える。


「『桜花(おうか)』」


 その言葉と共に、カオルの腰に紅漆(あかうるし)打刀(うちがたな)(こしら)えの打刀が現れる。

 「ふぅ...」と一息吐くと、開始の合図とばかりに、刀を一気に引き抜いた。

 そして始まる初めての演武。

 カオルは知らなかった。

 風竜がカオルのために作り出した、この衣装には、2つの効果を秘めている事を。


(あれ?体が軽い....それに、なんだかいつもの戦い方じゃない気がする....)


 カオルが気付いた通り、この衣装には防具が無いために、重量軽減とも言える効果と、和装ゆえに普段とは違う戦い方が身に付く効果があった。

 刀を振るう度に袖が(なび)き、視界と行動を制限する。

 邪魔にならぬよう、最短の動きを求められ、カオルは無駄の無い足運びや剣筋を覚えこまされる。


(動きやすい....それになんだか楽しい.....)


 カオルは、いつの間に笑っていた。

 それは風竜の優しさに、想いに触れた為か。

 風竜とカオルにしかその感覚はわからないだろう。


「すごい....の」


 感嘆(かんたん)の声を零したのはアーシェラ。

 初めて見るカオルの動きに、心の底から感銘を受けた言葉だった。

 

「はい。陛下...あたいも、こんな光景を初めて見ました」


 隣に座るグローリエルも、今まで共に戦ってきたカオルの動きに、深い感動を覚えていた。


(カオ...ル....綺麗だぞ)


 頬を赤く染め、カオルを送り出した当の本人(ヴァルカン)も、ただ見惚れていた。

 いや、その場に居た誰もが、カオルの舞う様な演武に、感嘆の言葉を漏らして見詰めていた。

 だが、カオルはどこか満足していなかった。


(う~ん...楽しいんだけど....物足りない....そうだ!)


 カオルは、刀を鞘に戻して動きを止めると、ヴァルカンに手招きをする。


「師匠、ちょっと...」


 突然呼ばれて困惑するヴァルカンだが、アーシェラの「早く行け」の一言に、慌ててカオルの下へと向かった。


「どうしたんだ?」


 カオルに向かってそう告げるヴァルカンに、カオルはアイテム箱から先日の刃引きされた剣を取り出すと、それを手渡した。

 不思議そうに首を傾げるヴァルカン。

 

「師匠。手合わせをお願いします」


 深々とお辞儀をして、有無を言わさず剣を向ける。


(まったくカオルは...いつまでも子供だな)


 ようやく、カオルの意図を察したヴァルカン。


「いつでもいいぞ」


 ニヤリと笑う。

 剣を引き抜きカオルと対峙した。

 ヴァルカンとカオル、師弟の剣劇は開始する。

 それは、剣劇とは呼べないような代物だった。

 2つの銀線が棚引(たなび)くと、金属同士がぶつかり合い、甲高い金属音が響き渡る。

 繰り出される剣撃は、並の冒険者や近衛騎士では、目で追うことすら叶わなかった。

 激しい戦い。

 まるで、2頭の雄獅子が、1頭の雌を奪い合うような死闘。

 息つく暇も無く、目の前で繰り広げられる剣劇。

 だが、ヴァルカンとカオルには、いつものようにじゃれ合っているだけなのだが....

 その異常とも思える光景を、円陣の中で傍観していた者達が居た。











「なに...あれ....」


 エリーは、ただ呆然としていた。

 治癒術師である姉のカルアを手伝い、陣内を(せわ)しなく走り回っていたエリー。

 円陣の中央に居たカオルの姿を見付け、冷やかしてやろうと前へ出たところで、足を止めた。

 突然開始された、カオルとヴァルカンの師弟対決。

 ヴァルカンの、エリーとの訓練では見せた事が無い動きに、ただただ呆然としてしまった。

 打ちつけ合う鉄と鉄。

 いつもの様に攻撃をいなすのではなく、わざと剣同士をぶつけ合う様な姿。

 師弟のはずが、まるで強敵(とも)と戦い合っているような光景に、エリーは息を飲みこんだ。


(遠い....遠いよ.....)


 2人に追い付こうと、練磨(れんま)を続けていたエリーにとって、今のヴァルカンとカオルは雲の上の存在の様に思えた。


(でも...絶対に...絶対に追い付くから...だから...待ってて!!)


 決意を込めた瞳に、ヴァルカンとカオルは気付かない。

 握った拳が小さく震えていた。











 そしてもう1人。

 剣騎の2人が演武を終えると、入れ替わりにやってきたカオルに驚いた。


(あの人だ!!)


 それは、数日前に帝都南西にある、魔境近くの森の中で、迫り来るオークからカオルに助けられた、若い冒険者のロベールだ。

 目の前で舞い始めたカオルを見詰めて、あの時の事を思い出した。


(やべぇ...やっぱり、超可愛い)


 あっという間に顔を赤くすると、カオルの一挙一動(いっきょいちどう)を見逃さないよう目を見張る。


(ほあぁ...可憐だ.....)


 カオルが男だという事を露も思わず、恋する男子(おのこ)状態のロベール。

 ばれたらどれ程の男達が涙を流す事になるのだろうか?

 責任はヴァルカンにとってもらおう。


(そ、そうだ名前聞かなきゃ!!!あとお礼も!!!)


 カオルの剣技のすごさよりも、自分の事しか考えていないところが、駆け出し冒険者のロベールらしい。

 未だ続くカオルとヴァルカンの剣劇に、周囲の者は尊敬の眼差しで見詰めていた。

 ロベールを除いて....











 やがて終わる、カオルとヴァルカンの剣劇。

 互角かと思われた戦闘も、気が付けば師匠であるヴァルカンが優位に立っていた。

 それは、幼い頃から剣聖となるべく同僚のフェイと切磋(せっさ)琢磨(たくま)し、剣聖となってからも練磨を怠らなかった為か...


「バキンッ」という音と共に、カオルの剣が根元から折れ、お互いに苦笑いを浮かべた。


「参りました」


 カオルが降参の意思を伝え、深くお辞儀をすると、割れんばかりの歓声が巻き起こる。


「「「うぉおおおおおおおおおおお!!!!!」」」


「「すげぇええええ!!!」」


「「「ありがとう!!!!」」」


 叫びや感謝、感激の言葉が2人に贈られる。

 照れて俯くカオルの頭を、ヴァルカンは優しく撫でた。

 

「カオル....強くなったな」


 師匠の言葉に、カオルは喜んだ。


「ありがとうございます。でも、まだ師匠には敵いませんでした。これからもお願いしますね?師匠」


 家族ではなく、弟子としての顔をカオルが見せるカオル。

 ヴァルカンは満足そうに頷いた。


(でも、オシオキはしますからね?覚悟していて下さい)


 恥ずかしくて俯きながらも、ヴァルカンへの制裁は必ず実行しようと、カオルは心に誓った。


新年明けましておめでとうございます。

どうぞ本年も『暗闇の白い手』をどうぞよろしくお願いします。

ご意見・ご感想などいただけると嬉しいです。

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