第百十二話 カオルは人気物?
敵として戦っていた少女に、同胞達を手厚く治療されたババル共和国の兵士達。
どこから聞いて来たのか、カオルが『黒巫女』だと言う噂話に盛り上がっていた。
「おい聞いたか?俺達が戦ってたあの黒髪の美少女が、なんでもエルヴィントで有名な『黒巫女様』とか言う治癒術師なんだってよ!」
「聞いたぜ聞いたぜ!確かにあの姿を見た後じゃ、信じないわけにはいかねぇよな!!」
「ああ!すごかったもんな!!辺り一面に雷の雨を降らせて...俺、なんで生きていられるのかわかんねぇよ!」
既に戦闘も終わり、それぞれ陣内に張った天蓋の中で夕食を食べていた。
酒の肴にとある事無い事言い合う兵士達。
「そうだなぁ....すっげぇ神々しかったもんな....神かと思ったくれぇだよ」
「んだなぁ....それにあの可愛さだろ?マジでやっばいよな」
「そういや、治療受けたヤツから聞いたんだけどさ。なんでもメイド服を着てたらしくて、スカートのスリットから生脚が見えて、鼻血吹き出したヤツも居たらしいぞ?」
「メイド服とか....最高じゃないか!!!!!!」
「いや、お前叫びすぎ、うるせぇよ」
「フシューフシュー」
「鼻息荒くすんな!」
「でもよ、治療しに行ったら怪我人増やしたって事か?」
「まさにその通りだな。でもよぉ....いいなぁ....俺も生脚見てぇなぁ....」
「まかせろ!今すぐボコボコにしてやんよ!!」
「いや!まて!そう言う意味じゃ!!!おい!いてぇって!!!!」
ワイワイ騒ぐ仲間達を、ユーグはボーっと見ていた。
ババル共和国兵士達の治療を終え『アベール古戦場』の南に設置した天蓋で夕食をしていたカオル達。
そこへ、2人の人物が血相変えて飛びこんできた。
「カオル様!!」
それは蒼犬のルチアとルーチェ。
アルバシュタイン公国からの非常事態を告げに来たのだ。
「よかった...ルチア、間に合ったんだね?」
ルチアと共にやってきたルーチェを見て、嬉しそうに喜ぶカオル。
だが、何故か蒼犬の2人はその場に跪いてモジモジし始め、顔を赤くした。
(ん?どうしたんだろう?)
色恋に不慣れというか、家族以外に思慕の感情が沸かないカオルには、2人の想いは気付かない。
「それで、報告に来たんじゃなかったのかい?」
カオルが提供した、燻製のハムを齧りながらグローリエルは問い掛ける。
ルチアは慌てて姿勢を正すと答えた。
「はい!って...ルーチェ、報告しなさい」
「ひゃい!?あわわ...あ、あの!!」
兄ルチアに促されて、いざ報告をしようと声を出すが、慌てていて言葉が出ない。
カオルは、跪くルーチェの前にしゃがむと、目線を合わせる。
「慌てないで。ほら、紅茶を飲むと落ち着くよ?」
差し出された紅茶を受け取ると、ルーチェはごくりと飲み込んだ。
「カオル様、そのカップ....カオル様が口付けたヤツ......」
エルミアが羨ましそうにカップを見詰め、そう呟く。
「ぶふっ!!」
それを聞いた全員が吹き出した。
「あ...ごめんね。嫌だったよね」
カオルが謝罪をすると、ルーチェは耳まで赤くして慌てた。
「いいいい、いえ!!!こ、光栄です!!」
(かかかか...間接キスしちゃいましたぁ!!!)
ルチアは、隣で顔を真っ赤に染めるルーチェを、なぜか羨ましそうに見詰めていた。
そこへ....
