第百十三話 出会った3人
ひょんな事から、エリーと仲違いしてしまったカオル。
いつまでも怒っているエリーに嫌気が差して、通り掛ったルーチェを、道案内役と言う名の生贄に、大空へと連れ去ってしまった。
「あ、あの!!カオル様!!」
魔鳥サイズのファルフの上で、ルーチェは必死にカオルにしがみ付いていた。
「ん?ああ、ごめん。ファルフ、スピード落として」
カオルがそう指示すると、ファルフはひと鳴きしてそれに従う。
大空を、ものすごい速度で飛んでいたファルフは、スピードを落として遊覧飛行を始めた。
「ごめんね。なんか連れ去るような真似をして....」
カオルが謝罪をすると、ルーチェは慌てて弁解する。
「い、いえ!!そんなことはありません!!!....そ、それで、この鳥はいったい.....」
ルーチェが、恐る恐るファルフを見上げると、ファルフは目を瞬かせる。
「ああ、この子はファルフっていう名前なんだ。ボクの大切な友達だよ」
カオルが自慢気にそう話すと、ファルフが嬉しそうに「クワァ!」と鳴く。
「かわいいでしょ?」
カオルがクスクス笑う姿に、ルーチェは見惚れてしまった。
(カオル様....なんて可愛らしいお姿なんでしょう)
恋する乙女と化したルーチェは、カオルと密着している事に未だ気付いていない。
「ねぇ、ルーチェ。アルバシュタイン公国ってどの方角がわかる?」
そう問い掛けられたルーチェは、慌てて周囲を見渡すと山脈の谷間を指差した。
「あそこの谷を抜けた先、馬でだいたい5日程の距離に、アルバシュタイン城があります」
ルーチェの指差す方角を見詰める。
天高く聳え立つ山脈は、頂上を雲が蔽い隠しその全容を掴む事ができない。
(あの方角かぁ....ちょっと行ってみよう)
ルーチェに掴まるよう告げると、ファルフは速度を上げた。
「ルーチェ、何か異変があったら教えて!」
地表を見詰めるカオルが、必死に掴まるルーチェに指示する。
「は、はい!おまかせください!!」
そこで、自分がカオルにしがみ付いている事に気付く。
(...あれ?私、カオル様に抱き付いてる?)
やっと己の現状に気付いたルーチェ。
気が付いてしまうと、意識しないではいられない。
カオルに抱いた恋心は、15歳という若さゆえか、全身に激しい情熱や感情を熱い血潮となって駆け巡る。
(私...カオル様のこと....好きかも)
頬を赤く染めた恋する乙女は、地面に意識を向けつつも、チラリチラリとカオルを見やる。
(ああ...幸せですぅ)
まさか自分の背後で、ルーチェがそんな事を考えていようとは、カオルは夢にも思わなかった。
カオルとルーチェが地面を警戒しつつ、谷間を抜けたところで、激しく金属がぶつかり合う音が聞こえてきた。
(どこかで交戦してる!?)
慌ててファルフを滞空させると、音の出所を探る。
「ルーチェ、音がどこから聞こえてくるかわかる?」
聳え立つ山々に音が反響していて、カオルには発生源を特定できない。
ルーチェが目を閉じて意識を集中すると、フサフサの犬耳が後ろに引かれた。
蒼犬として、様々な任務をこなして来た彼女は、犬耳族という天性の才能を開花させていた。
犬は、嗅覚は言うに及ばず、聴力も優れている。
人間の可聴域が20~20000ヘルツであるのに対し、犬の可聴域は40~65000ヘルツといわれている。
犬の広い可聴域は、野生の小動物が発する高い鳴き声を聞き取り、獲物の居場所を素早く発見するために発達したと考えられ、犬耳族であるルーチェもその力を有している。
やがて、広大に広がる森林の一部を指差す。
「あそこです!」
カオルはファルフに命じて、その場所へ大急ぎで向かう。
指定された場所では2人の男女が、夥しい数の魔物と戦闘を繰り広げていた。
1人は、金色の髪に、大剣『トゥーハンドソード』を持つヒューマンの男性。
もう1人は、ダークグレーの髪に、三日月状の刃を取り付けた『クレセントアクス』を持つ犬耳族の女性。
2人は背中合わせに魔物と対峙し、襲い掛かる魔物達と戦い続けていた。
「ファルフ!ルーチェをお願い!!」
カオルはそう告げて、ファルフから飛び降りる。
「カオル様!」
ルーチェが心配そうに叫ぶが、カオルは笑うことで「心配しないで」と答えた。
降下する中、カオルは魔法を唱える。
「『魔装【騎士】』」
カオルが魔法を唱えると、先程まで着ていた黒いコート姿ではなく、白い騎士服に白銀の鎧を纏った姿へと入れ替わる。
続けて叫ぶ。
「『桜花!!』」
その言葉と共に、カオルの腰に紅漆打刀拵えの打刀が現れる。
そして、全身に風を纏うと、刀を引き抜き魔物の集団へと突撃した。
「くっそ!きりがねぇぞ!!!」
剣騎セストは焦っていた。
一晩中続いていた戦闘に、未だ終止符を打つ事ができないために。
「無駄口叩いてるヒマがあったら、手を動かしなさいよ!!」
セストの背後で、クレセントアクスを魔物に叩きつけながら、剣騎レイチェルが注意する。
「そうは言うけどよぉ...いい加減疲れてきた....ぜっ!!」
グシャっという肉が潰れる音をさせ、トゥーハンドソードを掲げたセストは愚痴を零す。
「あんたが道を間違うからこういう事になるんでしょうが!!」
悪態を吐く相棒に向かい、魔物を屠りながらレイチェルは怒っていた。
(まったく、なんで昔からこいつは方向音痴なんだか....)
幼い頃から共に切磋琢磨し、剣騎となった今でも一緒に居る所を考えると、本当に仲が良い2人だ。
「やべぇな...どんどん増えやがる」
2人を取り囲む魔物が、どこからともなく増殖を重ねる。
(ホントね....このままじゃ....)
倒しても倒してもきりが無い状態に、疲弊している2人は迫る結末が頭を過ぎる。
そこへ、一陣の風が吹いた。
いや、風ではない。
黄金の閃光が走ったのだ。
「『イカヅチ!!!』」
落雷の轟音と共に、1人の少女が空から舞い降りた。
荒れ狂う魔物達を焼き払い、手にした刀で次々と魔物を切り伏せる。
刀が振るわれる度に、白い剣線が美しいアーチを作り出す。
(すげぇ、綺麗だ....)
セストは口を開け、描かれる芸術に、ただただ目を奪われる。
少女は、不意に立ち止まると魔法を発動させた。
「『シュトゥルム!!!』」
叫び声と共に、少女の身体から竜巻が巻き起こり、周囲を取り囲んでいた魔物達が吹き飛ばされる。
オークやトロール。
オーガやギガース。
アンデッドのグールやスケルトン。
優に50体を越える魔物達が、瞬く間に吹き飛ばされた。
(うそ....こんなの....ありえない)
突然の出来事に、レイチェルは言葉を失った。
やがて、瀕死のオーガにトドメを差すと、少女は刀を鞘へ戻しこちらに近づいて来た。
「大丈夫でしたか?」
にこやかに笑い、セストとレイチェルに問い掛ける。
戦闘の終わりを告げるように、爽やかな風が吹き、艶やかな黒髪が風に靡いた。
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