「カオル、あとでオシオキだ」
「そうね!カオルにはオシオキが必要よね!!」
「おねぇちゃんもそう思います」
「カオル様、具体的には身体で払っていただきます」
「お?面白そうだねぇ...じゃぁ、あたいも参加する」
家族とその他約1名により、カオルの命は風前の灯となった。
「る、ルーチェだっけ....報告があったんだよね....?」
なんとか話題を変えようと頑張るカオルだが、家族達はカオルから目を離さない。
(やっばいよ....いつの間にかボクが悪者になってる.....)
冷や汗を流すカオルに、ルーチェはおずおずと報告を始めた。
「あの...アルバシュタイン公国へ偵察に出ていたのですが、私はそこで惨たらしい光景を見て来ました。家々は焼かれ、そこに住んでいた者達は家畜の様に惨殺されたのです。2つの赤い双眸をした騎士や....魔物達の手によって」
ルーチェの発言に、その場に居た誰もが眉を顰める。
(どういうこと?アルバシュタイン公国の騎士は魔族と協力関係にあるって意味....?)
カオルの推理に、ヴァルカンが答える。
「そうか。アルバシュタイン公国は既に魔物...いや、魔族の手に落ちているということだな。おそらく、赤い双眸は吸血鬼の仕業だろう。過去に同じ道を辿った国家がある。『マーショヴァル王国』の話しを知っているだろうか?かの国は、たった1人の吸血鬼によって滅ぼされた国だ」
故国『マーショヴァル王国』
大陸の南東部に位置していた、緑豊かな王国であった。
300年ほど前に、当時の国王が吸血鬼の毒牙に掛かり、朽ちて消えた。
「ヴァルカン、どういうこと?赤い双眸って、まるで人が吸血鬼に変わったとでも言うの?」
エリーは不思議そうにヴァルカンに問い掛ける。
「その通りだ。正確には、吸血鬼の従者となった証だ。血を求めて蔓延る魔物になったんだよ」
その説明は、とても重かった。
誰もが口を閉ざし、言葉を発するのを嫌がった。
重々しい空気の中、拳を握り締めたカオルが話し出す。
「...師匠。吸血鬼の従者となった者を、元に戻す術は無いのですか?」
カオルの、助けたいという願いを込めた瞳を、ヴァルカンは直視できなかった。
「....無い。唯一の救いは、死を与える事だろうな」
カオルは俯き、涙を流す。
(死が救いだなんて...そんなの......嫌だよ)
カルアは立ち上がると、そっとカオルを抱き締めた。
「カオルちゃん。もう起こってしまった事はどうする事も出来ません。一緒に祈りましょ?」
柔らかく温かい温もりに包まれて、カオルは頷くことしか出来無い。
「ところで、祈るのもいいけど、報告には続きがあるんじゃないかい?」
さすがグローリエル。
感傷に浸るカオル達と違い、我が道を邁進してくれる。
「は、はい!そうでした!その魔物?達が、明日にでもここ『アベール古戦場』へやってきます!」
ルーチェは慌てて最後の報告をした。
(明日にでも...か。それならば近衛騎士団達の本隊も間に合うな)
ヴァルカンが顎に手を当てて頷くと、エリー達も頷いた。
「あの...ババル公国軍はどうなったのでしょうか...?」
おずおずとルチアが聞いて来る。
ヴァルカンは不意の質問に、苦笑いを浮かべる。
「ああ、もう停戦の合意は取り付けたぞ」
簡潔にそう告げると、ルチアとルーチェは目を見開いて驚いた。
「休戦ではなく停戦!?え...でも、1000人の軍隊をたった6人で!?あれ!?」
慌てるルチアに、ヴァルカンは笑いながら事細かに伝えた。
(早ければ明日....魔物に堕ちた人と戦わなきゃいけない....ボクに....できるのかな)
カルアの胸の中で、カオルは自問自答を繰り返した。
「黒巫女様!!お待たせしました!!貴女のレオンハルト!!ただいま到着しましたよ!!!!」
朝、自陣の天蓋で目覚めたカオル達の前に、暑苦しい男がやってきた。
彼の名はレオンハルト。
エルヴィント帝国近衛騎士団長にして、カオルを愛する愛の騎士...とは、本人談。
「....ぉはよぅござぃます」
カオルは眠い目を擦りつつ、毛布を羽織ってレオンハルトの対応をしていた。
カルアやエリー達は既に起きていて、近衛騎士団や冒険者達、本隊の受け入れを開始していた。
今居るのは未だ眠っているヴァルカンと、レオンハルトの対応に起きてきたカオルだけ。
そこへ、エリーがやってくる。
「ちょっとカオル!いつまで寝てるのよ!!忙しいんだから手伝ってよね!!」
そう言いながら、カオルが羽織っていた毛布を取り去る。
すると...
「ブフッ!?」
レオンハルトは盛大に鼻血を吹いて倒れた。
「ちょ...ちょっと!?なんでそんな下着一枚しか着てないのよ!!!」
エリーに毛布を取られた事により、カオルは白のスリップ1枚の姿になったのだ。
「ん...眠い......」
自分の肢体にも気付かず、カオルはコックリコックリと頭を揺らして船を漕ぎ始める。
エリーは慌ててカオルに毛布を掛けると、レオンハルトを天蓋の外へ蹴り出した。
「はぁはぁはぁ...もう!なんなのよ!!忙しいのにぃ!!!」
エリーが叫ぶが、カオルも、まして『残念美人』暦の長いヴァルカンもまったく動じない。
カオルは、毛布を支えてくれるエリーに抱き付くと「あったかい...」と言い離さなかった。
(もぉおお!!!なんでカオルってこんな良い匂いがするのよぉ!!!!!)
顔を真っ赤にして恥ずかしがるエリー。
結局、戻って来ないエリーを心配したカルアに見付かるまで、この惨状は続いたのだった。
「ねぇ...エリーはなんで怒ってるの?」
朝食を食べている中、カオルは朝から機嫌の悪いエリーを心配していた。
「べっつにぃ」
頬を膨らませて、あきらかに不機嫌な対応をするエリー。
(う~ん...ボク、何か悪い事したかなぁ....)
昨夜、吸血鬼化した人達の事を思い、なかなか寝つけなかったカオルは、めずらしく寝坊をした。
そして、朝に起こした痴態についても、まったく覚えていなかったのだ。
「エリーちゃん、いつまでも怒ってないで、そろそろ許してあげたら?」
姉であるカルアが窘めるが、エリーの機嫌は直らない。
(まったく...エリーも大人気無いな)
カルアから説明されて、事の次第を知ってるヴァルカン。
横槍を入れて、騒ぎが大きくなる事を危惧した彼女は、エルミアと同じ様にただ黙って成り行きに任せていた。
「もういいよ!ボク出掛けて来る!!」
エリーが怒ってる理由を、唯一知らない当の本人がついにキレタ。
カオルは立ち上がると、何処かへ出掛け様とコートを羽織る。
「カオル。1人では出掛けさせないぞ」
ヴァルカンがそう告げると、カオルはムスッと膨れた。
「わかりました。じゃぁ偵察に行って来ます」
そこへ不遇にも、通り掛ったルーチェを見付ける。
「丁度良かった。ルーチェ、偵察に出てたから、この辺りの地形に詳しいよね?ちょっと案内して」
カオルは強引にルーチェの手を掴むと、有無を言わさず魔法を唱える。
「『ファルフ』」
大型の魔鳥サイズのファルフを召喚し、ルーチェと2人大急ぎで乗り込む。
「ちょっとカオルちゃん!待って!!」
カルアが静止するよう叫ぶが、カオルは止まらない。
「あ...あの!?どういう...え!?キャーーー.......」
どういう事か説明を求めようと、ルーチェが話し始めたところで、ファルフは大きな翼を羽ばたかせ大空へと飛んだ。
ルーチェの悲鳴が、遥か彼方に消えて行った。
取り残される4人の家族。
「エリー....カオルが戻ってきたら、ちゃんと謝るんだぞ」
疲れた顔のヴァルカンにそう注意され、エリーは、自分の大人気無い対応に反省するのだった。
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